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新年交流会に出すおせち料理を考案せよ!

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新年交流会に出すおせち料理を考案せよ!

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「名物コック長を唸らせる逸品を用意しろ、ねぇ……各人が自慢できる御節料理の制作。うん、面白そうじゃん!」
 そう呟きながらメモ帳を閉じたのはミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)
 彼女が真っすぐ見据える先には蒼空学園の校門があり、そこには様々な制服に身を包んだ数多くの生徒たちがその学び舎の門をくぐり抜ける姿が見受けられた。
 やはりあの名高き蒼空学園のコック長。その実力はこの広いパラミタ大陸に知れ渡り、コック長の料理を直に食す機会のある今回のコンテストに対する生徒たちのモチベーションは計り知れないといったところだ。
 おまけに今回は自分のアイデアが認められれば向こう三ヶ月はあのコック長の料理を約束されるまたとないチャンス、もちろんそれ以外の目的でコンテストに挑む者も少なくなく、その熱気あふれる雰囲気はさながら一種のお祭り状態である。
「今年は例年とは違うっぽいし、こういうイベントこそリポートして記事にしたら面白いよね!」
 ミルディアもまた、リポーターとして極上のネタを求めて戦場へ赴く。彼女の手にはペンとメモ帳が握られ、首から下げたカメラのレンズが陽の光を反射してキラリと光った。


「さてと、まずどこから手をつけようかな?」
 すでに多くの参加者で賑わいを見せる調理室にたどり着いたミルディアは、キョロキョロと辺りを見回す。
 ここにいる参加者たちはみな誰もが、自らの目標のために活き活きとした表情で作業に打ち込んでいる、まるで文化祭の準備期間のような光景にミルディアもまた高揚感に包まれていく。
「お、あの二人なんか面白そうだな」
 早速面白そうな参加者に目星を付けたミルディアは、素早くターゲットに接近する。
 よくある男女ペアだが、何やら互いの表情の温度差があるように見受けられる。どうにも言い争いといったほどではないが、少し浮かれているようにも見える女子生徒がやる気のなさそうな男子生徒を必死に説き伏せているようなやり取りに見え、野次馬根性全開のミルディアの興味を惹きつけた。
「それで、おせちについて調べてみたんですが……日持ちさせる為に味を濃いめにつけたお料理が大半なんだとか、あとは縁起担ぎですね。つまりはこれを含めた食材と日持ちするお料理が一般的におせちと呼ばれる訳で……」
「ふぁ〜……かったるいやる気しねぇ」
 温かい柔和な笑みを浮かべて準備にとりかかる双葉 みもり(ふたば・みもり)に対し、鴉真 黒子(からすま・くろす)気だるげにあくみを噛み殺しながら投げやりに返事をする。
 どうやら黒子が無理やりこの場に引っ張り出されたことは周りの誰が見ても明らかだ。
「か、鴉真様。話しをちゃんと聞いて下さいっ」
「というか俺がやる義理はねぇし……」
「もう、鴉真様ったら」
 一向にやる気を見せない黒子にみもりは頬を膨らませる。
 だがそれも怒った風ではなく、やや呆れ混じりといったものだ。どうやらこの二人は普段からこんなやり取りを繰り返しているのだろう。
「つうかおせちをそんな細々と考えて作る奴なんかいねーよ」
「そんな事ありません、私は縁起担ぎと言葉遊びを交えた食材がおせちに相応しいんだと思うんです。そうですね……よろこんぶでこんぶ、みたいな感じで言葉遊びができる食材。平和をかけて、モロヘイヤ(もろ平和)というのはどうでしょうか?」
「モロヘイヤねぇ、おせちに向くような味を濃いめに作る料理なんてあるのかよ……」
 みもりの言葉遊び的ボケを華麗なスルーで受け流しつつ、黒子は頭をボリボリかきながら考え込む。なんだかんだでパートナーを無視しきれない優しい性格なのであろう。
「まあいい、お前にはハナから期待してねーから」
「か、鴉真様っ」
「まぁ、酢の物で普通に行けるか? モロヘイヤは粘り気が強いから余り単品で使わない方がいい。茹でたものを固めの食材と一緒に混ぜた方が食感もいいだろう。歯ごたえを考えるときゅうりなんかがいいな、三杯酢で軽く敢えてできるから結構お手軽で……」
 軽くないがしろにされて落ち込みへたり込むみもりに目もくれず、黒子はひとり黙々と料理の献立を固めていく。そんな黒子の姿を見たみもりの表情は一転、輝くような瞳で黒子を見上げていた。
「さすが鴉真様、では早速準備にとりかかりましょう。縁起物ですし、なるべく無農薬の物を使いたいので……えっと、近くの農家の方に事情を話して譲って貰いに行くのはどうですか?」
「は? これから行くのかよ!? しかも俺がかよっ。だからお前嫌いなんだよ」
「そんな、鴉真様……」
 瞳に涙を浮かべて懇願するように見上げるみもりに、次第に黒子の表情から呆れと諦めの色が浮かんでいく。結局、一分も経たないうちに黒子の方があっさり折れる形となった。
「だー、わかったわかった……ったく、行ってやるからそんな顔するなっつーの」
 ぶつぶつ言いながら外に行く鴉真を見送りながら、ミルディアはメモ帳にペンを走らせる。
「面白い二人だったな。御節料理についてはいろいろ調べてるみたいだったし、なんだかんだで尻に敷かれてる感じのいいコンビだな」
 うんうん、と数回頷いてからパタンとメモ帳を閉じて次のターゲットを物色しはじめる。
 この手のイベント騒ぎでは普段の授業では見られることのできないような生徒たちの様々な表情を垣間見ることができるまたとないチャンスだ。生徒の数だけドラマがある、そんな絶好のネタの宝庫に目移りしてしまうのも仕方が無い。
 さて、次はどのグループに注目しようかと目移りさせながら歩くミルディアの背中に、まるで何かにぶつかったかのような軽い衝撃が走る。
「おっとすまないね、荷物が多くてちょいと前が見えなかったんだ」
 赤髪の端正な顔立ちの女性――弁天屋 菊(べんてんや・きく)が申し訳なさそうに謝罪の言葉を告げる。その両手には大きな袋を抱えていて、視界が不便であったのだろう。
 よく見れば隣にいる女子生徒――泉 椿(いずみ・つばき)も似たような大荷物を抱えていて、ふらふらとした足取りでこちらへやってくる姿が見えたので、ミルディアは静かに道を譲る。
「ミナ、手配した材料はこれで全部だぜ」
「椿ちゃん、菊さん、ありがとうございます。では、ここからは私の腕をふるわせてもらいますわ」
 一人で準備していたミナ・エロマ(みな・えろま)は積み上げられた大量の荷物を前に尻込みすることなく腕まくりの仕草で挑む。
「うわ〜、すごい量だね。一体何を作るの?」
 今にも崩れそうなほどの大量な荷物を前にミルディアは目を丸くした。
「ん? ああ、コンテストの取材班の人かい? 見ての通りこれは各地から集めた多種多様の小豆、あたしらが作ろうとしているのは口取り菓子さ」
「御節料理といえば濃い味の物も多いですし、甘味があれば煮物や昆布巻きなど塩辛いものも食が進みますわ」
「なるほど、確かにみんなそこまで気が回ってなさそうだし、見た目も鮮やかな物ならそれだけ人の目を引けるしね」
 菊とミナの言葉を聞いてミルディアは納得する。確かに御節料理といえば性質上どうしても味の濃い物が多くなってしまうし、口取り菓子と言えば見た目からして大勢の気を引ける利点もあるので、こういったコンテストではなかなかいいアイデアだろう。
「そういうこった。おまけにミナの料理のセンスはかなりものだからな、こりゃ食券三ヶ月分は貰ったも同然だな」
「もう、椿ちゃんったら褒めすぎですわ」
 椿は自信たっぷりにパートナーの頭を撫でまわし、ミナは目を細めて嬉しそうに椿の手を受け入れていた。その和やかの空気はまるで仲のいい姉妹のようだ。
「そんな訳でこれから細かい作業に集中したいから取材はこの辺でいいかい? まあ、あんたも一周りしたらまた戻ってきな、見た目も味も一級品の本物の口取り菓子ってヤツをみせてやるよ」
 調理の準備を終えた菊は会話を打ち切り、ミナと共に調理台に向き合った。
「ホント? じゃあ、楽しみに期待させてもらうわ」
 これからは料理人の時間だ、邪魔をしてはいけないと思ったミルディアも取材を早々に切り上げてその場を後にした。