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「ま、まなみん? なにそのカッコ……?」
 駆けつけたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)の第一声は、呆気にとられたようなものだった。
 パートナーの和泉 真奈(いずみ・まな)も驚いたように口元に手を当てている。
「この格好? 動きやすくていいでしょ?」
 普段とは違い溌剌とした笑顔を浮かべながら小谷 愛美(こたに・まなみ)がそう答えた。
 傍で困ったように辺りを見回していたマリエル・デカトリース(まりえる・でかとりーす)は、二人を見て助かったと言いたげに近づいてくる。
「二人ともー、来てくれたんだねー!」
「本当に変わってしまいましたね……」
「これは一刻も早く何とかしないとね!」
「そうですね」
「でも、何とかするっていってもねぇ……」
「魔女のところに行くのに、これでは少々心許ないですわね」
「うん……。でもみんなに連絡してくれるから、きっともうすぐ来てくれると思うんだけど」
「……愛美様?」
 と、背後から聞こえた声に振り返ると浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が皆を窺うようにしてそこに立っていた。
「翡翠君!」
「……これはまた……愛美様も面白いことになっていますね」
 翡翠はたっぷりと間をおいて、そう口にした。
 マナがおかしくなっちゃった、とマリエルから連絡をもらって来てみれば、確かにおかしなことになった愛美がそこにいたのだから、当然だろう。
「まあ、私のところも人のことは言えませんが……」
 そう言って翡翠が視線を向けた先には一人の少女。
 淡い色の振袖に身を包んだサファイア・クレージュ(さふぁいあ・くれーじゅ)が、翡翠の視線を受けてにっこりとほほ笑んだ。
 普段の活発な彼女はどこへやら、そっと控えめに翡翠のそばに控えるサファイアは、お淑やかな少女と化していた。
「……サファイア、ちゃん?」
「はい、お呼びになりましたか、マリエルさん?」
「えっと……何でもない」
「うふふ、変なマリエルさん」
「あ、あはは……」
「それよりも、愛美さん大変なことになってしまいましたね」
 サファイアはおっとりとした口調でそう言って、ねぇ、とキルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)を振り返る。
「……そうですね」
 不意に話を向けられた少年は短く同意を返す。
「ものすごく、違和感です」
「キルティも大概だと思うけど? 普段から性格がコロッと変わるなんて違和感どころじゃないよ」
 パートナーのキルティスを覗きこむように声を上げたのは東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)だ。
「性格だけじゃなく、性別までわかんないわ。今日は男の子みたいだけど」
「……僕はいつも男です。それ以外に見えますか?」
「見える」
「ふふふ、キルティスさんはお可愛らしいですものね」
 秋日子が即答したことに眉をひそめたキルティスに追い打ちをかけるように、サファイアがにこにこと告げる。
 それを見て翡翠がぼそりと呟いた。
「……普段のサファイアと違ってね」
「まあ、素直じゃないことを仰るのね」
「…………」
 けれど、さらりと切り返されたその台詞に一同が呆気にとられて黙ってしまう。
 それを取り繕うように、こほん、と咳払いが聞こえた。
「おしゃべりもいいけど、他にすることあるんじゃないかなー?」
 軽い口調でウィンクを飛ばす真田 舞羽(さなだ・まいは)に、一同が顔を見合わせる。
「愛美ちゃんとサファイアちゃんがこうなっちゃったってことは、他にもいっぱいおかしくなっちゃった子がいるはずでしょ」
「それは同感だな。いろんなところからいろんな人が来てるみたいだしね」
 秋日子が同意を示すと、周りの皆も頷く。
「他にも被害者がいるなら、早く何とか……」
「待たせたな、お嬢ちゃん」
 舞羽の言葉を遮るように、さわやかな声が割り込んだ。
 白いスーツに身を包み、ソフト帽に手をかけてくるりと華麗なターンを決めながら現れたのは、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)
 派手な登場に呆気にとられていたマリエルの手をとり、ぐっと至近距離で微笑む。
「すっかり遅くなっちまったが、困ってるようじゃないか。助けに来たぜ」
「えっ?」
「そんなに驚かなくていい。多忙な俺だが、お嬢ちゃんの為ならいくらでも力になる」
「と、トライブ……さん?」
「そんな他人行儀な呼び方、お嬢ちゃんらしくないぜ」
「あのう……」
「……彼もまたおかしくなった一人のようですね」
 キルティスが呟くと、翡翠が頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。
「騒がしいですね……」
「まったくです。人が目を離した隙に、面白いことになっていますね」
 いつの間にか二人のそばに来ていたらしい千石 朱鷺(せんごく・とき)が、無感動な声でそう告げた。
「朱鷺さんっ」
 慌ててそれを咎めたのは橘 綾音(たちばな・あやね)だ。
「いきなりメールを見て飛び出して行ったかと思えば……」
「じゃあ、トライブさんもおかしくなっちゃったんだねー」
 秋日子の呆けたような声に朱鷺が頷く。
「トライブも、ということは、他にもおかしくなった方がいるのですね」
「見た通りだよ」
 舞羽が苦笑して顎をしゃくってみせる。
「確かに、一目瞭然です。」
 朱鷺は律義に頷き返して、ふと視線を愛美に向ける。
「しかし、彼女はあのような格好で寒くはないのでしょうか」
「え?」
「いくら今の季節でも、あのように手足を曝け出していては寒いでしょう。それに目のやり場にも困ります」
 静かな口調で言いながらも、朱鷺の視線は愛美の胸元に注がれている。
 それを察した舞羽がああ、と曖昧に笑った。
「まぁ……今は性格変わっちゃってるみたいだし、気にしてないんじゃない?」
「ふむ、何にせよ傍迷惑です」
「そう言いながら写真撮っちゃってるし……」
「小谷愛美が元に戻ったとき、自分が何をしていたかわからせるためです」
 綾音の言葉に振り返り、悪びれる様子もなく朱鷺は口にする。
「どういう顔をするか見物ですね」
「朱鷺さん……」
「――見つけましたわ、ご主人様!」
 綾音のため息まじりの呟きは、背後から聞こえた声にかき消された。
 一同が視線を向けると、ヴィクトリア風のメイド服に身を包んだツインテールの少女がマリエルに駆け寄ってくる。
 トライブを突き飛ばすようにしてマリエルの前に立ったのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
「ご主人様が困っていらっしゃると聞いて飛んでまいりました」
 いつもの元気で活発な様子はどこへやら、かしこまった様子の美羽もきっとメイド服で性格が変わってしまったのだろう。
「み、美羽ちゃん?」
「はい、何でしょうかご主人様」
「ご、ご主人様って……」
「ご主人様はご主人様ですわ。さぁ、魔女の元へ行くのでしたね。お供いたします」
「え、う、うん……」
「ややこしいのが増えちゃったなぁ……」
 ミルディアの一言に、舞羽や秋日子が頷く。
「みんな、まだこんなところに居たんですか」
 背後から呆れたような声が聞こえて、翡翠が振り返るとウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)がこちらに向かってくるところだった。
「ウィング様……」
「まったく、後れを取ったと思って急いで駆け付けてみれば……」
 彼女の出で立ちが普段とは少しばかり違うのに一瞬身構えるが、それ以外に変わった様子はないようだ。
「さあ、早く魔女の元へ行きましょう。ただでさえここは往来で、人目もあるのですから」
「そ、そうだね……」
「同感。さっさとまなみんを元に戻さなきゃね」
 ミルディアとウィングの言葉をきっかけに、ようやく一同は歩みを再開しようとした、そのとき。
「待ってくださーい!」
「あ、桃花ちゃん」
 そう、息を切らして走り寄ってくるのは秋月 桃花(あきづき・とうか)だった。十束 千種(とくさ・ちぐさ)も後に続いている。
 先陣をきって駆けてくる桃花に珍しいな、と思ったがそれは一緒に駆けてきた芦原 郁乃(あはら・いくの)を見て合点がいった。
 マリエルの前に来て息を整えた桃花は、事情を察して苦笑を浮かべたマリエルと視線を合わせる。
 そして、はあああああ、と大きなため息をついた。
「もしかして郁乃ちゃんも……?」
「……ええ」
「何ていうか……」
「お互い付き合いいいですよね……」
 もう一度ため息をつく二人に、郁乃が心配そうに声をかける。
「ど、どうかされましたか、ご主人様?」
「いいえ、大丈夫です。それよりも皆さんと合流できましたし、早く魔女のところへ向かいましょう」
「ええ、そうですね」
 千種も同意して、郁乃を促す。
「さぁ、郁乃さんも参りましょう」
「はい! 千種様と桃花様をお守りしなくては」
「……ええ、頼もしいです」
 一拍の間をおいて郁乃に微笑を返し、千種と桃花は行動を共にするべく一同を振り返る。
「お引き止めしてすみません、参りましょうか」
「うん、そうだねっ」
 マリエルの言葉をきっかけに、皆は今度こそ魔女のいる尖塔に向かって歩き出したのだった。