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第三幕:お菓子パニック!

 甘い匂いがした。
 どこからするのかといえば自分の背中からだ。
 彼女、シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)はお菓子が詰め込まれた袋を背負っていた。
(おかし・・・正直私が食べたいんだけどなー)
 シルフィアは前を歩く男の背中を見る。
 彼、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)も彼女同様にお菓子の入った袋を背負っていた。
 クリスマスの季節なら彼らの姿はサンタに見えなくもない。
「おかしいな。そろそろお菓子の匂いにつられてもいいと思うんだが……」
 そうなのだ。アルクラントは魔女がお菓子の家に住んでいるという噂を信じ、もとい参考にしてお菓子を使って魔女探しをしていた。
「本当に懸賞金が出るかもわからないのにー」
「大丈夫だって。こういうのは意外となんとかなるもんだ」
 根拠のない自信である。前向きな意見が多いのはアルクラントの魅力なのだろう。
 それを理解してか、シルフィアは笑みを浮かべながら彼の後について行く。
「でもこれで魔女じゃなくて動物とか他のが釣れたら面白いよね」
「それはないだろう」
 それがあった。
 ガサガサという草木の揺れる音とともに、彼らに突然飛びかかった影。
 その正体はお菓子の匂いに誘われて彼らに近づいてきたセレンフィリティだ。
「お菓子ゲット!」
「うおおおおっ!?」
 いきなりの出来事に軽いパニックに陥るアルクラント。
 目の前で起きている珍事にシルフィアは感想をもらした。
「……釣れたわ」
 どことなく感激しているようなイントネーションであった。
 そして少し遅れてセレアナも姿を現した。
「まったくなにしてるのよ……」
 アルクラントにお菓子を分けてもらって上機嫌のセレンフィリティを見て呟く。
「甘い匂いがしたからついね」
「君は甘い匂いがしたら襲い掛かる癖でもあるのか」
「女の子なら誰でも同じ癖を持ってるわ」
「あはは……」
(食べたいと思ってただけに否定できない……っ!!)
 シルフィアが軽く葛藤しているとセレアナが彼らに話しかけた。
「あなた達も魔女を探しに?」
「ああ、そうだ。私の名前はアルクラントという。これも何かの縁だろう。よろしく」
 アルクラントに続いてシルフィアも自己紹介をした。
「アルクラントはどこに魔女がいるか知ってるの?」
 セレンフィリティの質問に彼は知らないと答えた。
「だからこうやって魔女を探してるんだがな」
 背負った菓子袋を高く振り上げる。
 パァンッ! という軽い音が彼らの耳に届いた。
 音に驚き、アルクラントは菓子袋を枝に引っかけてしまう。
 無理に引っ張ったせいか、袋に穴が開き、お菓子をいくつか地面に落としてしまった。
「……ふむ、逃げるぞ!」
 そこからの動きは電光石火であった。
 アルクラントは音が聞こえた方向とは逆へと駆け出した。
「待ってよー!」
 彼を追ってシルフィアたちも走り出す。
「あはは。なんか面白いわね!」
「どう考えても威嚇射撃なのになんで逃げるのかしらね」
 セレアナの言い分もアルクラントは理解していた。
 だが注意勧告もなく撃ってくる相手と話すつもりは彼にはなかった。
(何かあってからじゃ遅いからな。ここは撤退だ)
 無理をしない。危険に近寄らない。それが彼の行動理念である。

 しばらくしてアルクラントたちが向かった先とは逆の方角から人影が姿を現した。
 銃を片手に周囲を窺がう。足元に散らばるお菓子を拾うと首をかしげた。
「失敗しちゃったかな?」
 言いながら辺りを見回す。彼、笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)の姿しかその場にはない。
 さきほどの空砲で動物たちも逃げてしまったようだ。
「次はもう少し考えてから撃とうかな」
 笹奈は言いながらその場を後にした。


                              ■


「ネコがいるかもしれないって、こんな森の中にいるわけないじゃない……」
 西村 鈴(にしむら・りん)は前を歩いている奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)に文句を言った。
 不満げな彼女に奥山は答える。
「犬はいたでしょう?」
「あれはオオカミって言うのよ……」
 可愛いかったけど、と付け加えるあたり本人も少しは現状を楽しめているのかもしれない。そんな二人の後を少し遅れて歩いているのは雲入 弥狐(くもいり・みこ)だ。
「あたしも可愛いよー」
「ええ。弥狐は可愛いわ」
 奥山は雲入に近づくと頭を撫でた。
「やめてー」
 どうやら撫でられるのが苦手な様子である。
「ちょっと! 私から離れないでよ!!」
 今度は西村が奥山たちへと近づく。
 その様子はどことなく怯えているように見受けられた。
「噂の幽霊が出てきたらどうしてくれるのよ……」
「噂なのは幽霊じゃなくて魔女よ。鈴ってば怖がりすぎ」
「ここがこんなに暗かったなんて思わなかったんだもの。仕方ないじゃない!」
 言うと近くの茂みを指さす。
「もしかしたらあそこから幽霊が飛び出してくるかも……」
 ガサガサと茂みが揺れた。
 おや、と奥山と雲入がそちらを見やる。
 対して西村はその場で硬直してしまっていた。
 一呼吸ほどおいてそちらに視線を送る。
 おおぉぉぉ……という、低い、低い声が近づいてくるのが分かる。
「ひっ――」
 喉が引きつり、しゃっくりにも似た声が喉から出た。
 視線の先、草木の塊がこちらに近づいてくるのが見えた。
「うにゃあああああ!」
 何とも可愛らしい悲鳴を上げながら西村が森の奥へと駆け出した。
 そのあとを茂みから飛び出した影が追う。よくよく見ればそれが人間であることはわかるはずだが……彼女には幽霊か化け物にしか見えていなかった。さらに続いて女の子三人が茂みから飛び出し、彼らの後を追った。
「あたしも走るー!」
「散策どころではないわね……しかもすごい恰好の人たちね」
 奥山たちも西村たちを追いかけて森の奥へとその身を走らせた。