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リアクション
【6・黒衣の真実】
ベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか) は、しばらく大樹の前でおろおろとしていた。
彼女は事前に駿河 北斗(するが・ほくと)とクリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)から、
『それじゃ。騎士役は俺たちがやるから、歌姫役は任せたぜ。ちなみに拒否はなしな』
『別名、囮役ねっ』
などと言われて、
『……って何で私がそんな恥ずかしい役を!? ちょ、え、馬鹿北斗――!?』
そのまま二人に置いていかれて一人。
彼女は他の歌姫が歌声を響かせる間、只管混乱し通しだったが。周囲の人の歌を聞くうち、少し気分が落ち着いていた。そして周囲が一通り歌い終わったようだと感じ、それを機に静かに歌い始めるのだった。
作詞作曲……ベルフェンティータ・フォン・ミストリカ
氷に閉ざされたその世界 私はきっと眠り姫
人が怖くて夢を見た 誰もが私を遠ざける
朝が怖くて夜を待つ 誰にも私はいらないの
どうすればよい 繰り返す疑問 だって開かない扉
ノックしても 声を上げても 毀す涙は凍るだけ
なのにどうして 氷に閉ざされたその心
あなたはまるで春の様
溶かして 気付けば近付いて
どうして 涙に閉ざされたその世界
あなたが切り開いてくれたから 私はあなたに夢を見る
そうして。大樹がその歌にはラベンダーに似た芳醇な香りを発していく中、そちらに集まり始める灰色猿のモンスター。更には、
「見つけたわよ! 観念しなさいーっ!」
犬のハヤテを先頭にした理子とジークリンデが、黒衣の男を追ってその場に飛びこんできた。
そんな光景を、魔法の箒でふよふよ飛びながら眺めるクリムは、
「ふっふーん、この天才魔法少女クリムちゃんの前に立ち塞がるって事は問答無用で悪決定ねっ! さあ、喰らいなさいっ!」
そんなことを叫ぶや、ギャザリングヘクスを併用し威力の増した雷術を放つ。
下に向けて。そう……モンスターは元より、黒衣の男、理子、ジークリンデ、とにかく敵味方問わずに放っていた。
突如降り注いだ雷鳴の嵐に、猿達は恐れ慄き逃げ惑い、理子達も慌てて避けに徹する。唯一耐電の黒衣を着ている男だけは、これ幸いと足を速める。
「あ、こら、避けるんじゃないわよ! 悪人とモンスターに人権は無いんだからねっ! って避けるなー!!」
そのままがおーっと小さな怪獣の様に吼えながら、箒で猿を追い掛け回しばしばし魔法を放っていき。そうしてSPが尽きる頃には、真っ黒に焦げた猿達が辺りに倒れ伏し、その上で高笑いをするクリムの姿があるのだった。
一方の黒衣の男は、まだ理子達からは追われつつも、若干の距離ができつつあった。
しかしその時。急降下してきた小型飛空挺が、男の前に立ち塞がった。
「魔法剣士、駿河北斗! 騎士役として参上だぜ! 其処のやる事がちっちぇー野郎! いざ勝負!!」
そんな口上と共に、北斗はベルから預かった光条両手剣で斬りかかった。それを先程のように両腕の手甲で止めようとした男だったが。
その光条兵器は『肉体を斬らず それ以外を斬る』という設定にあった。つまり、
「うぐっ……!」
手甲が見事に両断され、腕へともろにダメージがいき思わず膝をつく男。
その拍子に、所持していた葉や草球が周りに散乱する。それを見た北斗は叫んだ。
「ちっ、嫌がらせとかつまんねえ真似しやがって! てめえそれでも男か!」
「ふ……そうさ、だからこうして戦っているのさ!」
男はそんなことを呟き、立ち上がる勢いを利用して膝蹴りを北斗の腹めがけて打ち込んだ。
「ぐっ……!」
今度は逆に北斗が膝をつく番だった。そのまま走り去ろうとする男だったが、北斗はすぐに男の腕を掴んで立ち上がり、食らい付こうとする。
その気迫に、一瞬男にも隙が出来た。
そこへ追いついてきたジークリンデのスピアが、男の脇腹をとらえようと迫る。寸前で気づき体を捻った男だったが、そのとき黒衣が破れてその姿があらわになる。
「っ、え?」
その顔に、なぜか驚くジークリンデ。
男はまた身を翻して茂みへと逃げ出そうとするが、
「こっちは通行止めよ!」
邪魔をしながら逃走を繰り返す筈と踏んで、前もって隠れていたカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)がそこには待ち構えていた。そのまま捕まえようとするが、男は執念で足を別の方向へと動かして更なる逃げを打とうとした。
だが。その逃げた方向も、計算されたものだった。
カチェアをかわして安心したタイミング、その先には緋山 政敏(ひやま・まさとし)が身を潜めていたのだった。カチェアは牽制、政敏こそが本命だったのである。
「かったるいけど、いくかっ!」
政敏はそのまま迎え撃つ形でバーシュトダッシュで男へとぶつかった。疲労に加え油断していた男は避けられず後ろへと倒れ、そのまま理子をはじめ生徒達が取り押さえ、ついに捕らえられるのだった。
*
黒衣をはがされ縛られた状態の男。意外にもまだ二十代後半くらいの、喧嘩すらしそうにない端正な顔立ちの人物だった。そんな彼の傍らで、
「ど……どういうこと?」
理子は驚いていた。
「言った通りよ。この男は、香歌ノ樹を研究していた植物学者に間違いない。ここに来る前に読んだ本に顔が載っていたから憶えてるわ」
「だからなんでそんな人が、こんなことしてるのよ?」
「さあ。そこまでは本人に聞いてみないと」
しかし、男はそっぽを向いて黙りこくっていた。
「あの、理由だけでも聞かせてください。手伝える事があれば、手伝いたいですし」
カチェアの言葉にも、やはり男は答えない。そんな様子を横目に見つつ、政敏は携帯電話を取り出し、どこかへとかけ始めた。
場所は移り、蒼空学園の図書室。
政敏のもうひとりのパートナー、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)は調べものをしていた。彼女が調べるのは『広まっていない特性』……所謂、人や植物に有害となる面についてだった。
そして、先生から聞いた『あること』について詳しく知る為に植物図鑑等を入念に調べていたのだが。結果リーンは頭を抱えていた。
「そういうことね……でも、そうなると……」
それでもまだ調べを続けるリーン。
「私、待つわ。いつまでも待つわ。例え、貴方が振り向いてくれなくても♪」
と、音程だけ口ずさみながら電話を待っていた。
そこへ狙い済ましたかのように、ブゥン……と携帯のマナーが鳴る。慌ててリーンは図書室の外へ出て電話をとる。
「もしもし? 政敏?」
『ああ。そっちはなにかわかったかと思って連絡入れたんだけど』
「それが大変なことがわかったのよ! いい? じつは香歌ノ樹は――」
「ええっ! ほんとうに?」
と、そのすぐ側で白菊 珂慧(しらぎく・かけい)の驚いた声が響いた。
彼も彼で、別のことを調べていた。それはチラシの出所についてだった。そこでついに蒼空の生徒のひとりから、ある情報を聞き出していた。
「そうだよね……だとすると、どうしてあんなに詳しい情報を知っていたのかも、説明がつくよ。でも、おかしいな。それなら歌の聞かせすぎに関しては知らない筈ないのに……」
ひとりごとを呟きながら、ひとまず情報を知らせるべくメールを打った。
実は彼は事前に大樹へと赴き、その際に会った理子に情報を伝えるためメールアドレスを交換していたのである。そして今得たことをメールにしたためて送信した。
「それで、あとは樹と黒衣の男について他に知っていることはないかな? え? 香歌ノ樹の伝説? うん。聞かせてよ……うんうん……えぇっ!?」
珂慧は再び驚きの声を発し、そしてまたメールをしたため始めるのだった。
場所は大樹の元へと戻り。
一通目のメールを受け取った理子は、その内容に目を見開かせていた。
「なに? どうしたの?」
内容を見ようとするジークリンデに携帯を渡し、理子は言った。
「わけわかんないよ……例のチラシを配ってたの、あなたなんでしょ?」
その言葉に、場に驚きが走る。
「どういうことなの? 皆を集めて歌わせて、なのにそれを妨害するなんて」
それには、男よりも先に政敏が口を開いた。
「香歌ノ樹か、この森の他の木か……どちらかしか選べないから、か?」
男が、ようやく顔をあげ悔しげな表情を見せた。
「歌に応じて香りを出し、周りの木々に活力を与える大樹。けど逆に言えば、大樹の力が無ければ他の木が枯れてしまうんだろ? だから歌を歌わせなきゃいけない……でも時期や蓄積された歌の量から鑑みて、大樹の方も枯れかかってる。そうじゃないのか?」
男は観念したように、ついに胸の内の告白をはじめた。
「ああ。調査して、香歌ノ樹はその命と引き換えに他の木々を救うことがわかった。だがそれは自然の理なのさ。この大樹が朽ちても、代わりに周囲の木が飛躍的な成長を遂げる。また新たに別の香歌ノ樹も生えるだろう。植物学者としては、今の大樹を見捨てることがきっと正しいとわかっている」
だがな、と男は大樹を見上げながら続ける。
「ここは……この大樹は、今は亡き恋人との思い出の場所なんでな。どうしても、守りたい衝動を抑えられなかったのさ」
だからチラシを配り、モンスターを率いてまでそれを妨害する真似をしたのだと全員がわかった。
「俺がこの大樹を守れたならもう他の木がどうなろうともう構わない、しかし守れないならそれはそれで仕方ないと諦めることにしたのさ」
わかって、しかし納得のできない人物がいた。
「どちらに天秤が傾くか……それは、運命が決めてくれればいいさ」
ブチッ、という音が一瞬したかと思うと、
「ふ、ざ、けんなぁっ!」
怒りが爆発した理子の大声が響き渡った。
「なによそれ? どうすればいいかわかんないから、後は運命に任せるって? よくもそんなこと言えたわね。決めたわ。あー、決めてやりましたとも。あたしはあの大樹も、他の木もどっちも救ってみせる!」
理子はぽかんと大口を開ける男をビシッと指差して、
「運命だか何だか知らないけど、そんなものあたしが壊してやるわ!」
そう言い放つのだった。
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