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恋なんて知らない!

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恋なんて知らない!

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「うるぁ!!!」

「んぐっ!?」

 瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は怒りのままに相手を殴っていた。
 相手と言うのは、宮本 武藏と名のつく男。


「オレのチョコレート、返せええ!!!」

「ぐ、ぬっ!?」

「オレはチョコを食べたかったんや!!なのに、急にテメェが道に出てきやがって!!」


 誰もが少し逆恨みではないか、と突っ込んでしまう様な理由なのかもしれない。
 ただ、瀬山にとっては、今、その時、その場所でしたかった事ができなかったというのは、彼が拳を握るには十分足りうる理由になのだ。


「こ、こやつも、またかなりの……!」

「ぶつくさうるせええええ!!!とりあえず最高級のチョコレート三個は用意して出直して来いやボケぇぇえぇええ!!」

「今街ではバカもん共がホワイトデーがうんちゃらとか言うとるもんをしばいとるそうやけど!!!オレはそんなもん関係あらへんがな!!」

「自分で買うて、自分で食っとっただけや!!!……それを奪いおってええええ!!」

「なめとったらしばき回すぞコラ!!!!」

「……!見つけましたわよ」


 丁度後ろに建っていた一軒家のベランダから颯爽と降りて来たのは、ハイエロファンとのウイシア・レイニア(ういしあ・れいにあ)
 夜風にふかれて流れる彼女の長い金髪は、とても幻想的に夜の空と合っている。


「……なんやお前。コイツはオレの獲物やねん。悪いけどどっか行ってといてくれへん?」

「それは叶いませんわね。私たちも彼を追ってここまで来たので」

「……」


 瀬山の威嚇するような鋭い視線に、彼女は動じない。
 それには自信があるからか、後ろ盾が有るからか。とにかく何か強い自信を感じた。


「……それにしても、遅いですわね……」

「……?」

「れ、レイニア!!早いって!!!」

「勇平!貴方は男でしょう?!もっとしゃんとしなさいな!!」


 丁度、武蔵達の居る場所から死角となっていた街角から現れたのは、猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)。ラヴェイジャーとして活躍する、思春期真っ境りといった風貌の少年だ。


「いいから、お前らは失いな。コイツに用があるんならオレの後にしといてくれへん?」

「だから、それは叶いませんと言ってるでしょう?」

「……なんだかなぁ」

「なーにが『何だかなぁ〜』ですか!!!元はと言えば貴方が私の為に見繕って下さった物を奪われるからこんな所で道草を食う事になったのでしょう!!」

「そ、そりゃそうだけど!別にまた用意できる物なのになんでそんなこだわってんだ?!」

「そ、それは……その……貴方からの、プレゼントですし……その……」

「え?何だって?」

「あーもうっ!!!いいから!!貴方は早くあの侍を倒して奪い返して下さい!」

「わ、わかった!!わかったから殴らないでくれ!」

「何をお前ら夫婦漫才しとんのや……」

「ま、まだ夫婦じゃありません!」

「ま、まだって!?!」

「それが夫婦漫才言うとんのや、ボケ!!いいから消えとかんとお前らから先にいてこましたるぞ!」


 息絶え絶えになりながら逃げる機を伺っている武藏を他所に、彼らが繰り広げるのはまるで痴話喧嘩だ。
 しかし、その間にも瀬川と勇平たちの警戒は全く解けず、動けずにいるのだ。


「……いいぜ、よくわかんないけど相手にしてやるよ」

「……機工剣!『ソードオブオーダー』!!」

「?!?!?い、いぬぅ!?!?」

「狼だけどな……。ウルフアヴァターラ・ソードっつー名前もあるんだけど。っなんて、関係ない、か……!行くぞ!」

「……あ、ぁぁ…………」

「ん?どうかしたのか?」

「うひゃあああああああああ!??!犬と猫は堪忍、堪忍してや!!!!!」

「お、おい!!!……行っちまった」

「……ど、動物は苦手なのでしょうか……?」

「……たぶん、な」


 逃げる様に走って行く瀬山を見送ると、『さて』と一息を入れると、再び武藏を見据える。


「……主らも、追っ手か」

「追っ手と言うか、当然だろ。人のもん奪ってんだから」

「……拙者は早く探さねばならぬのだが…………仕方が無い……」

「……それじゃ、行く――」

「ぬっ――」


 ひゅっという呼吸を吐き出す様なか細い音が武藏から漏れた。

 勇平が見たのは、巨大な棍棒の様な形状をした、『何か』。


「一発命中、大当たり〜っ!!だぜ!!」


 遠くを見る様に手を額に広げて、軽快にそう言ったのは、ナイトであるセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)
 彼の扱う武器であるハルバードは、小柄な一般人男性レベルの大きさの武具だ。
 出だしは遅いが、ヒットした時の威力では手持武器の中ではトップクラスだ。


 それが、武蔵の腹部を横に凪いだのだ。


「がっ、ふっ、うぉぇ」


 チカチカと頭が揺らぐ。脳しんとうを起こした様に不定期な嗚咽が襲いかかり、更には平衡感覚も正常ではないらしく、ほとんど身動きが取れない。


「ここは、ど、こ……だ……」

「そこは、最新のドラム缶型洗濯機の中、ですよ」

「!?」


 ばたん、と小気味の良い音を奏でながら、扉が閉まると外からの明かりがほとんど遮断される。
 閉めたのはヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)。白髪にオッドアイを持つメイドで、セリカのパートナーである。


「……オレはね、いいんだよ。別にさ、あんたが何してようが。ただ……、ね?」

「きったないのは許せねえんだよぉぉぉぉ!!!!不潔!不純!!なんて格好してやがんだあんた!!」

「最後に髭剃ったのいつだよ!?服洗ったのはいつ!?身体とか髪洗ったのいつ?!いつ!!?いつ!!!!?いつ!!!???」

「落ち武者、マジ汚ねぇんだよ!!……とりあえずオレが徹底的に洗ってやるよ!!……その為には、さ」

「洗濯機のスイッチ、オーン……ってわけだ」

「う、うぉ、うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 ヴァイスの一声と共に、スイッチが入る。
 機械音が鳴り響き、中に居る武藏は水に当てられ、中で鈍い音をたてながら回りだす。


「あっはっはっは!!綺麗だね!!落ち武者でも洗えば汚れは落ちるもんだねえ!!」


 そんな一見すると狂気に満ちた声が周囲に鳴り響く。
 彼を止める者は、誰もいない。