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◇序章 ブリランテ 【輝かしく】◇

「……であるからして、我々はナルソス先生を助けなければなりません」
 蒼空学園の掲示板にナルソス・アレフレッドの情報が張り出され、アナウンスが入ると数人の生徒達が目を留めた。だが、自らを美と音楽の神に愛されたと自惚れた男がオカルト霊山のヌシに会い、命を捨てるなど身勝手にも程があり、当然の事ながらナルソスを快く思う者は少数らしい。何故なら、彼が命を落としてとしても自業自得なのだから……
 しかし、そんな掲示板に立ち止まる人間も当然いる。
「ふむふむ、こりゃ、ネタになりそうな人物だねぇ」
 日比野武人(ひびの・たけひと)もその一人だった。武人は古書店を経営していた三十四歳の男で、いつもボサボサの髪の毛を掻き毟りながら、ノートにペンを走らせている。彼は振込め詐欺で全財産と仕事を失い、妻子に追い出されながらも、臆することなく逞しく生きているのは書物が好きだからであろう。今もミニコミ誌のネタを発見し、そこら辺を歩いている男女に取材を試みるくらいだ。
「ちょっと、ナルソス先生の話しを聞かせてくれないかなぁ。コーヒーくらいオゴるからさぁ?」
「えっ、僕ら、急いでるんですけど」
 早水ポン太(はやみず・ぽんた)小鳥遊美羽(たかなし・みわ)は一瞬、顔を曇らせたが、人の良さそうな武人に説得され、ナルソスの事を話す事にした。

 遡る事、数日前――
 放課後の教室に集まった生徒たちの前で、ナルソス・アレフレッドは軽やかにヴァイオリンを奏でていた。端正な顔を崩さずに、使い込まれた木製のスティックを弾くように動かすと、四弦とは思えないほどの重厚な音色が匂い立つ。人々の心を楽しませる音楽は魔力の如く、人の心を捉えて離さない。音楽の偉大さは歴史が証明していた。
「モレンド(だんだんと消えるように……)」
 彼はそう呟くと、静かにスティックを揺らした。すると、驚いた事に今まで澄んで聞こえていた音色が、深い穴に落ちるように沈み込み、泡のように消えたではないか!? 海に潜り、息をするのもはばかれるような感覚。目を閉じると本当に空間が飲み込まれたようにも思える。
「パッショナート!(情熱的に)」
 突然、音が四方に弾け飛んだかと思うと、一陣の風が生徒達の頬を撫ぜて、教室内がとてつもない高揚感に包まれる。音が重力を持ったかのように音色が躍動感を持っていた。閉じられた窓の外に止まっていた鳩が、窓の振動で羽根を撒き散らしながら飛び去るほどの――

「……まさに天才だね」
 一瞬、呼吸をするのさえ忘れていたように早水ポン太は、深く息を吐くと言葉を漏らした。ポン太は音楽が好きらしく、ナルソスのヴァイオリンを聞いた直後は相当に感激したらしい。
「音楽を奏でてる時だけ素敵。性格は最低だけどね」
「いや、音楽以外も素敵だと思うけど……」
 小鳥遊美羽とエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)も同時に声を漏らす。
「どこが、アンタ男でしょ? もしかして、BL?」
「BLなんて言うなよな。人に聞かれたら誤解されるだろう」
「まぁまぁ、お二人とも喧嘩はやめて……」
「うるさいわよ、坊ちゃん!」
「ぼ、坊ちゃん!?」
 二人を止めようとした坊ちゃん刈りの影野陽太(かげの・ようた)は突然のあだ名に困惑の表情を浮かべる。美羽は勝手にアダ名をつける性質があった。しかし、制服のスカートは超ミニで健康的な脚線美が自慢の美羽には敵わない。思わず、顔を赤くして照れるのが精一杯だった。

「そ、それよりも先生はどうして、美しくて音楽的才能に溢れてるんですか!!?」
 話を逸らすために陽太はナルソスに話しかけた。将来、逆玉の輿に憧れる陽太にとっては、天使のような美しさと音楽的センスを持ったナルソスは天上界クラスの人間らしい。まるで、神に触れるがごとく、陽太が緊張しながら尋ねると、ナルソスは悪びれる様子を見せずに答えたのだ。
「ハハハッ、この美しさも音楽も神に与えられたのさ。何故なら、私は神に愛された、この世で最も美しい男だからね。ハハハハハッ!」
「バカなこと言ってんじゃないわよ!!」
「ギャフンッ!!」
 感動していた自分が恥じたくなるほど、ナルソスは傲慢でどうしようもなかったので、美羽は後ろから跳び蹴りを食らわせた。そして、脳震盪で気絶させたナルソスの顔に油性マジックで、額「肉」の文字、ちょび髭、鼻毛といった落書きをしてやるのだ。
「ああぁ! せ、先生がぁ!? これはヒドいぃ!」
 エメは倒れた先生を介抱する為に抱きついた。ロングウェーブで乳白金の髪の毛、白く透き通った肌の美しい男同士が重なると、大きなエメラルドグリーンの宝飾品が煌き、まるで耽美なオペラのごとく映る。しかし、それを見ていた美羽は、頭に怒りマークを浮かべると叫びあげて突進したのだ。
「このぉ、BL男がぁぁぁ!!」
「ぎゃほぉぅぁぁあああぁぁぁぁ!!!?」
 どこを蹴ったのかは言わないが、エメはしばらく立てなかったと言う。

 パタンッ――
 喫茶室の中でノートを閉じる音が鳴ると話は一段落したようだ。武人はナルソス・アレフレッドの事をスラスラと書き連ねていく。
「……やはり、彼は傲慢な教師のようだね。じゃあ、次は小鳥遊さんと早水君の恋物語でも聞かせてもらおうかな?」
「えっ?」
「恋人同士じゃないのかい? お似合いだと思うけど……」
 武人は優しげな笑みを浮かべると、コーヒーに口をつけた。

 同じ頃――掲示板の前で二人の人物が話していた。ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)とパートナーのマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)のコンビである。ベアたちはすでに幾つもの事件に関わり、パラミタで知名度を広げつつあった。
「死に場所にヌシを選ぶとは、あの先生らしいが……実は自分もヌシを気にしていたんだよね。どうする、マナ?」
「どうするって……」
 マナは長い髪を掻き分けるようにして、横目でベアの顔を見た。彼の顔はすでに少年のように好奇心で満ち溢れている。昔、戦場から帰ってきた直後はこんなに笑顔は見せなかったのに……少しは危険から遠ざかって欲しいのに。マナは危険な冒険を好むベアを注意したくてしょうがなかった。でも、この顔を見てしまうと、マナは下を向いて小さく口を開く。
「どーせ、私に聞かなくても、答えは決まってるんでしょ?」
「あははっ、さすがは相棒。よし、行くか! 新しい冒険だぞ!!」
 ベアはマナの手を掴むと走り出した。この彼の手の温もりが消えるかもしれないと思うと、彼女はいつも不安に襲われてしまう。
 オカルト霊山は忌み嫌われてきた山。ゴーストや正体不明のヌシなど危険な噂はいくつも存在する。だが、パラミタでの噂はほとんどが本物だった。つまり、ゴーストやヌシはおそらく存在するのだろう。相手は未だに正体が突き止められてはいないオカルト霊山のヌシである。
(あははって、もーう、本当に馬鹿なんだから。死んだらどうするのよ。まぁ、何があっても、私がサポートするけどね……)

 マナは手を強く握り返すとドアを開いた。すると、一陣の風とともに暖かい日差しがドアの隙間から入り込む。その強い日差しを表現するとすれば『ブリランテ』。その名の通り、未だ若い冒険者達を輝かしく照らし出していたのだ――