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第2章 ライナスと助手

 ライナスの研究所では、助手たちによるパーツによって活気に溢れていた。
 四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)フィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)に試作した強化パーツ『マジッチェパンツァー』を取り付けている。
「ついに私に装備が追加される日が来たのですね……!」
「まだ完成じゃないわよ。とりあえずテストしてみないと」
「これが上手くいけば、魔法の威力を上げたり防いだりできますわ」
「こ、このパーツをつければ魔法を使えるわけではないのですか……」
 エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)の説明に、フィアが落ち込む。
 派手に魔法を使う自分を想像していたらしい。
「そう落ち込まないの」
「いつか私が、魔法と機械を融合させてみせますわ」
 何気ないエラノールの言葉に、フィアが食いついた。
「あ、『ふらぐ』ですね。いつか、とか夢を語ったら次の戦闘でやられるのです」
「やられませんわよ!」
「どこでそんな言葉覚えてくるのよ……」
 唯乃がため息をつきつつ、テストの準備を続ける。
 一方、別の場所では、
「これは、精神力の回復を増幅させるパーツか」
「ええ、そうすれば精神力の消費をあまり気にせず戦えますからね」
 エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)の案に、ライナスが頷く。
「ついでに、回復した精神力で撃つ装着型キャノン砲というものも考えてみたわ」
 エリオットのパートナーであるクローディア・アンダーソン(くろーでぃあ・あんだーそん)が両肩に砲を乗せる仕草をする。
「ふむ、なるほど」
「私のパートナーのひとりも機晶姫ですから。彼女の強化を考えた結果、このように――」
 エリオットが説明を続ける中、当の機晶姫のパートナー、メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)は、イビー・ニューロ(いびー・にゅーろ)とパーツについての話をしていた。
「あなたのブースターも飛行能力がついているのですか。私の案と似ていますね。細かい出力調整は可能ですか?」
「んー、どうだろ? 移動手段としてしか考えてなかったし」
「私の方は開発が難航していましてね。あとで見せていただけませんか?」
 ふたりとも飛行に関するパーツを開発しているせいか、話が弾んでいた。
「ああ、アピスくん」
 通りがかったアピス・グレイス(あぴす・ぐれいす)を、ライナスが呼び止める。
「はい?」 
 呼ばれたアピスは、ドラゴンアーツを使って資材などを運んでいる最中だった。
 彼女はパーツ開発の手伝いと共に、研究所での雑用などもこなしている。
 小さな体で巨大な資材を運ぶ姿に、通りがかった人がぎょっとしていた。
 とはいえ、見慣れてしまったライナスは特に動じず用件に移る。
「君の考案してくれた拠点防衛用の装備だが」
「完成したの?」
 アピスが考案した装備は機晶姫以外でも設置して使える『六連ミサイルポッド』だ。
 微妙に身を乗り出してくる彼女に、ライナスが首を振った。
「設置式というのは難しいかもしれないな。機晶姫が運用するだけなら可能だが」
「……そう」
 気落ちした様子のアピス。そんな彼女を見つけ、シリル・クレイド(しりる・くれいど)がやって来た。
「あれ、どうしたのアピス。元気ないよ?」
「なんでもない……ってシリル、その装甲板どうするのよ?」
 アピスの指摘通り、シリルは大量の『ひび割れた装甲板』を持ち込んでいた。
「へへー、これでどんな砲弾でも弾き返せるようなごっついアーマーを作ってもらおうと思って。名前は『重装甲アーマー』とか? できるかな?」
「ふむ、可能だろう」
 ライナスの言葉に、シリルが笑顔を見せた。
「アピス、手伝ってよね」
「わかったわ」
 パートナーの笑顔に毒気を抜かれたのか、アピスとシリルは楽しげに話しながら去っていく。
 彼女の案を元に、ライナスたちが早速設計に取りかかっていた。
「しかし、こうして考案され開発された物が、いつか戦争に使われることになると考えると、複雑な気分だな……」
 作業をしながら、誰にも聞こえないようにエリオットが呟いた。


 ライナスの監修を受け、七枷 陣(ななかせ・じん)小尾田 真奈(おびた・まな)仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)がパーツの開発を行っていた。
「陣、そこの道具を寄越せ」
「うぜぇなぁ……自分で取れやそれくらい」
「文句を言う暇があったら、さっさと渡せ」
「ご主人様、このフォルムをもう少し削って銃口部分を強化しないとダメかと」
 口喧嘩をしながらも、息の合ったコンビネーションで作業をする陣と磁楠。そんなふたりを、真奈がサポートしている。
 驚くほどスムーズに開発は進み、そして――
「よっしゃ完成やっ!」
 陣が掲げたのは、ハンドガンにナイフをつけた、それを取り回しやすくした銃剣とも言える武器だった
「センセセンセ、完成しましたよ! 機晶姫且つメイド専用武器が! ロマン溢れる一品でしょう!」
 ロマン云々には口を閉ざしつつ、ライナスがその武器を詳しく分析する。
「……もう少し、威力を上げることも可能かもしれんな」
「ほお〜、さすがセンセ。ロボなメイドにエグイ武器持たすからには、妥協しませんね!」
「……ここまで酷かった覚えはないのだがな」
 磁楠が陣に聞こえないよう、ぼそりと呟いた。ライナスもやっぱりスルー。
「では『ハウンドドック』と、そう名付けましょう。私が武器のテスターをやります。ソフィア様、宜しければ貴方にもご協力願いたいのですが」
「はい、わかりました」
 ライナスの手伝いをしていたソフィアは快く応じるが、
「いや、そのテストはわらわたちが協力するのじゃ」
 御厨 縁(みくりや・えにし)が手を上げる。
「ソフィアは体調が優れないのじゃろう? だったら休んだ方がいいのじゃ。わらわのサラスとシャチは姉妹機なのでサンプリングデータを取るにはもってこいだと思うのじゃがどうかの?」
 縁もレールガンなどの武器を開発していたので、陣たちのパーツに興味を持ったのかもしれない。もちろん、ソフィアを心配しているというのも本当だろうが。
 ライナスもソフィアの状態は知っているので、この申し出に異論はなかった。
「ふむ、どういうデータがとれるかは試してみないとわからないが、君たちはどうだ?」
「ええよ、一緒にやろうや……メイドじゃないのが残念やけど」
 陣の後半の呟きは聞こえなかったようで、縁のパートナーのサラス・エクス・マシーナ(さらす・えくす ましーな)シャチ・エクス・マシーナ(しゃち・えくすましーな)が、パーツを持つ真奈に駆け寄った。
 サラスが感動したように、
「念願の、強化パーツを手に入れたぞ!」 
「……殺してでも奪い取る?」
「なんでじゃー!」
 シャチのボケに、縁がつっこんだ。言った本人もよくわかってないようで、シャチは首を捻っている。
 テストを始める彼らを横目に、
「ええと……ライナスさん、いいんですか?」
「せっかくの申し出だ。休ませてもらうといい」
「はい、ありがとう、ございま……す……」
「ソフィア君? ソフィア君!」
 異変に気付いたライナスが叫ぶ。
 彼が手を伸ばす間もなく、ソフィアの体は機能を停止させ、ゆっくりとその場に倒れ込んだ。


 倒れたソフィアをベッドに寝かせ、ライナスとメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は部屋を出た。
「ライナスさん、ソフィアさんは大丈夫なんですかぁ?」
 のんびりした口調だが、真剣な表情でメイベルはライナスに問いかける。
 視線を逸らすように、ライナスは扉を見つめた。通路は静まり返り、部屋の中からは物音ひとつしない。
「“心の尽きる病”の影響だろう。いつ意識を取り戻すかは……わからないな」
「……彼女は、そのことを知ってるんですかぁ?」
「本人に説明はしてある。もちろん隆君が記憶の消去を望んでいることも。だが――」
 
 ――私がこうして、ここにいられるのは隆のおかげです。もちろん、他のいろんな人に助けられて、ですけど。
 それでも……それでもやっぱり、隆がいたからこそ、私はパラミタで生きていきたいと思うことができたんです。
 ですから、隆のいない世界で、生きていこうとは思いません。
 それに、パラミタで隆と過ごした時間は、私にとっての一番の宝物ですから。
 手放したくは、ありません。

 そう言って微笑んだソフィアを、ライナスは思い出す。
「隆君の予想通り、彼女は記憶を消去することを拒否した」
 だからこそ、隆はソフィアを説得するために研究所を目指している。
「だが、これでは話すらできないかもしれないな」
「そうですねぇ……。でも、できる限りのことはしてあげたいですぅ」
 沈痛な面持ちのライナスを励ますように、メイベルが言った。
「看病は任せてくださいですぅ。なにができるかはわかりませんけど……」
「ああ、頼む」
 はい、とメイベルが明るく返事をしたところで、彼女のパートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が姿を見せる。
「メイベル、みんなの食事の準備終わったよ!」
「ライナス様も、よろしければ休憩をお取りになってください」
「ああ、そうさせてもらおう。まだ開発途中のパーツが残っているからな」
 メイベルたちの申し出を受け、ライナスは助手たちの待つ部屋に戻る。
 まだまだ研究所から明かりは消えそうにない。


 研究所の廊下をガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が歩いていた。
「せっかく強化パーツ案を考えたのに、残念です」
「ま、しょうがないのう。わしらだけで開発はできんからの」
 強化外骨格というパーツ案を出したふたりだったが、ライナスの助手ではないので開発することはできなかった。
 そのため、他の人の開発の手伝いに回っている。
「あら?」
 と、ガートルードが廊下の先に人影を見つけた。
 突き当たりにある部屋の前にいたのは青 野武(せい・やぶ)黒 金烏(こく・きんう)だった。
 野武と金烏はライナスの助手なので、ここにいるのは別段おかしいことではない。
 おかしいことではないのだが、それにしてはこそこそしており、なにやら挙動が不審だったため、ガートルードは思わず声をかける。
「そこでなにをしているんです?」
「ぬぉっ!」「はっ!」
 部屋に入る直前だった彼らの体が、びくっと硬直する。それからぎこちなく振り向き、
「ぬ、ぬぉわははははははは! さらばじゃ!」
「さらばであります!」
 直後、一目散に逃げ出した。
「なんだったんでしょう?」
「さあのう?」
 取り残されたガートルードとシルヴェスターは、野武が入ろうとした部屋を見上げて、
「ここは……ソフィアが寝ている部屋ですね」
「なんか用でもあったんじゃろ」
 些事だと判断し、ふたりはそれっきり彼らのことを忘れるのだった。


 走り続けた野武と金烏は、いつの間にか研究所の外でようやく止まった。
「はあ、はあ、失敗じゃったのう」
「自らの尊厳を守るための選択肢を与えたかったのですが……」
「やれやれ、せっかく試作した『自爆装置』が無駄になってしまったわい」
 野武が懐から怪しげなパーツを取り出した。
 記憶と自分をなくすくらいならいっそ、と思ったふたりは自爆装置をこしらえ、ソフィアに取り付けようとしたのだ。
 はた迷惑な行為ではあるが、本人に悪気がないのでタチが悪い。
 とりあえず次の機会を待とう、と研究所に戻ろうとしたふたり。
 が、気を抜いていたせいかすぐ後ろのシラノ・ド・ベルジュラック(しらの・どべるじゅらっく)の存在に気付けなかった。
「おーい、青氏、蒼空歌劇団に頼まれて開発していた演出用の『メモリープロジェクター』、どこに行ったか知らないかね?」
 背後からのいきなりの声に、飛び上がらんばかりに驚く野武。
 その拍子に手元が狂った。
「は……はっ!」
 気付いた時には後の祭り。
 装置から不吉な電子音が響き渡った後、
「ぬぉわあああああ!」
 3人を巻き込んで、爆発が起こった。
 研究所の外での爆発だったことと、3人の命に別状がなかったことが、不幸中の幸いではあった。


 かすかにきこえた爆発音に、カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が天井を見上げた。
「なにか聞こえた?」
「いや、気付かなかったが」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)に言われ、まあいいかとカレンはパーツの説明を続行する。
「それで、うちのジュレが機関銃とか撃つとよく後ろに転ぶんだよねぇ。あの娘、機晶姫なのになぜかすごく軽いから」
「つまり、そうならないように重くなりたいということか?」
 そう言ったのはイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)
 彼はパートナーのセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)と共に、他のパーツ開発の手伝いをしていた。
「女の子に対して、その言い方はひどいよ! 地面に固定できればいいの!」
「それはすまない」
 悪気はなかったのだろう、不満そうなカレンにイーオンがあっさり謝る。
 むしろその態度が気に入らなかったのか、カレンはまだ少し頬を膨らませていたが、
「しかし、機晶姫が体重を気にしてもしょうがないのでは?」
「そうかもしれんな」
 ジュレールとセルウィーの機晶姫ふたりが気にしていなかったので、それ以上文句は言わず、カレンは設計図を眺めていたライナスに声をかける。
「それで、どうかな? 脚部用装甲を使って、機晶姫を地面に固定できる?」
「脚部の装甲だけなら簡単だが、固定するとなると厳しいな」
「うーん、もう一回考え直さないとダメかあ〜」
 芳しくない回答にもめげず、カレンは自分の案を見直し始めた。
「ところで、ふと疑問なのだが」
「なんだね?」
 手の空いたイーオンがライナスに疑問をぶつける。
「これだけの強化パーツを開発して、どうするつもりなのだ? 個人の研究としては、いささか規模が大きいと思うのだが」
「そのことか」
 イーオンの提案したパーツは、同様のアイデアと統合し合同で開発に当たっている。
 合同開発のためか、そちらは早々と一段落していた。イーオンは知的好奇心を満たすため、他の助手を手伝っているのだ。
 こんな疑問が出たのも、強化パーツを見る機会が多かったせいかもしれない。
 ライナスはひと息つくと、イーオンに向き直った。
「君は最近のシャンバラについて、どう考える?」
「……鏖殺寺院の動きなどには、憂慮している。情勢の変化は知っておきたいからな」
 言葉を選びながら、イーオンが答えた。
 それを受け、ライナスがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私はシャンバラの独立には賛成している。だが、簡単にはいかないだろう。君の言う通り、鏖殺寺院との戦いは激しいものになるだろうからな。だからこそ、各学校に強化パーツを提供しようと考えた」
「では、そのために開発を?」
「すべてを量産、というわけにはいかないがね。君たちの学校でこれらが買える日が来るだろう」
 いつの間にか、カレンやジュレール、セルウィーもその話を聞いていた。
 語りすぎたとばかりに、ライナスは少し照れくさそうにその話題を打ち切るのだった。