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リアクション
第二章 迷子の少女アイナ
「ぐすっ……。ここはどこ? 誰かいないかな……」
ジャタ族の衣装を着た、小さな少女が泣きながらジャタの森の中を歩いている。
森に生える薬草を取りに出たのだが、夢中になっているうちに、どんどん村から離れてしまい、
気づくと全く知らない場所に来ていた。
必死に村に戻ろうと歩けば歩くほど、どんどん迷ってしまっている。
「グルルル……」
後ろからとても、今聞きたくない唸り声が聞こえた。
「……!!!」
少女は声も出せず、後ろを見た。
少女の何倍も大きな体のサーベルタイガーが、身を低くして少女に向かって、唸っている。
「ひっ……」
少女は凍りつき、後ずさった。
「―――――」
その時、かすかだが、人の話し声と歌声が、耳に入って来た。
少女は弾かれたように、声のする方へ走り出した。
サーベルタイガーも重い体を持ち上げ、少女を追う。
木の間から、大勢の若者がピクニックをしているのが見えた。
ザザッ――
少女は草木で肌を切りながらも、アッシュ達の前に踊り出た。
「助けてーーー!!!」
いち早く異変に気づいた雷號が、飛び出してきた少女を受け止めた。
「えっ? 何? 何なの?」
雅羅は目を丸くした。
その時、茂みからサーベルタイガーが、のそっと現れた。
のどかなピクニックの空気は、一瞬にして張り詰めた空気へ変わった。
「サーベルタイガーか」
司はトネリコの槍を構え、サーベルタイガーの前に歩み出た。
皆、素早く各々の武器を構えた。
「サーベルタイガー!! なんでなの! また私の“災厄体質”のせいなの!?」
雅羅は頭を抱えたが、サーベルタイガーと向き合った。
雷號は少女を背中にかばい、サーベルタイガーを睨みつける。
「俺様の前に出てきた事を後悔しな!!」
アッシュはハーブティーを切り株に置くと、サーベルタイガーを睨みつけた。
しばらく睨み合っていた、サーベルタイガーとアッシュ達だが、数が多くて勝てないと思ったのか、
サーベルタイガーは渋々と去っていった。
「お兄ちゃん。 お姉ちゃん。 ありがとう!」
少女は小さな体を震わせながら、言った。
「何でこんな所に一人でいるんだ?」
アッシュが心配そうに尋ねた。
「薬草を取りに来たら、迷子になったの。薬草も逃げてる途中で落としちゃったよ…ヒック」
「私達が村まで送り届けるわ。 安心して!」
雅羅が少女の頭を撫でながら、言った。
「薬草も取りながら帰ろう 」
アルツールが言った。
周りの皆も頷いた。
「お名前は何かな?」
詩穂が、涙目の少女の顔を覗き込んだ。
「アイナ。パゴの村のアイナ。……」
「アイナちゃんかぁー。おねえさんは詩穂って言うの! ほら、おねえさんも獣耳だよっ!」
詩穂は少女に向かって、耳をピクピクと動かして見せた。
少女が少し笑った。
「迷子になると怖いよね…ましてやこんなところだと余計にね」
弥狐がアイナの頭を優しく撫でた。
「狐さんのシッポーーー!! ふわふわー!」
アイナが弥狐の尻尾に、釘付けになった。
「ふわふわーーー!!」
「う、うん。フワフワ……」
触られる事が苦手な弥狐だが、無邪気な少女の手前、冷や汗を浮かべ笑った。
「弥狐ったら……。頑張ってるわね」
沙夢がクスっと笑った。
「じゃ、じゃあ、はりきって行ってみよー!」
アイナに尻尾を触られながら、弥狐が元気良く言った。
「ラグエルちゃん! ついて来てたのですか?」
一人でジャタの森に薬草を摘みに来ていたリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は、
いつの間にか居たラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)に言った。
「うん。ついて来ちゃった」
ピンクの髪の左右を三つ編みにした、可愛らしい少女はニコっと笑った。
「びっくりしましたけど……じゃあ、一緒に薬草取りましょう」
リースもニコリと笑った。
イルミンスール新制服に魔法使いのマントを羽織った、温和そうな少女だ。
二人は薬草を取りながら、奥に進んでいった。
しばらく進むと、ジャタ族の少女を連れたアッシュ達と出会った。
「アッシュさん、雅羅さん。どうしたんですか?」
リースは、緊張感漂う一行に声をかけた。
「リース。実はピクニック中にアイナちゃんと出会ったのよ。迷子になっちゃったの。今、この子の村を探してる所なの」
雅羅はそう言うと、アイナの頭を撫でた。
「お名前は、なんて言うの?ラグエルはラグエルだよっ」
ラグエルがアイナに話しかけた。
「アイナだよ。ラグエルちゃんって可愛い名前だね」
同じ位の年のラグエルに安心したのか、アイナは楽しそうだ。
「ふふ……ラグエルちゃんも仲良くなったみたいですし、私もアイナさんの村を探すお手伝いさせて下さい」
リースは、楽しそうに話すラグエルとアイナを見て微笑んだ。
「さて……アイナちゃんの村は、パゴの村って言いましたね。行ったことはないけど、場所はおぼろげにわかります」
サクラコは各部族の民話や文化を収集しているので、パゴの村についても、知識が少しあるようだ。
「パゴの村か……大体の場所はわかるが、やはり村の目印がないとな……」
ジャタの森が、馴染みの場所である雷號が言った。
「オレもそれなりに場所はわかるけど……とにかく、向かってくる敵を倒すっ!」
ランディは、興奮気味に耳をパタパタさせている。
「オレも大体の方向は分かるが、部族には部族の掟や、風習があるからな。
ヘタに侵入すると、敵と間違われるかも」
昶は、周りの獣の気配を気にしながら言った。
「あたしも、何となく方向はわかるけど、この辺りには久しぶりに来たから、自信ないかな」
弥狐が肩をすくめた。
「クコ、パゴの村って知ってますか?」
霜月がクコを見た。クコは首を横に振った。
「残念だけど、ずっと放浪してた私にはわからないわ」
「ボクは何となくわかるけど、その前にユリナお姉ちゃんのお弁当を食べて、体力付けなきゃ!」
リゼルヴィアはそう言うと、ユリナの元に駆けて行った。
「……とりあえず村の周辺まで行こう。そこまで行けば、部族にだけわかるような、道標が置いてあるはずだ」
司は冷静に全員を見渡し、言った。
「そうですね。まずはそこからですね」
サクラコが頷き、続けて全員頷いた。
サクラコ達の感覚と知識を頼りに、森の中を歩き始めた。
「アイナちゃん。歩くのは疲れるだろう? ポチに乗るといい」
司はそう言うと、ポチにアイナを乗せた。
「かっこいい狼さん。ポチって言うの? ポチ〜」
アイナがニコニコとポチを撫で回す。
「わ、わうっ」
「……ふっ……ポチも嬉しそうだな」
司は戯れるアイナとポチを見て、小さく笑った。
ポチと戯れるアイナの元に、北都がやって来た。
「アイナちゃん。このリボンには結界が施されてるから、髪に結ぼう」
北都が、禁猟区を施したリボンで、アイナの髪の毛をポニーテールに結んだ。
「可愛いね! このリボン!」
可愛いデザインでアイナは、喜んでいる。
「アイナちゃん。お姉ちゃんはさゆみって言うの。そうだ、お歌、歌おっか?」
さゆみはポチの上で、やや元気になったものの、まだ不安げなアイナを心配した。
「うん、歌好き!!歌って、お姉ちゃん!」
さゆみは、幸せの歌を歌った。一行の空気が柔らかくなる。ふと、さゆみが歌を止めた。
「何だか、あっちに村がありそうな気がする」
さゆみが右側を見て言った。
「さゆみ。私はあっちの気がするわ」
雅羅が左を見て言った。
「ちょっと、二人共……それは危険だと思いますわ」
アデリーヌは方向音痴のさゆみと、災厄体質の雅羅の発言に頭を抱えた。
「そうかしら?」
雅羅は不思議そうに首をかしげた。
「アイナちゃん……具合は悪くない?」
アデリーヌは気を持ち直し、アイナに話しかけた。
「少し足が痛い……」
アイナはそう言うと、足をブラブラさせた。
見てみると、くじいてしまっているようだ。
「くじいてしまってますわね。ヒールしておきましょう」
アデリーヌは、アイナにヒールをかけた。
「わっ痛いのがなくなった! ありがと、お姉ちゃん!!」
アイナが足をバタバタさせて驚いている。アデリーヌは、アイナに優しく微笑んだ。
「よう、アイナ。オレは白銀 昶。ちゃんと村まで届けてやるから安心しな」
昶がヒョコッとアイナの横にやってきた。
「よろしく、昶っ」
「オレもよくテリトリーを超えて、色んな所に行って、迷ったもんだよ」
昶は自分の小さい頃を思い出し、遠い目をした。
「確か、昶の村に伝わる歌が、遺跡の場所を示してたって話を、風の噂で聞きました」
サクラコが興味津々に言った。
「そうそう。歌の謎を解いたり、遺跡の中を探検したり、スリル満点だったな」
昶が目を輝かせて言った。
「お兄ちゃん、遺跡の中を探検したんだ? 凄い、良いなー!」
アイナも目を輝かせて、昶の話を聞いた。
「みんなーーーこっちだよっ。あそこの杉林を超えたら、たしか近道なんだよ!!」
リゼルヴィアが大声で一行を呼ぶ。
「なかなか鬱蒼と茂ってるわね」
沙夢が呟いた。
「大丈夫、だいじょーぶ! ボクの勘はよく当たるってお兄ちゃんに褒められるんだ!
だから必ずお家に連れてってあげるねー!」
リゼルヴィアがハツラツと言った。
一行は、鬱蒼と茂る杉林に入って行った。
「よし、こんなもんか」
一行の少し先を行き、トラップを仕掛けていたセレンが立ち上がった。
落とし穴やトラバサミ、近づいたら音が鳴る罠を仕掛けてある。
「僕も、木にトラッパーで罠を仕掛けました。これで、タイガーの足止めになるはずです」
木の上に罠を張り巡らした三月が、木を見上げた。
「ご苦労さま! 皆の所に戻ろうぜ」
セレンは三月を連れて、一行の元に戻った。
「罠を仕掛けて来たぜ。これでモンスターはここに近寄れないはず。ま、もしモンスターが来たら、竜、頼んだ!」
セレンは一行に言った。
「僕もタイガーの足止め罠を仕掛けて来たので、少しは安心だと思います」
三月が大きな目を瞬いて言った。
「お疲れ様! 襲ってくる敵は、迎え撃つしかないけど……俺の武器、大剣だしなぁ」
竜斗は武器を見て、言った。
「出来れば戦いたくないわね。無作為に傷をつければ倍になって帰ってくるわよ。
……でも、気が立っている相手には通用しなそうね」
超感覚を使用中の沙夢が、狐っぽい耳を動かして言った。
「オレは魔法で、ばっばっとやってやるぜ!! もちろん森を壊さない程度に!!」
アッシュが魔法を詠唱する振りをした。
「アッシュ……なんとかなるか……」
竜斗は、いつも通りのアッシュに、思わずぷぷっと笑った。
「なんとかなりますよ。護衛班もいますし、罠も仕掛けたし、万全ですね」
ユリナが竜斗に微笑んだ。
「そうだ、アイナちゃん。お腹空いてない?」
ユリナはアイナに話しかけた。
「……お腹すいた。でも食べ物ないよぉ」
アイナは、しょんぼりと下を見た。
「これ、食べて? 私が作ったお弁当です」
ユリナはお弁当を差し出した。
「ユリナお姉ちゃんのお弁当食べると元気になるよ!!」
先ほど二回目のお弁当を食べて、元気ハツラツのリゼルヴィアが言った。
アイナは喜んで受け取り、食べ始めた。
――カランカラン
セレンが仕掛けたトラップが鳴った。
「近い!!」
司が叫んだ。
すぐに巨体を揺らしたパラミタ象が現れた。
護衛班は、少し先の方でモンスターと戦っているようだ。
自分たちが戦うしかない。
「来る!!!!」
司は、アイナや女子達をかばうように前に出た。
「完全に気が立ってるな。倒すしかない!」
竜斗が剣を構えた。
「足を狙って動きを止めるわ!!」
雅羅がシャープシューターで、パラミタ象の足に狙いを定め、撃った。
「あんまり効いてない?!」
皮膚が硬いのか、それほどダメージを受けていない。
「適者生存!!」
沙夢が適者生存を唱え、パラミタ像の攻撃力を下げた。
「攻撃力は下げたわ! 戦意も喪失しているはず!!」
「よっしゃ! 視界を奪ってやるぜ!! 光条兵器!」
アッシュが光条兵器を唱えた。まばゆい光を浴びせられ、パラミタ象がフラフラしている。
「あんまり戦いたくないけど……仕方ない! しびれ粉!」
弥狐がしびれ粉で、パラミタ象の動きを鈍らせる。
「動きが止まった! 今だよ!!」
弥狐が叫んだ。
そこに司と竜斗が、攻撃を浴びせる。
パラミタ象の怒号がこだます。
パラミタ象は、完全に我を忘れてしまい怒り狂っている。
「アイナちゃん! こっちだよ!!」
柚が行動予測でパラミタ象の動きを読み、ポチとアイナを導き安全な場所に走った。
アイナは再び泣きそうになっている。
「大丈夫だよ!!」
柚はぎゅっとアイナを抱きしめ、安心させる。
「大丈夫。おまえらには近づけせさせないぜ!!」
昶が柚とアイナの前に、庇うように立った。
「柚、アイナちゃん、安心して!!」
三月も昶の横に並び、二人を庇う。
「弱ってるから、一撃で追い払えないかな? サイドワインダー!!」
三月は柚とアイナを気にしながら、サイドワンダーでパラミタ象の急所をついた。
パラミタ象は、大きく鳴くと、土煙を立てながら茂みの中へ逃げていった。
「行ったか……。もうモンスターに出くわさないといいが……」
司はトネリコの槍を収めて言った。
「司くん。お疲れ様でした。もう少しで、村の近くに出るはずです。さあ、行きますよっ!」
サクラコが司に向かって、ウインクした。
「怖かったよぉ」
ポチにしがみついていたアイナが、司の背中に飛び乗ってきた。
「おっ。おおっ……」
司はしばらくアイナを背負ったまま、森の中を歩いた。
「微笑ましい絵だな。 むしろレアな絵だな」
アッシュが二人を見て、呟いた。