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家出娘はどこへ消えた?

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家出娘はどこへ消えた?

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第2章

 景山 悪徒(かげやま・あくと)は、なんとなくチンピラたちの撲滅に加わっていたが、途中で小型 大首領様(こがた・だいしゅりょうさま)にそそのかされて方針を変更した。
『怪人ファントムアクトよ…世界征服という野望の為に貴様をパラミタに派遣してからはや数ヶ月…しかし一向に成果は上がってこない。貴様、何をしていたのだ』
『はは……学業に励んでおりました!』
『ばかか!?』
 体(悪徒の手の中の携帯)が震えるほどの大声で大領主様は返した。
『貴様をダイアークの支部長に命じたのは間違いだったのかもな……次の指令をこなせないようなら、貴様はクビだからな』
 悪徒は恐れおののき言葉も出ない。
『バローザの小娘をむしろおまえが誘拐しろ』
『……大首領様の御心のままに!』
 そういうわけで、悪徒は倉庫に舞い戻って、さっきの連中に復讐をしたい連中を募ったのだ。
 チンピラたちは先ほどの戦闘で青息吐息な者、怖がってしまった者がほとんどだったが、悪徒が悪の秘密結社【ダイアーク】より支給された金をちらつかせると何人かが食いついた。
「あとはアリアを誘拐するだけだ……」

 アリア・バローザは牛丼屋の帰りにどこへ行くともなくセンター街をふらふらとしていた。
 彼女はしばらくセンター街に暮らしていたにもかかわらず、それほどギャル色には染まっておらず、外見も含め相変わらずお嬢様らしいおっとりとした雰囲気をまとっていた。
 今夜泊まるネットカフェを探して歩くのは日課ではあったが、それはそれで毎日に刺激があって素晴らしいことだと思っていた。
 毎日決まったように押し付けられる学校と稽古の日々。
 そんな日々に自分らしさを見つけることができなかった。
 漠然と父親に与えられたことを消化していく日々。
 自分が何が好きなのか、何をしたいのかがどんどんわからなくなっていく。
 今日もあのお稽古事に行って……と一日の計画を立てていたそのときに、彼女は何もかもに嫌気がさして、すべてを捨てて出てきてしまっていたのだ。

 ネットカフェを探して歩くアリアを見つめる視線があった。
 神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)である。
 ふたりは同じくアリア探しでセンター街にバイクで乗り込んできていたが、どちらもアリアをただで父親の元に帰す気はなかった。
「いいんだよ、自由に遊んだら。お金持ちのお嬢様には自由がないなんて誰が決めたんだ」
 優子はタバコに火をつけながら、バイクのフロントに寄りかかる。
「そのとおりですわ。アリアには教えてあげたいことがいっぱいあります」
 エレンは流し目で優子を見た。
「まぁ、コンコンちゃんのようになれというのは難しいかもしれませんけど」
「ん? コンコン?」
「子ぎつねコンコンですわ〜」
 一瞬むっとしかけた優子だが、思い直して悪くないね、と呟いた。
 さすが、バイクを常に乗り回す二人である、動体視力が生半可なものではない。
 大勢の人が行き交うセンター街でふらふらとさまよっているアリアをあっという間に見つけてしまった。
「あんた、バローザ・アリアだよね?」
 優子に急に声をかけられて、アリアは身をすくませて逃げる用意をした。
「ああん、待って、待ってくださいな」
 エレンはその長い腕を伸ばしてアリアの肩を掴んだ。
「決して怪しいものではないんですのよ」
 しばらく聞いていない、エレンの丁寧な言葉遣いに、アリアは懐かしげな表情を浮かべた。
「あんたの親父さんがあんたを探し出すようにって結構大掛かりな捜索隊が出てる」
「それでは、あなたたちは私をお父様のもとに連れ戻しにきたのね」
 あからさまな警戒心を見せて、アリアは後ずさりした。
「いえいえ、そうじゃなくってよ」
「私は戻らないわ! ……少なくとも、今は」
 優子はタバコを落としてかかとで火をもみ消すと、アリアの手首を掴んだ。
「いいのさ、戻らなくて。戻ってほしくないね、私は。広いこの世界をもっと満喫するんだ」
 ヘルメットをアリアに渡し、自分はバイクに跨る。
「どう、行くの? 行かないの?」
 アリアはバイクと優子を見比べ、そしてやや顔色を上気させながら頷いた。
「行くわ。あなたの世界を見せて」
 優子は派手に空ぶかしをした後にバイクを発進させた。
 「コンコンちゃんはいいわ、ピュアよね。でもね……」
 誰にともなくエレンは呟いて、自分も優子たちに続く。
「どこに行きたいんだい?」
 バイクの爆音に負けずに優子が怒鳴る。
 アリアも生まれてからこの方ないほどに大声を張り上げる。
「どこでもいいの……ただ、このまま風を受けて走っていたい!」
「いいね、賛成だ」
 三人はとうに空京のセンター街を抜けてハイウェイを走った。
 勢いよく過ぎていく景色は、優子やエレンには馴染みのものだが、アリアにとっては初めての体験だ。
 確かに家での圧迫された生活に嫌気が差してセンター街に出てきた。
 しかし、センター街での生活も、しばらくたった今となっては同じような気分になることもでてきた。
 結局はどこにいても同じなのだろうか。
 それは、何が悪いのか。
「どんなところにいてどんな生まれであろうとも、不自由さを感じるものですわ」
 町外れの高台にバイクを止め、三人は下界を見下ろしていた。
「考え方次第だと思うのです。そう、あなたしだいですのよ」
 エレンは胸元の黒百合に触れながら言う。
 優子も自然聞き入る。
「誰もがどの環境でも不自由を感じることがある。逆に、誰もがどの環境でも自分は自由だと思うことがある」
 エレンは遠くを見つめて続けた。
「私も上流階級に生まれ育ちましたわ。それはそれは、稽古漬けの日々で、息苦しくてたまらなかった。でも、今になって思うのは、あの日々は無駄ではなかったということ。実際、私はあの稽古漬けの日々に覚えさせられた料理で得をしているわ。その腕で自立さえできると思うの」
 エレンはアリアにウィンクして見せた。
「あなたはとても恵まれているのよ。自由を手に入れるための修行をしていると思えばいいわ」
「私はそうは思わなかったけどね」
 エレンは優子をじっと見つめた。
「今は幸せなの?」
「ん……それなりに」
「それはコンコンちゃんが考えた末の選んだ道だからよ」
 優子は胸元からタバコを取り出して火をつけた。くゆる煙が下界の向こうに消える。三人はその煙を目で追った。
「いやだからと逃げないで。よく考えて、自分で選ぶといいですわ」
 アリアはエレンを見上げた。
「わかりましたわ。私、もっと自分で考えます。まずは……・逃げずに問題に向き合います」
「……戻るってことかい?」
「そう……ですね」
「私はもったいないと思うんだけどね。逃げ続けるも人生だ」
「そう、コンコンちゃんの人生よね」
 優子は一瞬眉間にしわを寄せてエレンを見据えたが、すっと視線をそらせて苦笑した。
「あんたにはかなわないよ」

 二人と別れて、アリアは充実した気分で今夜泊まるネットカフェを探した。
 ネットカフェに泊まるのも、これが最後になるかもしれない。
 そう考えながらセンター街をさ迷う。
 さっさとネットカフェに引っ込んでしまうのも惜しい気がした。
 この喧騒、最初に来たときはずいぶんとびっくりしたものだ。何もかもが怖くて、でもわくわくしていた。
 アリアはいつしか人気のない通りに出ていた。
 この機会を待っていた男がいる。
 数分後、彼女はセンター街から姿を消していた。