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第6章 愛美の行方


「出てこい愛美ーっ! 愛美はどこだーっっっ!!」
 その頃、ベアはマナと共に、勘を頼りに疾風迅雷の如く森の中を駆け回り、まるで親の敵を捜すような気勢で愛美を捜していた。

「あれでは、無事でも恐くて出て来れないんじゃありません?」
 通り過ぎていったベアとマナを見送りながら、イルミンスール生の留美が言う。
「いや、まぁ……」
 ウェイルが口を濁す。
「きっと、愛美さんなら大丈夫だよ……多分」
 フェリシアの歯切れも悪かった。

「おーい!」
 遅れてきた風祭兄弟と遥達が、ようやく森探索組と合流を果たした。
「どうだ? 愛美は見つかったか?」
 皆の表情が曇る。
「まだ見つからないのか……」
「あ、でも、洞窟の方で見つかったかもしれないよ!」
 美羽が希望を言葉にする。
「それでは、拙者があちらの様子を見てくるでござる。ニンニンニンニン!!」
 最初の宣言通り、連絡役を務めるべく薫が洞窟の方向へ走って行った。

「それでは、僕たちの作戦も試してみましょう」
 優斗が携帯電話を取り出す。
「ここって圏内ですの?」
 留美の疑問に、優斗はにっこりとほほ笑む。
「圏外でも大丈夫な方法があるんです」
「なるほど、パートナーじゃな?」
 ラムールが圏外でも唯一かかる先を言い当てる。
「その通りです。学園にいる僕のパートナーに電話して、マリエルさんに愛美さんの携帯に掛けてもらいます」
 優斗は携帯電話のボタンを押した。

 しばらくして、どこかからかすかに電子音が聞こえてきた。
「みんなぁーっ! ちょっと静かにしてー!!」
 美羽が、愛美の名を呼び掛けていた者たちに声をかける。
 パートナーのベアトリーチェがくすりと笑った。
 いつもは率先して騒ぐ美羽の台詞とは思えない。これも、友人の命が掛っているからだろう。なんだか美羽が頼もしく見え、ちょっぴり誇らしかった。

 呼び掛けを止めた者達が、何かあったのかと美羽達のところにやってくる。
 ウェイルが手短に事情を説明すると、皆で電子音を辿っていく事になった。

「ヘイリー、どうしたの?」
 足を止めたヘイリーに、リネンが尋ねる。
「………嫌な気配を感じる」

「おーい! どうした?」
 皆が集まっているのをみて、ベア達がこちらの方へ戻ってきた。
「そこだ!」
「どこだ!?」
 ヘイリーに指をさされ、反射的に応えてしまったが、なんのことだかわからないベアの横で、マナが電子音に気付く。
「携帯電話?」
 ガサガサとベアの横の茂みを確認すると、
「愛美っ!」
「なにぃっ!!」
「皆、愛美いたよーっ!!」
 マナの声に、皆が集まってくる。

 愛美は洞窟からさほど遠くない茂みの中に倒れていた。
 顔色が悪く、意識はないようだ。傍らには、ポケットからこぼれおちた携帯電話が、可愛らしい曲を奏でている。
 そしてその身体には、5メートルはあろうかという大蛇が巻きつこうとしていた。
「愛美ーっ!」
 ベアが突撃しようとした時、マナが横に向かってべアに体当たりをした。
 もつれ込むように地面に転がるそのすれすれを、びちゃりと大蛇の吐き出した液体が飛ぶ。
 液体の掛った地面は、じわりと黒く染まっていく。
「ずいぶん、タチの悪そうな毒だな……」
 恭司はそう言いながら、煙草から取り出した煙草葉を詰めた袋を握り締め、大蛇に投げるタイミングを計る。

「とりあえず、愛美さんから大蛇を離さないと、攻撃のしようがありません……」
 優斗の言葉に、アイナが隼人を見る。
「俺が気をそらせる!」
 隼人がそう言い、アイナの中から銃型の光条兵器を取り出した。
「くらえっ!」
 大蛇の頭を狙い、銃弾が放たれる。

「それじゃあ僕は蒼空学園の応援歌で、頑張る皆さんを応援する役ということで……」
 隼人とアイナの活躍を見ていたソルランの言葉に、アイナの鉄拳が閃いた。
「あんたも戦うのっ!」
「えっ、えぇええ〜、そんな怖いこと無理ですよぉ、暴力はんた〜い」
 とかいいながら、万が一のことを考えてしっかり防護服は着込んでいる。そんな彼を見て、アイナの怒りが増す。
「いいからとっととカルスノウト握って、逝ってこーいっ!」
 アイナはソルランにカルスノウトを握らせ、大蛇の方へ蹴り飛ばした。
「うわぁ!」
 大蛇を前にして、案の定足を止めたソルランから、やがて彼らしからぬ笑い声が漏れた。
「ククッ……このカス蛇がぁ! 覚悟しとけ、俺が退治してやらぁっ!!」
 ソルランは、剣を握ると豹変するタイプの人だった。

 ウェイルもまた、手にしたランスで、大蛇に向かっていく。
「ウェイル、気をつけて!」
 離れた場所では、フェリシアが心配そうにウェイルの姿を追っていた。
「ベア、いつも通りでいくよ!」
「おう!」
 マナの呼びかけにベアが応え、グレートソードを抜いて参戦する。
 大蛇は愛美を巻き込んだまま、とぐろを巻いて『敵』を見据えた。
 ゆらり…と首を揺らすのをマナは見逃さず、鋭く指示を出す。
「ベア、右に飛んで!」
 ベアがマナの声に反応して飛んだ瞬間、大蛇はそのまま反動をつけ、目にも止まらぬ速さでベアのいた場所に首を伸ばして牙を剥く。
「思ったより動きが早いな……」
 ウェイルが大蛇との間合いを測りなおす。
「それでもやるしかねぇ! ほら、来い! お前の獲物はこっちだ!」
 隼人が大蛇の視界を走りながら、銃弾を撃ち込む。
「援護しますわ!」
 留美が、隼人とウェイル、ソルランにパワーブレスをかけて加勢する。

 攻撃力の上昇した3人とベアの攻撃で、大蛇は敵との戦いに夢中になり、徐々にとぐろが解けてきた。大蛇の胴体に締め付けられていた愛美の身体が、ずるりと地面に落ちる。政敏が大蛇の隙を狙い、愛美にそっと近づいていく。しかし、その気配に気づいた大蛇が、政敏に向ってカッと口を開いた。
(毒!!)誰もがそう思った。しかし、このままでは政敏よりも愛美の方が被害を受ける事になりそうだ。
「ぬうぉおおおっっっ!」
 その時、ベアが飛び出した。大蛇の身体を押しのけて愛美の身体を力づくで引っ張り上げる。同時に、恭司が大蛇の口めがけて煙草葉の袋を投げ入れた。反射的に大蛇の口が閉じる。ベアは引き上げた愛美をそのまま抱き抱えてその場から離れた。
 しかし、勢い余ってバランスを崩したベアは、転ぶ寸前に愛美の身体をふわりと放り、政敏に託した。
「頼むぞ!」
「わかった!」
 政敏は、すぐにバーストダッシュを発動させた。機動力を重視して選んだ登山靴が頼もしい。
 獲物を奪われた大蛇が政敏を追ってくる。そうはさせるかと、隼人達が追いすがるが、大蛇は予想以上に速かった。大蛇は政敏に追いつくと、長い身体を器用にくねらせ彼の足もとを攫った。転びかけた政敏が、眼前に迫る大樹から愛美を護ろうと無理に身体を反転させた瞬間、バーストダッシュのスピードも手伝って、したたかに背中を打ちつけた。大蛇は倒れ込んだ政敏と愛美を見つめて、ゆらりと首を揺らした。
(ヤバイ!)
 政敏は勘としか言いようのないタイミングで愛美をかばい、大蛇に背を向けた。皆が追いつくより速く、毒液はぴしゃりと政敏の傷ついた背中を襲った。
「政敏!」
 パートナーのカチェアとリーンが政敏の元に駆け寄る。カチェアは、尚も政敏を狙っている大蛇に爆炎波をくらわせた。大蛇がひるんだ隙に美羽とベアトリーチェ、翡翠と円、想葉とピアストルの3組が、政敏と愛美を護るように立ちはだかった。
「ベアトリーチェ!」
 美羽の呼び掛けに応え、ベアトリーチェが大蛇にバニッシュをくらわせる。輝きが大蛇を襲い、大蛇は見境なく暴れ出し、毒液をまき散らし始めた。このままだと全員が危ない。
 光条兵器の巨大な光の剣で攻撃しようと構えていた美羽も、飛んでくる毒液に苦戦し、なかなか攻撃ができずにいる。隼人達が追いついたが、同じように、攻撃の隙が出来るまで手も足も出ない。
「皆、下がるのじゃ!」
 ラムールが皆を下がらせ、大蛇に雷術を落とす。
「愛美さんにした事、懺悔してもらいます。神よ、赦し給え!」
 続いて優斗も雷術を大蛇にくらわす。
 大蛇がようやく動かなくなった。
「……倒したんでしょうか?」
 ベアトリーチェが不安そうに言う。
「へ…へっ、ざまぁねぇや!」
 大蛇の暴れように動けなかったソルランが毒づく。彼の手にはまだ剣が握られていた。
「こんなやつ、ちょろいもんだぜ!」
 ソルランが近寄って大蛇を蹴ろうとした時、大蛇が最後の力を振り絞って牙を剥く。
「うわぁああっ!」
 ソルランが驚いて倒れ、隼人がそれを庇い、そして、ウェイルがランスを大蛇の口に突き立てるのが、ほぼ同時だった。
「ウェイル!」
 フェリシアが叫ぶ。
 ランスごと大蛇に呑まれた腕に、牙からにじみでた毒液がしたたり落ちる。
「ぁ、ああ、すみません、僕、僕のせいで……」
 ソルランの顔からは血の気が引き、ウェイルよりも先に倒れてしまいそうだ。
「いや、まぁ、こういう事もあるから」
「ウェイル、早く腕を抜いて!」
 フェリシアの言葉に、ウェイルが力を振り絞り、ランスを大蛇の口から引き抜いた。大蛇の身体はそのままずるりと地面に落ちた。今度こそ、絶命したようだ。

「ぐ…ぅっ」
 生臭い臭気と吐き気やめまいに襲われながら、政敏は必死に愛美を優斗に渡す。リーンは急いで毒液のついた服を政敏からはぎ取り、カチェアが政敏に肩を貸して立ち上がった。隼人とソルランもウェイルに肩を貸す。

 翡翠と円が他の大蛇に備え、辺りを警戒しながら傷ついた者たちを離れた場所に誘導する。
 優斗が抱き上げていた愛美をそっと草地に下ろすと、リネンが急いで愛美の容体を確認した。
「脈が弱いわ。相当衰弱している。……左の足、くるぶしの5センチ上に並んだ2つの傷。どうやら、愛美を噛んだのは、アレよりもっと小さいヤツのようね」
 噛まれた痕は、黒く爛れ、毒を抜くには手遅れのようだ。リネンが傷口の組織をナイフでなぞると、血とも毒とも分からない黒い結晶がざらりとついた。フェリシアが念の為、ウェイルにキュアポイゾンをかけてみるが、傷の様子は一向に変わらない。
「やっぱり、フラットカブトじゃなきゃダメなんだ……」
 皆は、この場での手当ては不可能と判断し、一刻も早く学園へ戻ることを結論づける。

「この担架で、小型飛空艇を止めてあるところまで戻りましょう」
 遥が用意してきた担架に愛美を乗せると、パートナーのベアトリクスと藤次郎正宗が揺らさないよう気をつけながら、道を急ぎ、他の者も続く。

 なんとか小型飛空艇が止めてある場所に到着すると、
「愛美は私が運ぶ!」
 美羽が早々に名乗りを上げた。本当は自分が運びたいと思っていた優斗も、この一刻を争う状況では、乗り物を持っていない身では我儘は言えない。円が厳しい顔で、美羽の前に立つ。
「な、なによっ! 譲らないわよ!」
 円は用意しておいたロープを差し出した。
「愛美さんが落ちないよう、これで固定しましょう」
 愛美は、美羽の小型飛空艇に乗せて運ぶことになった。

「じゃ、そっちのまだ元気な方は、俺の後ろに乗って下さい」
 恭司がそう言ってくれたので、隼人とソルランがその後ろにウェイルを乗せる。
「ありがとうございます」
 もう満足に声も出せなくなっているウェイルに代わり、フェリシアが恭司に礼を言う。

「それなら、青年の方は私が運びましょうか」
 遥が政敏の輸送を申し出る。
「助かります」
 カチェアが遥に礼を言う。
「いえいえ。元々、まなみんを運ぶつもりでここへ来ていましたから」
 遥の小型飛空艇の後ろに、すでに意識を失った政敏が乗せられ、円がこちらも落ちないようにロープで固定する。

「待って!」
 リーンが愛美と政敏にヒールをかけた。
「毒には効かないかもしれないけど、毒に対抗する為にも、体力はあった方がいいと思うから」
 リーンは、汗で張り付いている政敏の前髪をそっと払ってやった。

「私達も、護衛をかねて一緒に戻ります。愛美様の意識が戻られた時、そばにいて、それはもう心から後悔したくなるような説教をしたいので」
 翡翠と円も自分の小型飛空艇に乗り込んだ。
「ちょっとそこのイヤミ太郎! いっとくけど、愛美を傷つけたら私が許さないんだから!」
 美羽が腰に手をあてて翡翠を睨む。
「………で、」
 翡翠は美羽をあっさり無視し、カチェアとリーンに向き直る。
「ちょうど私と円は2人とも小型飛空艇を持っていて、後ろの席が空いています。どうしてもと頼むのでしたら、ついでに乗せてやってもいいですよ」
 翡翠の、不器用な誘いに、カチェアとリーンは迷いなく頭を下げた。
『よろしくお願いします!』

「それじゃ、フェリシアさんは、私の後ろに乗って下さい」
 ベアトリーチェがフェリシアを手招く。
「すみません、お世話になります」

 学園戻り組を見送る想葉とピアストル、風祭兄弟達の元に、薫が戻ってきた。

「捜したでござるよ! 洞窟に愛美殿はいなかったと知らせようとしたのに、皆の代わりに大蛇の死骸があったので、何があったのかと思ったでござる」
「あのね、愛美が見つかったの!」
 アイナの突然の報告に、薫が驚く。
「それで、無事なのでござるか!?」
 薫の言葉に、アイナが首を振った。
「もう毒にやられてて、意識も無くて……」
「分かったでござる。それでは、愛美殿が発見された報告と、フラットカブトの早急な採取を洞窟組に伝えるでござる」
「待ってくれ、俺達も行くよ!」
 隼人の言葉に薫は同行を断った。見れば皆ボロボロだ。
「洞窟組の手は足りてるでござる。それより、早く学園に戻って、怪我と疲労を回復するでござる。学園に戻る体力は残っているでござるか?」
「ああ、なんとか……」
「ならば、学園で落ち合うでござるよ!」
「わかりました。洞窟組の皆さんによろしくお伝え下さい」
 薫の言うことが冷静で妥当な判断だと理解した優斗が、血気に逸る隼人を諌める。
「あ! あのね、フラットカブト、愛美の分の他に、あと2つ用意して欲しいの!」
「なるほど、2人が毒にやられたでござるな。承知したでござる!」
 薫はアイナの情報を手に、またニンニンいいながら洞窟の方へ走って行った。
「さあ、戻りましょう。もう僕らに出来る事は、祈ることだけです」
 優斗は皆を促し、森の道を学園へと向かった。