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リアクション
第三章 失われた記憶は……
秋月 葵は床に届くほどのツインテールが地面すれすれなのを気にも留めずに、パートナーであるエレンディラ・ノイマンが用意してくれたお菓子を片手に休憩をしていた。
「朱里ちゃん、その髪留め可愛いね!」
「ありがとう……これ、昔おばあちゃんに買ってもらったのよ」
黒いショートカットにかわいらしい髪飾りをつけた蓮見 朱里はアイン・ブラウと共に、エレンディラ・ノイマンの用意したお菓子をほおばりながら談笑していた。
「彼女……ルーノアレエさんもおなかがすいていないかな?」
「機晶姫も、食事をしますしね……」
「ルーノアレエさーん! このお菓子あげるからでてきてーーーー!!」
カサ。
そんな音がしてあたりを見回すと、秋月 葵が手にしていたはずのお菓子の袋はどこかへと消えてしまっていた。
ふと隣を見れば、赤い髪、黒い肌をした機晶姫の特徴丸出しの女性がお菓子をほおばっていたのだ。その身体は、光源のあるこの遺跡内でもぼうと光って見えた。
「る、ルーノアレエ、さん!?」
「あ、あなた!もしかして、エレアノールさんじゃない?」
「?のぶよをしたわでえまなのそぜな……んへいた!てげに」
突然帰ってきた言葉に対応することができず、蓮見 朱里と秋月 葵の間をすり抜けてルーノアレエは駆け出していってしまった。すぐさま聞こえた背後からの唸り声で、ルーノアレエを視線で追う事もかなわなかった。魔獣がこちらをめがけて走ってきたのだ。和んでいた4人の隙間を、黒いセミロングの女性と白いドラゴニュートが駆け抜けた。切り結びに向かったのは比島 真紀とサイモン・アームストロングだった。魔術で足元から雷撃を加えられ飛び跳ねる魔獣たちに向かい、アサルトカービンが火を噴いた。
わずかながら取りこぼした魔獣たちが向かう4人の前に立ちはだかったのは、乳白銀の髪を結い上げた黒服の麗人ガートルード・ハーレックだ。その涼やかな青い瞳が、見も凍らせるような鬼眼へと変貌する。駆け寄ってくる魔獣たちは尾を丸めてきびすを返していった。
ガートルード・ハーレックよりも高く結い上げた金髪の女性……にしか見えない機晶姫、シルヴェスター・ウィッカーは逃げていく魔獣たちよりも、駆け出していってしまったルーノアレエが走った方向へと向かっていく。
「ウィッカー!」
「舎弟のピンチじゃあ!」
「まだ舎弟じゃないだろう……」
ガートルード・ハーレックの先ほどまでの凛々しさをどこかへやってしまったシルヴェスター・ウィッカーの行動を見て、周りはただ唖然としていたが、ルカルカ・ルーはすぐにはっとしてガートルード・ハーレックの腕を取った。
「急ごう!ここを進めば、ルーノアレエさんに絶対会えるってわかったんだし!」
「あ、ああ……ルー、私が先導します。トレジャーハントを使って進みますので、後ろの警戒をお願いします」
「うん!」
「雪、なにしてるんだ!」
「で、でもちゃんと片付けないとダメですよ!」
休憩に使っていたレジャーシートや、お菓子の袋を大慌てで片付けている空菜 雪を見て葉山 龍壱も一瞬葛藤をしたがすぐに女の子達にまぎれて片づけを手伝い始める。それを尻目に駆け出した緋山 政敏の後を追うカチュア・ニムロッドは小さく呟いた。
「偉いですね……」
「や、だって、みんなで残ったら意味ないだろ?別に見捨てたわけじゃないんだぞ?」
「大丈夫ですよ、すぐに追いつきます!ほらっ」
アラン・ブラックとセス・ヘムルズが後ろを指差すと、既にこちらへと向かっている秋月 葵たちが見えた。
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遺跡調査組として行動を始めたメンバーは、書物が大量に置かれた部屋へとたどり着いた。
入り口は犬神 疾風、月守 遥、リュース・ティアーレ、グロリア・リヒトら護衛についたメンバー、そしてミストラル・フォーセットが部屋の入り口を固めた。
いくつかの書棚は壊されていたが、とにかく手にとれる分だけでもと解読を始めた。多くのメンバーが予測していた通り、そのほとんどは古代シャンバラ語で、時間をかければ解読は可能だった。
「……あら、これは……」
ロザリンド・セリナが手に取ったのは、書物とは違った紐とじの紙の束。表紙には『エレアノール』と綺麗な字で書かれていた。ぱらぱらとめくっていくその中身は、どうやら古代シャンバラ語ではなく、用意に読み解かれないよう暗号化されているようだった。
緩やかな銀の波が頬にかかるメニエス・レインは、温度を感じさせない赤い眼でロザリンド・セリナに声をかけた。
「それ、日記?」
「はい、そのようです」
「そう……なにか古代文明に関わることがあったら教えてちょうだい」
「まぁ、そういう目的で来た者もいるだろう」
藍澤 黎はため息混じりにそのやり取りの後にロザリンド・セリナの横に腰掛ける。フィルラント・アッシュワースもその後ろをおとなしそうについてくる。二人の様子から、同じ事を探ろうとしているのだと悟ったロザリンド・セリナは、にっこりと微笑んだ。
「パソコンに取り込んでみます。少々てこずると思いますし、他の書物からエレアノールという名前の入った文献を探していただけませんか?」
「なんや、やっぱりエレアノールて名前なん?」
「名前という確証は、実はないのです。ただ、関わりある名前だということだけなのです」
「面白そうじゃないか、俺も手伝うぜ?」
「私も手伝います」
青い髪の青年ロイ・エルテクスと、そのパートナー長い金髪が印象的な魔女ミリア・イオテールが名乗りを上げてくれた。
だが、残念なことに書物に『エレアノール』という言葉が載っていたのは、最初に見つけた日記だけだった。文字の羅列をパソコンに入った暗号解読ソフトを使って解読するのに、まだ少々時間はかかりそうだった。
「……なにかしら?この壁だけ土ぼこりが……」
飛鳥井 蘭が壁を調べていると、壁の一部分が彼女の手を飲み込むようにへこんだ。クロード・ディーヴァーがあわててその手を引っ張り出している間に、いつの間にかその壁は沈んでその奥に新たな部屋が出現した。
その中はより一層ひんやりとした空気が包んでおり、破壊されたいくつ物石碑が立ち並んでいた。
メニエス・レインは手にしていた書物を放り出して石碑の部屋へと入っていった。飛鳥井 蘭もその後を追う様に入った。部屋は閉じる様子もなく、安全だと確認すると他のメンバーも警戒をさらに強めつつ石碑の解析を始めた。
「ここも古代シャンバラ語だが、石碑自体が破壊されたのはつい最近だな…」
武来 弥はそう呟いて辺りを見回した。破壊された石碑は、爆薬等ではなく……剣を用いたのではないだろうか、そう認識できる傷跡だった。
「どっちにしろ、お宝はここやないんか?」
盛大なため息をついて桜井 雪華は破壊された石碑のかけらを蹴り飛ばす。コツン、と飛んでいった先にあった石碑の文字を見て、彼女は目を丸くした。
彼女が先日遺跡に潜るために詰め込んだ知識の中にある古代シャンバラ語と同じだった。
『かの地の財宝』
財宝、という単語に惹かれてその石碑に食らいつくように駆け寄るが、彼女には少々難しく途切れ途切れでしか解読できなさそうだ。
「なにかおもいだせそうですか?」
「え、ええと……」
エルシア・リュシュベルは高務 野々の言葉で肩をすくめた。必死に何かを思い出そうとしながら、書棚や皆が広げる書籍に視線を向けるがちっとも記憶の中になるものとかみ合わない。
「早いうちに『わかりませんでした』、というなら許してあげてもいいですよ?」
「え?な、何故……」
「エルシアが行きたそうにしていたから、興味もないのに付き合ってあげたんです。勿論、何か収穫があるはずですよね?」
「も……勿論……です」
このときほど、理不尽だ!と叫びたかったことはないと、エルシア・リュシュベルは心の中で思っていた。
ふと、視線の先に石碑に食らいついている桜井 雪華の姿を目にし、そちらへと足を向けた。
「な、なんて書いてあるんかさっぱりや……」
「あの、少しいいですか?」
「あ?なんやアンタ……こ、これ……読めるんか?」
「これなら、読めるかもしれません……」
小さく呟くと、たわわな胸を潰すように腕組みし、ぶつぶつと呟き始めた。エルシア・リュシュベルの真剣な表情を見て、高務 野々はすぐにその背中を守るようにたった。
「……かの地の財宝、わが口にあり……だがそれを手にするものは、大地の怒りを買うことになるであろう……」
「なんや?それ……」
「財宝、口、大地の怒り……」
「そか! 遺跡の奥にばっかり気ぃ取られてたわ!」
そう叫ぶと、桜井 雪華は大急ぎで来た道を戻っていった。
「ふぅん、古代シャンバラ文字?」
「ええ……私がきちんと学んだときには、この文体でした。あまり古いのは読めないのですが、このくらいのであれば読めます。そういえば、古の文字は解読されていますが、私の時代の文字はあまり長く使われなかったためか、研究が進んでいないのですよ。懐かしい……またこの字を見ることができるなんて」
「それなら、今度はその字が使われている時代について調べましょう。ここを出た後で」
パートナーの優しい言葉に、エルシア・リュシュベルははっとして顔を上げたが、そこにある若干何か含みのある笑みに悪寒を感じずにはいられなかった。
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「魔獣をよけるにしても、禁猟区だけでは心もとないどすなぁ」
一乗谷 燕はため息混じりに辺りを見回す。今のところ一本道であるようだが、それは逃げ場がないのと同意だった。アリア・セレスティはなるべく一乗谷 燕の前を歩いて視線を前に常に置いていた。樹月 刀真はアリア・セレスティに避けられていることを自覚してか、最後尾を守ることにしていた。
「ガートルードさんやナガンさんは別チームですからね……鬼眼じゃなくっても、何とかなればいいんですが……」
「光学迷彩を用い、匂いを消しても、魔獣が相手では鼻が利きすぎて下手なにおいをつける方が居場所を示しているようなものですものね……」
長く流れるような翡翠色の髪を無造作にたらし、緋桜 翠葉は海凪 黒羽の腕に自らの腕を絡ませたまま歩いている。
「先ほどの話じゃ、魔獣はどこから飛び出してくるのか分からないからな……あまり身を隠すよりも倒す方向で考えたほうがいいのかもしれない」
「あまり強くはないようだが、数が多くては疲弊も激しくなる。的確に倒すことを考えよう」
リリ・スノーウォーカーは大きな瞳をまっすぐと見据え、時折後ろにいるユリ・アンジートレイニーの様子を伺う。そのたびに、ユリ・アンジートレイニーはリリ・スノーウォーカーに微笑みかける。
「♪〜〜……天に舞う光の水は……空の大地を埋め尽くす……川を流れる炎の壁は、風のその先海を割る……星が落ちる、陽が滴る……影が上れば、沈む銀河……〜〜♪」
ファティ・クラーヴィスは時折、アイリス・零式と一緒にヴァーナー・ヴォネガットから教わったルーノアレエの歌を歌いながら辺りを見回す。歌を歌っていれば、安心してよってきてくれるかも出てきたのは今のところ魔獣だけだ。緋桜 翠葉は顔をしかめながら声をかけた。
「その歌、妙な歌詞なのね?」
「なんでも、歌詞だけはこのとおりちゃんと歌っていたそうです。とても綺麗な歌声と旋律であったこと……それをひどく悲しげに歌っていたことだけは確かなんだそうですよ」
「そう考えると、歌だけは覚えていたんだな……」
ウィング・ヴォルフリートが歌っているファティ・クラーヴィスの代わりに解説すると、大草 義純は眼鏡を時折持ち上げながら、考え込んだ。
「ルーノアレエ=エレアノール……ではない、そういっていたな」
「さっき回ってきはった定時連絡によれば、ルーノアレエはんは誰かを探しておるそうでんな?」
一乗谷 燕もセンスを口元に当てて同じように唸った。ファティ・クラーヴィスは歌を止めて言葉を返した。
「歌は、その探して人とも関係あるかもしれないの」
「それならイシュベルタ・アルザスに直接聞いてもらえばいいのではないだろうか?」
「……なるほど、知ってたら白、知らんかったら黒……でっか?」
「さぁ、そこまでは分からない」
リリ・スノーウォーカーは、自身が放った憶測に興味なさそうに呟いた。永夷 零は鼻を鳴らしながらアサルトカービンの引き金の部分に指を入れてくるくると回して遊んでいた。
「どちらにしろ怪しいことには変わりないさ」
「零はてきとうなのです」
頭についた二本の白い何かをうにうにと動かしながら、ルナ・テュリンはツッコミを入れる。突っ込まれて永夷 零は顔を引きつらせるが、冷静にアサルトカービンを腰のホルダーにしまいこむ。
「じゃが、あやつが原因で、ルーノアレエとやらの言語回路がいかれた可能性も否定しきれぬ」
「縁!ここの照明は向こうのと違うね!遺跡の中って本当に凄いね!」
「おぬし少し黙っておれぬのか……?」
焦げ茶の髪を後ろで束ねた御厨 縁は、大はしゃぎをする褐色の肌を持った機晶姫サラス・エクス・マシーナに呆れた声でたしなめた。だが、彼女は全く悪びれる様子もなく光源のルーンをまじまじと見つめる。
「それにしても、この遺跡……どうしてあまり埃がないんだろうね?」
「何を言っておるのじゃ?」
「だって、遺跡って古い建物でしょ?古い建物なら、もっといろんなところが埃っぽいんじゃない?」
サラス・エクス・マシーナの言葉に、一同は辺りを見回す。魔獣がいるとはいえ、全てのチームが違う道を歩いているのに何故前方には埃が積もっていないのだろうか。リリ・スノーウォーカーは唇に手を当てて目を伏せた。
「……確かにおかしい。遺跡調査は二人でしていたと、そう言っていた筈」
「つい最近、ここを通った人がいるってことでしょうか?」
「だれか、でられませんか?」
ユリ・アンジートレイニーの言葉に何か思うところがあったのか、アリア・セレスティは無線機に向かって話し始めた。でたのは中継地点のミルディア・ディスティンだ。
『どうしたんですか?』
「他のルート、つい最近誰かが通ったような痕がないか聞いてほしいの」
『え……実はさっき、似たような話をナガンさんからされたんですよ。そしたら、ガートルードさんたちもそれを聞いてきて……』
「魔獣以外の、誰かが逃げ回っているって?」
『その見解が今のところ有力みたいです』
「……道も、つながっている可能性が高いわね。ありがとう、ミルディアさん」
『どういたしまして』
樹月 刀真はそれを聞いて顔をしかめた。
「で、どうするつもりだ?」
「……あ、えと、と……とにかく進みましょう。私とリリさんの見解が確かなら、この道は他の人のルートにつながっていて、ルーノアレエさんはこの遺跡中を逃げ回っているはずです。幸い、入り組んだ部屋とかはないみたいですから、魔獣の攻撃にだけ気をつけて進みましょう」
アリア・セレスティは少し怯えたように言い放つが、それを聴いて樹月 刀真は鼻を鳴らして最後尾へと戻っていった。漆髪 月夜はアリア・セレスティにエールを送るように微笑を向けていた。
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