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竜喰らう者の棲家

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竜喰らう者の棲家

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 剣を構えた右腕が、重くて仕方なかった。そしてだらりと垂れ下がるばかりの、もう一方の左腕には、ドラゴンイーターの牙によって切り裂かれた激しい痛み以外の感覚が、既になく。
 
 それでも、やらなきゃ。私が戦わなくちゃ、という強い意志だけが今の彼女を支えていた。
 
 合流できた仲間たちは、けっしてそう多くはない。
 その中でも、前衛を務められるもの。まがりなりにも正面からドラゴンイーターたちと刃を打ち合えるものは、彼女、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)しかいなかったのだから。
 着衣はもはやずたずた、どうにか構え続ける剣先も震え、視界すらぼんやりと霞んでなお、ここまで彼女は先頭に立ち、戦い続けてきた。
「セルファ!」
 だから──張り詰めていたものが、ぷつりと切れた。
 もうここまでか、というタイミングでの連戦に次ぐ連戦。そこへ乱入してきた、幾人もの完全装備の者たちに。彼らのうちのひとりが発したセルファたちへの誘導の声と、散布がなされるガス状の物質とに、彼らが救助隊であることを認識した瞬間に、全身から力が抜けた。
「ごめん……あり、がと……」
「大丈夫、ですか」
 慌てて駆け寄り、支えてくれたパートナー。契約者の御凪 真人(みなぎ・まこと)へと、ぎこちなく、掠れた声で力なく笑いかける。
 普段だったら、真っ赤になって飛び退いてしまうくらいに彼と密着しているのに。それを理解しても、彼を跳ね除けるだけの力ももう、身体のどこにも残っていない感じだった。
 ここまで、的確に援護をし続けてくれていた相棒に支えられ、地面へと膝を折る。
「待っててください、すぐに手当てを」
「……うん……」
「さあ! こっちです!」
 ふたりのやりとりに、退路を示す救助隊の声が重なる。調査隊を誘導していたうちのひとり、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が、パートナーのアネイリン・ゴドディン(あねいりん・ごどでぃん)を連れ、崩折れるふたりのもとへとやってくる。
「大丈夫か? 立てるか?」
 屈み込む牙竜。周囲を見回し、前衛の救助隊を抜けてくるドラゴンイーターがないか警戒をするアイネリン。
「──……?」
 牙竜の言葉と、傷口に添えられた回復魔法とにどうにか持ち上げたセルファの視線は、アイネリンが見ていた先と同じ方向を偶然に見遣り。
 両者。違和感に、気付く。
 視線の先にあるのは、岩竜忌草を浴びせる救助隊員たちと、浴びせられるドラゴンイーターたち。
 弱点を突かれ、大半のドラゴンイーターは目に見えて苦しみ、弱り。のたうち回っている。──が。
「なんだ? こいつら……っ!」
 浴びせる側、つまり救助隊がひとり、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がドラゴンイーターへとノズルを向けつつも、眉を顰めたのは彼女らと同じ違和感に気付いたからだ。
 圧倒的優勢。それは違いない。違いないのに。
 ガスのタンクから伸びるノズルを支える手、そちらとは逆の、レーザー銃を構えた指先の引き金を絞る。
 発射された光弾は、本来ならば岩竜忌草によって装甲さえも脆くしたドラゴンイーターをやすやすと、貫くはずだった。
 なのに、そうでない敵が中に混じっている。
 装甲を、抜けないわけではない。しかし、手ごたえの鈍いやつが。脆くなりきっていない装甲に直撃を沈ませる個体がいくつか、ドラゴンイーターの中にいる。
「あれは、まさか……っ」
 仲間の、ひとり。リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)が救助隊の指示に従い、逃げていくのを視界の隅に捉えつつ、けれどセルファも正面に、その「まだ多少元気な」ドラゴンイーターの在する様を目の当たりにしていた。
 リリィのように、すんなりと、逃げるのがここは正しい選択なのかもしれない。まして自分は、傷を負っているのだから。
 それでも、だ。
「真人。お願い、もう少しだけ、付き合って」
「えっ?」
 心配げに、パートナーはセルファのことを覗き込んでいた。
 ごめんね。心配、させちゃって。……ありがと。面と向かって言えない謝罪と感謝を心の中でだけ、呟く。
「まだ……戦う気なの?」
 そうして、立ち上がろうとした。その彼女へと背を向けて、立ちふさがる者がいた。
「いけない、かな」
 ビキニ姿の射撃手、その相棒。おそろいにするかのようにワンピースのレオタードを身に纏い、槍を構える女性、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)
「いいえ。ベタなRPGのゲームだというならともかく、この戦場にルールなんてないもの。正直、ドラゴンイーターを駆除する手は多ければ多いほどいい」
 言いつつも、そのロジックに反し彼女は討ってでない。時折弾幕やガスを抜けてくるドラゴンイーターたちを手にした槍で弾き、追い返し。遠ざけるだけ。
「ただ。戦うのならば十分動ける程度には回復してからにすることね」
 でないと、そこのパートナーさんも悲しむだろうし。せっかく治療をしてくれている牙竜の努力も無駄になってしまう。
 ああ、そうか。そういうことか。彼女は立ち塞がり、盾になってくれているのだ。動けぬ自分たちを、守るために。セルファと真人は、そう理解した。
「そう、ね」
「──……って、そこォ! なにやってるの!?」
 理解した瞬間に、セレアナの怒声が空気を劈いて、びりびりと二人の、また牙竜やアイネリンの鼓膜を震わせていく。
 怒鳴ると同時、セレアナは投げつけていた。
 両手に構えていた槍を、思いきり。
 ドラゴンイーターにではない……幾人かの、救助隊の誘導とは正反対の、遺跡の奥へ奥へと向かう道へといそいそ進もうとしていた、生徒たちの眼前、そこ目がけて。
 寸分違わず、投槍は先頭を行こうとしていた茶髪の男の鼻先、数センチの壁へと突き刺さる。
 目の前に突然現れたそれにぎょっとした様子の男と、その後続の面々はぎこちなく、槍を投げよこしたセレアナのほうへと振り返る。
「どこに行くの! そっちは反対! はやく遺跡の外へ──……」
「いやー……だって、さ。もったいないじゃん」
「……はァ?」
 先頭の、男。想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は悪びれたそぶりもなく、ぽりぽりと頬を掻きながら、そんなことを言う。
 もったいない、だって?
「そーそー。もう救助隊のみんなが来て、ドラゴンイーター対策ばっちりなんだろ? だったら最深部目指さないなんておあずけ、もったいないったらありゃしない。だろ?」
 夢悠へと続こうとしていた、ぼさぼさ髪の男も言う。こちらは、赤城 仁(あかぎ・じん)
 仁の後ろに、更に三人。いずれもそれらは、仁のパートナーたちだ。ほら、やっぱり怒られた、といった表情で頭を振って溜め息を吐くカチューシャの少女、ナタリー・クレメント(なたりー・くれめんと)
 その彼女を無理に押してでも通路の向こうに行こうとする少女──玉白 茸(たましろ・きの)は、探索のことしか頭にないらしく、セレアナのことに気付いてすらいないかのように、前の三人を急かしている。
 そして、呆れ顔をした短髪の女性、エリオ・エルドラド(えりお・えるどらど)がその肩を引き止めている。
「あなたたちは……状況ってものが……!」
 夢悠と仁は別として、少女たち三人にもそれぞれ三者三様に言い分があるようだが。しかし、今はそんなことには構っていられない。勝手にずんずん奥へと進まれては、救助や脱出に支障をきたす。なにより今、ここは戦闘の真っ最中なのだ。ほぼ一方的な殲滅戦とはいえ、勝手な行動で足並みを乱されては──……。
「セレアナっ!」
「えっ?」
 全員、そこに居直れ。お説教タイムよ。その意志のもと、セレアナは歩み寄ろうと足を前に出した。
 瞬間、切迫したパートナーの、セレンの声が彼女に注意を促した。
 ──が。もう、遅い。
 左右と、頭上と。弱っているとはいえやはり鋭いその牙は健在の、ドラゴンイーターたちの悪あがきじみた奇襲が、彼女へと迫る。
 とっさ構えようとした武器も、今は彼女の手を離れ壁へと突き刺さっている。
 仁たちに気を取られていて、気付かないなんて。
「しまっ……」
 やられる。そう、思った。
 セレアナだけでは、対処が出来ない。セレンだって、声を上げる以外の手を出せるならば既にやっていただろう。つまり彼女たちには、この攻撃に対し打つ手がない。
 彼女たちだけだった、なら。
 セレアナがたった今まで背後に守っていた者たちが、いなかったなら。
「セルファ!」
 発声とともに放たれた二条の雷は、真人によるもの。岩竜忌草により弱りきったドラゴンイーターを焼き焦がし、叩き落とすにはその威力は十分すぎる。
「わかってる、ってば!」
 その刹那セレアナの眼前へとマントを翻し降り立ったセルファの、振り下ろした剣、縦一文字がまっすぐに向かってきていた最後の一体を真っ二つに斬り捨てる。
「ふうっ、間、一髪」
 まだ回復をしきっていない中でのとっさの跳躍に肩で息をしながら、片膝をついた彼女はセレアナを振り返り、見上げる。
「これで、貸し借りなし、ってね」
 セルファは、ブイサインをつくって、笑って見せた。
 セレアナも、肩を竦めながら思わず、それに倣ったのだった。