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襲撃の『脱走スライム』

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襲撃の『脱走スライム』

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 村は爆発的に増殖した透明な軟体生物に占領されていた。
 研究され始めて二ヶ月しか経っておらず、まだ名前も正式に付けられていないその生物を『脱走スライム』と村長は仮名し、救助要請を受けて駆けつけてくれた冒険者達に事の次第を説明した。
 優先度は、村人の救出と避難の誘導、脱走スライムの駆逐、と順に並べられる中、考古学者は元である核を持ったスライムの確保保護と学者の家に侵入した不審人物の特定または捕縛を声高に付け加えた。
「いいか、あれは古代遺跡から発掘した私の大事な研究素体だ。私の学者生命がかかっている! 絶対に核持ちのスライムは取り戻してくれ。不貞な輩にも渡すな!」
 研究や実験はしないとの約束でタダも同然で空き家を貸していた村長は、髪を振り乱して訴える自分優先な考古学者に眦を吊り上げた。
「あんたはまだそんな事を言ってるのか! あんたのせいで村は大変な事になってるというのに! すみません。みなさん。小さな村で報酬も満足にお支払いできるかもわからないのですが、お願いします。どうぞ我々を助けて下さい。お願いします」
 火に弱いといっても高温を求められる内容では、人々が起こす炎では限度が知れていた。
 村には水源や川も近く、天気も不安定となると村長の焦りは募る一方だった。
 四十八時間で消滅すると言われても二日も待てないのが本音だ。家屋のほとんどがスライムに飲まれ、家に帰れない村人達が不憫でならない。
 とにかく事態の収拾に努めて欲しいと村長は駆けつけてくれた面々に頭を下げるのだった。



「ええっと。とりあえず村長さん達がいる家が避難所になるからルートはこっちか」
 被害の度合いで二分し村の東側を担当することになったカル・カルカー(かる・かるかー)は、正に占拠という言葉が相応しいスライムの犇めき様に思わず目を細めた。
「核の確保は、ルカルカさんや先輩達がすると思うから心強いけど……にしても東でこれなら西側はもっと酷いだろうな」
 スライムの発生地点、考古学者の家がある西側はもっと多いのかと周囲に視線を巡らせながらひとりごちる。
 数分の暗記だけで頭に叩き込めるほどの小さな村だったが、周囲は多すぎるスライムが壁となりその青味の帯びた透明色の体を通して向こう側を見ているせいか視界は歪み、ともすれば自分がどこに立っているのかわからなくなる。
「尋常じゃない被害になるがな、家の持ち主には。が、ここで食い止めんと後が辛い!」
 先ずは進むべき道をと奮闘する夏侯 惇(かこう・とん)はカルに対して大声を張った。
 チェインスマイトでの攻撃が先程から通用していないのだ。放つ武器の尽くがスライムに絡め捕られダメージを与えるどころかこちらの武装をじりじりと剥がれ取られている気分に夏侯は小さく唸る。それならば剣圧で、と豪快に気合を込めて腕を振るうも、スライムは表面をへこませるだけで無傷そのものだ。
「行ける道から行こう。大事なのは退路だから!」
 できるだけ手薄になっている道を選びカルは火術の態勢を取った。
 夏侯は御免と呟いてスライムから難を逃れた家屋の一部を、持つ武器で壊し崩し、作った道が再び覆われないように松明代わりにとそれに火を放つ。
 舞い上がる炎を背に、僭越ながらと自分が提案した避難ルートの確保の難しさにカルは弱気になりそうな自分を奥歯を噛み締めて鼓舞した。
「ぼ、僕だって強くなるよ! ……そのうち。でも出来る事から、かな」
 そう、できる事から、始めよう。自分のやるべき事をやり遂げてこその教導団員だ。
 率先して道を切り開いて行くカル達の背中を追いかけながら佐野 和輝(さの・かずき)は気づけば考古学者の家があるだろう方角を眺め、苛立ちに目を眇めた。
 打ち合わせ後、散開する前にテレパシーを使って契約者達に情報の交換要請を根回ししたとは言え、把握できる状況は尋常じゃない数にまで膨れ上がった分裂量を誇るスライムの異常さばかりだったからだ。
「設備が不十分な場所での調査、研究……はぁ、危機管理能力が低すぎる」
 肩を竦め、右手を上げると小気味良く指を鳴らした。
「パイロキネシス! ……は、効くか。火属性が弱点なのは本当か」
 地面から立ち昇った炎に数体のスライムが一瞬にして消失したのを見て和輝は頷くと後ろを振り返った。
「本が運動するなどありえんだろう?」
「リオン?」
 現場に駆り出されて禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)アニス・パラス(あにす・ぱらす)の隣で不機嫌そのもののでぼやいていたが、首を傾げた和輝に左右に頭を振って返した。
「いや、なんでもない。火で消えるか。聴取の通りだな。ふむ」
 率先して考古学者の聴取を行なっていた『ダンタリオンの書』はでは他の手はどうだろうかと二人に促した。
「和輝、どうする? アニスはぁ、同じ高温なら雷電属性だとどうなるか試したい〜」
 稲妻の札の陣を描くアニスに、同じく放電実験を視野に含んでいた和輝は同意に頷いた。
「じゃぁ、アニスから始めよう」
 提案がすんなりと飲まれた事にアニスは歓声を上げる。
「水を吸って増えるなら、電気とかで、発火するのかな? って思ってたんだぁ♪」
 喜びながらも得体の知れないスライムに変な感じがすると警戒し、距離を置いたままアニスは構えた。
 アニスと『ダンタリオンの書』との二人がディテクトエビルと殺気看破を周囲に展開するそこは言わば簡易実験室。
 静かに佇む和輝は眼光鋭く成り行きを見守る。
 遠慮のない現地調査と放たれた一撃の雷に、しかし、スライムは一瞬だけその属性色に染まるも、すぐさま元に戻り沈黙を保ったままだった。