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虹色の侵略者

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虹色の侵略者
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第一章 カラーひよこの大津波

「ん……、なんだ?」 
 葉月 ショウ(はづき・しょう)は妙な音が聞こえて振り返った。
 どんな音かというと、メキメキと、木が悲鳴をあげているような、そんな音だった。
 振り返ってみた先に続くのは長い廊下。今日は休日だから、生徒の姿はほとんどなかった。
 少なくとも、目に見えて異常は見当たらない。
「どうかしたのですかぁ?」
 と、ショウの顔を覗き込むリタ・アルジェント(りた・あるじぇんと)
「いや、別に」
 気のせいだったかな、と思い直してショウは前に向き直った。
 その直後、今度は聞き間違いでないはっきりとした音で、重いものが落ちるような音が響く。
「は?」
 振り返ると、めちゃくちゃな色のでっかい怪物がいた。
 それは、形が不定形でうごめきながら、物凄い勢いでショウに向かってくる。
 とっさに武器を抜こうとしたショウだったが、その不定形な怪物が小さな生き物の塊、何故か一匹一匹色の違うカラフルなひよこ、だと気づいて手が一瞬止まってしまった。
 なんで、ひよこが、こんなにたくさん?
 そんな疑問が頭によぎっている間に、ひよこの塊はショウを飲み込んでしまう。
「あ、危なかったですぅ」
 空飛ぶ箒でふよふよ浮かびながら、リタはほっと安堵の息を吐き出していた。
「それにしても、なんでこんなにひよこがたくさん出てきたんですかねぇ?」
 辺りを見回すと、廊下はひよこで埋まってしまっている。足の踏み場を見つけるのは大変そうだ。
「それにしても、ひよこさんかわいいですねぇ。こんなにいっぱいいるなら、一匹ぐらい持って帰っても……おや?」
 リタは辺りを見回して、ついさっきまで一緒に居たはずのショウの姿が見えないことに気が付いた。
「……なんか他のひよこと全然違う色のひよこがいますぅ。ああ、早く追いかけないと流れていっちゃいますぅ。待ってくださぁい! あの珍しいひよこは私が捕まえるですぅ!」
 珍しいひよこを追いかけながら、ひよこってどんなものを食べるのだろうかなんて事を考えているうちにリタの頭からすっかりショウの事が消えてしまっていた。
 


 教室の机の上であぐらをかいて座っているなんて、教師に見られたら怒られるかもしれない。だが、今の状況は非常事態だ、だから仕方ないのである。
 そう、東條 カガチ(とうじょう・かがち)は結論付けた。
 ついでに、非常事態なのだから、食べれる今のうちにご飯を食べるのは間違っていない行動だろう。
 お昼に食べるために持ってきていたアンパンを食べながら、視界に広がる妙な光景を眺める。床一面が、ひよこに埋め尽くされているのである。
 ひよこの色はカラフルで、赤や緑や青などなど多種多様。カラーひよこと誰かが呼んでいた。
「もしかして、カガチ、餌をやっているのですか?」
 カガチの座っている机の周りには、他よりも密度が濃くカラーひよこが集まっていた。
 理由は簡単。カガチは普通に考えてありえないほど、食べてるアンパンをぼろぼろとこぼしているのだ。
 そんな様子を見て鋭く突っ込みをいれたのは、エヴァ・ボイナ・フィサリス(えば・ぼいなふぃさりす)である。
「ちげぇよ、ただ、ほら、俺もちょっとこの状況に動揺しちまって、ほら手がガタガタ震えちまって大変なんだよ」
 と、カガチは大げさに手をガタガタ揺らしてみせる。
 手に持っているアンパンから、さらにボロボロとパンくずが落ちて、それにひよこが群がっていく。
「そうですか」
「そういうおねえさんこそ、なんで足をひよこの中に突っ込んでんだよ。靴まで脱いでさ」
「これは、別に、ただほら、靴が汚れたら嫌じゃないですか」
「触りたいなら、普通に手を使えばいいんじゃないか?」
「ですから! 別にひよこを触りたいとか、そんな理由ではありません」
「ふーん」
「なんでニヤニヤしてるんですか……」
 二人がそんな会話していると、こつんとカガチの頭に何かが当たった。
 キャッチしてみると、ごく普通の消しゴムだった。なんだ、と思ってあたりを見回すと手を振っている女の子の姿があった。
 ヤジロ アイリ(やじろ・あいり)だ。彼女も、カガチたちと同じように机の上に避難しているようだ。
「おーい、おっさん、そのパンってまだある?」
「おっさん……」
「ちょっ、凹むなよ。悪い、悪いって。えと、そのパンはまだありますか、お兄さん」
「……ああ、パンならまだあるが?」
「それだったらさ、俺にも少し分けてくんないかな?」
「腹が減っているのか?」
「いや、そうじゃないんだけど……ダメかね?」
「いや、構わないよ。ほれ」
 まだ封のしてあった新しいアンパンをキャッチすると、アイリはすぐに開けた。
 取り出したアンパンを、細かくちぎっていく。何をしているのだろう、とカガチは様子を伺っている中、アイリひよこを潰さぬようにゆっくりと机から降りる。
 さらに、ひよこをやさしくどかしながら床に仰向けに寝そべると、小さくちぎったアンパンを真上に放り投げた。
 パンくずのシャワーを浴びたアイリの周りに、あっという間にひよこが集まっていく。アイリの上に乗ったパンくずを食べるため、ひよこはどんどん乗っかっていく。もう、傍から見るとカラーひよこの塊で、中に人間が埋まっているようには見えない。
 それは、幸せな光景に見えたかもしれない。体中あちこちにひよこが集まっているのだ。動こうと思っても動けないのは不便かもしれないが、ひよこが大好きならそれはきっと嬉しい悲鳴というやつなのだろう。
 音声を、OFFにしているなら。
「ちょっと、待て、痛いっ、痛っ。いたたたたた、落ち着け、落ち着いてくれ、そんな必死に突っつかれると、痛いってばぁ!」
「ひよこは産まれた時から、鋭いくちばしがありますから」
 エヴァは淡々とした口調で言う。鳥にクチバシで突かれるのは、思っている以上に痛いのだ。



「このひよこって、金の卵とか産んでくれないかなぁ?」
 自分の頭の上にせっせとひよこを乗せながら、不意に咲夜 由宇(さくや・ゆう)はそんな事を言い出した。
「ねぇ、そう思わない?」
 いきなりそんな事を言われて、咲夜 瑠璃(さくや・るり)は由宇にひよこを乗せる作業を中断して、首をかしげた。
 二人は、由宇が夢にまで見たというひよこ埋もれを実現させるための作業中なのだ。
 果たして夢にまで見るほどひよこ埋もれというのがメジャーなのかどうか、について瑠璃は若干の疑問を持ったが、それは言わないでおいた。所轄、やさしさである。まぁ、その発言そのものはその場のノリだったのだろう。
「ね、もしかしたら、金の卵を産むかもしれないかなぁ」
 瑠璃はもう一度首をかしげて、止まっていた手を動かしはじめた。
「ねー、ねー。産むかなあ、金の卵?」
「……金の糞をする馬の話があるのだわ」
「へ?」
「…………」
 また、黙々と瑠璃はひよこを乗せる作業に戻る。
「ちょっとぉ、その先は、何が言いたかったの?」
 ずずいと由宇が瑠璃に詰め寄る。そのせいで、せっかく乗ったひよこが落ちてしまった。
「その話、私しってるよ!」
「あれ、今どこからか声が……?」
 由宇が辺りをキョロキョロみていると、瑠璃がひよこで山になったところに手を突っ込みはじめた。ひよこを傷つけないようにやさしく掻き分けていくと、中から小さな人が出てきた。
「ふは、助かったよー。いきなりひよこに流されちゃうんだもん。びっくりしたよー」
「すごい、ちっちゃい、かわいい」
「この子は、機晶姫なのだわ」
 機晶姫の大体は人間ぐらいのサイズだが、中にはこのような掌サイズのものもいるのだそうだ。サンク・アルジェント(さんく・あるじぇんと)もそんな一人である。
「助かったついでに、たぶん私のパートナーのスズもその辺りに居ると思うんだけど、掘り出してくれない?」
 コクコクと瑠璃が頷くと、さっそくひよこだまりの採掘作業を始めた。
 もちろん、どかしたひよこは全て由宇の上にのっけていく。おかげで由宇は動けないので、作業は瑠璃一人で執り行われた。
 しばらくして、サンクのパートナーの御子神 鈴音(みこがみ・すずね)が発掘された。
 瑠璃がひよこをどかそうとすると、鈴音は一言はっきりとした声で、
「…………ダメ」
 と言い出した。
 瑠璃は無表情で鈴音を見つめ、鈴音もまた無表情で瑠璃を見つめる。
 お互い、あまり口数の多い方ではない。それがこんな風に無表情で見詰め合っていると、外野のサンクと由宇は無意味に緊張してしまう。
 すっと瑠璃は鈴音に背を向けると、また由宇の上にひよこを乗せる作業に戻った。
「えっと、あの子はあのままでいいの?」
 由宇の問いに、瑠璃は頷いて答えた。
「……あの子は、ああしているのが……幸せなのだわ」
 顔だけだして、幸せそうにしている鈴音の顔を見て、彼女が自分からひよこに埋もれているのだという事を由宇は理解した。
「むふー…………幸せ………」



「ふー、大量だねぇ」
 月崎 秀(つきざき・しゅう)は大きな麻袋の中を確認して、満足そうに頷いていた。
 溢れかえるひよこを捕まえ育てて、卵を取ったり、鶏肉にしたり、夢は無限大だ。そのため、用務室に乗り込んでこうして大きな麻袋を引っ張り出してきたのだ。
「ねぇ、あなたその袋の中に赤いひよこはいませんか?」
 そろそろ袋もいっぱいかな、なんて頃合になって声をかけてきたのは志方 綾乃(しかた・あやの)だった。
「赤いひよこ? たぶんいると思うけど……?」
 秀は怪訝そうな瞳で綾乃を見た。赤い色を欲しがることも疑問だったが、何よりも彼女の目の前で汲み上げられたひよこタワーの方がもっと意味不明だった。
「志方ないですねぇ、では説明してあげます」
 妙に自信のある表情で、彼女はひよこタワーを指差した。
「波羅蜜多ビジネス新書にある、4匹の同型同色の魔物を抹殺する禁呪です。いいですか、同じ色のひよこをくっつけると消えます。それを組み合わせて、連続で行うことで相手におじゃまぴよを大量に送りつけることができるのです。呪い返しですね。こうすれば、ひよこも消えて、この騒動の原因の鏖殺寺院の企みも消滅します」
「……はぁ」
 何を言っているのかよくわからなかった。
「それで、赤いひよこはありますか?」
 ずずずいっと詰め寄られ、半ば押し切られる形で秀は袋から赤いひよこを手渡した。
「ふふふ、それではいきますよ。今日は調子よく積めたので、きっと太陽マークまで一直線です」
 相変わらず何を言っているのかわからないが、楽しそうなので秀は放っておくことにした。巻き込まれても大変そうだし。
 そういうわけで歩き出すと、後ろから悲鳴が聞こえた。
 振り返ると、綾乃がひよこに押しつぶされていた。うまくいかなくて、おじゃまぴよに潰されたのだろう。そう思っておくことにした。
「だめだってばー! ひよこさん食べたら可愛そうでしょっ!」
「なー!」
 少し歩いた先では、賑やかな事になっていた。
 立川 るる(たちかわ・るる)が、立川 ミケ(たちかわ・みけ)を抱きかかえて大声を出している。
 黒猫の姿をしたアリスであるミケは、どうやらひよこに襲いかかろうとしているようだ。
 少し興奮した様子で、るるの手から逃れようと頑張っている。
「わわわ、暴れないでー」
「なななな、なななー!」
 一人と一匹の熾烈な争いは、まだまだ続きそうである。
「みんな楽しんでるなぁ」
 自分だってハイテンションで麻袋を取りに行った秀が、他人事のように呟いた。