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リアクション
第一章
飛空艇内、イコン格納庫。
整備士やパイロットたちが忙しく行き交っている景色を背に、
「ふんふふーん♪」
阿古屋 いづる(あこや・いづる)は整備用ブランコの上で、イコントゥーサの整備を行いながら鼻歌を歌っていた。
『随分と呑気ね?』
と言ったのは、トゥーサの中に控えている鮮杜 有珠(あざと・うじゅ)。
いづるは、インカムから聞こえた声に笑んで、
「やー、手は休めてないよ」
『どれくらいで出れそう?』
「後40秒待って」
『しかし、そのニヤけ顔はどうにかならぬのか? 阿古屋いづる』
そう指摘してきたのは別の声。
有珠と共にトゥーサに乗り込んでいるエア・エリドゥ(えあ・えりどぅ)の端整ながらに高慢そうな面持ちを思い浮かべつつ、いづるは片目を細めて、頭上にあるトゥーサのアイカメラを一瞥した。
「場合じゃないってのはわかってんだけどさ。趣味と実益兼ねてるんだもーん」
くっくっく、と笑いながら手は動かし続ける。
「楽しくなっちゃうのはしょうがないべ?」
『……不備が無いようなら何でもいいわ』
「しかし、鏖殺寺院の連中――」
いづるはシステムチェックを終え、ブランコをトゥーサから離しながら呟いた。
「このタイミングで襲ってくるって、空気読めてるんだか読めてないんだか」
いづるの合図で、トゥーサがカタパルトへと運ばれていく。
『読めてる、と言って良いわ』
有珠が言う。
『演習ばっかりでタイクツしていたところだったもの。力量を図る良い機会だわ』
「ま、死なない程度に頑張ってきな」
ブランコの柵に腕を掛けながら手を振ってやる。
『死んだら、あんたのマズイ整備の所為ね』
「わあ、きっつい」
にへ、と笑んで、おどけるように両手を挙げて見せる。
それから、いづるは少しだけ目を細めた。
「あんま無茶すんなよ。パイロットの修理は専門外だぜ?」
『――行ってくるわ』
言い残して、有珠とエアの搭乗するトゥーサは出撃した。
■□■
モンスターに襲われた村の中を――
彼女たちは懸命に駆けていた。
「はぁ、はぁ……」
抱いた赤ん坊が泣きわめいている。
ゴブリンやオークたちの不気味な唸り声が迫っていた。
「急げ! は、早く、こっちへ!」
年老いた父が先を伺ってから、手で招く。
見慣れた家々の間を抜けながら、彼女は夫の安否を想った。
と、先を行って角を曲がっていた父が、前方を見る目を見開いて立ち止まっているのに気づく。
そして、すぐに彼女はその意味に気付いた。
そこには、先回りしていたゴブリンたちがニヤニヤと厭らしい表情を浮かべ、立っていたのだった。
「……た、助けて……」
絶望して呻いた、その時――
「天知る地知る皆知れェ!!」
という少し間抜けな名乗りが響き渡った。
メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)は自身へと振り返ったモンスターたちの方を見据え……
そして、共に行動していた仲間たちの方をちらっと一瞥してから、大きく息を吸って続けた。
「俺様の名はメルキアデス・ベルティ! シャンバラ教導団しょぞ――って」
口上が終わらない内に、たっと足音軽やかにカルダ・アロイス(かるだ・あろいす)がモンスターたちに向かって横を駆け抜けていく。
メルキアデスはカルスノゥトを引き抜きながら慌てて後に続いた。
「こらぁ!! 俺様の段取りってのがあるの!! 口上が終わるくらい待てよ! やられ役A!!」
「……言ってる意味がよくわからない」
カルダがボヤきながら、ゴブリンの懐へと踏み込んでいく。
幼く小さなその手が握っていたのはホーリーメイス。
身を翻し、カルダは振り下ろされたゴブリンの斧をかわしながら、下から上へ斜めにメイスを振り上げた。
ゴブリンを顎から叩き上げた格好で、カルダがメルキアデスの方を見やる。
「さっきの口上? って、意味あるのか?」
「フッ――当然! とりあえず、俺様を知って貰わなきゃ意味がねぇからな!」
メルキアデスはカルスノゥトで、カルダが叩き上げたゴブリンを切り捨てながら強く笑んだ。
「注目されて活躍して、パパパパッと出世すんの。だから、俺様の近くで死んだりすんじゃねぇぞ?」
「……ふぅん、根は優しいんだ」
「――は?」
カルダの零した言葉に、メルキアデスは一寸ばかり停止した。
と、側方から襲いかかってきたゴブリンに気づく。
「おわわっ!? ――い、いきなり変な事抜かすんじゃねぇぞオイィ!」
無理やり身体をねじ曲げて何とかゴブリンの槍を避け、メルキアデスは吐き捨てながらカルスノゥトを閃かせた。
「ええ、そうです。場所は――」
マルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)は、携帯に繋いだインカムから返ってきた声に応えながら、アサルトカービンを撃ち鳴らした。
メルキアデスたちの背を取ろうとするゴブリンを牽制し、再びインカムの向こうの仲間へと話しかける。
「モンスターを引き付ける事には成功しました。ただ、モンスターの数が多く、保護対象の村の方々も数人――はい、援軍をお願いします」
相手の返答に満足し、マルティナは意識を銃撃に集中することへと切り替えた。
前方ではアッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)やイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)ら前衛の生徒たちがモンスターと戦っていた。
カルダと何やら言い合いながらも、きっちり『自分の仕事』をこなしている様子のメルキアデスが視界に入る。
「おかしい人ですね」
少しだけ笑う。
「え?」
道脇の路地を警戒していた夜乃森 依紗(よのもり・いすず)が聞き返してくる方へと微笑みかけ、マルティナはメルキアデスたちへと視線を返した。
「彼は目立つ事で他の者の盾になろうとしているようです」
「そう……なのかな?」
「おそらく」
軽くおどけるように言って、マルティナは続けた。
「ああ見えて、軍人として、しっかり人を守ろうとしている。
少々危なっかしい人ですが……個人的には気に入りました」
ゴブリンの急所へと狙い定めて、引き金を引く。
タタッと響いた銃撃音と慣れた反動。
マルティナは、銃口を下げず身体に固定したまま、村人たちをフォローすべく駆けた。
モンスターと仲間たちが入り乱れる混戦模様の中――
瑪瑙・トライシーカー(めのう・とらいしーかー)は優美な物腰で、なんというか、ウロチョロしていた。
鼻息荒いゴブリンの切っ先をしなやかに滑り避け、そして、また絵画の中のモデルのように、ひたりと立つ。
「って、何してんだ? あんた」
メルキアデスの至極もっともな問いかけに、瑪瑙は視線を向け、静かに答えた。
「モンスターを引き寄せるくらいには、役に立っておこうと思ってな」
「その丸腰で?」
「私はあいにくのミンストレルだ。
そもそも武器なんぞ持ちあわせてないんだなこれが」
「何しに来たんだよ!?」
「見ての通りだ」
「……歌とかで援護したりはできないのか?」
カルダの問いに、薄く笑む。
「今のところは」
「じゃ危ねぇから後ろに居た方が良いんじゃねぇかな!?」
「君たちの腕を信じている。私は敵を引き寄せ、それを打ち倒すのは君たちの力。連携というやつだよ」
「なんか、こー、問答無用の説得力を持ってんな」
「さすが、ミンストレル……?」
そんな彼らの声を横に、瑪瑙はひたすら優雅にモンスターたちの攻撃を掻い潜り続けていた。
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