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吸血通り魔と絵画

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吸血通り魔と絵画

リアクション

7.

「ただいま帰りました」
 アトリエへ着くと、掠香が床に寝そべっていた。どうやら想定外のスケジュールに疲れ果ててしまったらしい。
「おう、おかえりー」
 と、立ち上がった掠香は、モモの後ろにたくさん人がいるのを見て目を丸くした。
「みなさんが血を分けて下さるそうです。ただ、30人いないんですが……」
 モモが済まなそうにすると、掠香は言った。
「誰が30人連れて来いって言ったよ?」
「え? だって掠香さん、二、三十人の女の子がいれば絵が描けるのにって」
 掠香は呆れたように笑うと、モモを奥へと引っ張っていく。
「これだけいりゃ十分だろが! 一体、何人連れてきた!?」
「ひゃっ……え、えっと、十七人」
「馬鹿か、お前!」
 と、モモの頭を叩く掠香。確かに離れてはいるけれど、会話も行動もまる見えだ。
 ヤチェルたちは、ただ彼らの様子を不安げに見ていた。
「ご、ごめんなさい……」
 と、モモが瞳を潤ませる。すると掠香は溜め息まじりに、
「本当にお前はしょうがない奴だな」
 と、モモの唇へ唇を重ねる。
「……え、嘘?」
「そんな……っ」
「彼氏持ち……」
 ヤチェルが、セレンフィリティが、ソールがショックを受ける。そして叶月は顔には出さずに安心してしまう。
「ごめんなさい、待たせてしまって。とりあえず、どうぞ上がって」
 と、爽やかに笑う掠香。
「血なんだけど、奥の部屋でやってもらえる? こいつが案内するんで」
「はい、ご案内します」
 何も知らない、というよりも気づいていなかったモモが、何事もなかったかのように笑う。
 ヤチェルはもう、嫌だった。

 モモの吸血した血は酸化しないようにと圧縮された袋へ溜められた。
「次の方、どうぞ」
 呼ばれてモモの前へ座るメルティナ。その後ろには何故だか椿姫が付いてきていた。
「あら?」
 首を傾げたモモへ椿姫は言う。
「別に、彼女のことが心配なんじゃなくってよ。ただ、せっかくの血を大量に横取りされないよう、見張るだけですわ」
 モモは納得して「そうですよね、その気持ちは分かります」と、メルティナの腕をとった。

 由宇はアトリエ内をうろうろしていた。思わずここまで付いてきてしまったが、先ほどからやけに血の匂いに敏感だ。そういえば、ずっと血を飲んでいなかった。飲みたい、という衝動が由宇の頭を巡る。
 奥の部屋から、ヨルが腕を押さえながら戻って来る。噛まれた傷はさほど大きくなかったが、止血が上手くいかないのか、じわりとガーゼに血が滲んでいる。
 その匂いに反応した由宇が振り返ると、翔がヨルの手当てをするところだった。
「熱はまだ出てませんか?」
「うん、全然大丈夫だよ」
 血の付いたガーゼを取り上げ、新しいガーゼで止血をする。その様子はばっちり由宇にも見えていた。
「血……血……飲みたい、ですぅ。でもここは、我慢……っ」
 ぎゅっと目を閉じる由宇だが、衝動は収まるどころか増していく。そうだ、こんな血生臭いところにいるのがいけないんだ!
 そう結論付けた由宇はすぐに駆け出した。――その夜、新たな吸血通り魔事件が発生する。被害者は吸血鬼の少女に襲われたと証言しているが、真相は分からない。

 血を吸われて熱が出るまでの時間には、個人差があるらしかった。
「イグー、大丈夫?」
 未だに元気な彩が高熱でぼーっとしているイグテシアを心配する。
「だ、大丈夫ですわ。ちょっと血を吸われただけで、わたくしが倒れるはず……」
 ばたんとその場に倒れ伏すイグテシア。彩は無理しないで良いよ、と彼女へ言った。

「クリスはどう? まだ熱出てない?」
 と、綺人。クリスは自分のおでこに手を当てると、首を振った。
「はい、まだ平気です」
 すると綺人は安心したように微笑んだ。
「そう、それなら良かった」

「まったく、貴女って人はお人好しなんですから」
 と、呆れたようにラルフが言う。
「ごめんね、ラルフ。でもボク、けっこう元気だよ?」
 勇はそう言って飛び跳ねて見せるが、すぐに疲れてしまう。高熱に体力を奪われてしまったらしい。
 こんなことになるのなら、勇の血は売約済みだとでも言って、無理にでも止めさせるべきだった。ラルフは後悔したが、勇の看病が出来ると思うと、それはそれで嬉しくも思った。

「良ければ、家まで送りましょうか?」
 高熱にすっかりやられてしまった綾音へ声をかけるコンラッド。
「い、いえ……大丈夫、ですぅ。一人で、歩け……」
 と、ステファニアにぶつかる。コンラッドは綾音の前に背を向けてしゃがみこんだ。
「遠慮しないでください。悪いことはしませんから」
「……は、はい」
 綾音はおずおずとコンラッドの背に乗り、おぶられる。

「もしもし、助けに来てください……アトリエに、いますぅ」
 リリィは通話を切ると、ばったりその場にうつぶせた。
 そんな彼女とは対照的に、ナカヤノフは元気だった。得意な氷術で高熱を防いだのだ。ただ、やりすぎて少し凍ってしまっていたが、歩いていればその内に解けると思われる。
「……あ、ふらふらしてきた」
 と、ヤチェルは言うと、その場に座り込んだ。
 積極的に関わったのは自分なのだから、最後まで見届けたかったのだが、もう持ちそうにない。精神的にも、限界だった。
「ヤチェルん、あとのことは任せて」
 と、ルカルカ。彼女もすでに高熱が出ているようだが、軍人というプライドにかけて倒れることはなかった。
「ルカちゃん……ごめんね」
「謝らないで。今回はちょっと残念だったけど、きっと次は上手くいくわ」
 頷き、立ち上がろうとするヤチェル。
「無理するな」
 と、その身体を抱き上げたのは叶月だった。
「カナ君……」
 横抱きに抱え上げられ、ヤチェルは叶月の背に腕を回す。
 そして二人が外へ出ようとした時、扉が自動的に開いた。
「何してんだ、リリィ」
 カセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)である。
「あ、悪い」
 と、叶月たちの横を抜けてリリィの元へ急ぐ。
「あれ、また尾行ですか?」
 力なくそう言うリリィへカセイノは返す。
「ちげーよ。別件でたまたま近くに来てただけだ。っつか、何してんだよ」
「ちょっと、献血を」
「はぁ?」
「血で絵を描くんだって。でもね、熱が出ちゃうの」
 ナカヤノフの説明を聞いても何だかよく分からない。とりあえずカセイノはリリィを起こそうとする。
 そこでリリィが腕を庇っているのに気が付いた。
「止血はできてんのか?」
 と、リリィの腕をとる。傷はあったものの血は止まっていたので、もう片方を確認しようとすると、リリィが嫌がった。
 無理やり腕をとれば、そこには小さな痕があった。そしてリリィは小さな声で言う。
「水泳で水着になったら、見えちゃうから、どうにかして休もうと」
 だからって自分の身を犠牲にするのは良くない。カセイノは呆れながら、リリィをおぶった。

「っつーか、エル、何しに来たんだよ?」
 アトリエを後にしながら、叶月は隣を歩くエルザルドへ言う。後ろにはちゃんと雲雀も付いてきているが、本当に何をしに来たのだろう。
「ああ、雲雀をぜひ同好会の仲間に入れてあげてほしくって」
 と、エルザルドが言うと、雲雀が声を上げた。
「どういうことだよ、エル! んなこと、聞いてな――」
「雲雀も蒼学の友達はほしいもんねぇ? これからは、会員として仲良くしてあげてくれるかな」
「おい、話を聞けっ!」
 わたわたする雲雀に構わず、エルザルドがにっこり笑う。
 ヤチェルは両目を開けると嬉しそうに微笑んだ。
「歓迎するわ、雲雀ちゃん」
「え? あ、えっと……うぅぅ」
 雲雀はエルザルドへ視線を送るだけにして、口を閉じた。後できっちり話をつけてやる。……歓迎されてしまったからには、なかったことには出来ないし、とりあえず甘んじるけど。

 帰宅した朔を待っていたのは、ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)だった。
「聞いたよ、朔ッチ。何、犯罪行為してるの……?」
「……べ、別に、その」
 目を逸らして言い訳をしようとする朔へ、カリンは言った。
「覚悟は出来てるんでしょう? そうだな……罰として、しばらくご飯抜きの刑ね?」
 ここでもまた、朔は反省をさせられることになるのだった。