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お花見したいの

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第七章 桜サクラさくら
「満開の桜が咲いている穴場があると聞いて、お花見に来たけど……凄いね」
「ええ本当に……見事な桜ね」
 キレイに整えられた庭を進むと、視界一杯に広がった桜色に笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)ブリジッタ・クロード(ぶりじった・くろーど)は息を飲んだ。
 何本もの桜が咲き誇るそれは、まるで薄桃色の霧がかかった様だった。
「お花見と言ったら花見酒と花見団子だよね」
「…蜂蜜酒ですか、余り呑みすぎないで下さい。酔っ払って止めるこちらの身になって下さい」
 暫し堪能した後で紅鵡が取りだしたものに、ブリジッタが微かに眉根を寄せた。
「普通は清酒だけど、ボクは日本酒よりも蜂蜜酒が好きだから持って来ちゃった」
「いえ、そういう事ではなく」
「大丈夫だよ、羽目を外さなければ大丈夫だから心配しないで?」
 にっこり笑うその顔に、何とかなるかなと思ったブリジッタだったが……それはやっぱり甘かったと後で思い知る事に、なる。
「ここはパーっと賑やかに! カタリナさんって人も、賑やかな方がうれしいでしょ」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)と共に花見に訪れていた。
 広げるのは、デパ地下のお花見弁当。
 この満開の花の下で広げるにはホンの少し寂しい気もするが、仕方ない。
 セレンフィリティの超絶な料理下手……化学兵器指定にされる程の危険な料理しか作れないのを、二人ともよぉく知っているからだ。
 だけれども、今、二人の前に広がっているのはそれだけではない。
「ご相伴に預かっても、いいの?」
 【四季・お花見】の面々の他、草むしりを終えてのお疲れ様花見、と加速度的に増えた輪の中に、ちゃっかり加わっていたりして。
「じゃあ改めてコレで乾杯とかどう?」
 セレンフィリティが満面の笑みで取り出したのは、お酒。
 ようやく二十歳を迎えたので、公式に飲酒デビュー♪、なのだ。
「ほら、ヴィクターさんもイケるんでしょ?」
「わ、わしは……」
「よろしければ私がお酌させていただきますわ」
 ロングコートの下にメタリックブルーのトライアングルビキニ、という些か刺激的すぎるセレンフィリティに目を白黒させるヴィクターに助け舟を出したのは、ベアトリーチェだった。
 自らも広げたお弁当を美羽や子供達に振舞いつつ、器用に酌をする。
「お姉ちゃん、卵焼き美味しい!」
「ありがとうございます」
「野菜、嫌いだけど……これ、美味しいね」
「そう言われると作った甲斐があるですぅ」
 ベアトリーチェだけでない、スノゥや碧葉も、これでお弁当が余らずに済むと大喜びだ。
 何より、美羽や優希達はこんな素敵な庭を提供してくれたのだし、子供達はカワイイし。
「お一つ、どうぞ」
「……ん、美味し! 料理もイケるわね」
「ええ、本当に」
 セレンフィリティもセレアナのお酌を受け、ご満悦な様子で。
 いつも通り、或いはいつも以上にご機嫌な恋人に、セレアナは優しく目を細めた。
 お酒も入ってホロ酔い気分、なだけではないだろう。
「まあ、これだけ素敵な庭でこれだけ素敵なシュチュエーション、確かに心が躍るのも無理ないわね」
「うん、そう……踊りだしたいくらいよ」
 ほんのり頬を桜色に染め瞳を微かに潤ませたセレンフィリティは、ふと立ち上がった。
 セレアナが小首を傾げるより先に、恋人は歌を歌いながら、踊り始めた。
 ロングコートの裾がひらめく。
 舞うと同時に、メタリックブルーのトライアングルビキニのみに覆われた美しい肢体が、惜し気もなく晒される。
 セレンフィリティの舞いと共に、桜色の花弁もまたヒラヒラと舞い踊る。
 煽情的でありながら、どこか儚く繊細で幻想的な、その肢体。
 恋人の即興の歌に手拍子でリズムを取りながら、
「セレン……綺麗よ。どんな宝石よりも、どんな花よりも綺麗だわ……」
 セレアナはうっとりと呟いた。
「破廉恥極まりない!……まぁカタリナは喜びそうじゃが」
「カタリナちゃん……ううん、カタリナさんってどんな人だったの?」
 顔を真っ赤にし憤慨してから、五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)のパートナーのリキュカリア・ルノ(りきゅかりあ・るの)に問われたヴィクターは一度口を噤み。
「そうじゃな。……いつも能天気に笑っていてな、楽しい事が大好きじゃったな」
 ポツリポツリ、零れた言葉は徐々に滑らかになっていく。
 その様子に、東雲はホッとし嬉しくなる。
「ヴィクターさんって、俺のお祖父ちゃんに似てて、他人のような気がしないんだよなぁ」
 そんな風に思っていた東雲にとって、暗い部屋の中で項垂れている姿を見るのは忍びなかったから。
 そして、思う。
 「長くは生きられない」と医者に言われて16年。
 リキュカリアとの契約で、東雲はもう少し生きられる、けれど。
「死を間近にした時、俺もカタリナさんのように、残していく人を想えるかな」
「なに黄昏てるの。そんな先の事を考えるより、今を楽しまなくちゃ」
 さし当って、ご飯とか甘酒とかね……にっこりと甘酒を差し出してきたルーナに、東雲は目を見張ってから、ふっと微笑んだ。

「そうそう、よし、ハレンチ(笑)な踊りに負けずに、こっちも行くぞ!」
 その時、テテが再び立ちあがった。
 背負った鞄から取り出した竹製の小型のすだれを、シャララと頭上に舞いあげる。
「さて、さて、さては南京玉すだれ♪」
 軽妙な節回しと共に披露されるのはそう、『南京玉すだれ』。
 つり橋、旗、しだれ柳の形を次々と作っていくテテに、拍手が沸き起こった。
 特に、初めて見る匠の技に、子供達の食いつきは半端なかった。
「誰か挑戦してみないかな。……ヴィクターさん、やってみない?」
「いっいや、さすがにそれムリじゃと……」
「はい! オレやってみたい!」
 尻込みするヴィクターを励ますべく、葉が挙手。
 続けて小さな手が挙がっていく。
「はぁ〜い僕も」「あたしも!」「いやお前、不器用じゃんムリだよ」
「そんな事ないから、ケンカしないで皆で一緒にやってみようよ。ほら、ヴィクターさんも。大丈夫、あたしがサポートしますから」
「う、うむ」
「ほら、こう。こんな風に。はい、はい!」
「うわっやっぱ難しいな」
「できない〜」「無理〜」「だから止めとけって」
 それでも、楽しそうな様子は見ていて微笑ましい。
「ここでこう……?」
「そうそう! 筋がいいわ! 最初にしては上達が早いし」
「うん、上手上手。磨けばもっと上達しそう! 難しいのもやる? なーんて」
「おじいちゃん、すごい!」「じぃさん、カッけぇよ!」
「そう、じゃろうか」
 テテと美影から褒められ、子供達から尊敬の眼差しを向けられたヴィクターは、少しだけぎこちなく照れたように笑った。
「すごいかわいい!」
「でしょ? もふもふは正義、もふもふサイコー♪」
「あたしも、もふってしていい?」
「いいわよ〜。じゃこのわたうさぎ貸してあげる〜、あんまり強く抱きしめすぎたら、ダメよ〜」
 他方では、年齢の低い子供達がミリアと一緒にさくら達をもふもふっとしていたりもして。
 その最中の事。
「……何だか体が火照って来ちゃった」
 暫くしてイイ感じにデキ上がった紅鵡は、閃いちゃった☆
 そうだ、ブリジッタを押し倒そう!
「ブリジッタ、ボク…何だか火照って来ちゃったよ。抱き付いてキスして慰めてね?」
「あわわ、ちょっと待って! キスはいいけど人が見てる前では…」
 騒ぐブリジッタだが紅鵡は止まらない、止まるわけがなく。
「うっ…(今だ!御免ね紅鵡ちゃん!)」
 仕方ない、とブリジッタは軽くキスしてから……紅鵡は酒瓶で殴って止めた!
 ゴイ〜ン
 鈍い音と共に気絶した紅鵡に、申し訳思いつつ。
「あら、もう終わりみたいよ」
「ねぇねぇもうチューしないの?」
「しししっしません、から!」
 ブリジッタは、いつの間にかこちらをじぃ〜っと見つめる子供達×全員に、顔を真っ赤にして紅鵡を抱きしめた。
「あははっ、誰も彼もカワイイねぇ」
 いつの間にか、桜の枝に上っていたサズウェルは楽しそうに笑い声を立てた。
「あぁ、良い風だねぇ」
 頬をかすめる風が心地よい。
 桜の花びらにそっと手を伸ばし、サズウェルは眼下を……続く仲間達の宴を見下ろし、そっと口元をほころばせた。



「なぁ、この辺でいいんじゃないか?」
「そうですね。ではここにしましょうか」
 桜色に染まった頭上を見上げた白雪 椿(しらゆき・つばき)の言葉に、ネオスフィア・ガーネット(ねおすふぃあ・がーねっと)は背負っていた荷物を下ろした。
「敷物を敷くまで待て。というか、もっと丁寧に扱え」
「へーへー」
「へーでなく、返事はハイだ」
 指摘しつつ、ネオスフィアと共に場を整えていくヴィクトリア・ウルフ(う゛ぃくとりあ・うるふ)
 そして、手伝おうとしつつも手を出しあぐねている白雪 牡丹(しらゆき・ぼたん)
 椿はその様子を、微笑ましく眺めていた。
 新しい『家族』である牡丹。
 見つめる眼差しは、可愛くて可愛くて仕方がない、というような慈愛にあふれたもので。
 多分それはネオスフィア達も同じだろう、しかし、出会ってからの時間の短さ故か、少々ぎこちなさが見られる。
 だからこそ、椿は皆をココに誘ったのだ。
「ふふ……桜……とても綺麗ですね。今日は……きっとステキな思い出になりますね……」
 恥ずかしがり屋さんでいつも自分の横にくっついている牡丹が開けたホンの少しの距離に、椿はふわりと微笑んだ。
「やっぱ花見の楽しみといったら、コレだよな……おおっ!」
 お重に詰められた色とりどりのおかずに、思わず声を上げるネオスフィア。
「ガーネットさんの好きなだし巻き卵。ウルフさんの好きなクリームコロッケ。どちらも牡丹が、一生懸命作ってくれたのですよ」
 ふふっと口元をほころばせる椿に、ネオスフィアとヴィクトリアが牡丹を見た。
「わ、私はお手伝いで… ほ、殆ど、椿が作ってくれたのです…あう…」
 真っ赤になった顔を隠すように、椿の背に隠れながら牡丹はヴィクトリア達を窺い。
 料理を口にし、動きを止めたヴィクトリアに、恐る恐る問うた。
「あ、あの…お口に合わなかった…でしょうか…?」
「い、いえ…そのような事は! …ただ、椿様の味に…とても似ていて…やはり血の繋がりなのでしょうね…」
 その表情は、ヴィクトリアの優しい微笑みとその言葉に、嬉しそうなものへと変わり。
「うむ……美味いな……椿に負けず劣らずな腕だ……」
「あう…あ、ありがとうございます…う、嬉しいです…あう…」
 赤面しつつ、それはそれは嬉しそうな牡丹に、ヴィクトリアは込み上げてくる愛しさを覚え。
「ふふ、牡丹は良いお嫁さんになれますね……」
「つつつ、椿っ、それはまだ早くないかっ?」
 ほわわんともらした椿に、焦った口調でとがめたネオスフィアもまた、同じなのだろう。
 そうして、皆で美味しい料理に舌鼓を打って暫くし、ヴィクトリアは切りだした。
「私からはこれを…椿様同様、貴方様も私の主君です…」
「二君に仕えるとか…」
「黙れ猥褻物吸血鬼」
 椿や牡丹には決して向けない、絶対零度の眼差しで吐き捨てるヴィクトリアに牡丹が目を丸くし。
「こう見えて二人はとても仲が良いのですよ」
 椿の発言にネオスフィアとヴィクトリアが目を見開き、ほぼ同時に顔を背け。
「ね、仲良しさんでしょう?」
「はい!」
 居た堪れなくなったような気持ちを誤魔化すように、
「あー…その…これをな、家族になった記念のようなものだ…」
 ネオスフィアがシンプルに包装された箱を牡丹の手元に押しつけ。
「なっ、お前!」
 遅れをとったヴィクトリアもまた慌てて、可愛らしくラッピングされた袋を手渡した。
 牡丹へのネオスフィアのプレゼントはアンティークな懐中時計、ヴィクトリアからはフリルがついたチョーカーだった。
 懐中時計は椿と牡丹模様で、チョーカーには椿と牡丹が刺繍されていて。
「「…………」」
 考える事は同じか、とホンの少し苦笑を浮かべた二人は、ぎょっとした。
 牡丹の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れおちていたからだ。
「なっ、ちょっ……どうした?」
「あぁ、可哀相に、この卑猥吸血鬼の顔が気持ち悪かったのだな」
「ふぇっ、違っます……私、私っ、うれっしくって……」
 椿の後ろに隠れながら、牡丹は涙声で「嬉しい」を繰り返した。
「椿…私、ここにきて、本当に良かったです…。 椿の家族は、本当にステキな家族なのです…」
 椿は牡丹が落ち着くまで、その髪を優しく撫でてくれて。
 その様子をヴィクトリアとネオスフィアは優しく見つめてくれていて。
 やがて涙も一先ず止まり、恥ずかしさの極致の中で椿がくれた、デザート。
 桜色のそれはホンの少しだけしょっぱくてでもすごく甘くて美味しくて……幸せの味が、した。

「へぇ、結構いい所だな」
 パートナーであるアニス・パラス(あにす・ぱらす)スノー・クライム(すのー・くらいむ)松永 久秀(まつなが・ひさひで)と共に訪れた佐野 和輝(さの・かずき)は、周囲を見回しそう口にした。
「久しぶりの自由時間だ〜♪ 何をしよっか?、和輝」
 アニスの言葉通りの、久しぶりに取れた、特に何もする事がない時間の使い方。
「あら、暇してるの? なら久秀の花見酒に付き合いなさい」
 それは久秀の一声でもって、決定した。
「ふぁわわ〜、キレイねぇ」
「アニス口、開きっぱなしだと桜の花びらが入るわよ」
 頭上を見上げ口をポカンと開けていたアニスは、スノーの言葉に慌てて口を閉じた。
 その様子に口元を緩め、和輝は適当な場所に腰を下ろした。
 遠く微かにもれ聞こえる歌や笑い声。
 折角の時間、喧騒から距離を取りパートナー達と静かに過ごしたいと願った人気のないココの桜は、それでも美しく和輝を満足させた。
 そして、何より和輝を満足させたのは。
「当然というか、久秀の選んだ酒は本当にはずれがないな」
「ふふっ……当然でしょ」
 朱塗りの器に注がれた澄んだ液体、ひとひら浮かぶ桜の花びらを愛でながら、久秀が微笑む。
 幼い見た目にそぐわぬ、蠱惑的とも見えるそれに、ふと和輝の顔を苦笑が過ぎる。
「しかし……ここが日本なら確実に職務質問されるな……」
「……見た目的には中学生二人に高校生2二人……日本なら補導されるわね」
 応えるスノーの、いつも崩す事の少ない表情は僅かに緩んでいる。
 魔鎧故なのか酔いにくいスノーだが、今日はそれが有難かった。
 久秀の持ってきた美味しいお酒を、飲み続ける事が出来るのだから。
「飲酒年齢? ふふっ、可笑しなことを言うわね。この中で誰も、外見と年齢が一致……アニスはしてたわね。ごめんなさい」
 クスクスと笑む久秀、英霊である彼女にとって飲酒年齢は正しく意味を成さない。
 現に、少し着崩れた着物をまとう姿はどうみても、中学生のそれではない。
「久しい。こうして、桜を見ながら飲むなんて……本当に久しいわ」
 遠い過去へと想いを馳せる眼差しも雰囲気も、また。
「こんな身体になってしまったけれど、こうして桜を肴に飲むことが出来る。ああ、本当に……懐かしい……わね」
 呟きを桜色の風にさらわせ、久秀は穏やかに目を細めた。
「う〜。なんでアニスだけ甘酒なの〜?」
 思考はクリアだが、顔が少しばかり紅潮しているのは、和輝もまたこの桜に雰囲気に酔っているのだろうか?
 浮かび上がった艶に、自身だけが気付かぬまま。
 気付いたのは、こちらを見つめるじっとりとした瞳だ。
「……ありゃ? 美味しい?」
 何故、自分だけ和輝達と違うのか、ぶぅっと頬を膨らませていたアニスは、だが、口にした白く甘い液体に声を弾ませた。
 こくり、甘酒を呑むアニスは酔いやすい性質なのだろう。
 顔を真っ赤にさせ瞳をうるうるさせたアニスは和輝の膝に上がってきた。
「えへへ〜♪ お酒を飲んでるからか、機嫌の良い和輝の膝の上に座って、美味しい甘酒を飲みながら桜を見る……これって大人だよね!」
 デレっと笑み、猫よろしく和輝の胸元に紅潮した頬をすり寄せるアニスに、「おやおや」と久秀とスノーが目を細めた。
 その視線の先、アニスの頭がカクリ、と落ち。
「……寝たな」
 本当に猫みたいだ、少しだけ熱い吐息を零し、和輝はアニスの緩やかにウェーブしたふわふわの髪をそっと、撫でた。
 そんな、桜色の穏やかな優しい優しい、光景。
「この時間、この景色、たぶん私は一生忘れることはないでしょうね」
 そうしてスノーは想いと共に自らに刻み込むように、微笑んだ。