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賢者の贈り物

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賢者の贈り物

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 拝殿にて手を合わせ、お参りを済ませる。
「やはり年の初めは初詣であるな」
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)は、パートナーの守護天使、ヒューバート・マーセラス(ひゅーばーと・まーせらす)と共に空京神社へやって来た。
「それにしても」
と、濃い紫地に白い牡丹と金の組紐の華やかな振袖を、自分に完璧に着付けたヒューバートを不思議そうに見つめる。
「晴れ着を着付けてくれたのは助かるのだが。
 結局そなたの言う、この技術が女子との付き合いに有用な理由が不明なままだ」
「ちょっ司ちゃん、それ誰から聞いたの?」
 ヒューバートは慌てたが、心当たりは1人しかいない。
 留守番に置いて来た弟を心の中で恨んだ。
「ほらさ、着物って着慣れないと着崩しちゃったりするでしょ?
 そんな時にさっと直してあげられたら、
『まあっバートってば何でもできるのね! 格好良いわ!』
ってなるでしょ」
「……そういうものか」
 首を傾げる司に、ヒューバートは誤魔化すように
「あっほら、あそこ、おみくじだよ」
と指差す。
 司は、ちら、とお守りが並んでいる売り場へ目をやった後で、おみくじを引いてみた。
「わ、大吉!」
 先に引いたヒューバートが喜んでいる。
「……」
 全体運より先に、恋愛運に目が行く。
 行こうとしたところで、ヒューバートに取り上げられた。
「なになに、……相場・手放せば不利」
「人のを見るでないっ」
「えーと、失せ物・高いところにあり」
「そこではない!」
 司はヒューバートからおみくじを奪い返す。開いてみて……
「恋愛・見込み薄し」
 ばりっ、とおみくじを破り捨てた。
「もう1回だ!」
 司はやり直して大吉を引く。
 そんな司を見て苦笑しつつ、ふとヒューバートは顔を上げた。
「あ、アクリト校長」
「何!」
 がばっと司も顔を上げる。
「というのは冗談」
「……!」
 かっと赤くなって、ものも言わずに歩き出す司に、ヒューバートはいたずらが過ぎたかな、と肩を竦め、
「司ちゃん、待って待って」
と追いかける。
「はい、忘れ物」
 その手に、お守りを渡した。
「……」
 忘れていた。気になっていた、恋愛成就のお守りだ。
「……あ、ありがとう」
「どういたしまして」
 恋する女の子は可愛いね、と、照れながら礼を言う司を微笑ましく見た。


「新年とは、清々しい気持ちになるものよの。いつになっても……何処にいても」
 パートナーが、しみじみとそんなことを言う。
 やはり日本人の新年といったら初詣だろう、と思ったので、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、パートナーの悪魔、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)と共に空京神社へ来たのだが、ふと引っ掛かるものがあったので訊ねてみた。
「そういえば、顕仁もどこぞの神社の祭神やなかったか?
 新年にこないなところにいてええんか? 行っとかんでええの?」
「必要は無い」
 あっさりと、顕仁は答える。
「……そもそも、この神社とて、祭神不在なのではないのか。
 日本の神を祭っているのであろう」
「……確かに」
 言われてみれば、と泰輔は周囲を見渡す。
 空京神社で祭られる神は、天照大神である。
 先の理屈で言えば、今頃天照大神は、日本の神社の方にいるはずだろう。
「……神様の事情はよう解らんな」
 まあ神社の中にいて滅多なことは言わない、言わせないようにしよう、と泰輔は思う。
「そなたが話を振ったのであろうが」
 顕仁が呆れ顔になる。
「まあまあ、あ、あそこおみくじがあるで。引いてみよか」
「おみくじ?」
「年の初めのゲン担ぎちゅうか、まあ遊びや」
「ふむ。面白い遊びよの。引いてみるか」
 結果は、2人とも小吉だった。
 歩きながら、ざっと眺める。
 全体運の他にも、旅行運や商売運や縁談や出産や、こまごまと書いてあるのをさっくりと読み飛ばし、鳥居を出たところで、
「あそこ、おでんの屋台あるで」
と指差した。
「とりあえずこのおみくじの結果を肴に、一杯やってこか」
「よかろう。我は強いぞ、酒は」
 顕仁もふと笑う。
 人でごった返す神社だが、神社の外だからか空席があって、2人はとりあえず乾杯した。
「今年も仲良く遊べるように」


「カヤ! こっちこっち!」
 大声で呼ばれて、火村 加夜(ひむら・かや)は足を早めた。
 時間には少し早いが、待ち合わせ場所には既に、トオルもシキもフェイもいる。
「あけましておめでとうございます。お待たせしてすみません」
「ハッピーニューイヤー!」
 加夜の挨拶も終わらない内に、トオルが陽気に抱き付いてきて、きゃっ、と驚いた。
「こらこら」
とそれを見てシキがトオルを引き剥がす。
「悪い」
 謝るシキに、
「いいえ」
と微笑んだ。
「何だよーハグくらい。挨拶だろーが」
 トオルはぶちぶち言っているが、気にしないことにして、横に立っているフェイに微笑みかける。
「あけましておめでとうございます、フェイちゃん。お久しぶりですね」
「おめでとう、ございます」
 フェイもぺこりと頭を下げる。
「人が多すぎて、ビビって緊張してるみたい」
と、トオルがひそっと囁いた。
 そうでしたか、と苦笑して、加夜はフェイの手を握る。
「すごい人ですね。びっくりしました。はぐれないようにしましょう」
 フェイはほっとしたように加夜の手を握って、頷いた。
 その胸に、自分のものと同じペンダントが光っているのを見て、嬉しく思う。
 かつて冒険を共にしたあの島で、フェイにあげたお揃いのペンダントを、彼女もつけてきてくれたのだ。

 お参りをしてからおみくじを引くことにする。
 作法を教えてやると、熱心に何かを願っている様子のフェイを見て、小さく微笑み、加夜は、
「今年はフェイちゃんに楽しい出来事が沢山起こりますように」
と祈った。
 もしも辛いことがあっても、それを乗り越えられる年になればいい。
 横で、
「大吉が出ますように」
と声に出して祈っていたトオルに、ぷっと吹き出した。

「吉! 吉かよ!」
 渾身の力を込めて引いたおみくじが『吉』で、トオルはがくりと力を落とした。
「悪くはないだろう」
「俺は大吉以外認めねえ!」
 シキに悔しそうに噛み付く。
「私も吉でした」
 加夜はそう言って、
「どうでした?」
とフェイのおみくじを覗き込んだ。
「中吉ですか。まあまあですね」
「まあまあ、なのか?」
 フェイはよく解らないようで、訊き返す。
「旅行、は……行きて吉、ですか。
 いいですね、明日にでもまた一緒に冒険に行きましょうか!」
 はた、と目を見開いて加夜を見たフェイに、
「冗談ですよ」
と加夜は笑ったが、フェイは真面目な顔をして言った。
「……加夜」
「どうしました?」
「……願いじゃなく、誓いをした。
 加夜にも、聞いていてくれたら、嬉しい。
 俺にとって、大事なことだから」
「……はい」
 促すと、フェイは頷く。
「今年とか、すぐじゃないけど……俺は、いつかまた必ず、あの島に行く。
 1人じゃなくて、仲間を探して、大勢で……
 それで、あの島に皆で、移住したいって」
「フェイちゃん……」
 加夜は思わずフェイを抱きしめる。
「フェイちゃん、また一緒にお出かけしようね。
 冒険だけじゃなくてショッピングとかも。お揃いのものも増えたら嬉しいな」
 腕の中で、フェイがこくりと頷く。
 沢山のことに誘おう。
 フェイがいつか、この大陸を旅立つ時に、沢山の経験と思い出を抱えて行けるように。


 本殿の方は溢れ返るほどの人出だが、空京神社には幾つもの末摂社などもあり、奥の方へ行くと、結構人もまばらになって来る。
 デートには穴場でもあるわけだが、そんな一角で、アストリニア・デルティア(あすとりにあ・でるてぃあ)は倒れていた。
「……お腹空いた……」
 行き倒れである。
 どこも人で溢れているのに、よりによって何故こんな場所で倒れているのかは謎だったが、とにかく行き倒れていた。
「だっ、大丈夫ですかっ?」
 ヒヨリ・ウィンゼーテ(ひより・うぃんぜーて)が、その姿を見付けて走り寄る。
「どうしたんですか! しっかりしてくださいっ」
「……お腹空いた……」
「え、ええ? え、えーと、誰か……誰かに助けを……」
 混乱したヒヨリが慌てて周りを見渡すと、丁度、初詣客のカップルが歩いて来るのが見えた。
「すみません!」

「おみくじは、小吉かあ……。ま、いっか、司さんが大吉だったしね!」
 機晶姫の銭湯摩抱晶女 トコモ(せんとうまほうしょうじょ・ともこ)が、引いたおみくじを開いて見ながら、パートナーの月詠 司(つくよみ・つかさ)に笑みかける。
「すみません!」
と助けを呼ぶ声が聞こえ、2人はその方を見た。
 誰かが倒れ、誰かがその横についている。
「どうした?」
「行き倒れている人が……」
 じっ、とその様子を見ていたトモコはそのまま歩き去ろうとしたが、
「こら、無視すんな! い、いたたたたっ!」
 がばっと起き上がったアストリニアは、しかしすぐにお腹を押さえてうずくまった。
「えっ、お腹空いてるんじゃなくて、お腹痛かったんですか!?」
 ヒヨリがおろおろとする。
「ううっ、さっき拾ったたこ焼きがまずかったのかな……」
「拾い食いしたんですか」
 半ば独り言のように司が呆れて突っ込んだ。
「しょうがないなー。
 ほっとくわけにも行かないし、ここは契約してあげたら? 司さん」
「どうしてそこで『契約したら?』になるんですか」
「け、契約したら、お腹痛いの治るっ……?」
 脂汗の浮かぶアストリアに、
「うんうん、治る治る」
とトモコは安請け合いをする。
「…………あの」
 呆然と様子を見ていたヒヨリが声をかけた。
「あ、あなたもついでに契約する?」
「えっ!?」
「だって、何か知らない人とは思えないのよね~」
「そ、それは……」
 実はヒヨリも思っていた。
 デジャヴというのだろうか、この人達を何度も夢で見たような気がしていたのだ。
「はいはい、解りました。
 お2人がいいなら、私は構いませんよ。まとめて契約しましょう」
 あっさりとそう了承したのは、実は司も同じだったからである。

 契約した後で、
「お腹痛いじゃん!」
と泣き声を上げるアストリアに、司は
「勿論契約で腹痛は治りません」
と、冷静に告げたのだった。