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魔法スライム駆除作戦

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魔法スライム駆除作戦

リアクション

 
    ☆    ☆    ☆
 
「何かおかしくないかしら」
 綾瀬 悠里(あやせ・ゆうり)は、周囲の異変を感じとって言った。パートナーの千歳 四季(ちとせ・しき)と一緒に、ジャージに着替えて剣の稽古をしていたところだ。
「ええ、騒がしいですわね」
 四季は、竹刀を振る手を休めて周囲を見回した。念のために、禁猟区を発動させる。
「つっ」
 四季は、左胸を押さえて激痛に耐えた。敵がいる。
「分かっています」
 悠里も身構える。
 そんな二人の周囲に、多数のスライムが姿を現した。いったい、今までどこに隠れていたのだろう。
「これは、噂のマジック・スライムですわね。だったら、制服の魔力にひかれるはずですわ。悠里、私が敵の気をひきますから、あなたは荷物の所へ。制服があれば囮に使えますし、箒があれば有利に動けますわ」
 じりじりと迫ってくるスライムに、四季が悠里に言った。囮になるも危険、荷物を取りに行くのも危険だったが、まだ火術を使える悠里の方が身を守れるだろうという考えだ。
「やるわ。待っていて」
 火術の威嚇射撃で道を切り開きながら、悠里は荷物をおいてある木にむかって急いだ。瞳を紫に燃えあがらせながら、悠里は走った。その速さよりも、意志の強さに、スライムたちは追従することができない。
 悠里は、一気に荷物の所に辿り着いた。ほっと一息をつくと、箒とバッグを手にとる。
「さすがは、私の悠里ですわね。いいえ、まだダメ、気を抜かないで!」
 危険を知らせる痛みに、四季が叫んだ。だが、わずかな二人の距離が、危険を知らせるわずかな時間の遅れとなり、それゆえに致命的となった。木の上に隠れていたスライムが、一気に悠里の上に落ちてきたのだ。
 運よくジャージ姿だったので全裸はまぬがれたが、スライムにべちょべちょにされて悠里は倒れた。
「あなたがやられてしまってどうするのですか」
 四季はあわてて駆けよろうとしたが、周囲をスライムに囲まれて身動きがとれなくなった。
「我、求むるは炎の舞。謡(うた)いにあっては、熾(おき)。炎風をもって、扇となす。炎扇(えんせん)!」
 駆けつけてきた御嶽が、呪符を持った手を横に薙いだ。崩れていく呪符が炎に変化し、扇のように広がってスライムたちを焼き払った。
「早くこっちへ」
 うながされて、四季は悠里の許へ走った。すでに、三池みつよがバスタオルで悠里をつつんでくれている。
「私が運びますわ。一緒に、こちらへ」
 ジーナ・ユキノシタが、ひょいと悠里の身体を担ぎ上げた。
「早く、こっちです」
 安全な避難場所から、遠野歌菜が、ジーナたちを手招きする。
「むこうに、風紀委員たちが避難所を作っていますから、そこへむかってください」
 そう言うと、御嶽は遠慮仮借なくスライムを焼き払っている紗理華を押さえに走っていった。
 紗理奈の周りでは、房総鈍、ガイアス・ミスファーン、カレン・クレスティアらが着実にスライムを仕留めていった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「お・せ・ん・た・く♪」
 ナナ・ノルデンは、酸性洗剤を使ったランドリーで、襲いかかってきたスライムをあっさりと溶かした。
「あっちの方が多そうだよ」
 ズィーベン・ズューデンが、中央噴水の方をさして言った。
「では、あちらにむかってお掃除をしていきましょう。こういうことは、一気にやらないとかたづきませんものね」
 ゴム手袋をした手で洗剤類の入ったバケツをつかむと、ナナは噴水の方へむかって歩きだした。
 その噴水の近くでは、三笠のぞみが窮地に陥っていた。バーストダッシュを利用した空飛ぶ箒での高速移動でスライムたちを攪乱して、みんなの戦闘を助ける予定だった。だが、中央大噴水に近づいたとたん、噴水から大量のスライムが噴き出して襲いかかってきたのである。
「水の近くは、危険です!」
 ゆっくりと後ろを飛んでいた沢渡真言が叫んだが、あまりにも遅い忠告だった。
「こういうときのための、ガムテ攻撃よ」
 のぞみは、用意していたガムテープボールを自信たっぷりでスライムに投げつけた。このガムテープのべたべたにはりついて、スライムたちの動きを鈍くさせる作戦だった。だったのだが……。ゲル状のスライムたちは、あっけなくガムテープボールを呑み込んでしまうか、表面にはりつけたままなんの苦もなく移動を続ける。それどころか、噴水の噴射を利用して、空を飛んで襲いかかってきた。先ほどから何人も空中で襲われていたのは、ここから発射されたスライムたちだったのだ。
「いやー。こっちこないでー。あたしの作戦通りやられてくれなきゃ嫌なんだもん!」
 きゃーきゃー騒ぎながら、のぞみが裏地が鮮やかなピンクローブを激しく翻(ひるがえ)して、無茶苦茶な空中機動で飛んでくるスライムたちを次々に避けていく。ほとんど偶然だろうとはいえ、すばらしい飛びっぷりだ。
「早く、そこから離れて」
「あーん、これじゃバケツにスライムを汲むのも難しいじゃないの」
 沢渡に言われるまでもなく、のぞみは噴水と距離をとった。
 
「あの噴水にたまっているのは水なんかじゃない」
 悪態をつくのぞみたちの姿を見て、ディアス・アルジェントは確信した。
「それじゃあ……」
 ルナリィス・ロベリアが聞き返した。
「ああ、全部スライムだ。たぶん、進入路は上水道だろう」
 ディアスは断言した。
「そうみたいね。もうほとんど噴水の方からしか危険信号は感じないもの」
 救護班として駆け回っていた遠野歌菜が、禁猟区を使って確認した。
「でしたら、一気にお掃除してしまいましよう」
 消毒用アルコールを持ったナナとズィーベンが噴水にむかって走った。
「援護を」
 峰谷恵が、飛んできたスライムを、光条兵器の光弾で倒しながら叫んだ。
「分かりました」
 房総鈍とカレン・クレスティアとガイアス・ミスファーンが、噴水から飛び出してくるスライムを撃ち落としていく。
「一気に片をつけようぜ」
 ディアスが、大声で言った。それに激怒したかのようなスライムが襲いかかってきたが、ルナリィス・ロベリアが難なく屠り去る。
 みんなの掩護を受けたナナが、噴水に消毒用のアルコールをすべてぶちまけた。
「いいですわよ」
「待ってましたぁ!」
 ナナの言葉に、ズィーベンが満を持して火球を放った。あっという間にアルコールに引火し、噴水のスライムは火につつまれた。
 火勢は全体を焼き尽くすというほどではないものの、パニックに陥ったスライムたちは、てんでに噴水から逃げだし始めた。飛沫が飛び散るようにして、何匹かのスライムが噴水から飛び出した。
「うわっ」
 あわてて房総鈍は避けたが、峰谷恵が逃げそこねる。ひんむかれると覚悟を決めかけたとき、飛んできた火球がスライムを撃破した。
「ナイス、御主人」
 雪国ベアが、肩の上のソア・ウェンボリスを褒め称えた。
 他に逃げだしたスライムはガイアスが仕留め、三笠のぞみもどさくさに紛れて、バケツとチリトリでスライムを一匹捕まえた。これで、広場のスライムはいなくなったようだ。
「ここはもういいみたいだから、大浴場に行こう」
 カレン・クレスティアは、ジュレール・リーヴェンディをうながして先に大浴場へとむかった。
 
「よくやったわ」
 紗理華は横からさっとのぞみのバケツをひったくると、チリトリの上で”<”のルーンを指でなぞった。
「ケーナズ!」
 紗理華が唱えると、バケツとチリトリの隙間から、ぶすぶすと黒い煙が立ち上った。
「ええっ、これって、【夏のスライム祭り】じゃなかったの?」
 やっと捕まえたスライムをあっけなく殺されて、のぞみは不満そうな声をあげた。
「そんなことより、みんな、逃げたスライムを追うわよ。たぶん、奴らはこの下にあるポンプ室に巣くっているわ。それなら、同じ水道で繋がれた他の三部屋にも現れた説明になる」
 そう言うと、紗理華は膝をついてしゃがむんで、噴水近くの床に手をついた。
「ペルス、ケーナズ!」
 ルーンとともに、床板が吹き飛んだ。
 ああと、御嶽が片手で顔を覆う。ちゃんとしたポンプ室への扉なのだから、鍵の到着を待てばいいものなのに。
「さあ、行くわよ」
 紗理華について、御嶽、房総鈍、峰谷恵、ソア・ウェンボリス、雪国ベア、遠野歌菜、ジーナ・ユキノシタ、ガイアス・ミスファーン、三笠のぞみ、沢渡真言、三池みつよが、ポンプ室へとむかった。
 ポンプ室のスライムはそのメンバーで充分と思った者たちは、他の場所の援軍として散っていった。
 ズィーベン・ズューデン、ナナ・ノルデンは学生食堂へ。ディアス・アルジェント、魔楔テッカ、マリオン・キッス、ルナリィス・ロベリアは実験農場へ。クロセル・ラインツァートは大浴場へとむかった。
「どうやら、ここはだいたい退治できたみたいよ」
「なら、私は、悠里を寮まで連れていきますわ」
 千歳四季は片野永久に告げると、パートナーを連れて避難所を後にした。
 
「ここが侵入口だとすると、外の施設に何らかのトラブルが起きたと考えるのが妥当ね。あなたたちは、外の施設を調べて」
 噴水や他の施設に繋がるパイプ群の走った通路を進みながら、紗理華は携帯で他の風紀委員に指示を与えていた。
「おかしい、食堂からまったく連絡がありません。それに、大浴場は、かなりまずい状態のようですね」
 同じく携帯で連絡を取っていた御嶽が、厳しい面持ちで告げた。
「戦力分散は愚作だわ。まずここを完全に駆除してから、他の場所を助けに行きましょう。それまでは、それぞれで頑張ってもらうしか……いたわ」
 給水タンクのある部屋の手前で、紗理華が止まった。六匹ほどのスライムが、亀裂の入ったタンクに群がっている。
 そのちょっと手前の通路に、誰かが倒れている。メニエス・レイン(めにえす・れいん)だ。きっと、最初にスライム発見の報をしてきたのは彼女かもしれない。とりあえず水着だけは着ているようだが。それにしても、いったいどこからここへ運ばれてきたのだろうか。この上の広場からか、水着なので大浴場からか、そばに飲みかけのジュースが落ちているので食堂か、ショートウェーブのかかった銀髪に葉っぱがついているようなので農場か。それは、スライムのみぞ知るというところだ。
 スライムを刺激しないように、御嶽はそっとメニエスをこちらへと引っぱってきて保護した。
「一気に叩くわよ」
 紗理華の号令一下、全員が一斉攻撃を行った。房総は外したが、峰谷、ソア、ガイアス、紗理華、御嶽が一匹ずつ仕留める。しつこく逃げた一匹は、のぞみがバケツで捕獲した。それは、即座に紗理華が焼却処分する。
 これで、広場にいるスライムは完全に排除できたようだ。
「後は、進入路と思われる水道管を封鎖しなさい。私たちは、食堂にむかうわ。手すきの者はついてきなさい」
 短く指示を飛ばすと、紗理華は食堂へむかった。御嶽、峰谷恵、ガイアス・ミスファーン、ジーナ・ユキノシタが同行する。
 残った者たちは、避難所でまったりとすることにした。
「ちっ」
「ん? ベア、今何か舌打ちしなかった?」
「いいえ、御主人。別になんでもねえよ」
 ソアのすっぽんぽんを見られなかったことに、安堵しつつもどこかで本能が納得いかないベアであった。
「もう大丈夫。この遠野歌菜がいれば安全だよ。あなたたちは、遠野歌菜が守っちゃうんだから。遠野歌菜遠野歌菜をよろしく!」
 運悪くスライムに襲われてしまった四人を前に、遠野歌菜はかいがいしく看護をして回っていた。一所懸命ジェイク・コールソンにアピールするが、彼は完全に気絶したままであった。
「それにしても、ここは犠牲者は五人ですんだけど、他は大丈夫なのかなあ」
 本来、スライム退治が楽勝だったなら、ここに援軍で誰かが現れてもいいはずだ。それが誰も現れないということは、他はかなりまずい状況なのかもしれない。
「まあ、本当に大変だったら、ここに避難してくるよね。他のイケメンも来るかも。のんびりとそれを待とーっと」