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紫陽花の咲く頃に (第1回/全2回)

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紫陽花の咲く頃に (第1回/全2回)

リアクション

 百合園女学院演劇部。多くの部員を擁するこの部では、何本もの劇を同時に進行するなど、積極的な活動を行っている。
 現在進行中の舞台一つ『白雪姫』はだが、上演中止の危機に瀕していた。
 主演予定女優・西園寺碧(さいおんじ・みどり)の怪我による主役交代。一年生にも関わらず主役に抜擢された井下あづさ(いのした)へのイジメと思われる嫌がらせ行為──靴に画鋲が入れられるなどの事件の発生。
 王子役のイルマに届く、送り主不明の青い紫陽花。
「もうこんな劇には関われないわ。気味が悪い」
 演劇部員が役を次々と降り、それぞれの職務を投げ出して、稽古場に残ったのは、ついに三人だけとなった。
 長い沈黙の後、碧が顔を上げ、こう言った。
「このままでは上演中止よ。演劇部員以外の助けを借りてでも、劇を成功させてみせるわ」



第一章 百合園女学院・潜入(させる)大作戦


 演劇部が部員募集のポスターを、正しくは『白雪姫』出演者および裏方の募集を始めたのはそれから間もなくのことだった。そして集まった人数、総勢七十名以上が今、一室に勢揃いしている。演劇部の稽古場の一つとして借り受けている塔の一室はぎゅうぎゅう詰めだ。それに募集をかけたのは学内だったが、どういう訳だか、学外の生徒が大半を占めている。
 出入り口の扉が開く。一斉に集まった視線の中、百合園女学院高等部二年・西園寺碧は、神妙な面持ちで扉を静かに閉めた。凛とした雰囲気を持つ美少女の顔には若干の疲労の色がある。
 部屋から出て行ったのは二時間ほど前のこと。演劇部の部長と共に桜井静香(さくらい・しずか)校長の元へ呼び出されていたのだ。
「どうだった?」
 同輩のイルマが問う。こちらは美少女と言うより、ショートカットの髪のせいもあって、美少年に見える。
「説明に苦労したわ」
「そうだろうね」
「でも何とかなりそうよ。イルマ、井下さん。これを配るのを手伝ってくれないかしら」
「はい」
 二人の後ろで様子をうかがっていた後輩、井下あづさは返事をする。他の二人に比べると随分容姿は地味に見える。あづさは碧の手から紙箱を受け取り、端に据えてある机に置いた。蓋を取ると、その中には紐とビニル素材で作られた、首から提げるタイプのカードケースが入っていた。
 あづさは演劇部の助っ人達を何列かに並ばせると、前からカードケースを配っていく。行き渡ったところで、イルマがその中に入れるべき通行証を、やはり同じように配っていった。
「碧おねえちゃん、できましたよー」
 先ほどまで百合園女学院の説明をしていた女学院生のヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、クリップボードに挟んだ手製のリストを碧に見せた。そこには地球人の百合園学生だけで20人、他校生30人。それに連れてきている場合はパートナーの名前と所属学校、希望役職などがずらりと並んでいる。
「ありがとう、とても助かったわ」
 受け取ったリストを、側のコピー機で人数分用意して、これもあづさが前から後ろに回していく。勿論余った分は後ろで調整して、残りは取りに行くという、日本の学校教育の慣習に則る。全員に行き渡ったのを確認して、碧は部屋正面の中央に立った。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございました」
 演劇部らしいよく通る声が部屋に響いた。
「これから本演劇に関わる説明を致します。ですがその前に皆さんの立ち入りの許可を正式に取らなければなりません。今お配りした通行証は本日限りのもの。今ヴォネガットさんが用意してくれたリストを、演劇部と学校側に提出する必要があります」
 碧は部屋を見回した。百合園の制服を着た者、他学の制服の者、私服の者、そして背が異様に高い淑女?たち。
「この演劇の期間中は、男性でも立ち入れるよう許可を取ります。ですから無理に女装をしている方は、今からでも明日からでも、その必要はありません。正しい性別を申し出ていただきたいのです」
 本来なら、こんなに学校外の、それも男性が集まることは滅多にない。予想外の出来事に碧もイルマも、あづさも戸惑いながら出した結論がこれだ。
「ただし立ち入ると言っても、勿論ご自由にとはいきませんので、校門に近い場所に、稽古場及び作業のために場所を借りました。立ち入りはその行き帰りのルートと、男性の方は部外者用のお手洗いだけになってしまいますし、校門からは集団で登下校していただく形になります。お手伝いを申し上げておいて勝手ですが、これが演劇部からの条件です」


 時刻は少し前に遡る。
 百合園女学院演劇部を訪れた、入部希望と部外の協力者──無論女学院生だ──を喜んで三人が受け入れた頃。
 学外の人間はそれぞれの方法で百合園女学院の校門を訪れた。
 その校門を、路地から見張っている一人の女生徒がいる。波羅蜜多実業高等学校のレベッカ・ウォレス(れべっか・うぉれす)。百合園生なら眉をひそめそうな、短い白いタンクトップに、マイクロミニのホットパンツ。色気を振りまいている彼女の目線が狙う獲物は百合園を訪れる他学の生徒だ。パートナーのアリシア・スウィーニー(ありしあ・すうぃーにー)がこちらは犬耳のカチューシャを付けてその横に控えている。二人の後ろには大量の荷物を詰めた鞄や、段ボール。
「えっと。今日の何時って言ってたカナ?」
「15時で間違いないですわよ」
「オーケー。それっぽいのを見付けたら行くヨ」
「はい」
 案の定、男子生徒が校門で何やら警備員と押し問答をしている。レベッカは彼を路地に引っ張り込むと、怯える生徒をひん剥いた。
「業に入れば業に従え、だヨ!」
「ちょ、ま、あっ、やめて……お母さーん!」
「ほら、大人しくしてくださいませね〜」
 口を塞ぎ、剥いた男子生徒の胸に詰め物をした下着を着けさせる。コルセットをはめて痛いほど──痕が付くほど締め上げる。髭とすね毛は脱毛テープで豪快にべりべりと脱毛していく。男子生徒の悲鳴はぐむぐむと声にならない。
 レベッカはそのうちにも髭の跡にコンシーラーを塗り、ファンデーションをはたき込み、チークを入れアイメイクを施す。洋服は勿論女子生徒用。イルミンスールや教導団の制服なら喉をはじめ全身が覆える。これは各学校からドロップアウトしてきた生徒から借りた。仕上げにゲイバーから調達してきたカツラを被せれば──
「完璧だネ!」
「少し違うような気もしますけど」
 アリシアが突っ込むが、大丈夫大丈夫とレベッカは胸を張った。確かに体型は隠せたが、美術的な才能はともかく、家庭科音痴なレベッカのメイクは、女性には確かに見えるが、確かに歌劇団や西洋絵画っぽい。その人形のような彼が怯えて無気力になっているところを、最後に口を塞いだテープを外し、グロスを塗って、背中を押して校門に送り出す。行ってらっしゃい。
 今度は警備員との交渉も成功だ。なんか元男子生徒がふらふらしている気もするが、そんなのは些末な問題だろう。
「よおーっし、次行くヨー!」
 のんびりしてる暇はない。二人は校門の男子生徒を同じ手口で拉致すると、次々と犠牲者を増やしていった。


 という訳で。男子にしか見えない生徒は、レベッカの徹底的な女装の洗礼を受けた後でここに集っているのだった。阿鼻叫喚の地獄絵図を体験しなかった、自前で女装してきた少年は大変幸運である。
 碧からの一通りの注意事項の後、生徒はそれぞれが改めて細かい役職の希望を申し出た。
「役者さんはこちら、裏方さんはこちらに集まってくださーい」
 ヴァーナーが手を振って合図する。どうやら裏方の方が希望人数が多いようだ。リストと人物を確かめながら、人数確認。
「うーん、友情出演ですか……?」
「そうだよ。演目はねぇ、『オズの魔法使い』。あ、西園寺さん、これ良かったらどうぞー」
 夏みかんとりんごの段ボール箱から手足を生やしたあーる華野筐子(あーるはなの・こばこ)が手みやげを碧に渡そうとする。
「できたら桜井校長にも出演してもらいたいんだけどね〜」
「護衛は私がいたししますから」
 パートナーのアイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)が続く。校長のところで、校長を脅しにやってくる輩を護衛するつもりで来たのだが、その必要はないと校長室に入れてもらえなかったので、仕方なく筺子の隣にいるのだった。
「『オズの魔法使い』ということは、一緒に舞台に立つと言うことではなくて?」
 段ボール箱からの手みやげを丁重に断ってから、碧は尋ねる。
「寸劇だよー」
 本人は、イジメの犯人を寸劇で諭すつもりだった。が。
「そんな事したら碧おねえちゃんに迷惑がかかるでしょう!」
 怒ったのはヴァーナーだった。いくら何でも段ボール箱がやって来て寸劇させてくれと言っても、どんな風になるのか分からない以上、簡単に任せられない。応援してくれるのは分かるが、ただでさえ演劇部が大変なのに。
「大体、顔くらい見せてください。よくそれで校内に入れましたね。声を出さなきゃ男か女かも分からないのに」
「性別は段ボール・ロボだよー」
「もー!」
 二人がわいわいやっているところに、助け船を出したのは筺子と同じ蒼空学園のベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)だ。がっしりした体躯は女子高生というには不自然だが、レベッカに見事に矯正させられてしまっている。
「まぁまぁ。自分は裏方希望だが、企画倒れは可哀想だ。余裕があるなら筺子殿に協力したいと思っている」
「協力というと?」
「“森の熊さん”役だ」
「…………」
 ヴァーナーも、碧も、黙った。しばらくしてから口を開いたのは碧だった。
「オズの魔法使いに熊なんて出てきたかしら。ライオンじゃなくて? ……ともかくそれは認められないわ。残念だけど。ええと、ではまず配置を決めていきましょう」
 中心メンバーは百合園の生徒が務めるということで、碧を司会に、イルマが借りてきたホワイトボードに役職を書いていく。
 まずは役者だ。既に決まっている役は三つ。白雪姫の井下あづさ、王子のイルマ、王妃で魔女の西園寺碧。
「小人役は7人必要ね。じゃあ……」
「お待ちになっていただけますでしょうか」
 声を上げたのは蒼空学園の秋葉つかさ(あきば・つかさ)だ。丁寧な口調が容姿から浮いている。ピンクのツインテールに胸を強調した超ミニメイド服というロリ巨乳だ。
「私は白雪姫に立候補いたします。あづさ様に引けを取らない白雪姫を演じてご覧に入れますわ」
 どよめきが起こる。
「如何でしょう、あづさ様?」
 あづさを挑発するように彼女は言った。あづさは俯いて何も答えない。
「学外で演劇部員でもない私に、百合園の演劇部員が役を取られた、何てことになったら大変な恥をおかきになられるでしょうね」
 イルマが気遣わしげに拳を握りしめたあづさに、
「挑発だ。乗ることはないよ。もともと主役を学外の人間に演じさせる訳にはいかないんだ」
「……わ、私、やります」
 あづさは正面を見て、つかさを見返した。その目には決意が浮かんでいる。
「学内の人間だから、演劇部員だからというだけでこの役を受けるわけにはいきません。自分に恥じない演技をして、認められて堂々と白雪姫を演じます」
「楽しみでございます」
 自信たっぷりにそう返答して。これから周囲がどう動くのか。ちらりと周りに眼を走らせて、つかさはそんなことを考えていた。
「では次は小人役を──」
 役者を始め役割分担が済むと、全員で稽古場に移動する。
 校門から一番近い校舎の一角、丁度塔のように見える場所が、今回演劇部が借りた部屋だ。役者用の稽古場、大道具と小道具用の部屋に男女の更衣室で計五室。ここからは役割に合わせてチームに分かれることになる。