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料理は愛情! お弁当コンテスト

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第5章 みんなで屋内ピクニック


 当初の予定通り、と言うべきか。
 お料理教室として普段からラズィーヤが屋敷をしているだけあって、今日この別荘でもキッチンは解放されていた。
 コンテストに参加しない生徒達が示し合わせて料理を持ち寄り、好きな場所でお弁当を広げている。
 ピクニックを提案、参加者を募ったパラ実生の川村 まりあ(かわむら・ )と蒼空学園のレイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)の回りは、集った賛同者達でにぎわっていた。各校の制服が華やかだ。
 場所はピクニックとは言っても、もう外では寒くなってきたからだろうか、屋内しかも暖炉の前。
 それでも、雰囲気だけは出したいから、ビニールシートを床の上に敷いていた。本人達も充分ピクニック気分だ。
 七枷 陣(ななかせ・じん)は、知人のレイディスが持ってきたバスケットを横から覗いて、アテが外れて口をとがらせた。
「おかずはあらへんのかい〜」
「おにぎりなら誰でも気軽に取れるしな。やっぱピクニックなら皆で食べれるもんじゃねぇと」
 レイディスのバスケットの中身は、大量の三角に握ったおにぎりで、具は梅干しや鮭、塩におかかなどの定番と、焼きおにぎりである。
「レイも、おさんどん少年なら、こう、奪いがいのあるおかずをやなぁ、用意してくれへんと」
 陣はひょいひょいとおにぎりを両手で持って交互にもぐもぐかじりつつ、
「ほぉ、中々美味いやんかレイ。流石男の娘」
「誰が男の娘だ! 嫌なら食うんじゃねぇっ!」
「ケンカしないで。私も作ってきたからおかず交換しよ」
 白波 理沙(しらなみ・りさ)が差し出したお弁当箱。唐揚げを摘んだ陣は、その横にもう一つおにぎりのケースを見付ける。
「そっちもおにぎりか」
「ちょ、ちょっと待って」
 理沙の顔が青くなる。そっちはパートナーのチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)の作だ。
 普段、二人分のお弁当を用意し、チェルシーには包丁と料理の味付け禁止令を出している理沙としては、たとえおにぎりだけでも、自分が先に試食しないと安心できない。
「……変な具、入れてないわよね」
「ええ、用意してくださった具を入れて、にぎっただけですわよ〜。それともおかずもご希望でした?」
「要らないってば。命の保障は無いって言ってたでしょうに」
「ねぇねぇ、あたしもおむすび作ってきたよ。具がほとんどかぶらなくて良かった!」
 七瀬 瑠菜(ななせ・るな)はレイディスのお弁当の横に、自分の曲げわっぱのお弁当箱を置いた。こちらはごま、海苔、五目ご飯、そぼろといったラインナップである。加えて卵焼きに南瓜の煮物、きんぴらなどの和食総菜と、ブロッコリーとミニトマト。実家が老舗料亭で本人も料理好きとあって、腕には自信がある。
 ただ、ここにいる全員が食べられるようにと、量はかなり大量だ。約二十人分のお弁当は当然一人では作りきれないから、パートナーのリチェル・フィアレット(りちぇる・ふぃあれっと)も手伝っていた。
 瑠菜が重ねたお弁当を輪のあちこちに配っている間、リチェルは各種のお茶を輪の中央に置いている。本人は酒党だが、紅・緑のお茶に中国茶、ハーブティからコーヒーは豆まで準備する念の入れようである。 人数が多いから、当然必要なものも大量になる。
「屋内で良かったですね、ここなら茶器も揃いますし、お湯も沸かしたてです」
 おかず交換だけでなく、おにぎりだけでも色々ありそうだ。
「キマクではこんなの食べられないです〜」
 まりあは両手を顎の下で組み、目をキラキラさせながら瑠菜のお弁当を褒める。
「ありがと! どんどん食べてね」
 瑠菜は勧めつつ、今日屋敷に来ているはずの知人の姿が一人見当たらないのをちょっぴり気にしていた。以前“手作り弁当を食べる権利”のお弁当券を渡した相手である。もし一緒になったら、これとは別に用意してある特製お弁当を渡そうと思っていたのに……。

「あ、こっちのサンドイッチも美味しそう〜、今度レシピを教えてくださいねぇ」
 まりあは次に、アリス・ハーバート(ありす・はーばーと)のお弁当に手を伸ばす。
「私だけじゃないですよ。こっちのパンはエマお姉様が焼いてくださったんです」
 アリスは貝殻の形に焼いたパンを示して、謙遜する。一歩引いた位置で本の頁をめくっていたエマ・アーミテージ(えま・あーみてーじ)は、自分の名前が呼ばれたので目線を上げると、
「私は本当に焼くお手伝いをしただけですから。こねるとか、大変な部分は料理が得意なアリスがしてくれたんです」
 アリスのサンドイッチは、エマが本を読みながら食べられるようにと配慮したものだった。エマもそれを分かっている。
 サンドの中身は卵に、ハム野菜。デザート代わりのバナナシナモンのホットサンド。飲み物はアールグレイ。
「パンこねちゃうんだ、気合い入ってるね」
「だね。用意がいいなぁ」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)は、自分の竹筒と見比べてそう言う。
 レキの竹筒の中身は、戦闘糧食部門に出そうと思って用意していたものであり、華やかだとか見栄えだとか、おかず交換とはちょっと縁遠い。糊状にしたご飯に梅や味噌、佃煮を入れて丸めてあぶった、お団子のようなもので、竹筒の中に入っていることもあって、ちょっと忍者っぽい感じがする。
 さすがにこれだけでは何だと思ったので、たこさんウィンナーと卵焼き、ミートボールを追加。ミア・マハ(みあ・まは)もデザート用に果物を持って来てくれることになっていたが、籠の中身は……。
「ミア……」
「素材の味を最大限に活かした食べ物じゃ」
 小さな林檎がそのまま、人数分入っているだけだ。
「デザート持ってきてくれるって言ってたじゃないか」
「文句あるのかえ? だったら妾の特製スープを後で好きなだけ飲ませてやるわ」
 ギャザリングヘクスのことであろうか。そうであってもなくても、呑むのは勘弁だ。レキはこれ以上追求するのを諦めた。
「あはは、ミアさん面白いですよー。そうそう、こっちも味見してください」
 まりあの膝に乗っているのはキャラ弁だ。ご飯の上に、海苔で細工した特撮ヒーローの絵が描かれている。
「これはですねー、“特製パラミアント弁当”です」
 ちなみに中の人は、今日のコンテスト参加者である。
 人見知りの如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)が、その凝った切り絵に思わず声をあげる。
「……すごい……ですぅ」
「パラミアントはパラ実のヒーローなのですよ! でもでも、スゴイって言えば、百合園の別荘もスゴイじゃないですか」
 火が入れられた暖炉は、暖炉そのもののつくりはおろか、柵や火掻き棒までスタイリッシュである。敷かれている絨毯は模様も複雑なのに目が詰まっていてふこふこだし、家具も飴色のつやが出ている年代物だ。
「さすがにヴァイシャリー家は六首長家の一つよね。キマク家もすごいのかしら」
 橘 舞(たちばな・まい)が、日奈々やまりあの弁当箱のスペースに、自分のアスパラチーズのベーコン巻きとだし巻き卵を配りながら頷く。日奈々はお返しにたこさんウィンナーとゆで卵。
 日奈々は、今度は自分のサンドイッチ──きゅうりと薄焼き卵、卵、ツナマヨ、ジャガマヨとブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)のサンドイッチを交換してもらい、それをぱくっと食べて──固まった。
「日奈々ちゃん、どうしたの? あ、それ、ブリジットのサンドイッチじゃない」
「か……からい、ですぅ」
 日奈々が銀の瞳を潤ませる。舞はパートナーのどこが悪いかも分かっていない顔をまじまじと見つめた。
「……何よ」
「何したの」
「偉そうに言える立場? 自分だっていつもは使用人に作らせてるくせに」
 ブリジットは不満げだ。根っからのお嬢様である二人は、普段料理はしない。彼女は舞がピクニックに行くって言うから、めんどくさいけどお弁当をつくってあげただけだ。作れないと思われるのも癪だから、である。
「……レタスとトマトに、舞の好きなチーズ。味付けはマスダート。サンドイッチって挟むだけでしょ? 問題なんてないはずだけど」
「マスダートって何よ、マスタード、でしょ」
 舞がぴろんと開いたサンドイッチには、パンの両側に、チーズよりも分厚い量のマスタードが塗られていた。
「はい、お水。大丈夫?」
 日奈々に、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)が苦笑いしながら水を差し出す。
 女の子の手料理はいいもの──勿論、女性だから料理っていうわけではないけれど──だけとはいかないようだ。
 女性と話すのは苦手なクライスだが、決して嫌いというわけではなく、人並みに男の憧れは持ち合わせている。それに、薔薇の学舎と百合園とはかなり距離があり、男子校と女子校ということで、普段の交流も少ない。
「あのさ、僕とも良かったら交換しようよ。一応、自作なんだ」
 クライスのお弁当の中身は、日頃修行に作っているような、栄養重視のお弁当だ。箸が苦手だから、フォークでも食べられるようにと、ほうれん草のバター炒めハム包み、人参入り卵焼きなどである。確かにお箸を使う文化は地球でも少数派だ。
「みんなのお弁当、可愛いし美味しそうだよね。比べちゃうと自信はないけど」

 和気藹々と食事が進む中、輪から少し外れたところで、神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)といちゃついている。ピクニックに混じったのは良かったが、敷地には目当ての秋桜畑はなかったので、暖炉の前での食事となったのが少し残念ではあったが。
「ミルフィ、手作りのお弁当です……食べさせてあげますから……はい、あ〜んして下さい♪」
「お嬢様、わたくしのためにそんな……嬉しいですわ」
 ミルフィが口を開ける。唐揚げが少しずつ近づいてきて……ぱくり。
「ああ……幸せですわ」
 陶酔するミルフィ。目元には感激の涙まで浮かんでいる。
 それを見て、パートナーっていっても色々だなぁと、側に座るエルシー・フロウ(えるしー・ふろう)ルミ・クッカ(るみ・くっか)ラビ・ラビ(らび・らび)を見比べた。
 ルミは病弱なエルシーに対していつも気遣いを忘れないが、一歩引いた位置から見守るようなタイプで、ラビは二人を姉扱いする……種族がアリスのせいというのも大きいが。
「なんか入り込めない感じだね」
 食べさせっこを続ける二人の様子に、リアクライス・フェリシティ(りあくらいす・ふぇりしてぃ)がエルシーと顔を見合わせて苦笑した。が、彼女のパートナーシュテファーニエ・ソレスター(しゅてふぁーにえ・それすたー)はそんなことも気にせず、二人の間に割って入り、有栖のお弁当からたこさんウィンナーをかっぱらった。
「お、お嬢様のお弁当を勝手に……っ」
 憤るミルフィをものともせず、
「んー、可愛らしい顔をしてるのう。あとほんのすこうしだけ、近くで見て構わないかや?」
 ぐぐっと有栖に顔を近づける。
「ちょっと、止めなさいよステフ!」
 ピクニックしている人とお弁当交換しようと張り切ってサンドウィッチを作り、混ぜてもらっているつもりのリアクライスからすれば、可愛ければ見境がないパートナーは困ったちゃんだ。
 引き離しながら席に戻ると、ラビがリアクライスのバスケットを覗き込んで不思議そうな顔をしていた。
「ねぇねぇ、……このサンドイッチの緑のってなにー?」
「これはアボカドっていうのよ」
「これって果物? 野菜? 甘いの?」
「木になるから果物。でも甘くないわよ。何て表現すればいいのかな……鮪に似た味かな」
「じゃあいいや」
 ラビのお弁当箱に入ってるのは、手作りのマフィンにシュークリームにドーナツ。野菜嫌いの偏食なのだ。
「ラビが失礼なことを言って、申し訳ありません」
 どこかに飛んでいったラビに代わり、ルミが頭を下げる。
「わたくしからすれば、このような色々な食材で料理をするだけでも……。宜しければ教えていただけませんか」
 これはお世辞ではなく本心だ。普段食堂に通う自分に、料理ができるエルシーが付き合ってくれているので、申し訳なく思っていた。
「私も教えてください」
 エルシーもにこにこしながら申し出る。
 ……互いのレシピの話題に花が咲く頃、有栖はミルフィの膝で眠ってしまっていた。