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暗き森の泣き声(第1回/全2回)

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暗き森の泣き声(第1回/全2回)

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第1章 生命力が枯渇する病

-AM9:00-

 イルミンスールの保健室で風邪に苦しんでいるアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)を、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)は泣きながら必死に看護していた。
「大ババ様しっかりするですぅ〜。病気なんかに負けてはだめですよぉお!」
 エリザベートは彼女の額の上に塗れたタオルを乗せてやる。
 コンコンッと保健室の戸を叩く音が聞こえた。
「うぅ・・・ぐすん・・・誰ですかぁ〜?」
 涙を片手で拭い戸の方を見ると、水神 樹(みなかみ・いつき)カディス・ダイシング(かでぃす・だいしんぐ)の2人が室内に入ってきた。
「校長がお困りだと聞いたので来てみたのですが・・・」
「結構な重病みたいですね」
 アーデルハイトを起こさないように、2人はやや小さめの声で言う。
「容態の様子はどんな感じなのだ?」
 病気の魔女を心配し、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)も部屋の中へ入る。
「まったく良くありませんよぉ」
「ワタシたちもお邪魔するよー」
「失礼いたしますわ」
 リリの後からあーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)アイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)もやってきた。
「何か私たちにできることはないでしょうか?」
「そうですねぇ・・・では・・・イルミンスールの森に行き、マンドラゴラを採りに行ってほしいですぅ」
「校舎内にもその魔法草があるはずですが、それでは駄目なのでしょうか」
 身近にある魔法草を使わないことに疑問を抱き、眉を潜めて樹は首を傾げた。
「うーん・・・少しばかり症状が和らぐ程度なんですよねぇ」
「森に野生しているマンドラゴラの方が効力が高いということなのだな?」
 リリの問いかけにエリザベートはコクリと頷く。
「―・・・しかし採りに行くにしても少々時間がかかる。その間、校舎内にある魔法草で薬を作り、少しでも症状を和らげた方がいいであろう」
「そうしていただけると助かりますぅ」
「たしか百合園でも病気にかかっている者がいたのだったな。その分も余分に貰いたいのだが・・・」
「えぇ、構いませんよぉ。マンドラゴラについている泥を水で洗い流した後、丸ごと鍋で煮ることでエキスを取り出すことができるんですぅ。それを飲ませると栽培しているマンドラゴラでも症状が少し良くなるはずですよぉ」
「なるほど・・・承知した」
 それだけ訊き終わると、リリは保健室を出て魔法草が栽培されている場所へ向う。
 リリと入れ替わりにミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)の2人が室内へやってた。
「話しは外で聞かせてもらったよ」
「私も魔法草の採取をお手伝いしますよ」
「大勢で採りに行ったほうが確実に採れそうですから、そうしていただけると助かります」
 ミレイユたち協力者が増えたことに対して、樹は嬉しそうな顔をする。
「沢山・・・というわけにはいかないようだよ」
「それはどうしてですか?」
「―・・・うーん、そのことも踏まえてちょっと・・・エリザベート校長に相談したいことが・・・」
「私にですかぁ?」
「ここだとアーデルハイトさんを起こしてしまいそうだから、どこか別室で・・・」
「でも放っておくわけにも・・・」
「そのことだったら、わらわたちに任せてもらう」
 アーデルハイトが風邪をひいてしまったという情報を耳にしたファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)は、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを抱えて室内に入る。
「看病に付きっきりで、ろくに睡眠もとってないのでしょう?」
 ファタの後ろからひょっこりとナナ・ノルデン(なな・のるでん)が顔を出す。
「うぅ・・・でもでも・・・」
「エリザベート校長、泣かないで・・・。ワタシたちが必ずマンドラゴラを採取してきてあげるから」
 泣き出してしまった彼女に、ミレイユがテッシュを1枚手渡してあげた。
「私たちが看病してますから大丈夫ですよ」
「それでは・・・少しの間お願いするですぅ」
 ベッドの上でグッタリしているアーデルハイトの方をしばらく見つめ、エリザベートは保険室から出て行く。
 彼女の後に続いてミレイユたちも部屋の外へ出た。


 お見舞い用のフルーツの入ったバツケットを片手にアピス・グレイス(あぴす・ぐれいす)は、百合園の校長室の戸をノックする。
「―・・・誰?」
「アピス・グレイスよ、今入ってもいいかしら」
「うん、いいよ」
 桜井 静香(さくらい・しずか)の許可をもらい、アピスはドアノブを引いて校長室に入った。
「看病に戻ろうと思ったんだけど、どうしたのかな?」
 彼女はラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)の看病しに、ラズィーヤの邸宅へ行くようだった。
「そうだったの・・・」
「少しだけなら話しを聞く時間があるけど・・・どうする?」
「えぇっと・・・ラズィーヤさんの病気を治すためにマンドラゴラが必要なのよね」
 アピスの質問に静香はコクリと頷く。
「地中に埋まっているマンドラゴラを引き抜く時、悲鳴が聞こえて・・・それを聞いてしまうと気絶するらしいの。何か良い方法はないかしら」
「ごめんね・・・そういうことについてはよく分からないんだ。もしかしたらイルミンスールの生徒なら知っているかもしれないよ」
「―・・・そうなの、じゃあ出合ったら聞いてみようかな。あっ忙しいのにごめんね。それと・・・もしよかったらこれ・・・」
「フルーツ?」
「ラズィーヤさんに・・・」
「あぁ、お見舞い用だね。ありがとう、渡しておくよ。えーっとそれから・・・はいっこれ、アーデルハイトさんも風邪をひいているんだよね?その学園の生徒さんに出合ったら渡しておいてくれるかな」
 静香はアピスが持ってきたバスケットにリンゴを詰めなおし、彼女に手渡してやる。
 他学校の生徒に声をかけやすくするための、静香からのさりげない配慮だった。
 バスケットを抱えて丁寧にお辞儀をし、アピスはイルミンスールの学園へ向かう。



「何なに?大勢でどこいくんだよ」
 ミレイユたちの姿を見つけた城定 英希(じょうじょう・えいき)が声をかけてきた。
「これから校長先生たちとアーデルハイトさんの病気を治すために、校長室へ向かっている途中なんですよ」
 足を止めて手短に樹が英希に説明する。
「それでは私たちも協力しよう」
「あぁそうだな」
 傍にいるジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)に英希は軽く頷き同意する。
「では一緒に参りましょうか」
 樹たちは再び校長室の方へ向かった。
「おーい!皆揃ってどこに行くんだよ」
 廊下を歩いていた和原 樹(なぎはら・いつき)が、樹たちを呼び止める。
「校長も一緒のようだが、何かあったのであろうか」
 フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)は、和原と疑問符を浮かべて顔を見合わせた。
「あれ・・・聞こえてないのか?おーい、どこいくんだー・・・よっ!」
 和原は全速力で走り、いきなり英希の背を軽くポンッと叩く。
「うぁあ!?」
 突然の出来事に英希は驚きの声を上げて前のめりになり、危うく床へ倒れてしまうところだった。
「驚かせてしまって悪いな。アーデルハイトさんの病を治す相談しに行くんだろ?」
「あっ!それ俺も一口乗せろよ」
 近くで聞いていた白砂 司(しらすな・つかさ)が横から割って入る。
「司たちが話し合っている間、私はアーデルハイト先輩の看護をしていよう」
 彼の傍らにいたロレンシア・パウ(ろれんしあ・ぱう)は、それだけ言うと保健室の方へ向かった。
「他校生なんだが・・・俺も魔法草の採取に協力しようと思っている」
「よろしく頼む」
 アーデルハイトたちの症状を聞きつけた酒杜 陽一(さかもり・よういち)フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)の2人が、司たちに声をかけてきた。
「―・・・たしかその魔法草ってイルミンスールの森の奥に野生しているんだろ。ちょっと俺、図書室に行って調べてくるよ」
「あっ!今ズィーベンも図書室にいますから、何かいい方法とか見つけたかもしれないので聞いてみてください」
 病気のアーデルハイトのために用意した毛布と着替えを両手に抱え、通りがかったナナが和原の話しを聞いて声をかける。
「分かったよ、それじゃあ行こうフォルクス。皆、後でカフェテラスに集合しよう」
 和原とフォルクスの2人は先に調べ物をしているズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)がいる図書室へ行く。
「では私たちは校長室へ行きましょう」
 樹の言葉に司たちは頷いて再び歩き出す。



「さぁ、皆さん入ってくださぁい」
 エリザベートは校長室の戸を開け、樹たちを室内へ先に入れた。
「適当にその辺へ腰をかけてくださぁい」
「それでは座らせていただきますね」
 とすんっと樹は来客用のフカフカのソファーに腰かける。
「で・・・私に聞きたいこととは?」
「まず・・・私からよろしいでしょうか」
 樹はそれぞれの顔を見て確認し、司たちはコクリを頷く。
「森に野生しているマンドラゴラを、人間たちが無用にとってしまったせいで減っているのですよね。イルミンスールで育てたその魔法草を、森に植林するために少しいただきたいのですがよろしいですか?」
「あーっ、それそれ!ワタシもそれが聞きたかったんだよね。ただ単に貰うだけじゃなくって、森も復興させてあげたいからねぇ」
 彼女と同じ要望を出そうとしていた筐子が、片手を上げて言う。
「それじゃあ俺もちょっと質問いいかな?」
「どうぞぉ」
「病気って・・・そんなに重病のかな・・・」
「単なる普通の風邪じゃないのか?」
 横から司が口を挟む。
「―・・・魔力や生命力が減少していく病なのですぅ・・・。このまま治らないと・・・どうなってしまうか分からないのですぅ。うぅ・・・うえぇえーん」
 英希の質問にエリザベートは瞳に涙を溜めてスカートをギュッと握り、しばらく間を空けてから力のない小さな声で呟いた。
「そっ・・・そんなに重病だったなんて。あぁっ泣かないで校長!」
 ガラステーブルの上にある木箱から英希はティッシュを1枚取り、そっとエリザベートに手渡す。
「取り乱してしまってすみませ・・・ぐすん・・・」
「すまない・・・そんなに重い病気だとは知らなくて・・・」
 校長が泣き止んだ頃を見計らって、今度は司が要望を出した。
「たしか魔法草を採取する場所には守護者がいるようだが、俺たちの身分を保証する書状をくれないか?」
「えぇ、いいですよぉ」
 棚から綺麗な白い紙を取り、自分専用の机の上でエリザベートは羽ペンを使ってさらさらっと文字を書き、書状を丸めて緑色のリボンで結ぶ。
「はいどうぞ。そういえば・・・森の守護者のアウラネルクは人間嫌いなので、気をつけてくださぁい」
 司に書状を手渡しながら、彼女は注意点を軽く説明した。
「あぁ・・・それと、世界樹にも協力してもらいたいのだが・・・」
「―・・・うーん・・・ちょっとそこの領域までは世界樹も管理できないんですよぉ。ですから世界樹に協力してもらうのは難しいかと思います」
「それは何故ですか?」
 イスから立ち上がった樹が再び質問する。
「魔法草を狙う密猟者がいたり死霊たちも彷徨っている場所ですから、自由に動ける妖精のアウラネルクに世界樹が頼んで誰も入れないように管理してもらっているようですぅ。勝手な要望で立ち入れさせたら妖精を怒らせてしまう可能性も・・・」
「(頼まれて管理しているということは・・・たとえ妖精が魔法草の採取を拒否しても文句いえない状況なのか。はて、どうしたらいいのやら・・・)」
 両腕を組みながら陽一は、どうやったら妖精を説得できるか思考を廻らせる。
「なるほど・・・見つからないように持ち出すしかないのか」
「えぇ・・・すみません。私の書状の効果もあるかどうか分かりませんから、採取したらすぐに戻ってきてくださぁい」
「では行ってくるとするか」
「そうだ!図書室で調べ物している人たちがいますから一緒に行こう」
「あぁそうだな」
 司たちは校長室を出て、カフェテラスへ向かう。
「へぇー・・・なるほどね」
 廊下で立ち聞きしていた峰谷 恵(みねたに・けい)も、マンドラゴラ採取に協力してやるかと森へ行ってみることにした。



「この本とかに何か書いてないかな」
 脚立に足をかけてB4サイズの800ページほどありそうな重い本を本棚から取り、和原がフォルクスに手渡した。
「―・・・少々重くないだろうか!?」
「あぁ、そうだったか?」
 彼の抗議の声を無視するように、和原は軽く返事を返す。
「これもよろしく」
 和原は無遠慮にフォルクスが抱えている本の上へ、さらに重たい本を2冊積み重ねた。
「大丈夫?ボクが少し持ってあげるよ」
 心配な顔でズィーベンがフォルクスを見る。
「だっ・・・大丈夫だ・・・これしきの・・・こ・・・と・・・!」
 ギリギリ耐えている両手を震わせながら、フォルクスはテーブルの方へ向かい、その上にドスンッと大きな音を立てて本を置く。
「ご苦労様。それじゃあ、さくっと調べようか」
 手ぶらでやってきた和原は椅子に座り、持ってきてもらった本を開いた。
「ボクは病気の症例について調べようかな」
 ズィーベンは本を項目からそれらしい内容が書かれていそうな箇所を探す。
「―・・・ふむふむ・・・似たような症状は沢山あるけど、どれも一致しないなぁ。これじゃあ予防策も見つけられないよ」
 ペラペラとページを捲っていき、マンドラゴラの効力が上がりそうな方法を見つけた。
「イモリやトカゲなどを一緒に煮込むといいみたい。ついでにいろんな野菜も入れてみようかな」
 発見した方法をメモ用紙に書き記す。
「見てよこの写真、マンドラゴラの根って人の形をしているみたいだな。しかも大きく成長しやつで体長6mくらいあるみたいだ」
「土に埋まったまま動くようだぞ。速度は・・・盗賊並か」
「引き抜いた時に叫び声を聞いてしまうと、気絶してしまうようだよ。養分は・・・生き物!?」
「さっきその魔法草に関する本をちらっと読んでみたら、かなり凶暴化してて襲ってくるから危険みたいだよ」
 横からズィーベンが口を挟む。
「うむ・・・遭遇した時に気をつけねばならないであろうな」
 首を左右に振り苦労しそうな予感に、フォルクスは深いため息をつく。
「なるほど・・・捕まったら養分にさてしまうのですね。声の対策方法も考えないといけないようですし」
 マンドラゴラについて下調べにきた朱宮 満夜(あけみや・まよ)が、横から本を覗き込んだ。
「イルミンスールの森の奥深くに守護者がいるみたいだな。名前はアウラネルク、侵入者を見つけては森の植物に食わせて養分にしているらしいよ」
「こっちの本には元々は海で生活していたと書かれているが・・・どういうことであろう?」
「それも実際に会って訊いてみれば分かるはずだよ」
「なるほど、それもそうであろうな」
「いろいろ分かったことだし、そろそろいこうか」
 イスの上から立ち上がると、和原とフォルクスは読んだ本を片付けてカフェテラスへ向かう。
「それじゃあボクは生物室に行こうっと」
 本を片付け終わるとズィーベンはナナたちがいる場所へ戻る前に、イモリとトカゲのホルマリン漬けを探しに行った。