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シフォンケーキあらわる!

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シフォンケーキあらわる!

リアクション


プロローグ

 真っ暗だ。
 と、雪白 未散は思った。
 ほんのさっきまで窓から明るい光が差し込んでいたのに、今は光のもれる隙間もない。ほんのさっきまであんなに楽しくケーキを作っていたのに、何でこんなことになってしまったの。
「ごめんね、未散」
「謝らなくていい。……私も、止めなかった」
 クリスマスケーキを作ってみようよ。そう言い出したのは隣にいるリシェル・アストパーズだった。二人で家庭科室を借り切って……料理部の部活で使うと言えば、利用許可は取れる……小麦粉だのココアだの卵だの用意した材料を混ぜ合わせ、シフォン型に入れたところまでは、いつもどおり楽しいひとときだったのに。
 調理がはかどるという、小さな魔法シール。
 シフォンケーキを焼く時になってリシェルが取り出したそれを、未散は笑って眺めていた。リシェルがシールをオーブンやボールに貼り付けたときだって、リシェルの好きにさせていた。
 だってそうでしょう。そんなものが効くなんて思わなかったから。
 たわいないおまじない程度で、効果なんか少しも期待していなかった。だからリシェルが楽しいなら好きにしたらいいと……そう思っていたのに。
 それは、とんでもない間違いだった。
 二人の目の前で生クリームは走り出し、シフォンケーキはかつて見たこともない程にふくらんだ。その上、膨張したケーキの真ん中で、押しつぶされそうな暗闇に取り残されている。リシェルの手を引いて何とか作業テーブルの下にもぐりこんだけれど、ここもいつまでもつか分からない。
 時々、ぎしぎしとテーブルがきしむ。
 ケーキに殺されるかも知れない。笑うに笑えない状況で、心細さを振り払うように未散はぎゅっとリシェルの手を握った。
「誰か、誰かいませんかぁ!!」
 震える声でリシェルが叫ぶ。だがその声がケーキの向こうへと届いた気配はなかった。
 もしかすると、厚いケーキの壁が防音の役目を果たしているのかもしれなかった。
「どうしよう」
 泣き出しそうなリシェルの声。なだめるように、未散はリシェルの髪をなでる。
「大丈夫、きっと、……きっと誰かが助けてくれる」
 リシェルに、そうして自分に言い聞かせるように、未散はそう呟いた。



 ……前代未聞の、大膨張したシフォンケーキによる学校占拠。当然、校内は大騒ぎになった。
 家庭科室に近いクラスは全員が避難を行い、グラウンドに出て膨らみ続けるケーキを見上げている。縦に長く膨張したシフォンケーキは、そろそろ学園の屋上に届きそうだ。
 さらに、生クリームのボールに足が生え、それが校内を走り回ったため、滑った転倒者が続出した
 外周をぐるぐる回るそのステンレスボールは、思いのほかの健脚で学園内を周回している。捕まえようとトライする者もいたが、その予想外のすばしっこさにいまだ捕獲者は出ていなかった。
「……何だ、あれは……」
 唖然と、というより憮然と。
 クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)は、その非常で異常な惨状を見やっていた。
 憮然としたくもなる。シフォンケーキが膨張して学園を襲うなど、冗談にしてもくだらなさ過ぎるではないか。どうしてこうおかしな事が起こるのだ。
 そのクルードの手を取って、ユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)が引っ張った。
「落ち着き払ってないで助けに行きましょう。中に生徒が数人取り残されてるんです。このままじゃ死んじゃいますよ」
「……ケーキに殺されかかっている奴等がいるのか? 死んでも死にきれんな、それは……」
 誰かが死ぬかもしれないと言われれば、放って置く訳にもいかない。
 ユニを連れて、クルードは校舎に近づいた。クルードが近づく間にも、ケーキは少しずつ膨らんでゆく。
 そのクルードへ、日比谷 皐月(ひびや・さつき)が声をかけた。
「キミも救出に向かうの?」
「……ああ……」
「何とか助けてあげたいね。
「……それにしても、閉じ込められているのは誰だ……」
 クルードの問いに答えたのは、意外な人物だった。
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が、パートナーのクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)とともにバスケットを下げて立っている。涼介のまとうイルミンスールの制服を見て、皐月が首を傾げる。
「閉じ込められてるのはこの学園の料理部員だ」
「イルミンスール生だよね、他校生がなぜ知ってるの?」
 皐月の問いに、涼介が答える。
「その子達に頼まれて、ケーキ用の果物を届けに来たんだが……」
「そしたら、こんな事になってたって事か」
「救出を手伝いたいが、掘削できる道具がない。何とかならないか」
「だったら、これ使うといいよ。学園に話をして借りてきた」
 白波 理沙(しらなみ・りさ)とパートナーのチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)が、両手にスコップを抱えて歩いて来る。
 理沙の手から、本郷 涼介とクレア・ワイズマンがスコップを受け取る。
「ボクにも貸してもらえるかな」
 さらに、学校見学に来ていたイルミンスールのニコラス・シュヴァルツ(にこらす・しゅう゛ぁるつ)も理沙からスコップを受け取った。
「校内の見取り図を持って来たよっ 最短ルートで進もうね」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が、地図をひらひらさせる。
「人数が多いから、救出班は二手に分かれようよ。料理部員達がどこにいるか分かんないし」
 ミルディアの提案に、理沙が問い返す。
「賛成だけど、それなら地図がもう一つ必要じゃない?」
「それは我々がうけもちましょう」
 学園見学に来ていたルイ・フリード(るい・ふりーど)が、自信たっぷりにそう告げる。あわててリア・リム(りあ・りむ)が訂正を入れた。
「我々じゃないよ、ダディは駄目! 僕が地図を記録するから」
 という事で、地図をもつミルディアとルイを別に分け、それぞれにメンバーを振り分ける。
「さて、どっちにつこうかな」
 班を分けるその様子を、少し離れて神名 祐太(かみな・ゆうた)が見つめていた。
 人命救助も無論大事だ。だが、ケーキを無尽蔵に膨らませるシールという奴にも興味がある。手に入れられるのはただ一人。一人で掘り進むよりは集団に混じった方が手早いだろうし、この雑多な集団なら、メンバーが一人二人増えても意外と気付かれないだろう。
「そうだな、イルミン生の多い方にするか」
 木は森に隠せというじゃないか。俺がいても、誰かの連れだと思ってもらえそうだ。自校生に顔を見られる危険は勿論あるが、それは何とか回避できるだろう。
 そう判断すると、裕太は迷わなかった。理沙達に近づき、そのままするりとケーキを見上げているチェルシー・ニールの横を通り過ぎる。
 チェルシーに一切気付かれずその手からスコップを一つ抜き取ると、裕太は鼻歌交じりでケーキの方に向かっていく。
「ん? 今、誰か通り過ぎていかなかった?」
 理沙が気付いて、チェルシーに声をかける。不思議そうな顔のチェルシーに、理沙は首を傾げた。