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土中の腕が掴むもの

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土中の腕が掴むもの

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二章 戦闘

「――バッチこいやぁあああッ!!」

 ――気合一発。
 乱立する周囲の木々をも震わせる程の叫び声を放った猿渡 剛利(さわたり・たけとし)は、自らに襲いかかる複数のゾンビに対し真っ向から組み合った。
 防御スキルを重ね、地に足を噛ませ。敵の攻撃を一手に引き受けても小揺るぎもしないその姿は正しく壁と呼ぶに相応しく、彼の背後でゾンビに追いかけられ息も絶え絶えな様子の墓荒らし達を完全に守りきる。

「色即是空、空即是色。やれ、虚しい事よな。さぁ、この経を聞いて逝くがよい――」

 そうして場に一時的な空白が生まれた瞬間――――森の中に独特な歌声が響き始めた。傍らに従者を抱えた佐倉 薫(さくら・かおる)が、ゴスペル調にアレンジされた般若心経を歌い上げゾンビの動きを鈍らせたのだ。
 アレンジが加えられているとはいえ亡者であるゾンビ達には強烈なものだったらしく、剛利を押し込んでいた力が緩む。

「せいやっ!」

 当然その隙を逃す事は無く、剛利は力強く地面に踏み込み、大きく腕を振るいゾンビ達を吹き飛ばした。そしてそれに追い縋るようにして薫と佐野 和輝(さの・かずき)が茂みを駆け抜け、舞うような剣捌きでゾンビ達の足を切りつけ行動不能にさせて行く。
 アンデッドという種は生半可な攻撃では有効なダメージが与えられないため、移動手段を断つのが一番効果的な方法である。

「今回に関してはモンスターは被害者だ! 余りやり過ぎ無い様にな!」

「そうは言っても、向こうが攻撃してくるんじゃ……、うわっ!?」

 他のゾンビの攻撃を避けつつ放たれたトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)の言葉に同じく攻撃を避けながら返す剛利だったが、倒れたゾンビに足首を掴まれバランスを崩してしまった。
 咄嗟に振り払おうとしたものの、体勢を崩した状態では上手くいかず――それを好機と見た幾体ものスケルトンが、錆びた剣を振り上げ襲い来る。先程とは違い刃物を持っての攻撃だ、今度は無傷とはいかないだろう。剛利は両腕を交差させ衝撃に備えた。

「フールパペット!」

「お願い、止まって……!」

 しかし、その凶刃は振り下ろされる事は無い。九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)がスキルを用いてスケルトン達を支配下に置き、強引に攻撃を止めさせたのだ。

「あ、危なかった……」

「術が効くようで助かったな、君」

 そうして呟かれる剛利の安堵を他所に、九条達は間髪入れず連続的にスキルを使用し周囲のアンデッド達を支配していくが――――如何せん数が多く、その全てを支配下に置く事は出来ないようだ。動きを止めるアンデッドよりも多くのそれが森の奥から湧き出し、視界を徐々に埋めていく。
 操るアンデッドを抱きつかせ足止めを試み、体勢を立て直した剛利や薫、和輝も加わって対処を続けるも焼け石に水。振り向けば背後にもゾンビやスケルトンが並び、確実に包囲網は狭まり続けている。

「……数は多く、執念は深い。君ら、よく今まで逃げ切ってたな」

 トマスはちらりと背後を振り返り、苦々しい顔でそう零す。視線の先には墓荒らし達が身を寄せ合っており、ガタガタと情けなく震えていた。皮肉に言い返す気力も無いようだ。

「……彼らに謝って貰えば、あっさり許してくれたりとか無いかな?」

「例え宝を返して土下座したとしても望み薄じゃろう。彼奴らの怒りは相当なものよな」

 九条の提案した案の自信の無さを裏付けるように、ボサノバ般若心経を歌い上げた薫がそう返す。
 アンデッド達は、墓荒らしを優先して狙っている節がある。幾らこちらに攻撃が加えられたとしてもそれは陽動に近く、気を抜けばすぐに背後に控える彼らに向かって突進してくるのだ。何程大きな怒りを買ったのかが察せられる有様である。

「すいません! 俺達は敵対する意思はありません! だから落ち着いて……!」

 新たにスケルトンを支配下に置いた貴仁が落ち着くように求めるも、彼らは話を聞くどころか拘束から逃れようと体に力を込め始めた。余程強い力が加わっているのか骨の関節部分がカチカチと擦れ、脆い部分が罅割れていく。
 止むなく近寄るゾンビに抱きつかせ動きを止めさせるが、やはり際限は無く。トマス達の胸中に暗雲が漂い始めた。

「……仕方がない。九条君、アンデッドの肉体を崩壊させて――」

「――少し、待って頂けますかな」

 これ以上は持たないと判断したトマスが九条に指示を出そうとした瞬間、これまで墓荒らしの監視をしていた魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が一歩前に歩み出した。その真剣な様子にトマスは頷き、墓荒らしの監視を引き受け背後に下がる。

「…………」

 交渉も無く、武力も無く。子敬は無言のまま目つきを鋭く細め、英霊という種族の放つ神聖な気配を意図的に辺りへと漂わせる。
 するとその気に当てられたのか、暴れまわっていたアンデッド達が一斉に彼に視線を向け、その動きを鈍らせた。今まで戦っていた剛利や和輝は無くなった手応えに驚きつつ、疲労を隠さず溜息を吐く。

「……この隙に攻撃しときたいんだけど……」

「止めておいた方が良いでしょうね。……墓荒らし達に関しては半殺しまで許すけれど」

 油断なく警戒を続ける剛利をミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)は冷静に宥め、子敬へと目を向ける。
 アンデッドたちを睨め付けたまま直立する彼は、やはり一言も言葉を発していなかった。しかし彼が進み出た瞬間にアンデッド達の動きが止まった事から、何かを行っているのは確実だろう。
 ――片や言葉を持たないアンデッド、片や言葉を用いない英霊。両者の間には常人には理解できない、何らかの意思疎通が行われているように思え、この場に居る誰もが口を挟む事が出来なかった。

「――――ふぅ、ご理解頂けたようで」

 ……何時までそうしていただろうか。突然子敬が相好を崩し、穏やかに笑顔を見せる。
 見れば周りのアンデッドも動きを止めたまま武器を下げ、先程までの様子が嘘のように落ち着きを見せていた。九条や貴仁が彼らの支配を解いても暴れる事は最早無く、事態が完全に収集されている事は明らかだ。

「……何をしたんでしょう、あの人」

「ここのアンデッドどもは元は大戦で死んだ兵隊って話だろ? なら死んだ武人同士とか、そういう部分で通じ合ったとかじゃねぇか?」

 貴仁やテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が首を傾げるが答えは出ない。その様子に子敬は苦笑を一つ零し、「強いて言うなら根回しのようなものですよ」と一言だけ残して再び後方へと戻っていく。

「……まぁ良いか、今は――」

 何はともあれアンデッド達の脅威が除かれたのならば、後に待つのは墓荒らし達の捕縛と尋問である。テノーリオ達は気を取り直し、この隙に乗じて逃亡を図ろうとしている墓荒らし達を睨みつけるのだった。