校長室
春フェスに行こう!
リアクション公開中!
* 最後の、一組。それはつまり、ステージが三つあるということは──それぞれ、あわせても三組しかこのフェスには存在し得ないと。そうなる。 「さあ……いくぜ! オレたちがトリだ!」 選ばれた、三組。 自分たちは、そのたった三つしかない席のうちのひとつを、与えられた。 気合だって入る。高揚だってする。 「がっちり、決めてくぞ! サビク! リーブラ!」 この『スクール』ステージを締めくくる。その大任に、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は心地よい緊張感を覚え、心を躍らせている。 やれやれといった素振りに、こくりと頷くそれぞれの少女たちとともに。どちらも彼女のパートナー……サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)、そしてリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)。 「頑張りましょうね、サビクさん」 「……しょうがない、な。ここまできたら──、ね」 口々に、対照的な言葉で。しかし共通しているのはこのステージを成功させること。その意を表現して、出番を待つ。 ああ、聴こえてくる。セミファイナルを務めるバンドたちの音が。 彼らから、最後のバトンを、……いや、彼らだけではない、それは今日一日ステージへと登場しては会場を精一杯、できうる限りに盛り上げていった無数のバンドたちから託されたバトンだ──引き継ぐのだ。 そして、シリウスたちの手でゴールへと持っていく。フェス全体のフィナーレという名の、ゴールへと。 最高潮の盛り上がりの中を、運んでいくのだ。 「いいか! 『ブルー』のトリは瑛菜たちなんだ! 死んでも負けんじゃないぞ! 気合い入れろ!」 「はいっ!」 「……りょーかい」 シリウスが先頭に立ち、くぐった幌の暗幕の向こうに、ステージ最前列を埋め尽くし、全体まで広がるすし詰めの観客たちの歓声が広がった。 ラックから、ギターを掴みあげる。 ドラムに、キーボードに。パートナーたちがそれぞれ配置につく。 その一挙手一投足に、轟音じみた歓声があがる。 シリウスは、瞳を一度、静かに閉じた。 一秒。──二秒。────三秒。きっかり、三秒だ。ゆっくりと高揚する心の中、無言に数えていく。 すう、と大きく息を吸った。揺れてしまわないよう、肩からストラップを通したギターのネックを、握った。 もう一方の手で、スタンドマイクを強く、こちらへと引き寄せた。 『──……いくぜえええぇぇっ!! 『スクール』の野郎どもォォォッ!!』 咆哮。刹那、絶叫。ステージのシリウスも。眼下の観客たちも。 ひとつとなって、吼えた。ドラムが、キーボードが。ベースが。爆音の叫びをかき鳴らして、続いた。 すべてが、ひとつになった。 そして。 『さァ……いくよッ!!! 『ブルー』ステージのみんなっ!!』 それはここ、『ブルー』ステージでも同じであった。また、残るもうひとつ──それはきっと『スカイ』ステージであっても同様であっただろう。 熾月 瑛菜(しづき・えいな)の発した声がマイクとスピーカー越しに、客席を埋め尽くす人々を熱狂させる。 『パラ実軽音部……エーンド! チィィィーム!! 『BLUE WATER』ァァッ!!』 御神楽音楽堂に、黄色い歓声と、怒号のように太い叫びとが渦を巻いた。 まだ、出囃子の軽妙なドラムだって鳴り止んでいない。まだ彼女たちは入場をしただけ。ステージに立っただけだというのに──この熱狂。 『リードギター! 『 BLUE WATER』、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)!』 それもこれも、今日この日のため結成された、スペシャルバンドがゆえ。その、務めるトリゆえに。 実績も人気も十二分。認知度もたっぷりの、パラ実軽音部。 また、既にインディとしてであれ活動し、それゆえに多かれ少なかれ、名を知る者もいるであろう、ローザマリア率いる『 BLUE WATER』。 交流ある二つのバンド、二人のリーダーによって実現したそれは、スペシャルバンド。両方は知らなくても、片方は知っている。そういう人間ならば盛り上がれる。そういう人間が単純計算で、どちらか片方だけでステージに立った場合の倍、客席にやってきているのだから。 盛り上がらぬ、わけがない。双方、実力は確かなのだから。 現に今。 瑛菜とローザマリアは背中合わせに激しくギターをかき鳴らし、セッションを観客たちへと見せ付ける。 激しく、──激しく! 指先が弦を弾き旋律を奏でるたび、それだけで来場者たちは悲鳴じみた声を上げるのだ。 『さァ! 行こうかァ!!』 ただ乱れ鳴らされるばかりであった、セッション。その指先が奏でる音はいつしか、ひとつのメロディーを……イントロを形成していく。 コラボレーションの妙が、そこにあった。 コンビネーションは二人の間にあって、実によどみなく。寸分の狂いの無いそこから、ローザマリアが、瑛菜が視線を送る。 イントロにまたひとつ──音が加わる。 そう、パラ実軽音部からの参加者……シンセサイザー。騎沙良 詩穂(きさら・しほ)。 アイコンタクトのもと、それを声の代わりとして三人は言葉を交わす。 ──行きますよ、部長。ローザさん。そう、彼女の目は、二人へと告げていた。 ドラム。ベース。……パーカッション。サックス! いずれも言葉無く、彼女たちの息は曲への参加と同時、ひとつになっていく。 詩穂のシンセサイザーに、それとは違った鍵盤の音がすぐ隣から重なり、連弾をする。 キーボード。上杉 菊(うえすぎ・きく)と、詩穂の鍵盤二重奏が、ギターの二人の演奏するその『道』を造り、踏み固めていくのだ。 「グロリアさん、それ最高!」 そして、思わず彼女たちは快哉を上げた。 見事なタイミングでの合いの手。ベースのグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が絶妙の間で挿入したアドリブが一層、曲調に厚みを加えていく。 『たーのしんでるねっ! エリー! アテナッ!』 彼女らの道の土台は、ドラムが造る。激しく、それでいてこのステージを満喫しながら。そうだ、すべては共同作業。ドラムの骨組みに、ベースやキーボードが道を組み立てていく。サックスを吹くアテナ・リネア(あてな・りねあ)と目を合わせつつ、とびきりの笑顔の元、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)のスティックがドラムを、シンバルを叩きパワーに満ち溢れたビートを刻んでいく! それは土台だ、この上なく頑丈で、力強く組み上げられた曲の骨格! それを、走る! 瑛菜や、ローザマリアが! まだ、歌いだしてすらいない。なのにもう、彼女たちの心はひとつ。 観客たちの心も、ひとつ。そう──……『最高だ』。 彼女らだけが、じゃない。 彼女らをみつめる観客だけが、じゃない。 その、すべてが。『ブルー』だけでなく。この春フェスの盛り上がりを、そこにいるすべての者たちが思い切り、心から──楽しんでいる。 あなたと出会った それは夢? 幻? そんなの有り得ない! 例え泡沫だって私達は出会えた そこに瑛菜の歌声が加わった──他の皆の、コーラスも。最初のナンバーから、皆の声もまた、ひとつ。 ローザから離れ、瑛菜はステージを闊歩する。 キーボードと、シンセサイザーと。並び連弾をする菊と詩穂とを後ろからがっちり肩を組んで抱きすくめて、三人ともにひとつのマイクに声を向ける。 さぁ、新しい自分を求めて踏み出そう! 少しのコインと音楽プレイヤー、自転車の鍵をポケットに詰めて 次のフロンティアへ飛び出せFLY! 自身のギターを後ろに押しやって、詩穂の指先に自分の指先を重ねて。同じ鍵盤を叩く。 ──ミス。いたずらっぽく顔を見合わせて、笑いあって。 駆け抜けようよ私達のフロンティア 見果てぬ夢がきっとそこにはある!ある!ある!Here we go! 諦めるなんて有り得ない! 憧憬だけで終わるなんて勿体無いよ! それから。スライディング気味に走りこんで、ベースに、マイクを向ける。 スピーカーからとうに流れているはずのグロリアーナの演奏を、わざわざマイクを差し出して、間近から割れんばかり、その音を拾いに行く。 ヘッドバンギングで頷くように、そのリズムにあわせて拍子をとって。くるり観客席を振り返り、軽くウインク。 そしてやおら立ち上がり──彼女は、マイクを投げる。 どこに? 『──『さぁ』』 このステージにおけるもう一人の、バンドリーダーに。 軽音部のリーダーから、『 BLUE WATER』のバンドリーダーへ。 おおっ、とどよめきがあがると同時、投げられたそれはローザの手に握られた。 ステージ衣装の後ろから、瑛菜はもう一本、マイクを取り出し天高く掲げていた。 そして、歌いだす。最後の、ワンフレーズを。 スペシャルバンドの、一曲目を二人が、締めくくる。 『──さぁ、手を握って』 『私が──……!』 私が、あなたを見果てぬフロンティアへ導く! 二つの声がぴたり、ユニゾンをした。 瞬間、こぶしを突き上げていた。 瑛菜が。ローザが。 ステージ上の、バンドの面々が。彼女たちに熱狂する、会場の観客たちすべてが。──それに、とどまらず。 いかなる偶然であったのかは、わからない。 あるいは、『スカイ』ステージで。また、『スクール』ステージにて。そのタイミングは、寸分違わなかった。 その瞬間、すべての参加者、すべてのパフォーマー、すべてのスタッフ。すべての人々の拳は高々と、同じく天を指していたのである。 空の向こうの、もっとはるか先まで、突き破らんばかりの勢いで。その熱気を届けんとでもしているかのように。 青空の見下ろす、フェスの日に。 (了)
▼担当マスター
640
▼マスターコメント
ごきげんよう。イベントシナリオ『春フェスに行こう!』いかがだったでしょうか? ゲームマスターの640です。 今回は自作の歌詞をアクションに添付してくださる方も多く、どこでそれらを使うべきかなど、書いていて色々と考えさせられるお話でした。参加者の皆様の満足のいく形であれば、幸いなのですが。要精進ですね、ハイorz 皆様に楽しんでいただければ、これに勝る喜びは無いです。それでは、失礼致します。 640