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【2020春のオリエンテーリング】準備キャンプinバデス台地

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【2020春のオリエンテーリング】準備キャンプinバデス台地

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第1章 バデス台地の青空


 シャンバラ地方から半日ほどの行軍で現地入りできるバデス台地は、キャンプやトーレーニング合宿などもよく行われる人気のスポットだ。
旧バデス火山の噴火により分厚い溶岩台地として残った頂上の台地までは1200mと登りやすく、台地の面積は10000平方メートルにも及んでいる。
そんなバデス台地は雲ひとつない晴天に恵まれ、絶好のキャンプ日和だった。
春のオリエンテーリングを予定していた蒼空学園のキャンプ先遣隊も到着し、早速荷解きを始めていた。

「資材のチェックを怠るなよ。追加発注ができるのは夕暮れまでだぞ」

 設営班の責任者に任命されていた山葉 涼司(やまは・りょうじ)は大声で全員に伝えて回った。
「涼司さん、気合入ってますね」
彼のパートナーである花音・アームルート(かのん・あーむるーと)は後ろをついて歩きながら、そんな涼司を見るのが嬉しそうだ。
「別にそういうわけじゃない。俺は」
言いかけた涼司の目に、早速トラブルが飛び込んできた。

「貴様、工兵なんか塹壕堀りしかできねーと思ってるな」

 資材調達係に詰め寄っているのはシャンバラ教導団からボランティアで参加してくれているソルジャーのラハエル・テイラー(らはえる・ていらー)だった。
金髪の美少年であるラハエルの顔がわずかながら苛立ちでゆがんでいた。
「私は到着していないものはありません。そう言ったまででございます」
落ち着いて受け答えしているのは蒼空学園バトラーの本郷 翔(ほんごう・かける)で、若いが丁寧な仕事ぶりを認められて資材調達係の責任者を務めている。
「まぁ、落ち着けって」
二人の間に割って入った涼司だが、世界記録となるキャンプファイヤーの図面まで用意してきたラハエルは収まらない。
「落ち着いてる時間などない。見ろ、これを。オレがこの一週間練りに練った30mのツインキャンプファイアータワーを」
ラハエルが見せた細部まで計算しつくされた図面には涼司、花音、翔も思わず声を漏らした。
「かしこまりました、私にお任せください」
翔はラハエルの仕事への熱意にほだされ、そう言い切った。
翔のバトラー魂に火がついたのだ。
「わかればいいんだぜ」
ラハエルも翔の真剣な眼差しを信用して納得したようだ。
「君、それはいけません。責任者がポジションを離れてどうします?」
横から現れて水を差したのは、資材調達係の蒼空学園アーティフィサーの御凪 真人(みなぎ・まこと)でした。
真人から正論を言われては翔も無理押しするわけにはいかず、
「では、御凪様は諦めろとおっしゃるのですか?」
翔の反論に、真人は慌てもせず冷静に答えました。
「『諦める』ですか、それは俺の一番嫌いな言葉です。えっとラハエルとか言いましたね、君は。先に着ている資材で進められるところまで進めてください」
「その後はどうするんだ? なかったじゃ済まされないんだぜ」
ラハエルは真人に問いただした。
「発注は俺たち二人でやりました、必ず来ているはずです。まだ未チェックのものがあるので、俺が終わらせて探し出します」
「わかった、信用しよう」
ラハエルはそう言って翔と御凪の肩を軽く叩くと、キャンプファイヤーの資材運びを始めた。

「無事に終わってよかったですね、涼司さん」
花音の言葉に涼司は頷いた。ボランティアを含めて参加者が多岐にわたるこのイベントだけに、もめ事はご法度だ。
「まったく、トラブルがあって準備が終わりませんでしたなんて言ってみろ。あの環菜に」
そう言いかけた涼司を、無線の設置をしていた教導団ソルジャーの戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が呼んだ。
「山葉殿、環菜校長から呼び出しです」
噂をすれば影とはよく言ったもので、涼司は戦々恐々としながら無線設置をしたテントへ向かった。
テントの幕をくぐると、小次郎のパートナーであるリース・バーロット(りーす・ばーろっと)がヘッドセットをつけて応対していた。
「ですから、私に現状報告をと言われましても……もうすぐ山葉さんがいらっしゃると思いますので……」

「だったら、早く連れてきなさい。話にならないわ」

 リースは御神楽 環菜(みかぐら・かんな)を相手にかなり困った様子であった。
「環菜、彼らはまだついたばかりですよ。あまり無理を言っては」
環菜のパートナーのルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)が無線の向こう側でとりなしているが、効果は全くない。
「無線のセッティングを終えた途端にこれです。これじゃ調整にもなりません」
丁寧な口調ながら、半ばあきれている小次郎に涼司は頭を下げた。
「すまん……迷惑をかけて……」
涼司が無線を代わると、環菜のテンションは一気にヒートアップした。

「報告が遅すぎるわ。いい、涼司。私が現地にいないからって気が緩んでるんじゃないの」

「いや、そんなことは……みんな、明日に間に合わせようと一生懸命頑張って。ん? あれ、聞こえなくなった」
涼司が小次郎とリースを見ると、二人は慌てて無線のチューニングを始めました。
「この辺りは地磁気の影響が強いようなんです。それでセッティングにも時間がかかってしまって」
涼司はリースの説明で納得したが、通信先の環菜は事情もわからないので涼司の名を途切れ途切れに怒鳴っていた。
「山葉殿、こうしましょう」
小次郎は言うなり無線のチャンネルを変えてしまった。
「小次郎、そんなことしても大丈夫なのか?」
慌てるリースに、小次郎は落ち着き払った態度で答えた。
「準備が遅れて困るのは環菜殿も同じはずです。それにこれは地磁気による事故ですから」
頼もしい小次郎に涼司は握手をすると、喜び勇んで設営に戻っていった。



 テントはどんどん建っていたが、まだ大型のものは準備中なのでガイド班のメンバーたちはキャンプ地の外側で邪魔にならないよう青空教室でミーティングを行っていた。
特に班分けされたわけではないのだが、まじめにフィールドマップを作成しようとする者たちはバデス台地の予習に余念がない。
百合園女学園から参加しているプリーストのヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)もそんな一人だ。
「つまりバデス台地の東側に暗黒洞窟が広がってるんですよね」
受け答えしているのは薔薇の学舎のナイトである藍澤 黎(あいざわ・れい)だ。
「そう、バデス台地は東に暗黒洞窟、北に高原地帯、台地を下りた南に広がる湿地帯の三つのからなりたっているというわけなのだよ」
「よし、その説明もブログに載せちゃいますね」
ヴァーナーは持ってきたノートパソコンでオリエンテーリング用のブログに記事の補足を書き込んだ。
そこへ顔を覗かせたが葦原明倫館のセイバーの草薙 真矢(くさなぎ・まや)だ。
「にっひっひっひ、あんた達はまだ情報の収集が甘いよね」
真矢はそう言うと、葦原明倫館の隠密科のデータベースから得た詳細なバデス台地の資料を披露した。
「どう、これの価値が分かる? あたしはこのオリエンテーリングでコンシュルジュ目指してるんだもん」
「コンシュルジュかぁ、すごい! ボクも見ちゃっていいですか?」
ヴァーナーの言葉に気を良くした真矢は、どうぞどうぞと資料を渡した。
「だが、暗黒洞窟の最深部にダークドラゴンがいる確証はまだ取れてないようだな。いまだ地下五階以上には入った者はいないからな」
黎は知りたかったことが載ってなかったと見えて少し残念そうだ。
「ダークドラゴンかぁ、ボクも見たいです」
興味津々のヴァーナーだが、それには黎も真矢も首をひねった。
「洞窟班もそこまでの装備は持ってきていないし、無理だろうな」
「そうね、あくまで今回は新入生のためのオリエンテーリングなんだしね」

真面目な話で盛り上がる三人をよそに、周囲の目を気にしながら隅っこで声をひそめてよからぬ企みをしている面々がいた。
「のぞき部、集合したか?」
掛け声をかけたのは蒼空学園のフェルブレイドの弥涼 総司(いすず・そうじ)で、のぞき部の部長でもある。
「もちろん、集合してござる」
答えたのは同じくのぞき部の葦原明倫館のニンジャの椿 薫(つばき・かおる)と、
「俺も来ています」
蒼空学園のクィーンヴァンガードの影野 陽太(かげの・ようた)だ。
三人は顔を見合わせるとニタニタと笑いだした。
「新入生のガイドなど、他のやつらにやらせておけ。薫さん、俺たちの真の目的は何だ?」
総司の問いかけに、薫は即座に答えた。
「のぞきンテーリングでござる!」
総司は満足してして頷くと、今度は陽太に言葉を投げかけた。
「陽太さん、そのために必要なものは何だ?」
「綿密な下調べとのぞきポイントの作成です、部長」
熱く語り合う三人は人目もはばからず肩を抱き合った。
「それでこそ、同志だ。いいか、このバデス台地の北側には火山の名残で天然温泉が噴き出している。詳細なガイドで誘導し、温泉に勧誘するのだ。このチャンス逃してなるまじ」
総司の熱い意見に、薫は涙しながら妄想した。
「あぁ、憧れの蒼空学園の女子の女体が……環菜殿、花音殿、愛美殿といずれをとっても美しき女子が今宵……」
「もう鼻血が出ちゃいそうです。俺、部長にずっとついていきますから」
陽太もすっかり興奮しきっていて、もはや周囲の目など気にならないくらい盛り上がっていた。
「あぁ、温泉美女……」
「そうだ、浴衣でポロリだ」
「ニンニンニンニン!」
温泉のマップを広げてあっちでもない、ここでもないと打ち合わせに熱中するあまり、のぞき部の三人は近づいてくる人の気配にまったく無防備だった。
総司のペットであるフェレットのなつめが騒いで危険を知らせた。
「うるさいな、なつめ。いま、いいところ……」
手で追い払おうとした総司は、ようやく温泉マップを覗き込んでいるヴァーナー、黎、真矢に気がついた。
「へー、温泉もあるんですね。ボク、知りませんでした」
ケロリと言うヴァーナーに、総司は探りを入れた。
「あ、あの何処らへんから聞いてた?」
「何処らへんとは? 我々は温泉があるとしか聞いてないぞ」
黎は言いながらも、陽太と薫の動揺する態度を見逃さなかった。
「ねぇ、なんか怪しくない?」
真矢も挙動不審な三人を疑い出していた。
「な、何もないでござるよ」
薫は愛想笑いを浮かべながら、温泉マップを片付け始めた。
「よし、ブログで紹介しちゃいますね。あ、でも女性のために囲いとか必要かなぁ」
余計なことを言う女だとのぞき部の三人は心の中で突っ込んだが、黎と真矢が厳しい視線を向けているので表情には出せない。
「そ、そうだね、よからぬことを考えるやつがいるかもしれませんし」
陽太はもう作戦は失敗だと思い、総司に目配せした。
しかし、総司の瞳はまだけして諦めてなどいなかった……



 設営を終えた西側のテントの下では、すでに荷物を運び込んだ調理班が竈づくりなど準備を始めていた。
何せ総勢で300名を超す大所帯の食事を作るのだから、下ごしらえの準備に大わらわの状態だった。
しかし、そんな中でも女の子同士というのは会話に華を咲かせるもので、彼女たちもやはり例外ではない。
「みんなで食べるカレーってどうして美味しいんだろうね。本当に……クシュン。やだ、また」
寒いわけでもないのに、小谷 愛美(こたに・まなみ)はなぜかさっきからクシュンとくしゃみが止まらなかった。
「マナ、大丈夫なの?」
愛美のパートナーマリエル・デカトリース(まりえる・でかとりーす)は彼女のおでこに手を当てた。
「うん、風邪とかじゃないとは思うんだけど……」
愛美も寒気がするわけでもないし、変だなぁと首をかしげた。
「バデス台地の花粉とかにあわないのかも。マナはアレルギー体質?」
蒼空学園アーティフィサーの朝野 未沙(あさの・みさ)が心配して、愛美の顔色を見た。
「そういうのないんだけどなぁ……」
「じゃ、噂かも。誰かがこのキャンプでマナのこと見て、気になってたりして」
未沙の言葉に、愛美はすっかりその気だ。
「やっぱりそうかなぁ? ねぇ、素敵な人だったらどうしよう?」
「えぇ〜、それはマナ次第じゃない。運命の人になるかどうかはね」
盛り上がる未沙と愛美にマリエルはすっかり呆れていた。
「あのね、マナも未沙もさっきから手がお留守になってるよ。ほら、警備の人たちも手伝ってくれてるのに」
マリエルから突然指をさされ、蒼空学園のクィーンヴァンガードのリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)は逆に恐縮してしまった。
リアトリスは警備班だが、キャンプ内の巡回が主な業務で手伝ってくれていたのだ。
「あの、僕たちのことなら気にしないでいいんだよ。ほら、手が空いてるから」
「ほら、マナも未沙もちゃんと謝って」
マリエルに注意され、愛美と未沙はリアトリスと彼のパートナーのスプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)に頭を下げた。
「ごめんなさい」
「警備のお仕事があるのに、お手伝いさせてしまって」
「大丈夫、まだそんな忙しくないから」
しょげる愛美と未沙をリアトリスは大丈夫とフォローしたが、スプリングロンドは横から口を挟んで台無しにした。
「まぁ、これは警備の仕事ではないな」
「もう、スプリングロンド」
「おっと、嫌とは言っていない。こういうのも楽しいと言いたかったのだ」
スプリングロンドはそう言うと、竈用の石を軽々と積み上げた。
「優しいんですね、二人とも」
そう言って嬉しそうに笑った愛美を見て、未沙はマリエルを肘でつついた。
「ねぇねぇ、マリエル。彼って美形だよね。もしかしてマナの運命の人かも 」
「知らないよ、そんなの」
「いいと思うんだけどなぁ」
二人の会話を聞いたリアトリスが気になって質問した。
「何なの、運命の人って?」
「何でもありません! もう、おしゃべりしすぎよ。準備が忙しいんだからね」
愛美は真っ赤になりながら調理班のテントに逃げ出した。
「あーぁ、また始まっちゃったの?」
あきれるマリエルに、
「かもね」
と、未沙は愛美の出会いの予感に楽しそうだ。
「やるじゃないか、リアトリス」
意味深に発言するスプリングロンドの言葉に、
「僕が何かやった?」
意味がわからないリアトリスは首をかしげた。
「さ、頑張って準備しましょう」
未沙の言葉で再び竈づくりが再開され、どのメンバーも着々と準備を整えていった。
太陽はすっかり昇り、バデス台地は蒼空学園のキャンプを歓迎してくれているようだった。
春のオリエンテーリングの準備はまだ平和そのものだった。