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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

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【2020】ヴァイシャリーの夜の華

リアクション

「綿菓子とりんご飴買ってきたよ。レイルは好きかな?」
 茅野 菫(ちの・すみれ)は、運営用のテントの中にいる少女の姿をしたレイル・ヴァイシャリーの元に、戻ってきた。側にはパイス・アルリダという青年が護衛についている。
 あまり元気の無かった彼だけれど、花火を見ているうちに少しずつ普段の元気を取り戻し、時々歓声を上げていた。
 ヴァイシャリー家の男子については、世間にあまり知られておらず、特にレイルは子供ということもあり、こうして外に出るときには女装をして出ているようだった。
 友人からの誘いや訪問も基本的に許可されることはない彼だけれど、今回は彼がどうしてもと強く願い出たために、特別に許可されたのだった。
「その服、かわいいね。ボク、可愛いものも大好きなんだ」
 レイルは菫の花柄の浴衣がとても気に入ったようだった。
「……たくさん、大好きなもの、あるんだ……」
 言いながら、菫からりんご飴を受け取ってぺろぺろ嘗め始める。
「もうあんな怖い思いはしたくない?」
 そう菫が尋ねると、レイルは不安気な目を見せて、首を縦に振った。
「なら、あたしがレイルが怖い思いしたりしない世界を作ってあげるっ」
 菫は座ってレイルに笑みを見せる。
「でも、あたしだけじゃできないこともあるから、そのときはレイル手伝ってくれる?」
「あ、のね。ボク子供だから、なにもできない。できないんだ……もうあそこには行かないよ」
 レイルは怯えた表情をする。
 沢山の遺体のある空間に、一人、人を残してきたこと。
 沢山の戦いの音を聞き、敵の攻撃で揺れる館の中で感じていた想い。
 それらはレイルの小さな心に、深い傷を刻んでいた。
「今は無理でも、いつか、ね! レイルだって大人になる時が来るんだから」
 菫の言葉に、戸惑いながらレイルは小さく頷いた。
「大丈夫。ほら、花火がとても綺麗〜。レイルが頑張ったから花火大会、行えたんだよ?」
 言って、菫は空を指差す。
「うん」
 レイルは再び空に目を向けて、綺麗な花火に見入っていく。

 運営用のテントには、もう1人変わった客人も来ていた。
「見難いようなら、もっと前に来てね」
 振り向いて、その人物に声をかけたのは桜井静香だ。
「ここで構いませんわ。大抵の花火は見えますもの」
 優美な微笑みを浮かべたその人物は――十二星華、天秤座のティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)だ。
「そっか。楽しんでいってくださいね」
 静香はそう言って微笑んだ後、体を前に戻した。
「それにしても……」
 ティセラは静香に礼を言った後、自分をここに連れ出した人物、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)に目を向ける。
「わたくしにだけ、このような可愛らしい服を着せて、ご自身はそのままでよろしかったのですか?」
 ティセラは祥子の勧めで、彼女が用意した紺地に朝顔の絵が描かれた浴衣をまとっていた。
 祥子は普段と変わらない服装だった。
「お立場のこともありますので、私はホストや護衛のつもりで同行しています」
「ありがとうございます」
 花火の音に、2人は空に目を向ける。
 浴衣の絵柄のような、光の花が夜空に咲いていく。
 未来の事は誰にもわからない。
 だからこそ、ティセラには現在をより楽しみ、充実したものにしてもらいたいと。
 祥子は今のヴァイシャリー、集った人々、それにより行われた催しを、ティセラにも見てもらいたくて誘ったのだった。
「今をより良くすることが未来をよりよくすることだと思います」
「そうですわね」
 ティセラがここに集った人々と、遠くに見えるヴァイシャリーの街に目を向けて、しみじみと言葉を発する。
「この街が……人々が無事で、良かったですわ」
 微笑むティセラを見て、祥子の顔も自然にほころぶ。
「お誘いしてよかったです。ゆっくり楽しんでください」
「ええ」
 ティセラは空に広がる花々にうっとりと目を細めていき、祥子が見守る中、一時の休息を楽しむのだった。

「色々と事件がありましたけれど、去年同様、とても盛大で美しいですわ」
「ホント、綺麗ですね」
 ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)風祭 隼人(かざまつり・はやと)が微笑み合う。
 去年はルミーナを誘い出すために、まず環菜を誘ったが為に、失敗をしてしまった隼人だけれど、今年は去年よりもルミーナと親しくなっていたこともあり、ストレートに彼女を誘い出すことに成功していた。
「奥の席に行こうか。あそこからでも十分楽しめそうですし」
「ええ」
 街中でデートというわけには行かなかったけれど、環菜にも親しい人物が護衛についていることから、同じ屋上ではあっても、蒼空学園の席からは離れた場所で2人で花火を楽しもうということになった。
 配布されていた冷たいジュースを持って、人混みを避けて、多少見難くてもゆっくりと語り合える場所を選ぶ。
 バン、パパン!
 花火の赤い光が、屋上をも一瞬赤く染めた。
「すぐ近くで行われているわけではないのに……激しく強い、一瞬の輝きですわね」
 消えゆく空の華をルミーナは感慨深げに眺めている。
「その一瞬の美しさで魅せるために、準備に多大な時間とお金がかかるんだよな」
 隼人は言いながら、ルミーナを長椅子へエスコートする。
 彼女が座ってから自分も隣に腰掛けて、並んで空を見上げる。
 高く、高く上がった光が、パンと弾けて。
 空に大きな光の花が咲いていく。
「花火以上にルミーナさんは綺麗ですよ」
 隼人がそう声をかけると、ルミーナは優しい笑顔を浮かべる。
「隼人さんはお上手ですわね。ありがとうございます」
「本心ですよ。一瞬ではなく、輝き続ける美しい華です」
「……嬉しいですわ」
 照れ隠しのように、ルミーナはジュースを飲んで、それからまた一緒に、空を見上げた。

「鳳明ちゃん、鳳明ちゃん、怖い怖い怖いっ」
 アユナ・リルミナルはぎゅっと琳 鳳明(りん・ほうめい)に抱きついていた。
「大丈夫大丈夫! お姉さんを信じなさい!」
 2人は屋上の更に上、上空を飛空艇で飛行中だった。
 後ろに乗っているアユナを安心させようと、揺れない程度に少し速度を緩める。
「ほら、周り見て見て!」
 鳳明に促されて、アユナは鳳明の背中に押し付けていた顔をそっと外へと向ける。
 パン、パン
 ちょうど、鮮やかな赤と黄色の華が空に咲いたところだった。
「すごーい……」
 言って、アユナは続く花火の美しさに息を飲んだ。
「どうだ、いい眺めでしょ? ヴァイシャリーの夜景も綺麗だよ」
「う、うん。こ、怖いとか言ってちゃ駄目だよね。いつかファビオ様に抱えてもらって一緒に飛ぶためにも。きゃーっ、もー、どーしよ〜っ!」
「あ、アユナさん、アユナさん、暴れたら危ないからね。ちゃんと捕まっててね!?」
「うん。ごめーん」
 鳳明の背にぎゅっと捕まりつつ、アユナは空と、地上を見回していく。
 百合園の屋上はとても賑わっていて、皆楽しそうに見えた。
 ヴァイシャリーの街でも、至る所から人々が空を見上げているようだった。
「綺麗、楽しそう……良かった」
 アユナが小さくそう呟いた。
「……んと、前に手紙で言ったけど友達でいてくれてありがとう」
 鳳明は前を向いたまま、声を発した。
「東西とか面倒臭い事になったけど、私はずっとアユナさんの友達だよ」
「うん!」
 凄く嬉しそうな返事が背中から返ってくる。
「……へへ、なんか恥ずかしいね、こういうの」
 鳳明はちょっとだけ振り返って、照れ笑いを浮かべた。
「ずっとお友達っ! 鳳明ちゃん大好きっ」
 アユナは輝く笑顔を見せて、鳳明をぎゅっとぎゅうっと抱きしめていく。

「……皆楽しそう」
 人混みは苦手、そして人見知りでもあるため水城 綾(みずき・あや)は隅の方で花火を観ていた。
 本当はパートナーと一緒に来る予定だったけれど、パートナーに急用が出来てしまった為、一人で訪れたのだけれど。
「本当に来て良かったんだろうか?」
 と、少し思ってしまう。
 綾の通う天御柱学院にも招待状が届いていたので、参加は問題がないはずだけれど、流石に遠いからだろうか。知り合いの姿は見かけなかった。
 制服姿の自分はちょっと浮いてしまっているかもしれない。
 そんなことを思いながら周囲を見回していた綾は、きびきびと動き回る一人の少女に目を留める。
 皆が花火の観賞と飲食、談笑を楽しんでいる中で、その少女――高務 野々(たかつかさ・のの)だけは箒とちりとりを持って、せかせかと掃除に励んでいた。
 他にも、自分と同じように、片隅でスケッチに励む少女の姿や、物思いにふける女性、独り言を呟いている少年など、隅というこの位置からは様々な人々の姿を見ることが出来た。
「お弁当如何ですか?」
「美味いぞ! 俺がばっちり味見したからな」
 軽食を担当していたシズル絃弥がパックにつめたおにぎり、サンドイッチ、フルーツなどを持って、会場内を回っていた。
「ありがとう。それじゃ、スイカをいただいてもいいですか?」
「どうぞ」
 綾はシズルからスイカを受け取った。
 パン
 空にまた一つ、花火が上がる。緑色の丸い光がぱっと広がった。
「おっ、スイカみたいだ」
「ホント……」
「食べられないけれど、綺麗です」
 絃弥、シズル、綾は、花火が消えた後、顔を合わせて微笑み合った。