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幕間

 葦原明倫館の一角から、単眼鏡で地平を望む女性がいた。
「あそこで燻ってるのは何だえ」
「は。単なる賊の御戯れとのことですが。斥候を出しましょうか」
「放っておけばよいでありんしょう。葦原とは関係の無いことでありんす。しかし、城下に被害が及ぶようなら、考えなければいけんせんけど」
「御意に。これより夕刻から、各校の代表を招いて執り行う座談会が控えております」
「心配しなくても大丈夫でありんす。いざとなりんしたら、わっちが出向いて鎮めてしまいんしょう」
「ハイナ様のお手を煩わすとは、滅相もないこと。しかるべき時は、我々がすべてをお引き受け奉りまする」
「わかりんした。さればお任せしんす」
 葦原内部においても、密かに対ロチェッタ戦の準備が整えられていた。




「葦原の城下が見えてきた、か」
 空が夕焼けに染まる頃、ロチェッタ・クッタバットと生き残った精鋭たちは、葦原の存在を地平の果てに捕らえていた。
「ヒャーッハッー。ついに来ちまったな、ロチェッタさんよお。こっちの残存は大凡200人ってところだが……このままやっちゃうんスかっ!? ちと半端ねーっすよ?」
「あいにく俺の指南書には、撤退の方法までは記されてねえんだよ。イヤなら先に帰って、晩飯の用意でも周到にこなしてくれねえか」
「今さら引き下がる阿呆なんて、居ませんよ。むしろ骨を埋める覚悟で臨みますわ。そーだよなあ、おめーらあっ!」
 ホコリにまみれて真っ黒の賊たちは、手にしている武器を夕闇に透かして掲げてロチェッタに誠意を示した。
「俺がくたばっちまっても、てめえらだけで勝手に暴れてそうだな」
「こんな愉快なことにアシ突っ込んどいてカカシぶってちゃあ、しゃーねーわなあ」
 夜の帳が降り始めている葦原の方へ向き直って、ロチェッタは号令をかける。
「続けえっ! ハイナ・ウィルソンは、この俺のモノだあーっ!!」
 すると、一条の光りが地面を焼き払って、ロチェッタの行く手をあっさりと阻んだ。
「――フハーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
 天界まで抜けるような高笑いが、黄昏た大地に轟き渡ったではないか。
「ロチェッタ・クッタバットよっ! 貴様の願い、この(自称)天才科学者、ドクター・ハデス(どくたー・はです)が聞き届けてやろうっ!!」
 薄闇から純白の衣を身にまとったドクター(-ハデス)が突如として姿を現わした。
「さっきぶっ放したのは、我らが秘密結社オリュンポスが誇る恋のキューピット・メーザーキャノンと――たった今、命名した(原典:機晶ビーム)。ハイナ・ウィルソンとロチェッタ・クッタバットの心臓を、ただの一発でぶち抜いて、永遠の愛へと供しようではないか」
「ドクター、それでは単に死んでしまいます」
「ほほっ……誤差の範囲じゃな。言葉の綾と解釈するのがよいぞ」
 鋭いツッコミを入れたのは、同結社・参謀を預かる天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)。ドクターの意図を汲み取ったのは、彼の許嫁であるらしい奇稲田 神奈(くしなだ・かんな)である。
「グズグズしていると、接敵してしまいますよ。城下の手前まで一気に移動しましょう」
アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)は、同結社における羅針盤なのだろう。抜群の状況把握能力によって、ドクター以下幹部相当である2名を導いていく。
「来るものは拒まず、去る者は追わず。ならば一気に、ハイナをモノにするっ! 野郎ども、行くぞおっ!!」
 すると、ロチェッタの号令を聞き届けたかの如く、辺りの様子が一変した。
 これまで人影を認めなかった原野に、赤々と灯るたいまつの明かりがいくつも掲げられていくではないか。
「相手も馬鹿ではないようですね。さてさて僕は、葦原に関する新鮮なデータをいただきましょう。みなさん、期待していますからね」
「天才を敵に回すとは愚かな。この私が開発した世紀の清掃兵器で――」
「御託はいいから、さっさと殲滅せんかバカ者っ。疾風突きをお見舞いするぞいっ」
「怖いのであろう奇稲田 神奈。遠慮などせず、この俺の身体を盾にすればよいであろう」
「そなたの身体を盾にじゃとっ……そ、そんなことは言われなくとも心得て居るのじゃ。こんな時に恥ずかしいコトを申して、わらわの純情をたぶらかすとは、其方もヘンタイじゃなっ」
「それにしたって、隠れているなんてズルいですよねえ。先攻しますから、援護お願いします」
 竜燐化を促進させて鋼鉄の身体を手に入れたアルテミスが、ロチェッタに降りかかる火の粉を払い落としていく。その間合いに合わせたように、ロチェッタの振るう豪兎璃輝魂が、行く手を阻む先兵を蹴散らしていった。
「この俺に、黙って付いてくるがいい。遅れるなよ」
「わ、な、そういうワケにはいかぬ。わらわだってその、ドクター殿の役に立ってみせるのじゃあー」
 ドクターの優しさに動揺した神奈は、特大の炎術を放出した。紅蓮の業火に包まれた者は、あまりの熱さに大地を転げ回っている。
「あちちちちちっ! ちょっと神奈ぁ、ドコ狙ってるのお! 竜燐化してなかったら一瞬で灰になってたじゃないっ」
 炎術の直撃を背中から受けたアルテミスは、戦線から離脱していった。
「うゎそのぅ……あいすまなんだ、アルテミス殿ぉ」
 頬を朱に染めた神奈は、機晶ビームを操るドクターの裾をちょんとつまんで、大人しくするほかなかった。
「さあ、俺の手に掴まって。この俺でよければ援護しますから」
「ありがとうございます」
 アルテミスを助け起こしたスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は、賢人の杖の先で地面をしたたかに突いた。彼が腕に抱いている猫が瞳を閉じて丸くなると、辺りが眩い光りで満たされていく。
「おーいクッタバット、ちったあアタマ使って戦えっつーの。てゆか、今はバニッシュで敵の目がくらんでんだから、駆け抜けるチャンスだろうがっ……こっちに付いてこい。そっちの天才野郎も頼むぜホントに」
 ロチェッタの脹ら脛を軽く蹴り上げたスレヴィは、敵の群れをかく乱して突破口へと導いていく。この男、野郎に対しては、めっぽうSである。こと戦場においては、頼りになる、ということではあるが……。