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【2019修学旅行】激突!! 奈良の大仏vsストーンゴーレム

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【2019修学旅行】激突!! 奈良の大仏vsストーンゴーレム

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【第七章 その頃……】

 一方その頃、生徒たちの空腹を満たし、戦闘意欲を削ごうと考えた数人の生徒、そして一人の保健医が、大量の差し入れ料理を完成させた。
 彼らは初め厨房で料理をしていたのだが、今は旅館の中庭にコンロを置き、仮の台所を設置して、外での調理を強いられている。その理由は、戸隠 梓の作った謎の鍋料理のせいであった。あまりの凄まじいにおいに、温和な女将も他の宿泊客の抗議を抑えきれず、ついに追い出されたのである。
 煮えたぎるあやしい色の巨大鍋をかき回しながら、梓は満足げな微笑みを浮かべた。
「これでみんなお腹いっぱいになりますわね! そうすれば無意味に戦う気も失せるはずですわ!」
(失せるのは戦う気だけではないのでは)
 と内心突っ込まずにいられないキリエ・フェンリスである。彼は密かに大量の胃薬をかばんに入れて、準備していた。
(まあ、死にはしない……だろうか?)
「おにぎりもいっぱいできましたー!」
 少し離れたところでかわいらしい歓声を上げたのは、新宮 こころである。こころは吸血鬼のアロイス・バルシュミーデとともに大量の握り飯を作っていた。だがその大きさはばらばらであり、形もばらばらであった。
「本当にこれでよかったのであろうか」
 タッパーにお玉で料理を移しながら、エリオット・グライアスが端正な顔を苦悩にゆがめる。
「知らないわ」
 ふてくされて頬をふくらませるのは、クローディア・アンダーソンである。普段温和で優しい彼女が珍しく怒っているのはもちろん、梓の謎の料理のせいである。どんなにアドバイスしてもどうにもならないようなあの鍋料理を食べたら全員腹を壊すに違いないと思い、心配を通り越して怒っているのだ。メリエル・ウェインレイドはなだめるように、
「まあまあ、先生も悪気があるわけじゃないんだから。それに、クローディアが作ったまともな料理だって沢山あるしね」
「まとも?!」
「あ、あの、おいしい料理!」
「そろそろ出発でござるか?」
 元気のない顔でつぶやいたのは、さっきエリザベートに跳ね飛ばされて頭に大きなたんこぶの出来てしまったアロンソ・キハーナである。
「うん、たぶん……。でもこれ、どうやって運ぶんだろ?」
 メリエルが首を傾げたのに答えるように、梓の朗らかな声が聞こえた。
「皆さん、頼んでおいたワゴンが来ましたわ! 荷物を運び込んで下さいな!」
(この手回しのよさが少しでも料理の腕に回っていれば)
 と、やっぱり突っ込まざるをえない、キリエなのであった。

 こうして、送迎用だという旅館のマークが側面に入った十人乗りワゴンに荷物を詰め込み、夜食配達班は東大寺に向けて出発した。
 作りすぎた料理の後片付けは戻ってからでいいという女将の行為で、中庭に残されたままになっていた。のだが。
 すっかり静まり返ったこの場所に、数人のあやしい影が近づいてきた。
 先頭に立つのが、ウェットスーツに身を包んだゆる族のジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)である。
「へっへっへ。やっぱりオレの言ったとおりだろ! ご馳走の山だ!」
「本当だ〜! 大広間に食べるもの全然残ってないときは一瞬キミのこと、潰す! って思ったけど撤回するよ!」
 小さな歓声をあげ、大皿に載せてあった握り飯の山のラップをはがし、口に詰め込みはじめたのはつり目の美少女、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)である。

 遡ること、数時間前。
 他の生徒たちとともにバスに乗り込もうとした玲奈、そしてレーヴェ・アストレイ(れーう゛ぇ・あすとれい)を引き止めたのが、ジャックであった。
「なあ、二人とも滅茶苦茶腹が減っているんだろ? そんな状態でまともに魔法が使えるのか?」
 玲奈は首を傾げ、
「だって、戦いに参加しなくちゃ、豪華料理を食べられる可能性はゼロじゃない。お腹が空いてるから参加するんだよ」
「だ・か・らー。思い出してみろ。校長は、活躍した参加者を招待、って言っていた。だから、豪華料理は食べられない可能性だってある」
「そんなの分かってるよ」
「見てみろ、みんな腹が減って目がうつろじゃないか。ということはだな、まともに考えられていないということだ。つまり」
「つまり?」
「大広間に精進料理が残っている可能性も大きい、ってわけさ。馬は人参が目の前にぶら下げられると、足元の食える草が見えなくなるからな。そして、最悪の結果を考えると、確実に食べられる精進料理を選んだほうが良くないか? 残すのも勿体無いし」
「なあるほど〜!」
 玲奈の緑色の目が輝いた。
「よし、その提案に賛成するよ!」
「レーヴェは?」
 レーヴェは眼鏡の奥の銀の目を伏せて少し考えていたが、あきらめたように小さなため息をつき、
「分かりました。私は豪華料理を食べたかったんですが。食べられない可能性を考えると……仕方ありませんね」
 こうして三人は、東大寺に行かず、大広間に残っているであろう精進料理を食べる、という道を選択したのであった。
 だが、その考えは甘かった。
 急いで大広間に戻ってみたものの、どの膳もきれいに食べつくされており、置いてあったおかわり用の米びつもすっからかんであった。
 怒りくるった玲奈がジャックに手を振り上げたとき、買ってきた料理の材料を両手にぶら下げて廊下を歩いていく、アロイス・バルシュミーデの姿が見えたのである。三人はこそこそと後をつけ、厨房を覗き込み、そして……現在に至る。

「すげえ、この鍋みたいな料理、滅茶苦茶うまいぞ!」
 あやしいにおいを発する大きな鉢に残された鍋料理(?)らしきものをお玉ですくって食べながら、ジャックが二人を呼んだ。だがさすがに玲奈もレーヴェも首を振って断り、他の料理を黙々と口に運んだ。野生の勘が告げていた。その鍋料理(?)は食べる者をとてもとても選ぶ料理であることを。

 さて、東大寺に到着した夜食配達班の面々は、東大寺南大門の少し前でワゴンを下車し、荷物を積み下ろした。境内の中にまで車を乗り入れなかったのは、運転手に危険が及ぶことを心配したからである。
 更に南大門前には、到着した面々のために用意されたものだと思われる、巨大なゴーレムが数体、文字通り岩のように動かずに立っていた。
 満月は既に、空の天辺へ掛かっている。門の向こうからは、不気味な鐘の音、そして戦闘で巻き起こる様々な音がここまで聞こえてくる。
「まだ戦闘は続いているようだな。急ごう」
 エリオットはタッパーを詰め込んだ大きなバスケットを両腕にぶら下げ、視線を上げたところで二人の人影が門の手前で動いているのを見つけた。
「あれは、誰だ?」

 暗闇の中で一心不乱にゴーレムに赤と白のペンキを塗りたくっているのは、まっすぐな黒髪のいかにも育ちのよさそうなかわいい少女、竜ヶ崎 みかど(りゅうがさき・みかど)であった。
「何をしているのだ?」
 エリオットが声を掛けると、びくりと振り向き、
「なあんだ、エリオットさんかあ。エリオットさんこそ、何をしてるの?」
「いや、我々は空腹の生徒たちに夜食を配達して、戦闘意欲を削ごうと……」
 みかどはエリオットがぶら下げたバスケットに目をやり、「なるほど」とつぶやいた。
「ボクもね、似たようなことを考えていて。校長ゴーレムの足元にまいた食べ物で野良鹿野良犬野良猫野良イルミン生を集めてね、ゴーレムたちを動きづらくしてやろうと思っているんだよ!」
 そう言って、足元に置いた大量の買い物袋を指差した。
「ううむ、東大寺に野良犬がいるかどうかは分からないが……まあ、鹿はいるだろうな。それで、その、ゴーレムの色は?」
「もちろん、巫女カラーだよ!」
「巫女カラー?」
「ボクは由緒ただしき竜ヶ崎神社の巫女だからね! 神と仏の違いはあれど、同じ日本を護るもの同士、義によって助太刀するよ!」
「中々立派な心がけだが……戦闘はもう大分佳境に入っているのではないか?」
「え? 今何時?」
「時計を持っていないが、あの月の位置から判断すると、もう真夜中に近いのではないだろうか」
「な、なんだって〜!! 巫女カラーを塗るのに夢中になって、時間を考えるのを忘れてた!」
 エリオットはがくっと肩を落としてから気を取り直し、
「とにかく、目的は近いようだ。急いで境内へ向かおう」
「分かった!」

 石畳の上を激しく動き回るゴーレムのそばに佇むもう一つの影。その正体は、妖艶な美貌を月の下に輝かせ、意味ありげな微笑を浮かべる黒衣の生徒、オレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)であった。彼は、豪華料理に興味がなかった。しかし、校長が大広間で披露したストーンゴーレムには大いに興味をそそられ、ゴーレム術を極めるという知的欲望のためだけに東大寺までやってきたのである。
「右、左! 旋回して片手振り上げ!」
 数時間の集中的な鍛錬の結果、オレグは無骨なゴーレムを思うまま、滑らかな動きでバレエを踊れるまで操れるようになっていた。金色の瞳を熱っぽく輝かせ、オレグは満足そうに小さく頷く。
「素晴らしい」
「ねー、何してるのー?」
 彼と物言わぬゴーレムだけの蜜月の静寂を打ち破ったのは、新宮 こころであった。
「ゴーレム術の研究ですよ」
 オレグは鍛錬を邪魔されたことにほんの少しいらだちながらも、物柔らかな微笑みを湛えてこの小さな少女に教えてやった。
「すごーい! これなら校長を止められるね!」
「いや、私は……」
「ボクたちね、今ここについたばかりでゴーレムの使い方が分からないの。お願い、やり方教えてくださいっ!」
 猫のような茶色い無垢な瞳で見上げられ、オレグは仕方なく頷いた。
「やったー! こっちだよ! ねえみんな、ゴーレムの先生を発見したー!」
 飛び跳ねながら向こうに見える集団に手を振るこころを眺め、オレグは小さなため息をついた。
「次は実践の研究をするのも、悪くはない、か」
 そう言って美しい意匠の施された黒いマントを翻し、こころの後ろに続いた。