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グルメなゴブリンを撃退せよ!!

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グルメなゴブリンを撃退せよ!!

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第四章 少し変わったお客様達


 世の中は面倒な規則やルールが沢山あり、やろうと思っていた事がそんな理由で頓挫してしまうというのは少なくない。
 ルールは何のためにあるかといえば、人の為である。もう少し厳密に言えば、そのルールによって守られる人のために、ルールが存在する。守られる人は、国民であったり、市民であったり、町民だったりする。そういった囲いの外からやってきた人は、ルールによる洗礼が待っているのだ。
 なんの話かと言うと、商業権の話である。
 本来なら、店を出店するには町の許可をもらわないといけない。それは、移動式の屋台であっても変わらない。許可がなければ違法営業であり、違法はよくない事だ。
「最高のタイミングであります! ライバル店舗が次々と潰れていき、しかも特例で営業権利が学校に申請を出すだけで取れてしまうのであります。この運気を最大限に利用して、この【にゃんこカフェ】を名物屋台として名が知れ渡るようにしてしまうであります」
 一人ウキウキと小躍りをしているのは、ジャンヌ・ド・ヴァロア(じゃんぬ・どばろあ)である。
「でも、この辺りはゴブリンが出るっていう危ない地域ですよぅ」
 水をさすようなことを言うのは、ルノー ビーワンビス(るのー・びーわんびす)だ。
 大柄な彼女は、ここまで屋台を引っ張ってくるのが仕事だ。
 交通量がそこそこある道の駅跡地が現在位置で、なんで道の駅跡地が使えるのかといえば、つい先日ゴブリンの襲撃を受けて大破したからである。
「だったら、ゴブリンからも金を取ればいいのであります」
 ノリノリのジャンヌには、柱を失ってぺしゃんこになってしまった建造物が目に入っていないのかもしれない。
「あんな徹底的な攻撃をしてくるゴブリンとなんて、わくしは戦えないですぅ。ここでじっとしてるですぅ」
「戦わないでありますよ? だって、お客さんなんでありますから」



「聞いた話によると、ゴブリンどもは大規模で戦術的な方法を取ってくるらしいよ」
 そう話し出したのは、松平 岩造(まつだいら・がんぞう)だ。
 先ほどまで、屋台が用意したテーブルの一つに座って何か来てもいいように待機していたのだが、段々客が増えてきて追い出されてしまったのである。
 そこを、ロイ・ギュダン(ろい・ぎゅだん)に連れ出されてこうして周辺警戒を兼ねた散歩をしていたのだ。
「こう、盗賊や山賊みたいに荒々しく乗り込んでくるんじゃないのか」
「最初はそうだったらしいんだけどな、だんだん所帯が増えてからは、きちんと統率されてきているらしい」
 二人はテクテク歩いていく。周辺警戒とは言うものの、周囲に身を隠せるような場所はなく、まだ明るいが街頭もあるため、暗くなってもぐるりと見回すだけで集団で動くような奴らがいればすぐに見つけられるだろう。実質ただの散歩だった。
「所帯が増えたって、ゴブリンってハツカネズミみたいに増えるのか」
「んー、どうだろうなぁ。さすがにそんな増え方はしないと思う。たぶん、他の群れがどんどん食い物の旨さにつられて合併されてきたんじゃないかな」
「ほー、そんなに私たちっていいもん食べてたのか」
「どうだろうかね。仮に今こっちにそのゴブリンが来たら、撤退するしかないかな」
「規模にもよるだろうけど、そもそも私達は騒動に乗っかって店舗を出してるようなもんだから、危険なら無理して戦わない方が……ん?」
 ロイがすっと岩造の前に手を出し、しっと人差し指を口元にもっていく。静かに、という合図だ。
「あそこ、何か動いてないか」
 小声でロイが指差す方を見ると、確かに大きな何かが動いているように見える。距離はまだだいぶありそうだ。
「とりあえず、わき道に隠れて様子を見てみよう」
 二人は頷いて、道の外の体を隠せる草の影にて息を潜めた。
 だんだん近づいてくると、それが人間のような姿をした何かの集団であることがはっきりと見てとれる。規則正しく、一定のペースで進んでいるようだ。
「………なんだ、これ?」
 思わず、岩造の口から疑問の言葉が漏れた。
 ロイも口にはしなかったが、同じ想いなのはその表情から見てとれた。
 二人が見たものは、頭にモヒカンをつけた三十体ぐらいのゴブリンの集団だ。それはそれは綺麗に整列し、軍隊の行進のようにそろって足を出している。
 そのうちの何体かは、プラカードを持っており、いくつかはその内容が読み取ることができた。そこには『NO 無銭飲食』『お金を払っておいしい食事』『私達はとてもいいゴブリンです』などと書かれていた。
「…………?」
「…………?」
 あまりのわけのわからなさに、ゴブリンのデモ行進が通り過ぎるまで二人は呆然とその様子を眺め、はっとなって【にゃんこカフェ】に向かって走り出した。



 客入り上々。
 少し町から離れた場所なのは、ゴブリンの襲来があるかもしれないという理由のため仕方ないが、それでも想定していた売り上げをだいぶ上回っている。
 
「これがボクらの【にゃんこカフェ】の実力だよ。急ごしらえの囮店舗なんかに絶対負けてやるもんか!」
 この状況に上機嫌になっているのは、黒乃 音子(くろの・ねこ)だ。
「そんなところで高笑いしてるぐらいなら、これを七番テーブルに運ぶでござるよ」
 と、彼女に料理を手渡すのはフランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)。【にゃんこカフェ】で調理を担当する彼は先ほどからずっと大忙しで、使えるのなら猫の手だって借りたいぐらいなのだ。
「わぁー、目の前がぐるぐるしてきたでありますよー」
 屋台の横でご飯を炊いていた【戦争論】 クラウゼヴィッツ(せんそうろん・くらうぜびぃっつ)がいきなりそんな事を言い出し始める。この驚く程の暑さの中で、お手製のかまどでご飯を炊き続ければめまいの一つや二つしてもおかしくない。
 【にゃんこカフェ】はおいしい魚料理が売りだ。おしなががきには、岩魚のから揚げ・ヒラマサのムニエル・金目の岩塩焼き・アマゴの煮付けなどが並んでいる。カフェなのかどうかはともかく、ご飯は欠かせない。
「わぁー、せめてその分だけは炊き上げるまで我慢するであります! ご飯待ちのお客さんいっぱいいるんであります」
 わたわたと走り回るジャンヌが何気に酷い事を言う。
 だが、彼女自身もこの熱気の中で、料理をあっちのテーブルへ運び、こっちのテーブルを片付けて、お会計をして、と走り回っている。
「ロイ達を見回りに行かせたのは、失策だったであります」
「まだまだボクは全然平気だよ」
「私もまだまだ平気でありますよ!」
 音子の発言に、ジャンヌが意地で言い返してみるものの、互いに結構バテバテだ。
 お客さんが気さくというか、気長に待ってくれているからなんとなかっているが、短気な誰かが怒り始めたら収集がつかなくなる可能性だってある。
「いっそ、アルバイトでも雇うべきでありますか……」
 一応これはゴブリンをおびき寄せるための店舗活動なので、あまり戦闘経験の無いであろう一般人を入れるべきではない。のだが、現状でゴブリンが襲ってきたら……あまり考えたくない話である。
 とかなんとか考えつつ、接客に料理を運びと動きまわっていると、そこに息を切らしながらロイと岩造が走ってもどってきた。
「店が大変なのに気づいて戻ってきたでありますか」
「ぜぇ……ぜぇ……」
 ロイは喋ろうと口をパクパクさせるが、喉が渇きすぎてくっついてしまったようで中々声が出ない。音子が水を持ってきて手渡し、それを一気飲み。したら思いっきりむせた。
「げほっ、ごほっ……あー、あーあー、し、死ぬかと思った」
 同じく水をもらった岩造も頷き。
「全力で……あんなに走るもんじゃ……ないね、こんな日は……」
 と同意する。かれこれ、結構な距離を二人は走ってもどってきたのである。ランニングなら全然余裕だが、全力で走れる距離ではなかった。
「……なんだかよくわからないでありますが、こっちも大変なのでありますよ」
「お客さんがいっぱいなんだよ」
「なので、接客をお手伝いして欲しいのであります」
「いや、それより大変なんだって!」
 ロイが慌てた様子で、先ほど見て来たものを説明した。
 30は居たであろう、プラカードを持ったゴブリンの集団がこっちに向かって歩いているのだ、と。
 話を聞いたジャンヌは、一考してみてからこう言い出した。
「そんなプラカードを持っているのであれば、話に聞いた無銭飲食ゴブリンとは違うのではありませんか?」
 ロイと岩造は、言われてみれば確かに、なんて考えてからいやいやと首を振った。
「そうやって騙して店に近づくのではないかと」
「でも、そんな話聞いた事ないであります。音子はありますか?」
「うーん、ボクも聞いた事ないなぁ」
 確かに、そんな派手で記憶に残る方法でやってくるのなら、噂の一つや二つ流れていてもおかしくない。今回が初めてなのか、それとも本当に別の集団なのか。
 四人で顔を見合わせてそんな話をしていたら、奥のテーブルから声がかかる。注文だ。
「とりあえず、二人も接客をするのであります。接客をしながら、周辺警戒すればいいのでありますよ」
 兎にも角にも、今はお店がお客さんで溢れていて大変な状況だ。
 正直ゴブリンなんてどうでもいいので、まずはこの危機的状況をなんとかするのがジャンヌにとっては最優先課題なのだった。