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夜空に咲け、想いの花

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夜空に咲け、想いの花
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6/ 一緒に、帰ろう

 そしてそれは、夜空に舞い上がった。
 蒼空学園に集結した参加者たちすべてが見守る中、それまでに夜空を飾ったどの花火よりも大きく、美しく。数えきれないほどのいくつもの色に輝き、彩られて空に花開く。
 この世のものでないかのように、幻想的に。
 あるものはそこに愛する者の面影を重ね、ある者はその美しさに驚嘆し。
 すべての者がそれぞれに、目を奪われた。情愛の輝きに、各々の想いを委ねていた。

「マリア。誰よりもあなたを、愛しています」
 ジュンコ・シラー(じゅんこ・しらー)の場合も、そうだった。
 花火の。情愛の花の輝きが、背中を押してくれた。この瞬間しか、ないと思えた。
「私は、あなたの事が好き。無論まだまだ未熟な私ですけれど──……、もしよければ、お付き合いをしてほしい。そう思っています。そしてそれが私の願いですわ」
 彼女はそうして、パートナーのマリア・フローレンス(まりあ・ふろーれんす)へと想いを告げた。
 黒髪の相棒はやがて、首を上下させる。
 イエス、の返事だった。
「嬉しいわ、ジュンコ。……私もよ、あなたが好き」
 その瞬間に、二人の想いは通じ合った。
 花火が咲かせる大輪の花弁の下で、どちらからともなく二人の身体は歩み寄っていき、交差する。
「大好きよ、ジュンコ」
「ええ、私も。心から、そう思う」
 抱き合う二人があった。花火は彼女たちが離れるまで、抱き合っている間じゅうずっと、夜空から消えようとはしなかった。
 まるで二人を、見守っているかのように、ずっと。

 あるいは、彼ら。天禰 薫(あまね・かおる)熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)もまた、夜空に咲いたその花を見上げていた。
「……うん。一番きれいだね。こんなにも、きれいなんだ」
 そこは、静かな場所だった。ふたりきり。周囲にはほかに、誰もいない。
「実は生まれてこのかた、一度も花火大会に出かけたことないんだよね」
「……そう、なのか」
「そだよ。だからはじめて。はじめてでこんなにきれいなの見れて、びっくりした。……孝高は?」
「俺だって、こんなところ、来た事ない」
「あ、そうなの」
 じゃあ、一緒だね。薫は楽しげに、朗らかに笑う。
 しかし純粋に楽しんでいる彼女とは裏腹に、孝高はどこか歯切れが悪い。
 しきりに目を落として、なにか言いかけて、やがて。
 決心をする。
「……天禰」
「うん? ……孝高?」
 薫の手をとり、ぎゅっと握り締める。無論それは彼女を痛がらせるためにではなく。
「出会ってからずっと、言いたいことがあった」
 想いを、伝えるために。
 薫を見つめる。薫も孝高を見上げる。
「好きだ。俺と、これから先も一緒にいてくれ。あと…付き合って、くれ」
 言った瞬間には、薫はぽかんとした顔をしていた。
 それから、彼女はにっこり笑った。
「……いいよ。我も大好き。ずっと、孝高と一緒にいさせてね。お付き合いも、する」
 彼女らしい、直球の返事だった。そして──……、
「ねえ」
「ん……何だ、天禰?」
「またさ、来年もさ、花火大会があったら、一緒に来ようよ」
 きゅ、と。薫の小さな手が、彼女のもう一方の指先を包んでいた孝高の大きな手を握る。孝高も、と言ってそこにもう一方、孝高に手を重ねさせる。
 それは約束であり、願い。指きりよりももっと強固な。
「……そうだな、一緒に、行こうな」
 二人は一緒になって、顔を赤らめていた。
 そうして、繋がりあった。想いを、繋げあった。

 花火だってもう打ち上がったのに、なんにも言えてない。……そんな自分が、情けなかった。
 どうしたの、と振り返っている彼がいる。
 彼はきっと、まだなにも知らない。御凪 真人(みなぎ・まこと)は、きっと。
 だってまだ、なにも言っていない。言えていないのだから。
 彼にとってまだセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は一人の女性ではなく、ただのパートナーでしかない。
 何度も今夜、言おうとした。言いたかった。でも踏ん切りがつかなかった。
 ここは人目につきすぎる。あそこに人がいる。そんな言い訳を探しては、高まる鼓動をひた隠しに、向かうべき勝負から逃げていた。
 らしくない、こんなの私じゃない。思いながらセルファは、様子を怪訝に思った真人からの問いに頭を振り続けた。
 なんでもない、って。そうだ──こんなの、なんでもないことのはずなのに。
「じゃあ、帰りますか」
 なのに、言えてない。……情けないったら、ない。
 だから満足した様子の彼が先に立って、帰路に就こうとして。セルファの足はそこで止まる。
 背後を、振り返る。
 夜空には、情愛の八尺玉の描いた大輪の花。皆の愛と勇気とが集まって生み出されたその結晶が星空へと咲いている。
 そうだ──私だって、勇気を出さないと。
 ぎゅっと、拳を握る。気付かず先を行く真人の背中をじっと、見つめる。
「待って」
「……お?」
 不意に呼び止められた彼は、予想していた以上に離れたセルファの姿にきょとんと踵を返す。
「私。まだ、真人に言ってない。言えてないことがあるの」
 大丈夫だ。言えるよ。星空から、皆の勇気が見守っている。勇気を、分けてくれる。
「もう、私たち。こうして一緒にいるようになって、随分だよね」
 その長い間、いろんなことを一緒にやった。そのたびに、見てきた。
「一生懸命頑張ってる、あなたの背中。……知ってた? 私ね、そんなあなたと一緒に歩くためにいろんな努力、してきたんだよ」
 一度には、無理だ。勇気の段を一歩一歩、上っていく。
 そのためにひとつひとつ、伝えていく。彼のことを自分がどう思っていたか、そしてどう思っているか。
「あなたと一緒に歩くのが、ほかの女の子だと嫌だから。真人、気付いてないでしょ? 真人が他の女の子と仲良くしてると、私ね。コノヤローとかそんな風に嫉妬してたんだよ」
 なぜなら。あなたのことが好きだから。
「大好きだから。一緒に歩き続けていたいから。だからね、真人。私と……私と、付き合ってほしい」
 ああ、やっと、言えた。
 セルファの心に満ちていくのはその充足感と、彼から返される言葉が持つ方向性への、イエスかノーかを怖れる不安と。
 俯いて、彼の顔を直視することがもうできなかった。
 五月蠅いくらいに高鳴る鼓動を体の内側に聞きながら、セルファは真人の回答を待つ。
「…・・・正直。俺なんかでいいのかな、って思いますけど」
「えっ……」
 そして吐き出された言葉は謙遜のような、遠慮のようなニュアンスで紡ぎだされ、セルファの耳に入ってきて。
「意外、というか。びっくりしました」
 それってつまり、──眼中になかった、ってこと?
「俺にとってセルファは一番信頼できるパートナーであり、最高の相棒でしたから。これまで、ずっと」
 ……そっか。パートナー、か。
 そうだよね。……真人の言葉をひとつひとつ噛みしめて、その意味を解釈して。セルファは俯く。
 あくまで自分は、パートナーなんだ。心の中で繰り返し言葉にしていくと、なんだか涙が出そうになった。
「だから。これからはそこに『恋人』っていうのが加わるんですね」
「──……え……?」
 思わず、涙で潤んだ瞳を上げて、彼のほうを見返す。
「それ、どういう……?」
「言った通りの意味ですよ」
 すう、と真人は深呼吸を一息。
「俺にとってセルファは、一番大切な女性ですから。自信を持ってこれだけは、断言できますからね」
「真、人」
 差し出される、真人の右手。ずっと横に並んで、同じ冒険や同じ戦いで、武器を手にしてきたその掌だ。
 それが今、セルファの手を取るために、目の前に差し出されている。
「これからもずっと、一緒に歩いていてほしい。だから。……帰りましょう、セルファ」
 真人の顔と、その掌とをセルファは交互に見る。
 一度見て、二度見て。三度目は、もう直視もできなかった。
 せっかく受け入れてくれた彼に泣き顔なんかいきなり、見せたくなんてない。だから俯いて、手探りに彼の掌へ右手をのばす。
「……帰ろ」
 ぽつりと、そう言うのがやっとだった。
 彼の先導で、家路をゆく。
 祝福の花火を、背に。
 ありがとう、勇気をくれて。──出せたよ、勇気。

 手と手を重ねあい、家路を辿る少年少女の姿を朱濱 ゆうこ(あけはま・ゆうこ)は見下ろしていた。
 誰もいない夜の教室。喧騒は遠くに、窓を隔てくぐもって聞こえている。
 想うのは、今は亡き恋人のこと。愛していた、人のこと。
 その相手を失って以来、想いは向かうべき先をなくしていた。
 そんな行き先のない気持ちが、少しでもあんなカップルの力に、彼女らを見下ろす花火の原動力となりえたのだろうか?
 ……わからない。現実には自分ひとりの想いなんて、大したことのないものだったのかもしれない。
 答えなんて、出るわけがない。
 だけど。
「あなたは、見ていてくれてますよね、きっと」
 亡き者にそっと呟く。そして静かに、窓を開く。
 夜風が吹きぬける中、空に一本線香花火を差し出す。
 ──ゆうこの想いを受けて、その先端に淡い光が熱を持ち、灯ってゆく。
 そう。ひとりひとりの火は小さくても。こんなにも、ちっぽけであっても。
「だけれど、あんな大きな花火だって打ち上げられる」
 こんなにも、あたたかいから。
 それはほんとうに素敵なことだと、ゆうこは思った。
 いつ以来だろう──知らず知らず、彼女の口元はそこに、微笑を湛えていた。
 
 両手いっぱいの荷物を手にした竜人が、正門で出迎えた赤毛の男と言葉を交わしているのが見える。
 ほら、あそこにもぬくもり、ひとつ。

                                     (了)

担当マスターより

▼担当マスター

640

▼マスターコメント

 ごきげんよう。担当マスターの640です。想いを伝えあう、ちょっとだけ普通ではない花火大会は皆様、楽しんでいただけたでしょうか?
 この機会に告白を、と行動を起こされた方も多く、書いている側としましてはわりと胸キュン(死語)しながら恋愛の、告白の描写について非常に楽しく書かせていただけました。
 皆様の想いを文章にうまくできていれば幸いです。
 それでは、また。次の担当シナリオでお会いできることを祈りつつ。

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