天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第1回/全2回)

リアクション公開中!

展覧会の絵 『彼女と猫の四季』(第1回/全2回)

リアクション


第二章 迷走する午前

「ここも外れか」
 空京市街。
 本日三軒目の画商から一歩足を踏み出して、白砂 司(しらすな・つかさ)はため息をついた。
「まぁ少しは役に立った」
 傍らにたたずむ魔女ロレンシア・パウ(ろれんしあ・ぱう)がつぶやく。
「あの画家がろくに署名もしないままどうやらずいぶんの作品を描いた――ありがたくない話だぜ? 要するに『制作者不明』と言われている世の中の膨大な作品の中、何点かが、その画家の物。探すならせいぜいタッチや年代で推測するしかない。そういうことだろ?」
 たった今、画商の主人から聞き出してきた情報が持つ意味の広大さに、司は天を仰いだ。
「噂の裏づけがとれたとも言いづらいな」
 噂に頼らないいわくの裏付け。
 それが司の狙いだったのだが――
『あれは召還儀式の道具だ』
『所有すると不幸になる』
 他二軒の画商の主人が語った内容で却って、訳がわからなくなってしまった。
 どうやら業界内でも話に尾ひれがついて拡大再生産が起こっているらしい。
「他に――役に立ちそうな話はキミの仮説を否定してしまったしな」
 少し楽しくなってきたらしい。たたみかける調子のロレンシアに、司は不満を露わにした。
「絶対にあの三家には何か共通の意図があっての課題だと思ったのに――」

『ああ、ありゃあ三家の意地の張り合いだ。本当はぜーんぶ自分の家で所有したいのだけれど、他の家だって所有を譲らない。だからそう易々と貸すのはイヤだ。そういうことさね』

 司は、苦虫をかみつぶしたような顔で、たった今、出てきたばかりの画商の主人の言葉を思い出した。
「そんな話ってあるか? まったく、いい大人が大人げない」
 普段無口な司には珍しく、そうまで言って、プイと顔を背けた。
 ロレンシアにとってはますます面白い。
「で、どうするんだ、司?」
「次は――ちょっと遠いな。二つほど向こうの通りだ」
「まだ画商を巡るつもりか? キミも中々懲りないな。芸術とは愛でる物だ。あまり掘り返すのも、無粋だと思うがな?」
 ロレンシアの言葉に、司は肩をすくめて見せる。
「そっちの方はよくわからないけどな、俺は絵の正体にますます興味が湧いてきたよ」

「聞いた? リチェル?」
 七瀬 瑠菜(ななせ・るな)が静かな声で聞いた。声は静かだが――要するに声だけは静かなのだが、その裏には確実に楽しそうな響きを帯びている。
「き、聞きましたけど……」
 それはきっとたった今すれ違った二人の男女――司とロレンシアが話していた内容のことだろう。リチェル・フィアレット(りちぇる・ふぃあれっと)はちょっとだけ、頭の隅によぎる嫌な予感を感じながら答えた。
「あたしたちはどこへ行くんだっけ?」
「び、美術館です! 空京の美術館! 他のところではないですよっ」
「何しに行くんだっけ?」
「たまには、美術鑑賞もいいかなって、その……」
「リチェルは、なんて言ってあたしを連れ出したのかなぁ?」
「瑠菜が、またたくさんのお料理作ってたから……『食べてばかりじゃ太っちゃうよ?』って……もうっ意地悪しないでください、瑠菜! なにが言いたいんですか!?」
「行き先変更だよリチェルっ! イルミンだっ! イルミンスールへ行こうっ!」
 ガッと、リチェルの両肩を掴んだ瑠菜が勢い込んだ。
「ええええ〜っ!」
「さっきの話し聞いたでしょ!? へんてこな噂のだらけの絵に怪盗までくっついてくるんだよ! こっちのほうが絶対面白いよ! それに間違いなく痩せるねっ!」
 瑠菜はもうこの思い付きが楽しくて仕方がないらしい。目を輝かせてリチェルに力説する。
「で、でもぉ。危ないよぉ」
「だってリチェルもその何とかって絵、見たいでしょ?」
「……それはそうだけど……」
 その名前だけは良く知られた絵画『彼女と猫の四季』のことは確かにリチェルの心をくすぐる。
「よっし、わかった! じゃあ美術館廻ってからイルミンスールへ行こうっ! ね。それなら怪盗の噂も聞けるかもしれないし、言うことなしだよ!」
 瑠菜は元気よく手を振って歩き出す。
「もぅ、瑠菜ったら…」
 とてとてとてっと、結局リチェルはその後を追った。

「うわぁ」
 所狭しと並ぶ絵画に彫刻、その他諸々の美術品。
 展示物の配置と装飾の始まった講堂の真ん中で、愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)は感嘆のため息をもらした。
 いつも見慣れた講堂だが、イベントの準備という高揚感に包まれ、不思議な非現実感を醸し出している。
「ダメダメ」
 そのまま思わず見とれていそうになったが、自分の目的を思い出して慌てて首を振る。
「でも、みんな忙しそうだなぁ……」
 情報収集のため、誰かに声をかけたかったのだが、講堂内の生徒も先生も、展覧会の準備に右へ左へとあわただしく動き回っている。
 パシャ。
 キョロキョロと周囲を見渡していたミサの目に、突然フラッシュの強烈な光が飛び込んだ。
「わぁっ!」
 驚くミサ。
「……あっれー? これ違うかなー? クセっ毛って感じじゃねーしなー? でも俺より小柄だろー?」
 カメラの主――トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、今撮ったばかりのミサの画像なのだろう、液晶をのぞき込んだまま何やらブツブツと呟いている。
「ちょっとなに!? これ何!? 盗撮された! 俺盗撮されたよ!?」
 思わずミサが悲鳴をあげた。
 周囲の生徒が何事かと振り返る。
「いや、あれだ、そーいうんじゃねぇ! あやしいもんじゃねぇって!」
 慌てたトライブが思わずミサの口をふさいだ。
「ふごっ! ふごご!」
「だーかーら、落ち着けって――いや? 待てよ? こんだけ慌てるってことは、あんたやっぱり――」
「ふご?」
「噂の女子生徒だな?」
「ふごご!」
「ふふん、俺の目はごまかされねぇぜ! で……」
 トライブがそこでニヤリと笑みを浮かべる。

「何? 制服の下にはやっぱりレオタード着てるのか?」

 一瞬、そのセリフがミサの脳に染みこむまで一瞬の間があった。
「ふごご(変態っ)! ふごご(変態っ)!」
「いいかげんにしときなさい」
 現れた美女――千石 朱鷺(せんごく・とき)がトライブの頭上に鉄拳。
 ミサはやっと解放されて荒い息をついた。
「それじゃ生粋の変態ですよ、トライブ。まったく、こっそり女子生徒を捜すのじゃなかったのですか?」
 頭のてっぺんをさすりながら、トライブが反論した。
「ったってなぁ? こう人数が多くちゃこっそりなんて到底ムリだぜ?」
「だから地道に、噂の怪盗が過去に盗んだものでもまとめていれば良かったのです」
 朱鷺はやれやれと肩をすくめてみせた。
「もういいんじゃねぇの、その子で」
「なにがいいんです?」
「いや、とりあえずその子にレオタードを着てもらってだな」
「その腐った思考から離れなさい」
 トライブと朱鷺はそのまま、やいのやいのとやり取りを始める。

「えと、あのあんたも怪盗は校長に『彼女と猫の四季』を集めるように言った女子生徒だと思ってるんだね?」

 ミサのその言葉でビクリとトライブが動きを止めた。
「なんでだ?」
「えと、いや、だって、さっきからクセッ毛とか小柄とか……レオタードはたぶん、怪盗が動きやすいようにってことで……」
 ミサの言葉に今度はトライブが肩を震わせ出す。なぜか「くっくっく」という忍び笑いまで漏れ出している。
「俺としたことがとんだ勘違いをしていたようだぜ」
「え?」
「俺の他にも探偵がいやがったとはな」
「え? え?」
「だが俺は負けねぇ! 怪盗は絶対に俺が捕まえて見せる、勝負だ!」
 さっさと言い残すと、トライブは朱鷺を引き連れてしゅたたたとばかりに去っていく。
「え? え? え?」
 ミサは一人で途方にくれた。どうやらおかしなことに巻き込まれたらしい。

「これは……ザンスカールの森、水彩画ですね。こっちは、油絵。わぁ、ドラゴンですねぇ。このオブジェは、なんでしょうか? でも素敵ですねぇ」
 すでに展示のすんでいる作品の列を、東雲 いちる(しののめ・いちる)はふんふんと気分良さそうに眺めながら歩いていた。
「マスター。こちらが、抱えられている絵画の展示位置のようです」
 パートナーの機晶姫ソプラノ・レコーダー(そぷらの・れこーだー)の声で、「おっと、うっかりするところでした」と、いちるは実行委員から渡されていた絵画を設置した。
「これは、人物画ですか。うんうん。こうやって展示すると、また見栄えも変わりますねぇ。どうですか、ソプラノちゃん。音楽もいいけど、こうやって作品を見るのも、楽しいですよね」
 いちるの問いに、ソプラノは少しだけ首をかしげた。
「申し訳ありません、マスター。『音楽』と違って、ワタシの中には芸術を『好き』とするプログラムは、存在していないようです」
 ソプラノはあまり抑揚の無い声で答えた。
「――ですが、マスターのご趣味を知ることはワタシの仕事として――」
「こーら、ソプラノちゃん。『仕事』は禁止ですよ? いいですか、例えばこの人物画、きっと誰かが大切な人を描いたから、こんなに優しそうな顔をしているんですよ?」
「油絵の具の構成比率の問題ではないのですか?」
 ソプラノの声に、いちるはすこしこけた。
「いいえ! 『想い』がちがいますっ! いつかソプラノちゃんにも、それが分かると良いですね」
「『彼女と猫の四季』も、『想い』が違うのですか?」
「そうですねぇ、噂通りなら、もう『想い』の重さが違いますね! ……でもそう言えば皆さんが借り行っている絵、どうして『三家』なのでしょう? 何だかバランスが悪いですねぇ」
 独りごちながら考え込むいちる。
「マスター」
「ん、え? はい、なんですかソプラノちゃん?」
「まだわからないことだらけなのですが、ひとつだけ。マスターがそうやって楽しそうにされているのを見られることなら――その――たぶんワタシは、『好き』なのだと思います」

「やっぱり気になるな……」
 講堂の中央。
「『彼女と猫の四季』はここに置くですぅ〜」とエリザベートが用意したスペースを睨みながら、神和 綺人(かんなぎ・あやと)は思案顔を作った。絵の題名が『四季』なのに絵の所有先が『三家』なのがどうにも引っかかっている。
「アヤ、アヤ。これらはどこに置くんですか?」
「うわぁ!」
 振り向いた綺人は、飛び込んできた光景にギョッとした。
 パートナーのクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が、その見た目のはかなさを一八〇度裏切り、山ほどのオブジェを、絶妙なバランスで積み上げた小山として運んでくる。
「い、いったんここに置こう。静かに、静かにだよ」
 クリスがオブジェの小山を下ろしたのを見て、綺人はほっと一息。
「でもどうしたのですかアヤ、難しそうな顔をして? やっぱり絵画を借り受けに行けば良かったと思ってますか?」
「見えてたの?」
「はい、アヤのことならいつだって見えてますよ……あわわ、いや、別に、見えてましたよ?」
「? ん、まぁ、別にそっちはいいんだけどね。実行委員がけが人だらけじゃ、準備は人手不足だろうから……クリスも役に立ってるみたいだしね、大いに」
 その言葉に、クリスは細腕を曲げ、グッと力こぶ作る仕草をして見せた。
「まぁ少し気になることがあるだけだよ――」
「アヤ、アヤ、これ面白いですよ!」
 質問を投げておきながら、クリスははしゃいだ声で綺人の言葉を遮ってみせた。
 見れば、何やらランプのような物をしきりにこすっている。ランプの口からはその度に「ぽわっ、ぽわっ」と煙が立ち昇る。
「……何このしかけ」
「こっちも、こっちも仕掛けがあるんですよ!」
 今度は人物画。クリスが顔を近づけると幻影が飛び出してきてべえとばかりに舌を出す。
「魔法の仕掛けのある作品もいっぱいあるってこと? それにしても、おかしな仕掛けだなぁ」

「怪盗? ああ、最近騒がれてる『カンバス・ウォーカー』のことかしら」
「そうそう、それ。この展覧会、狙われてるんだろう?」
「まぁ『彼女と猫の四季』が展示されたりすれば……。あ、これもよろしくお願いします」
「ん」
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は実行委員の女子生徒から渡された装飾用の暗幕を両手で抱える。
「おにいちゃん、釘、釘ちょうだい」
 脚立の上で金槌を振るい、器用に幕を止めていたクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)から声が降ってくる。
「ん? 釘、ちょっと待ってろ」
 暗幕を片手に抱え治し、手近なところにあった釘を一つかみ。そのまま腕を精一杯のばしてクレアに渡す。
「ありがとうおにいちゃん! よっし、きっちり止めてあげるからねぇ!」
 妙に決意に燃えた目で金槌を持つ手に力を込めるクレア。
 イベント準備独特の高揚感はクリスの中の何かにも火をつけたらしい。
「『彼女と猫の四季』が展示されることと怪盗――何か関係があるのか?」
「そりゃあさ、君」
 実行委員嬢は、「そんなの決まってるじゃない」という響きの声を上げた。
「いや、『彼女と猫の四季』が貴重な絵だからと言うのは私だってわかるが」
「それはあんまり関係が無いわ」
 実行委員嬢は首を振った。
「『カンバス・ウォーカー』が狙うのは別に高価な美術品じゃないもの」
「違うのか?」
 意外な答えだった。
「そ、今のところの共通点は『制作者が不明の作品』。だから、無名の画家が描いたっていう、『彼女と猫の四季』なら狙われる可能性があるって訳ね」
「……ずいぶんと特殊な泥棒なことだな」

「『彼女と猫の四季』がどんな絵か、だって?」
「そうであります! 今回狙われているのでありましょう!?」
「まぁ無事に借りてこられれば、だけどな……、あ、こっちのもよろしく」
「承知でありますっ!」
 比島 真紀(ひしま・まき)は実行委員の生徒から預かった絵画一枚と高所展示用の金具を一式、両手で抱えた。
「真紀、そこのハンマー取って、ハンマー」
 ドラゴニュートの体躯に比べると明らかに華奢な脚立の上、器用バランスを取っていたサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)から声が降ってくる。
「ハンマー? これでありますか?」
 絵画を小脇に抱え込み、空いた片手で手近にあった金槌を持ち上げる真紀。
「違う違う。それは金槌。その横のでっかいやつ」
「こ、こっちでありますか?」
 一抱えもありそうな長柄のハンマーを、なんとか持ち上げて渡す真紀。
「おう、助かったよ。よっし、これ以上ないくらいがっちり止めてやるからなっ!」
 ぶるんぶるんとハンマーを振り回すサイモン。
 イベント独特の高揚感は、ドラゴニュートの魂にも火をつけたらしい。
「……で、『彼女と猫の四季』の話だっけ?」
 唖然としていた実行委員が我に返る。
「そうでありますっ!」
「って言ってもなぁ、みんなが騒いでいる以上の話は知らないぜ? この世のものじゃない、とか。四角形に合わせると、幽霊が出てくるとか――そんなの」
「あれ?」
 ハッと何か気がついたように真紀の顔。
「どうした?」
「今の話、少し変でありますね」