リアクション
* 湖面に、涼しい風が吹き渡る。 夏の終わりの陽光を浴びて輝くヴァイシャリーの運河の河口に浮かぶのは、白鳥を象った、というよりスワンボートそっくりのガレー船が一隻。 白鳥の着ぐるみ姿のゆる族達が、乗客の手荷物をせっせと運んでいる。 岸辺から船まで渡された板の上を歩くのは普段は見慣れぬ学生達の姿。制服から、夏の装いを楽しむ者まで、一人で乗船する者からカップルまで。それぞれの思惑で船に乗り込む。 彼らの姿をベランダから見下ろしているのは、百合園女学院の校長・桜井静香。休日のためいつものティアラと合わせたドレスでこそないが、ピンクのフリルが沢山付いた服を着ている。 全員が乗り込んだのを一通り見終えて振り向くと、居間には彼女をこの船旅に引き入れた長身細身のシャンバラ人・フェルナンの姿があった。 無礼には当たらない。寝室はきちんとドアを隔てて設けられている。この船に一つしかないスイートルームが、フェルナンが彼女に用意した部屋だった。 居間に入りレースのカーテンを引くと、静香は彼の真向かいのソファに座る。 「本当にありがとう。こんなに人が集まってくれるなんて思わなかったよ」 「私も助かっていますよ。今日のオークションは盛況になりそうですね」 スパークリングウォーターを静香の目の前に置いたグラスに注ぎながら、フェルナンは話しかける。 「みんなを騙してるみたいでちょっと複雑な気分だけどね……」 「とんでもない。お困りなのには間違いないのです、そして集められたのもご自身です。何も気になさることはありませんよ」 フェルナンは肩まで伸ばした金髪を背中に払いながら、にっこりと微笑んだ。 「それに、あの方もいらっしゃらないのです。むしろ羽を伸ばされては如何でしょう?」 あの方とは、シャンバラ女王の血統に最も近いと言われる名門・ヴァイシャリー家の一人娘、百合園の実質的支配者にして、静香のパートナーであり、静香を日頃からいじり倒しているラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)のことである。 契約をした以上は静香にとって大事なお姉様であることに間違いないが、毎日のようにいじられすぎていて、校長職とかもろもろ含め、平穏な日々を過ごしたいと思っている彼女には時々開放されたいと思うときもある。チャリティー・オークションの話に乗ったのは、そんな願いも叶えてくれそうな気もしたからだ。 「そういえば、フェルナンさんって、百合園にパートナーがいるって言ってたよね。島で遺跡か何か探すんでしょ? その人は乗ってないの?」 「ええ、誘ってみたのですがフラれてしまいまして」 「そっか、会ってみたかったのになぁ」 「でしたら近いうちにご紹介しましょう」 残念そうな静香にフェルナンは言い、蒼い瞳を細めた。 「百合園の生徒としてではなく、友人として。そして地球人として、ね……。しかしどうして地球人を“契約者(コントラクター)”と呼ぶのでしょうね。契約とは、いわゆるギブアンドテイクが成立する関係ではないでしょうか? シャンバラ王国の復興と、地球は資源の獲得だとするなら──そこに個々人の意志はない。地球とパラミタという二つの世界の相互契約、といった見方もできるのではないでしょうか?」 「契約かあ。確かに、まぁ、僕も縛られているって言えばそうなんだよね」 「例えば、ですが。そもそもどうして貴方がた地球人、しかも年若い人間に、パラミタの人間が見えるようになったのでしょう。パラミタ人に利用されているとは思わないのでしょうか?」 「……え? それってどういう意味? よく分からないけど……」 「他意はありません。私個人としては、少々桜井様の現状を不憫に思っただけです」 その瞳に何か思惑めいたものがちらついたことに、静香は気付かなかい。 やがて船長からの挨拶が流れ、船はゆっくりと運河からヴァイシャリー湖へと漕ぎ出していった。 |
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