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第3章 風紀委員戦

 その時間まで、キマクの外れにある工房は、いつもと変わらぬ様子だった。
 付近で暮らす人々は基本的には力に屈し、恐竜騎士団に従っている。
 その近辺を管理している小隊は、たちの悪い不良のように、好き放題振る舞っている――。

「お兄さん達、景気どお?」
 ヤマンバメイクの女性が、酒場で飲んでいた恐竜騎士団員4人に酒を注いでいく。
「余所者かぁ? 俺らがここを治めてるって知ってて酌に来たのかぁ?」
「そおよぉ。あーそうそう、報告があったのよ」
 女性はコピーした手配書を取り出して団員に見せる。
「さっき町に入る時に、手配犯とすれ違ったのよ。このコよ」
「ちっちぇー手配犯だな。けど、捕らえる価値はあるよな」
「おー」
「2人で十分だろ。お前らは待ってろ」
 メンバーの中で、一番年上の男が、一番年下と思える少年を連れて酒場から出ていく。
「あっちの方角よ。急げば追いつくんじゃないかしら? 捕まえることが出来た時には、サービスしてよね」
 女性――酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)は、北の方を指差してそう言う。
「ああ、お前もここで待ってな!」
 そう言葉を残して、団員2名は外へと繰り出した。

 ほんの1、2分後、恐竜騎士団員は恐竜に乗って、手配犯を追い詰めていた。
 その手配犯とは、ちぎのたくらみで子供化し、ポータラカマスクを着けて変装をした酒杜 陽一(さかもり・よういち)だった。
「由美子、上手くやってくれたようだな。あとは俺が一人ずつ……」
 陽一は千里走りの術で逃げていく。
 恐竜に乗った相手より、陽一の方が小回りが利く。
「ちょこまかと……ネズミ野郎が!!」
 敵が二手に分かれたところで、片方の前に飛び出して、つかず離れずのよりを保ちつつ、敵を苛立たせていく。
(ネズミか。Gと言われないだけましだな)
 そんなことを考えるくらいの余裕はあった。
 どうやら、相手は正規の恐竜騎士ではなく、従恐竜騎士のようだ。
「うぐぐぐ、ぐおーーーーっ」
 突然、恐竜騎士が奇妙な声を上げる。
 ……由美子が酒に混ぜておいた下剤が効いてきたようだ。
「トイレに逃げられる前に、倒させてもらおう」
 唐辛子を混ぜたしびれ粉を敵に振りまいて、動きが鈍った相手をスナイプで狙って、四肢を討ち抜く。
「ぎゃふーーーーー」
 従恐竜騎士は、血と異臭をまき散らせて倒れた。

「指名手配犯の噂を聞いて来てみたが……酒杜じゃないか」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、逃げ回っている子供が、陽一であることに気付く。
 どう立ち回ったものかと思うが、とりあえずは様子を見ることにする。
 というのも、この辺りを管理している恐竜騎士団員の他にも、何故か今日は風紀委員が多く集まっている。
 指名手配犯である陽一を探して……というわけではなく、風紀委員同士で何かありそうな雰囲気だった。
(万が一酒杜が捕まったりでもしたら、こっそり助けるか。得物を横取りって名目でな)
 陽一は上手く立ち回っているようであり、従恐竜騎士と1対1なら決して引けを取らない強さを持っているため、大丈夫そうではあった。
「それにしても、だ。恐竜騎士団とはいっても、殆どパラ実と変わらん気がするな。力が第一という辺りもそうだし。……団員のノリも近いものを感じる」
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)は、恐竜に乗って、町を駆け回っている団員を見ながらため息をつく。
「そうだな。つまり、エリュシオンのパラ実生ってところか」
「気に入るかどうかで言えば気に入らんがな。そーいう訳であそこで馬鹿やっとる下っ端共をちょっと教育するぞ」
「いや待て」
 歩き出そうとしたエクスの肩を唯斗はぐいっと掴んで止めた。
「ん?」
「見ろ」
 唯斗は軽く瞳だけを動かして、エクスに一方に目を向けるように言う。
 その方向にあるのは、金属の加工などを行っている工房だ。
 その中に、入っていく者の姿が――自分達と同じ、契約者の風紀委員の姿がある。
「何かが起こりそうというわけか」
「そうだな。下手に動くと色々まずそうだ」
「ふむ……分かった。動く時は唯斗に任せる。やる時は思いっきりやらせて貰うからな?」
 エクスの言葉に「ああ」と唯斗は頷く。
「他の風紀委員と互角に戦えば、舎弟から昇格できるかもしれんしな」
 唯斗はパラ実の風紀委員だが、エクス達パートナーの立場は風紀委員の舎弟だ。
「とにかくあの工房に行ってはどうです? 風紀委員の内緒の会合かもしれませんね」
 唯斗が纏っている白金の闘衣、魔鎧のプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が闘衣姿のままそう言う。
「そんな話は聞いてないが……」
「仲間外れにされている可能性もありますよね。身に覚えがあるのでは?」
「ない。偶然だろ」
 そう答えつつも気になって、唯斗はパートナー達と共に、工房へと向かった。

「なんだそりゃ、潰れた魚か? がははははっ」
「お前のそれだってひでぇだろ。萎びた蜜柑みたいだ」
「なんだとー。こりゃ材料の所為か、教え方のせいだなー」
 工房の体験コーナーに柄の悪い男達がいた。……恐竜騎士団員だ。
「代わりの材料もって来いや」
 団員の一人が店主に詰め寄ろうとしたその時――。
 カランコロンと鈴の音が響き、男性が1人店に姿を現した。
 男――ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)は、風紀委員である騎士団員をちらりと見ただけで、気にも留めず、カウンターに近づく。
「注文していた物、入っているか?」
「は、はい……」
 店主は少し困った様子で、赤い宝石を取り出した。
「おっ、次はこれ使おうぜ!」
「さんせー、ペンダント作って、彼女にプレゼントだ」
「お前彼女なんていないだろー」
 そんな会話をしながら、恐竜騎士団はカウンターに近づいて、当たり前のように宝石に手を伸ばした。
「渡すことはできん。頼まれて取りに来たんでな」
 伸ばされたその手よりも早く、ヴァルは宝石を自分の懐へと仕舞い込む。
 工房に彼らがいることで、近づくことが出来なくなった少女の代わりに、ヴァルは宝石を受け取りに来ていた。
 彼女は近々手術を受けるという。その勇気付けの為に注文していた宝石だ。
「ここは俺達の縄張りだ。分け前としてその宝石の9割をいただこうか」
「それとも土下座ってやつをしてみるか? さんべんまわってワンでもいいぞ」
 分校生達を相手にした時とは違い、手強い相手と感じたせいか、恐竜騎士団員も力づくで挑んではこなかった。
「よかろう」
 そう答えたヴァルは……。
 騎士団員をまっすぐ見据えて、姿勢を正し。
 鍛え抜かれた肢体。完成された体を見せつけながら、腕を振り上げ、身体をひねり。
 力強く、華麗にターンを決めた。
 3回。
 そして、至近距離で吼える。
「ワン」
 ……。
 恐竜騎士団員は、ビクッと震え、足を後ろに引き驚きの表情で固まっていた。
「言われたとおりにした。では、宝石は受領した」
 背を見せると、ヴァルはそれ以上は何も言わずに、堂々と入口へと歩いていく。
「き、さま……」
「なんだそりゃ!?」
 我に返った騎士団員が赤くなって怒り出す。
「やっちまえ!」
「てめぇの目の前で、その宝石砕いてやるよ!!」
 コケにされたと思い、騎士団員達が飛び掛かってくる。
 殺気看破、大帝の目で注意を払うものの、ヴァルは彼らを相手にはしなかった。
 なぜなら。
「大人しく、アクセサリー作りを続けていた方が、身の為だと思うがな」
 そう、彼らが黙ってはいないだろうと判っていたから。
 シャンバラの同士である風紀委員達。
「邪魔したな」
 店主に軽く手を上げて、挨拶をするとヴァルは後の事は任せ、工房から出て行った。
「今のは、あなた達の方に問題があるわよぉ。彼の罪は肉体が完璧すぎたことくらいでぇ」
 ヴァルが訪れた直後に、工房を訪ねてきた師王 アスカ(しおう・あすか)が、従恐竜騎士達の前に出る。
「色々噂も聞いてるわよぉ。ここ一帯を支配するのなら、もう少し後先考えて行動してよぉ〜!」
「なんだテメェは、退きやがれ!」
「私は風紀委員よ〜」
 アスカの言葉に、乱暴に彼女を振り払おうとした従恐竜騎士達の動きが止まる。
「簡単に言うと、貴方達のこういった日頃の行いのせいで、ベル達や他の風紀委員の心象も最悪なのよ」
「これを見てみろ」
 オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)が、住民達からの苦情をまとめた紙を従恐竜騎士に突きだす。
「暴力で支配がバージェス様のご意向でも、市民を疲弊させてしまったら、元の子もないだろう?」
 ルーツが広げた紙をちら見した従恐竜騎士は怒りを露わにする。
「なんだァ、楯突くやつは容赦しねぇぜ!」
「んなことを言いやがった奴ら、全部ここに集めな。粛清してやるぜ」
 そんな彼らの反応に、アスカは深いため息をつく。
「観るに堪えかねませんわ……ね」
 もう一人、店内で様子見をしていた少女が立ち上がり、従恐竜騎士に近づいてくる。
 黒い布で目を覆った少女だった。
「貴方達は『弱肉強食』の意味を間違えておいでのようですわね? 貴方達の行いは只の『暴力』。力の差を示す為の行いではありませんわ」
 少女――中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は、魔鎧の漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏い、中願寺 飛鳥(ちゅうがんじ・あすか)を憑依させた状態だった。
「貴方達の行いによって、恐竜騎士団が安く見られでもしましたらバージェス様に申し訳が立ちませんので……」
 ゆっくり近づきながら。
風紀委員として、風紀を乱した貴方方を取り締まりますわ
 そう、にっこり笑みを浮かべた直後。
 物質化・非物質化により隠されていた、とてつもない重さの斧、ハイアンドマイティが出現する。
「!!?」
 驚く従恐竜騎士に、ブンッと、大きな音を立てて斧が振り下ろされる。
「ぐぎゃっ」
 従恐竜騎士の纏っていた鎧がはじけ飛ぶ。
「店内での戦闘は避けてください」
 手伝いに訪れていたルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)が声をあげる。
 力による解決を手段として選ぶのだとしても、守るべきものが何かを忘れないでほしいと。
 ここには、守るべき日常があるからとルークは言う。
 従恐竜騎士と高位契約者が戦ったら店が半壊どころでは済まないのだから……。
「そうですわね」
 綾瀬がドアの前から離れる。
「反乱だ! 集まれ―!!」
 攻撃を受けて血だらけになった男も、他の従恐竜騎士も、一斉にドアから外へ飛び出していく。
「やはり、交渉が出来る相手じゃないようだな」
「仕方ないですねぇ〜。やはりここら流の交渉術に変更ですね〜。無駄な血を流さない方がお互いの為だと思うんだけどねぇ」
「小隊のリーダを狙うわよ」
 ルーツ、アスカ、オルベールも武器を手に、工房を飛び出した。