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リアクション
「リアン、これも美味しいですよ」
購入したばかりの饅頭を一口食べたシャンテ・セレナード(しゃんて・せれなーど)は、傍らを歩くリアン・エテルニーテ(りあん・えてるにーて)へと軽くそれを掲げて見せた。勧められるままに同じものを手にしたリアンがそれを一口含み、僅かに眉を上げる。
「……美味い。しかし、口に入れて溶けてしまうものではないようだな」
満足げに面持ちを和らげながらもきっちり課題の事を口にするリアンにシャンテは苦笑を浮かべた。課題を口実に日本の様々に美しいお菓子を食べ歩いていた二人は、ふとシャンテの提案で一軒の茶店へと入っていく。
二人分の抹茶を注文したシャンテは、おもむろに懐から和紙の袋を取り出した。疑問気に目を細めるリアンの前で、彼は袋から更に透明な袋を取り出す。その中に収められた色とりどりの粒を見た途端、リアンの双眸は緩やかに見開かれた。
「金平糖、というそうです。食べてみて下さい」
笑顔のシャンテの勧めに従い、リアンは袋から桃色の金平糖を一粒取り出した。星のような姿をした小さなそれは、下に乗せた途端に優しい砂糖の甘味を振りまく。舌で転がしているうちに儚くも溶けてしまったそのお菓子に、リアンは暫し黙り込んだ後、眉を下げた笑みを浮かべた。
「……校長の元へ戻る前に、もう一つ購入してもらいたい」
「気に入りましたか?」
無言で頷きもう一粒を口へ運ぶリアンをにこにこと眺めながら、シャンテは届けられた抹茶の椀を手に取った。唇を付けて小さく傾け、流れ込む抹茶の温かな苦味に深く嘆息を漏らす。
「日本茶のティータイムというのも、いいものですね」
「ああ」
短く同意を示して抹茶に口を付けるリアンの、薄らと浮かべられた満足げな笑顔に、シャンテは嬉しそうに笑みを深めた。
そんな頃、彼らが団らんとした時間を過ごす茶店の前をぱたぱたと駆け抜ける影があった。
「何やってるのさぁ、ソーマ」
携帯を片手に息を切らした清泉 北都(いずみ・ほくと)は、探していた人物の姿を見付けると不満げに呼び掛けた。同じく携帯を片手に銀髪を掻き乱し、困ったように視線を逸らしていたソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は、やがて唐突に胸を張る。
「そりゃこっちのセリフだ、何逸れてんだよ」
課題の物を探し土産物屋の店内を巡ることに飽きて、ふらふらと店を出てしまったのはソーマだ。しかし迷子を認めるのは気恥ずかしい。ならば罪を擦り付けてしまおう。こんな思考の末のソーマの発言に、北都は呆れたように溜息を吐き出す。
「ほら、時間が無いんだから早く行くよぉ」
与えられた時間は二時間程度。観光の事も考えるなら、一分一秒が非常に貴重なものだ。これ以上のタイムロスはまずいと、北都はソーマの袖を引くようにしてお土産屋さんへの道を辿る。バツが悪そうに再び後頭部を掻いたソーマは、やや言い辛そうに言い淀みながらも問い掛けた。
「あー……決まったのか? 土産」
その問いにすぐに答えることはせず、「おいでやす」と出迎える京人形につい会釈をしながら、北都は店内を奥へと進んでいく。専用に設けられた八橋のコーナーで足を止めると、北都は促すように片手を翳した。
「三角で中に餡子が入っているもの。……まではわかったんだけどねぇ」
堅焼きせんべい風と、生。それぞれの表記を順に指さして困ったように肩を竦める北都に、ソーマはきょとんと目を丸める。
「だったら俺が堅い方を買っておくから、そっちは柔らかいのを買えば問題なくね?」
あっけらかんと述べられたソーマの案に、ぽん、と北都は手を打ち鳴らした。早速とばかりに味を選び始める北都を横目に窺いながら一箱手に取ったソーマは、ぽん、と北都の頭に手を乗せる。
「さっさと買って、デートにでも行こうぜ」
「僕は黒胡麻、校長先生にはニッキと抹茶の二種類入っているのが良いかな」
誘いの言葉に応えるでもなくマイペースに八橋を選ぶ北都に、ソーマはがっくりと肩を落とした。ようやく箱を手に取った北都の顔が上げられ、僅かな期待と共にソーマはその表情を窺う。
「じゃあ、早めに集合場所に行こうかぁ」
あっさりと告げられた北都の言葉に、ソーマは二度肩を落とす結果となった。
「…………」
苛立ちを露に眉を寄せ、無言で先頭を歩くサトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)の背中を眺め、アルカナ・ディアディール(あるかな・でぃあでぃーる)は困ったように吐息を漏らした。睡眠時間が無くなるかもしれない、と聞いた瞬間のサトゥルヌスの表情は恐ろしいものがあった。以来不機嫌を隠しもしない彼の様子に困惑を抱きながら、アルカナは焦燥を露に言葉を探す。機嫌が悪いのは彼ばかりではないのだ。彼よりも余程厄介な悪魔が、すぐ後ろに迫っている。
「ああ、疲れたわ。愚弟、あなたサトゥを乗せる馬にでもなったらどう?」
酷く不満げにそう後ろから声を発したのは、アルカナの姉であるカーリー・ディアディール(かーりー・でぃあでぃーる)だ。げ、と面持ちを引き攣らせたアルカナが反論するよりも早く、その隣の銭 白陰(せん・びゃくいん)もまた薄ら笑いを浮かべて言葉を添える。
「良いですね、馬になってあの校長様を蹴り飛ばしてきて下さいよ」
「おいおい……ま、さっさと課題をクリアしちまおうぜ」
冷や汗を垂らしながらいる筈の無い校長の影を探して周囲を窺ったアルカナは、安堵の溜息を漏らした。低温を纏いながらも真っ直ぐお土産屋さんへの道を辿り、一行は辿り着いた店内へと入っていく。彼らの会話にこっそりと聞き耳を立てていたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、沈鬱とした一行の雰囲気におやおやと笑みを浮かべる。
「課題をクリアしねぇと眠れない、ってのは本当らしいな」
「本当に手伝うのですか、主?」
その傍ら、真っ赤な巨体を仁王立ちさせたオウガ・クローディス(おうが・くろーでぃす)が確認するように問い掛ける。擦れ違う薔薇の学舎の生徒達の会話を幾つか耳にして情報を把握した彼らもまた、お土産屋さんへと足を向けていた。
「ま、俺には関係ねぇが……薔薇学にゃ、恋人に出会うきっかけを作ってもらったしな。ここらで恩返ししとくのも悪くねぇだろ」
言葉とは裏腹に、愉快気に口元を吊り上げたラルクの表情にオウガは苦笑を隠せなかった。
「面白そうだから、でしょう?」
「そうともいう」
軽口を交わしながら辿り着いたお土産屋さんでは、既にサトゥルヌスたちがお土産を選んでいるところだった。
「ああ、これだよ。さっき見かけたもの」
そう言いながら金平糖を手に取るサトゥルヌスへ、アルカナが嘆息を漏らす。
「良く見てたなあ」
「流石、サトゥはどこかの愚弟とは違うわねぇ」
何処か棘を孕んだカーリーの言葉に、負けじとアルカナは手近な棚へと歩み寄る。そこで徐に一つの箱を掴むと、見せ付けるようにカーリーへと差し出した。
「三角で中に餡子が入ってるもの、だろ」
「ああ、赤くて丸いものはこれですかね縲怐v
少し離れた所にいた白陰が、同じく箱を一箱抱えて歩み寄る。丸赤かぶら漬け、と書かれたその箱に載せられた写真を見たサトゥルヌスは、考え込むように顎に手を当てた。
「赤というよりはピンクじゃないかな……?」
「ま、他に思い付きませんから駄目元で」
にこにこと述べる白陰の言葉に、そうだね、とサトゥルヌスも同意した。弟に先を越されたことで対抗心に火が付いたカーリーは一人うろうろと店内を回ると、隅に掛けられた幾つもの着物を手荒に漁り始める。
「あの校長に似合いの着物なら、適当にド派手で色彩の強い趣味の悪い着物を買っておけばいいんじゃないかしら? これとか」
紫地に大輪の赤薔薇が描かれた着物を適当に選び出し、アルカナへと押し付ける。笑みを引き攣らせ眺めるアルカナは、口を挟まずにはいられなかった。
「流石に、これはないだろ……」
「あの男の着物なんかに興味は無いわ、かわいくないもの。それより、サトゥに似合う着物を探しましょうよ」
それは確かに、と同じく雑に着物を漁り始めたアルカナと白陰に囲まれ、サトゥルヌスは溜息を漏らした。
「眠れるなら、何でも良いけどね……」
「三角で餡が入っているといえば、やはりこれでしょうね」
彼らの後ろでそう呟きながら生八橋の箱を手にしたオウガは、ぱっと向けられたアルカナの視線に困惑を浮かべ立ち尽くした。歩み寄るアルカナを呆然と眺めていると、やがて彼は安堵を露に声を掛ける。
「やっぱりそれだよな、良かったぜ。間違ったら姉貴に何言われるかわからねぇからさ」
「おっこれ良いな! なあ、これで良いんじゃねぇ?」
サトゥルヌス達の近く、着物コーナーで愉快気な声を上げたのはラルクだ。その手には、袋に入ったシースルー着物がある。彼の手元を窺ったカーリーは、有り得ないとばかりに眉を顰めた。
「それを、あの校長に?」
「ああ。ま、奇抜だしあの校長にはもってこいだろ?」
愉快至極とばかりに言うラルクに、白陰も笑顔で同意を示した。その笑顔に影があることには、誰も気付かない。
「……良いんじゃない?」
サトゥルヌスの言葉を切っ掛けに、シースルー着物は購入された。俺が渡すよりは、と手渡された着物を、サトゥルヌスは片手に下げながら礼を述べる。
「ありがとう。……じゃ、あんみつ食べに行こうよ。食べたことないんだよね」
あーだこーだと言いながら再び着物選びに戻ったカーリーと白陰を促すように声を掛け、サトゥルヌスは店外へ向け歩き出した。慌ててアルカナが後を追い、二人も続く。
彼らを見送ったラルクは、ふとストラップ類が大量に下げられたコーナーへと足を運んだ。様々なストラップの中から、八橋型のマスコットが付いたストラップを一つ選びだすと、満足げにレジへと歩いていく。
「お土産ですか?」
「ああ、あいつにな」
その答えに、オウガは納得したように頷いた。彼の恋人の姿を脳裏に浮かべ、微笑ましげに双眸を細める。
「この為に、お土産屋さんへ来たのですか?」
「……さあな」
袋を片手に喉を鳴らして誤魔化すラルクに続き、二人もまたお土産屋さんを後にした。
「天音。先程の店で購入したのは、一体なんだったのだ?」
夕日に照らされた川べりを連れ立って歩きながら、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は傍らの黒崎 天音(くろさき・あまね)へと問い掛けた。一斉に飛び出した生徒達からだいぶ遅れて歩きだした彼らは、先程身繕ったお土産を購入したばかりだった。ドラゴニュートとして特徴的な頭部を隠すよう、目深にフードを被ったブルーズを見遣り、天音は軽く袋を掲げながら答える。
「ん?二つ分けて貰ったから一つは君の分。食べてごらん。……ああ、硬い種があるから気をつけた方が良いよ」
小さな化粧箱に入った梅干しの詰め合わせを見せるように示した後、ふと思い出したように天音は小さな包みを取り出す。上品な和紙に包まれたそれを受け取ったブルーズは、軽く匂いを探るように鼻先を近づけた後に、紫蘇の香りの漂う包みの中の真っ赤な梅干しを口へと放り込んだ。
「……!」
途端に口を尖らせるブルーズの様子に、天音はくすくすと喉を鳴らす。不満げに天音を睨んだブルーズは、正体を求めるようにもう一度天音の手にする袋の中を覗き込んだ。がり、と音を立て結局種を噛み砕いてしまった彼を一層愉快そうに眺めながら、天音もまた同様の包みから梅干しを口へ移す。
「梅干し。疲れを取ると言われているけど、どうかな」
窺う天音の視線に、ブルーズは大袈裟に肩を落として見せる。
「一層疲れた気がするな」
「それは良かった。ほら、綺麗だよ」
ぽつぽつと灯りの灯り始めた古都の景観を示し、天音は静かな声でブルーズを促す。夕暮れ時と言うこともあって周囲に人気のないことを確認したブルーズは、そっと控え目にフードを取ると景色を眺め回し始めた。
「……ああ、美しいな。疲れも取れたかもしれない」
「なら、この辺りを歩きながら集合場所へ戻ろうか。人混みは疲れたからね」
人混みの中ではフードを外せないブルーズを気遣いながら、あくまで己の状態を理由として挙げ、天音は緩やかに歩を進め始めた。並び歩くドラゴニュートが緩く尾を揺らす姿に、どこか満足げな笑みを湛える。
「そうしよう、天音」
そんな天音の気遣いを悟りながらも口にはせずに面持ちを緩め、ブルーズは頷きながら彼の隣へと並んだ。
「ほら、着きましたよ……ティティ? ほら、もう少しですから……」
「うえぇーん……もうあるくのヤだー」
その頃、疲れ切ってぐずり始めたティエリーティアを引き摺り歩くスヴェンの視界に、目的のお土産屋さんが映った。真っ直ぐに店内へ進む二人の進路を遮るような形で、同じく二人組の観光客がお土産を物色していた。
「サイモン、これなんかどうでありますか?」
青竜刀、と刻まれた今にも壊れそうなキーホルダーを嬉々として示す比島 真紀(ひしま・まき)に、パートナーのサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)はやや呆れたように眉を下げる。
「格好良いけど、持って帰るまでに壊れそうだよね」
「済みませんがそこを退いて下さい!」
狭い店内を結局真っ直ぐに進んだスヴェンは、精悍な面持ちを心配そうに歪め、アイスブルーの双眸を見開き要求した。尋常ではないその様子に思わず顔を見合わせた真紀とサイモンは静かに道を譲り、一言礼を添えたスヴェンはティエリーティアを引き摺るように支えながら店内を探し回る。
「金平糖、金平糖……」
「金平糖なら、こちらでありますが」
うわごとのようなスヴェンの呟きを聞き留めた真紀がそっと彼へ歩み寄り、小さく纏められた金平糖の包みを示す。途端に表情を輝かせたスヴェンは真紀へ再び礼を述べると、優しくティエリーティアを揺さ振った。
「ティティ、ほら、色とりどりのものですよ!」
「え、チョコー……?」
試食用と書かれたものから一粒を取ってふらふらと口へ運んだティエリーティアは、その瞬間にへにゃりと一層表情を緩めた。
「あまーい」
「ではこれを一袋買って行きましょう。これと、後は着物ですね」
「着物ならこっちだよ。おつかい?」
今度はサイモンの導きに従って、二人はコーナーへと向かう。問い掛けには溜息交じりに「そのようなものです」と頷いた。並べられた着物をばさばさと適当に身繕い、緑地に赤の牡丹が咲き乱れ銀色の刺繍が入った着物一枚を選び出す。それを目にした真紀の表情が輝き、対照的にサイモンが眉を寄せるのにも気付かず、スヴェンは声を弾ませた。
「ああ、もうこれで良いでしょう。ありがとうございました。ほら、終わりましたよティティ」
幾度目かもわからない礼を口走りつつ、慌ただしく会計を終え店内を後にする二人を見送ると、真紀とサイモンは再びお土産選びに戻った。
「アメリア、これはどうだ?」
「ええ、良いんじゃないかしら」
その頃少し離れたお土産屋さんでは、高月 芳樹(たかつき・よしき)とアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)の二人が仲良くお土産を選んでいた。二人きりの、まるでデートのような時間に上機嫌なアメリアは、芳樹の選んだイチゴ味の八橋を一瞥すると素直に首肯を返した。その様子に満足げに頷いた芳樹は早速会計へ向かおうとして、ふと困惑する二人組の姿に気付いた。
「金平糖、どこだっけ……」
困った様子で翼を力無く下げ歩いていくセスと、同じく眉を下げながらも微笑を湛えたままのアランが、忙しなく店内を探し回っている。アメリアは己のすぐ傍にある金平糖を見下ろすと、躊躇うように間を置いた。しかしその間にも、代わりとばかりに芳樹の声が上がる。
「おーい、こっちだぜ」
「あ、ありがとうございます!」
突然の呼び掛けにびっくりした様子のセスは、しかし彼の示す先にある金平糖を目にすると、途端に表情を輝かせた。両手を伸ばし丁寧に包みを取るセスを、アランが制する。
「口の中に入れると溶けてしまうか、試してみなくて良いんですか?」
穏やかに微笑むアランの言葉にはっと思い出したように目を丸めたセスは、慌ててその隣に試食用にと置かれた金平糖の中から一粒を選び取った。彼の瞳と同じ青色のそれを興味深げに指先で転がした後に、思い切ったように舌へ乗せる。
「甘くておいしい……」
優しく広がる砂糖の味に面持ちを綻ばせたセスの頭を再びぽんと軽く撫で、アランはもう一つ金平糖の包みを手に取る。疑問気に首を傾げるセスの視線に気付くと、「これは君の分」と悪戯っぽく笑って見せた。
「ありがとうございました、助かりました」
そう礼を述べて会計を済ませ、店を出ていく二人の姿が見えなくなってから、アメリアは不満げに芳樹を見遣った。二人きりの時間を崩されたことに対する不満だが、そう口に出す訳にはいかない。その間にも上機嫌にお土産選びに戻った芳樹は、ふと手にしたかんざしをアメリアへと近付けた。
「これ、君に似合うな」
「……そうかしら」
唐突なその一言に絆されたアメリアは、気を取り直して優しいパートナーとのお土産選びを再開した。
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