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chapter.1 船内 


 夕日に染まった海を、船が進む。
 ロイテホーンや関羽・雲長(かんう・うんちょう)、そしてゲームの参加者たちを乗せた客船の中はざわ……ざわ……とどこか不安を孕んだ騒がしさに包まれていた。そんなざわついている生徒たちを一瞥すると、ロイテホーンは別室へと引き返し、参加者一覧が書かれた紙を手に取った。
「こんなに大勢の生徒が集まるとは……思っていたよりも多かったな」
 小さく呟いた彼は、その一覧が書かれた用紙の後ろにもう1枚の紙があるのを見つけた。それは小さな便箋で、そこに書かれていた文字を読んだロイテホーンはふふ、と小さく笑みをこぼし、再び生徒たちのところへと向かった。

「生徒諸君、今回のゲームの参加者は総勢90人だ。他の89人に負けないよう、頑張って生き残ってくれ。それと、既に皆の手に渡っているので言わなくとも分かっているかもしれないが、今回くじによって渡されるアイテムはひとりひとつだ。もしふたつ以上のものを心で望んでいるような欲張りな生徒には、きっと大根が配られていることだろう……という手紙が届いていた。差出人はマスター・ハギという地球人からだ」
 再びざわ……ざわ……と揺れる船内。何名かの生徒は手にした大根を見つめ、「じゃあそれもガイドに書いとけよ……」と思ったが、今さら愚痴ったところで仕方ない。生き残ってみせる……たとえ、この大根がどんなにすりおろされようとも……!
「さあ、もうすぐロウンチ島に到着だ。Are you ready guys?」
「Yeah!」
 なぜか途中から英語で喋りだしたロイテホーンの変なノリに、もうどうにでもなれという気持ちで生徒たちは乗った。

 ロウンチ島到着まであと20分。
 【残り 90人】



 到着を目前にして、より慌しくなる船内。何人かの生徒は、早くも他の生徒との接触を試みているようだ。
 その中のひとり、鷹野 栗(たかの・まろん)は携帯電話を片手に色々な生徒に話しかけていた。
「私は、潰し合いとかは嫌なのです。皆さんで協力して、平和的にこの3日間をやり過ごしたいのです!」
 大きな茶色の瞳で話し相手をじっと見つめ、丁寧にお願いする栗。しかしこの殺伐とした空気の中、「いざという時のため、連絡が取れるよう交換したいのですが」という提案を受け入れてくれる生徒はなかなかいなかった。溜め息をつく栗だったが、そんな彼女の前に現れたのは、シルバ・フォード(しるば・ふぉーど)だった。
「みんなひどいな、今からもうやる気満々って感じだぜ。栗、って言ったっけか? 俺はおまえの意見に賛成だぜ! 戦わずに済むなら、それが1番いいもんな!」
 彼は島についたらとにかく逃げて生き延びようと考えていた。けど、この少女となら逃げずとも生き延びることができるかもしれない。彼は目の前にいる少女の優しい心に、少しの安堵感を覚えた。
「シルバ……私だけでは、不安ですか?」
 シルバのパートナー、雨宮 夏希(あまみや・なつき)が石鹸を片手に後ろからそっと声をかける。
「いや、そうじゃないけど、少しでも多くの生徒が集まって協力した方がいいだろ?」
 シルバは手に持ったバナナでびしっと夏希と栗を指し、元気に答える。夏希はバナナを見て思った。
 たしかに、私たちのこの装備だけでは不安ですものね。分かります。バナナと石鹸って。何でしょうかこの滑らせることに対しての無駄に熱い情熱。私たちは一体どれだけ滑らせたいのかと。
 そんな夏希をよそに、栗とシルバは番号を交換し始めた。

 船内の女子トイレ。
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)譲葉 大和(ゆずりは・やまと)が、それぞれのパートナー、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)ラキシス・ファナティック(らきしす・ふぁなてぃっく)から「女とは何たるか」という講義を受けていた。
「ケイちゃんはまだ……っていうか全然大丈夫だけど、大和ちゃん、気持ち悪いくらい男のままだから! ていうか気持ち悪いから!」
「あはんっ、何をおっしゃってるか全く分からないですわラキお姉様」
 体をくねくねとさせ、声色を変えてラキシスに返事をする大和。たしかに気持ち悪い。超ミニのメイド服、そして頭にはリボンを装備しているが、それがまた気色悪さを助長させている。いや何ていうかもう、すごく気持ち悪い。駄目だこいつ……早く何とかしないと。3人の意志が揃った。
 彼ら……いや、彼女らは船に乗った時からある作戦を立てていた。それは、ケイが先輩である大和、そしてお互いのパートナーたちと手を組み、協力して生き残るという作戦だった。が、途中でどういうわけか女装して油断させよう、という悪ノリが始まった。カナタとラキシスによると作戦名は「フォーシスターズは蜜の味」だそうだ。しかし、今のままでは甘いはずの蜜の味が酸っぱくなってしまう。何より、私たちはフォーシスターズ! この作戦には、誰ひとり欠けてはいけない! ということで、大和改造計画が始まった。
「まったく……本当にどうしようもないグズな妹よな、ヤマコは。これではわらわの盾にすらなれぬわ」
 カナタはそう言うと大和のすね毛を勝手に剃り始める。ちなみに設定的には長女ラキシス、次女カナタ、三女ケイ、そして四女が大和……もとい、ヤマコらしい。
「ああんっ、そんなに剃られたらあたし、もう他の人に見せられない体になっちゃうっ」
 それにしてもこの大和、ノリノリである。
「これで足は大丈夫か……骨格はまあ服でごまかすとして、あとは胸、だなあ」
 ケイは自分の先輩を見つめた。自分たちでやっといて何だが、こりゃひどい。何ていうかもう、全体的にひどい。もしくじ引きアイテムが都合よく水ヨーヨーとかだったらそれを胸に入れればよかったが、ケイの手に握られていたのは残念ながら大根だ。悩むケイの肩を、カナタがポンと叩く。
「諦めるのはまだ早いぞ、ケイよ」
 そう言ってカナタはケイから大根を受け取ると、エンシャントワンドで真っ二つに割り、大和の胸に押し込んだ。
「これで臨時豊胸の出来上が……」
 言葉の途中でカナタがぶふっ、と噴き出す。ケイ、ラキシスも我慢できずに顔を背け肩を震わせた。
 異様な形で胸の部分がやたら出っ張っており、超ミニのメイド服からはつるつるの太い足を出し、リボンをつけたド変態な男が目の前にいるのだ。笑うなという方が無理である。
 大根足、まさしく大根足だよこれ。大根足が胸に大根突っ込んでるよ……!
 ラキシスはそんなことを考えるともう笑いを止められず腹を抱えていたが、当の大和は「あたしの脚線美、意外とイケる……!」と案外気に入っていた。もちろんイケるわけがない。

 船の隅っこ、人目につかないところでひそひそと会話をしているのは、蒼空寺 路々奈(そうくうじ・ろろな)とパートナーのヒメナ・コルネット(ひめな・こるねっと)、そして九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )とパートナーのマネット・エェル( ・ )九鳥・メモワール(ことり・めもわぁる)らの5人だ。
「ほんとに、いいの?」
 路々奈の問いに、九弓が答える。
「生憎だけどあたしはサバイバルにも豪華特典にも興味はないの。あたしが興味あるのは関羽、そして自分の限界値よ」
 九弓はその言葉の後、路々奈に自らのプレートを手渡した。
「こんなもの、あっても闘いの邪魔にしかならないものね。好きに使ってちょうだい」
 パートナーの九鳥も、黙って自分のプレートをヒメナに渡した。
「ますたぁ、わたくしのプレートはどうすれば……?」
「全部預けちゃうと関羽もすぐには来れないかもしれないから、あたしに貸して」
 マネットからプレートを預かると、九弓はそれをしまい、自らの手に魔力を集めた。
「闘いの時が楽しみね」
 九弓は視線をずらした。その目が捉えたのは、関羽だった。尋常ではない威圧感を放つ関羽の周りには常にスペースが出来ていた。そんな彼の元に、堂々と歩み寄ってくるひとりの男がいた。英霊の張 飛(ちょう・ひ)である。
「久しぶりだな、兄者!」
 声の方を振り返る関羽。張飛の姿を確認すると、関羽も声を上げた。
「張飛か! 久しいな兄弟よ」
 どうやらこのふたりは遠い昔に何か繋がりがあったようだが、今はそれぞれ別々のパートナーの下で生きているという複雑な事情があるらしい。
「桃園で誓いを立てたあの日から幾星霜、まさかこのようなところで相見えるとはな」
「色々話をしたいところだが……兄者よ、まずは久々に手合わせ願おうか!」
「手合わせなら島に着いてから存分に相手に……っ!?」
 関羽の言葉が終わらないうちに、張飛は持っていたランスを関羽に振り下ろしていた。突然の攻撃だったが、関羽はしっかりと刀で防いでいた。
「悪いな兄者、俺はそう気が長くねえ!」
 再度ランスを構え直す張飛。
「……止むを得んな」
 関羽は立ち位置を変えると、青龍偃月刀を構えた。
「それでこそ兄者だ、行くぜ!」
「むぅん!!」
 次の瞬間、張飛の姿は消えていた。張飛がいた場所に、上からパラパラと何かの破片が落ちてくる。それが天井の一部だとその場にいた他の生徒たちが理解したのは、天井に穴が開いていたからであった。張飛はたしかに昔猛将であった。しかし現在は悲しいかな、レベル1の英霊である。もちろんレベルで全ての優劣が決まるわけではないが、ともかく張飛は一番星となって暮れ行く空に瞬いた。
「あの方角ならば、無事島に着陸したであろう」
「無事……!? どう見ても即死コースだろあんなもん……!」
「こんな化け物が、1日1回襲ってくるのかよ、死んじゃうっ……! 死んじゃう島だっ……!!」
 あちらこちらで生徒たちが怯えた声を上げた。しかし、もう船に乗った以上、誰もゲームを降りることはできないのだ。
「おやおや、相変わらず豪快な方でござりますね」
 より関羽と距離を開けた生徒たちの中から姿を現したのは、張飛と同じ英霊の皇甫 嵩(こうほ・すう)だった。彼もまた、張飛同様に関羽と同じ時代を生きていた中のひとりらしい。文武に優れていたと言われる嵩だったが、一旦スイッチの入った関羽を止めるには、彼はいささか力不足だった。彼もまた、レベル1だったのだ。
「ここはひとつ、かつて驃騎将軍として名を馳せたそれがしが……」
「むぅん!!」
 嵩は大根を握り締めたまま星になった。ふたつに増えた天井の穴を見上げ、生徒たちは思った。
 どうか、まずは無事に島まで着けますように、と。

 【残り 88名】