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【2021年】パラミタカレンダー

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【2021年】パラミタカレンダー
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リアクション



【4月】



 空京北西部に浮かぶ葦原島──その名の示すように、学校のひとつ葦原明倫館の所在地である。
 マホロバと日本かぶれの校長おかげで、島には様々な文化が持ち込まれた。
 そのひとつが桜である。「火事とケンカは江戸の華。花と言えば桜吹雪。花見と宴会はセットでありんす」と校長が言ったかどうかは知らないが、明倫館の生徒や地元住民がお花見できるように、と、とある見晴らしの良い丘に、一面桜が植えられたのだ。
 4月上旬のある日。葦原島の桜は満開を迎え、そこかしこでお花見が行われていた。
 満喫するなら、昼の日向で見る桜は勿論のこと、月下の夜桜見物も欠かせない。時計は夜十時を回り、人の姿も遠目にはおぼろげになったが、まだそこかしこで宴は続いていた。
「……っと、寒くなってきたわね。まさに花冷えってヤツね」
 4月といえど夜は冷える。闇に溶け込むような黒い着物姿の少女・崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が身を震わせると、赤地に縫い取られた、黒と金の百合が葉を震わせた。
 そんな彼女の隣を歩く少女・牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、対となるような、青地に白と赤で百合を縫い取った袖を振って、彼女の腕に絡みついた。
「にゅいにゅいにゅーん。ふふーん、ありすちゃんうにゅーん」
「上機嫌ね。それとも何も考えてないのかしら? 私と一緒にいるからなら嬉しいけど」
「……きょうはありすちゃんとふつーのことするのよね? 寒いのはちょうどいいよー」
 普通のこと、と言いながら“殺気看破”や“超感覚”で獲物を物色しているアルコリア。尤もこんな平和な花見の場では、そういった戦闘向けの技能などあまり目的の役には立たなかった。が、平和故にそんなことをするまでもなかったのだ。アルコリアは難なく目標を見つけ出す。
「ほらあそこー。暖房暖房〜人懐炉〜、んふふーん」
 彼女が指し示した先には、葦原明倫館の生徒らしきくノ一が二人、連れ立って歩いている。お花見の帰りなのだろうか、すっかりくつろいで話に夢中だ。
「そうね……、私は左の子をいただこうかしら」
「じゃあ私はみぎねー」
 近づいた二人は、せっかくだから一緒に花見をしないかと声をかけた。
 くノ一達の性癖はしごくノーマルで、亜璃珠とアルコリアのただならぬ雰囲気に一瞬たじろいで顔を見合わせる。
 しかし、返答を待つまでもない。
「あら、私と一緒ではご不満かしら?」
「逃げないでねー」
 あっという間に亜璃珠の手が華奢なくノ一の長い髪を掬い、唇が首筋を軽く噛む。手を振り払おうとしたくノ一は、“吸精幻夜”に目つきをとろんとさせ、彼女の腕の中にもたれかかる。
 アルコリアの両腕が豊満な肉体のくノ一を抱きかかえ、“金剛力”でしっかり捕えて離さない。
「ヴァイシャリーにお持ち帰りできないのが残念だわ」
「んー。持ち帰ってもいいんじゃない?」
 そんな物騒な会話を交わしながら、二人は人気のない桜の大木の陰にくノ一達を連れ込んだ。
「ね、夜桜に花見だし……無礼講って言葉に惑わされて開放的になったりするものじゃない」
 亜璃珠はくノ一の髪を手櫛で梳りながら、口づけを耳に、首筋に、頬に、降らせていく。“吸精幻夜”で夢心地の彼女は僅かに身じろぎするが、抵抗のうちにも入らなかった。
「折角の出会いだもの、もっと刺激的に……ね?」
 指先がするりと、彼女の胸元に入り込む。
「ああ、お姉様……恥ずかしい……」
「大丈夫、恥ずかしいのはこの花びらが隠してくれるわ」
 亜璃珠の“風の鎧”が、舞い散る桜の花を巻き込み、二人を覆う。
 一方アルコリアは、まだ抵抗しているくノ一を抑え込むように抱きしめると、無理やり服を剥いでいく。はかなげな外見にしとやかな着物姿のアルコリアだが、対照的に手段は強引だ。
「もち肌大福ほっぺかぷかぷー。ねー、くノ一って帷子とか服の下に着てるの? みせてー」
 そしてショートカットの彼女の肩越しに首を伸ばし、亜璃珠の縦ロールをはむはむ。
「ふぇがふぁらまっておいひーれふ(毛が絡まって美味しいです)」
 勿論、その間も手は休めることなく、小手を剥ぎ、着物を脱がせていく。
「ああっ、離してっ……止めてください!」
「えー?」
 お花見なんだからこれくらいいいわよねー? と、アルコリアは気楽に胸を張って、
「知らなかったんですか? かわいい娘はお茶請けにしておつまみなんです!」
 木陰の暗がりに溶け込むための忍び装束は、周囲の闇に溶けだしてしまったらしい。花の間から微かに零れ落ちる清かな月光に照らされたくノ一達の白い肌は、徐々に桜色に染まっていく……。

 木陰でそんなことが行われているとはつゆ知らず。
「お待たせー」
 月光が降り注ぐ中、蝶を和服の袖に舞わせた鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)が両手に幾つもの袋を提げて、ビニールシートの元へ戻ってきた。
「おかえりなさい」
 桜を見上げていたエルシー・フロウ(えるしー・ふろう)が、彼女に微笑む。同じく膝の上のさくらんぼ──の着ぐるみのゆるスター・ルルが、氷雨に首を向けた。
「えへへ、すっごい収穫あったよー。団子でしょ、たこ焼きでしょ、イカ焼きにチョコバナナ……」
 氷雨が袋から取り出したそれらを山のように並べていくと、エルシーは目を丸くした。
「こんなに食べられるでしょうか」
「そういえばそうだねー。うーん、もし残っちゃったら、みんなにおすそ分けしに行こうよ!」
 と言いながら、氷雨はさっそくみたらし団子をぱくつき始める。
 ……最初は、氷雨にはそんなつもりはなかった。
 明倫館に転校したての彼女は、今までちゃんと桜を見たことがなかったから、ここに来る道すがらに見えてきた丘一面の桜に感動して、桜の木の下に立って舞い落ちる花びらに感動して、そして、同じくお花見をしているエルシーと意気投合して。
 けれど、桜を見ている間に……良い匂いが、漂ってきたのだ。
 葦原島の、余所とは違う物珍しい屋台に、丁度お腹がぐーと鳴ったのとお祭り気分が合わされば、ついついあちこちで買いこんでしまい。
 おしゃべりしながら、桜の下で食べるのはとっても美味しくて……。
「次はどれにしようかなー」
 たこ焼きのタコが思ったより大きくて。チョコバナナのチョコスプレーがカラフルで花びらみたいで。
 結局、全部食べつくす勢いだったけれど……、うん、これはきっと桜のせい。
「綺麗な桜ですね〜♪ 月の光の下で、とっても幻想的ですっ」
 一方、桜の天蓋を眺めていたエルシーは、ようやっとたこ焼きに爪楊枝を刺す。
「そういえば、昔、桜の木の下には何かが埋まっているって聞いたような覚えがありますけれど……何でしたっけ?」
「何だったかな。黒くてドロドロしたものだったような気がするー。……石油とか?」
「こんなに優美なお花なんですもの、きっと妖精さんのお家か何かでしょうね」
 ほわほわと微笑むエルシーの笑顔に、氷雨も手を止めて笑い返す。
「そうだね、妖精さんが棲んでるのかもしれないね!」
「きっと葉っぱのベッドに、桜の花びらを枕にしてるんでしょうね。朝露を飲んで……」
 二人はしばらくお喋りに興じた。
 ──やがて、ふと、周囲に人がまばらになっているのに気付く。遠くに見えていた屋台の明かりもいつの間にか消えてしまっている。
 携帯を見れば、時計のデジタル表示がもう帰らなければいけない時間を示していた。
「また来年もお花見したいねー」
 氷雨は名残惜しげに、空をふり仰ぐ。エルシーとルルもまた、同じように見上げる。
「そうですね」
 月はそんな願いを見守るように、少女たちを照らし続けていた。