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学生たちの休日2

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学生たちの休日2
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リアクション

 
 
2.ヒラニプラのモーニングティー
 
 
 深夜から煌々とついていた事務室の明かりは、夜明けが近づいてきた今でも変わりなく部屋を照らしている。
 紙をめくる音やキーボードを叩く音がやけに大きく響く事務室で、皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)は、突然鳴った電話を電光石火の早業で取っていた。
「はい、教導団……え、また納期延長? まったく、おたくの工程管理は……この時間まで必死で残業? お互い様でしょ? 年が越せない? 前金出したでしょ前金、寝言は納期守ってから! じゃ、また」
 電話も砕けろとばかりに、受話器を叩きつける。はたして、皇甫伽羅が壊れるのが先か、電話器が壊れるのが先か。
 年末とあわせて、先日のドージェ・カイラスとの戦闘の後始末で、経理課は新たな戦闘状態だった。休日も何もあったものではない。実戦部隊はその名の通り戦いそのものが本番だが、経理課は戦闘の前後こそが本番だと言える。
「義姉者、この第三師団から上がってきた負傷兵救恤金請求伝票でござるが……」
 書類の束をかかえたうんちょう タン(うんちょう・たん)が、皇甫伽羅に声をかけてきた。
「とりあえずそこにおいてですぅ」
 机から顔をあげずに、皇甫伽羅は答えた。
「あの、義姉者、あまり根を詰められては……」
 さすがにちょっと心配になって、皇甫伽羅が訊ねた。
「ん? だいひょうぶですぅよぉ」
 ふらふらっと顔をあげて、皇甫伽羅が無理に笑顔らしき物を作って見せた。だが、さすがにちょっとつらかったのか、窓の外へと視線をむける。
 薄明るくなってきた外の明かりの中に、校舎の窓からもれるいくつかの明かりがまだ煌々と輝いていた。あれは、団長室の明かりだろうか。
「団長、まだ起きてるんでしょうかぁ。傷も完治してはいらっしゃらないというのにぃ」
 金 鋭峰(じん・るいふぉん)のことをちょっと心配して、皇甫伽羅はその明かりを見つめた。
「無理しちゃって……、ってお互い様ですねぇ」
 何となく一体感を感じて、皇甫伽羅は嬉しそうにつぶやいた。
「それにしても、第三師団の伝票、数が合わないような。水増しか? まったく、あそこの者は口ばかり達者で……」
 残った伝票を整理しながら、うんちょうタンがぼやいた。あ、いや、同僚の愚痴は禁句であったか。一瞬、皇甫伽羅にキッと睨まれた気がして、うんちょうタンは冷や汗をかいた。
 そうだ、シュークリーム分が足りない……。
「そろそろ、お茶などいかがでござろうか……」
「それはいい考えでござりますな。では、それがしは何か甘い物でも調達して参ろう。確か部屋に頂き物のケーキが……」
 うんちょうタンの言葉に、皇甫 嵩(こうほ・すう)が助け船を出した。彼も、ちょっと外の空気が吸いたかったらしい。
「では、ちょっと行ってくるでござる」
 皇甫嵩と連れだって、うんちょうタンはそそくさと部屋の外に出て行った。
 
「義姉者は、ちょっと無理をしすぎだと思わないではござらぬか」
 通路を歩きつつ、うんちょうタンが皇甫嵩に言った。
「今は、厳しいときでござりますから、少しでも団長のお役に立ちたいのでしょう」
「それは分かるのでござるが……」
 うんちょうタンとしても、思いは同じだ。むしろ、重傷を負った関羽・雲長(かんう・うんちょう)のことを思うと、教導団非公認ゆるキャラとしては、むしろ自分が関羽の役にたちたいという思いの方が強いとも言いたくなる。
「いずれにしろ、伽羅殿は自分のできることをがんばっているのでございますから、それがしたちは、その上で伽羅殿が倒れてしまわぬように、ちゃんとフォローしてさしあげることこそ第一の策でござりましょう」
「そうでござるな」
 皇甫嵩の言葉に、うんちょうタンは静かにうなずいた。
 皇甫嵩の部屋からケーキを三人分持ってくると、二人はほどなく事務室に戻ってきた。寮までの距離は、ちょうどいい散歩になったようだ。
「義姉者、一息入れるでござる」
「んー、あとちょっと……」
 そう答えかけて、皇甫伽羅は、ちょっと思いなおしたように顔をあげた。うんちょうタンたちは、ケーキの箱を持ったまま、彼女が手を止めるのをじっと待っている。このまま仕事を続けている限り、二人はずっと待ち続けるだろう。
「一服するですぅ」
 皇甫伽羅は手を止めると、二人に笑顔をむけて言った。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「まったく。このくそ忙しいときに、やっかいな物がはやり始めたな」
 好物のケーキにフォークを突き立てながら、ジェイス銀霞は上がってきた報告書を読んで顔をしかめた。
 まだ小規模ではあるが、最近ヒラニプラの郊外で闇市がたっているらしい。
 大規模な戦闘が続いたこともあって、密輸業者が活発に動いているようだ。未だ直接他国とのラインはないとはいえ、複数の中継をへればラインなどはそのときそのときのみでもつながるものだ。
 特に、地球に関して言えば、新幹線を使った正規品の中に密輸のパーツを忍ばせてきていることも少なくはない。これだけの建設ラッシュに、シャンバラの工業生産能力では追いつくはずがない。特殊加工が必要な物や、逆にあまりに汎用な物は、直接地上の工場から運んだ方が効率がいいというわけだ。
 巨大な物は運べないにしても、パーツ分解が可能な物であれば、数回に分けての運搬は可能である。さすがにもっと直接的な運搬方法が確立できれば効率はいいのだが、まだ公にはそのような物は存在してはいない。とはいえ、蒼空学園の経済力、あるいは、イルミンスールの魔法力、百合園の政治力を駆使すれば、そのようなラインの開発も不可能ではないだろう。薔薇も空路は押さえているし、パラ実ならばそれこそ密輸はお家芸だ。
 それに、シャンバラ教導団に限って言えば、大規模な戦闘が立て続けに起きている。黒羊郷の方でも、最近なにやら不穏な動きがあるようだ。それらの戦場遺失物を集めるジャンク屋なども、闇市に荷担しているのかもしれない。ともすれば、他校の学生たちも出店しているという噂もある。
「いずれにしろ、調査を進めないとな。暗躍する奴らを引きつける餌として、多少は必要悪だが、目に余るようになったら潰さねばならんか」
 そうつぶやくと、ジェイス銀霞は、カップの中でぬるくなり始めた紅茶を口へと運んだ。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「いやあ、玲と一緒にショッピングなんで、久方ぶりですやなあ」
 がっしり道明寺 玲(どうみょうじ・れい)と腕を組みながら、イルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)が楽しそうに言った。恋人同士が腕を組んでいるというよりも、ここからは絶対逃がしはしませんでえという感じだ。
「ほなら、さっそく、甘いもん、食べに行きまひょ」
「初っぱなからそれですか。太りますよ」
 自らの欲望に素直な人だと、道明寺玲はちょっと呆れて見せた。
「いややわあ。この麿は、太ったりなんかしまへん」
 ころころと笑いながらも、少しだけ目の奥が笑っていない。
「ああ、あそこに、今はやりのケーキ屋さんがありますえ。教導団の寮でも、あそこのケーキの箱を持って歩いてはるだんさんがぎょうさんおられまひたわ。行ってみまひょ」
 イルマ・スターリングに引きずられるようにして、道明寺玲は、そのケーキ屋にむかった。
 ここは、いったんどこかで落ち着いて、イルマ・スターリングの欲望を満たしてあげた方がよさそうだ。
 カフェテラスの、空いているテーブルに座ると、ややあって店員が注文を取りにやってくる。
「麿には、抹茶ロールと、ホワイトロールのセットを。こちらのだんさんには、ブラックロールのセットを。飲み物は、クィーン・アンとプリンス・オブ・ウェールズで」
 メニューに目を通すと、イルマ・スターリングがさっさと注文をしてしまう。
「二つも食べるのですか……」
 少し呆れる道明寺玲だったが、自分の分の注文には口を挟まない。イルマ・スターリングの的確なチョイスを訂正する必要はないからだ。
「そうそう。そろそろ、それがしにも魔法を教えていただけると嬉しいのですが」
 いい機会だからと、道明寺玲は切り出した。魔女であるイルマ・スターリングであれば、いい魔法の師匠になると常々思っていたからだ。
「魔法どすかぁ」
 あまり興味なさそうに、イルマ・スターリングは答えた。何か言葉を選んでいるように仕草に、道明寺玲はじっと彼女の言葉を待った。
「使える者は、使える。使えない者は、使えない。それだけどすえ」
「それは、答えになっていませんですな」
 そっぽをむいてごまかすイルマ・スターリングに、道明寺玲は言った。そこへ、ケーキセットが運ばれてくる。小さく歓声をあげたイルマ・スターリングが、少し気をよくしたのか細々としゃべり始めた。
「イルミンスールの頭でっかちのように、いちいち魔法に儀式や理由をつけるのはナンセンスどすえ。魔法とは、もっと根源にある物。ゆえに、求めれば、それは応えてくれはりますのや。形は、問題ではありゃしまへん」
「そうは言われても、それがしにはさっぱり」
 使える物なら、すでに使っている。それとも、自分には才能がないのだろうかと道明寺玲は自問した。
「それは、今の貴公には、魔法を使わなければならない必要がないからどすえ。だって、貴公の横には、麿がおりまっひゃろ。だから……どすえ」
 そう言うと、イルマ・スターリングは、竹炭の混じった道明寺玲の黒いロールケーキの端っこを、ひょいとフォークでかすめ取った。
 
 
3.空京のブランチ
 
 
「あれが、憧れのプラネタリウムドームなのね」
 ドーム状の建物を見つけて、立川 るる(たちかわ・るる)は知らず知らずのうちに足を速めた。地球から運び込んだ投影機がやっと組みあがったという雑誌記事を目にして、喜び勇んでやってきたのだからしかたがない。本当は開館日に真っ先にきたかったのだが、休日の日程が合わなくて果たせなかったのだ。それゆえに、今日は期待で小さな胸も大きくふくらんでいる……と思いたい。
「急がなくっちゃ」
 ドームを目指す立川るるの耳には、年末のいろいろなざわめきが聞こえてくる。
「貸倉庫いりませんかー。できたてぴかぴかの貸倉庫ですよー。今なら、一つのお値段で二つお貸ししまーす」
 年末の空京商店街は、いろいろな物のセールをやっているが、貸倉庫セールというのはどうしたものだろうか。必死な声を張り上げているのは、空京旅行社でガイドをしているはずの大谷文美なのだが、バイトなのであろうか。相変わらず仕事を選べない娘ではある。
 そんな彼女には気にもとめず、立川るるはプラネタリウムドームへと辿り着いた。
「大きーい」
 チケット売り場ではさほど並ぶこともなく、立川るるはすんなりと中に入ることができた。半球形の室内は、投影機を中心として放射状に座席が並んでいる。まだ明るい室内は、天文台を中から見た感じにも似て、始まる前から期待が高まった。
「えっと、ここをこうするんだよね?」
 身体をすっぽりとつつみ込むおっきなシートのレバーを、立川るるは引っぱった。シートがリクライニングして、天井が正面に見えるようになる。今はまだ味気ないホリゾントだが、じきにそこに魔法がかかる。
 立川るるは、じっとその刻(とき)を待った。
 やがて、ゆっくりと照明が黄昏れていく。
 一番星が輝いた。
 静かに、ナレーションが語り出す。
『ここパラミタ大陸の夜空には、地上から見える星々と同じ星々が存在します。古い伝説では、夜空に輝く明かりは、遙か遠くを漂う輝ける浮島だとされています。そこは光の花に覆われた大地であり、精霊が棲んでいるという伝説は有名です。他にも、名前の伝えられていない国御霊(くにみたま)が、自らの魂を分かって空においたという伝説など、それぞれの地方、それぞれの種族において、様々な伝承が伝えられているようです』
 一つ、二つと星が増えていき、やがて、立川るるがイルミンスール魔法学校の展望台から見慣れた、満天の星の海が頭上に広がった。空京のような街明かりが少ない世界樹では、パラミタでも一番、星がよく見える。
『地球においても、星になった英雄の話や精霊の話は数多くあります。それらは、星座として、夜空に輝いているのです。地球で星座が生まれたのは、遙か五千年前のメソポタミアと言われておりますが、奇しくも、かつてパラミタ大陸が地球に現れたとされる時代と符合します。それぞれの文化が、どのように融合して星座の名前となったのかは、未だ研究の進展を待つしかありませんが、そのほとんどが合致していることから、星の配置には何らかの関連性があるのではないかという推論を唱える学者もいます。ただし、結論を出すのはまだ早いでしょう。現在皆様が見ておられる星空は、パラミタから見える星を元にして構成した最新型の投影機による物です。では、この星明かりに、地上の星座図を重ねてみましょう。若干の位置補正をかけてはいますが、主な八十八星座の配置はほぼ重なります』
 ナレーションとともに、全天の星に、主に星座の模式図が重ねられた。それは、すばらしいタペストリーにも似た雄大な絵巻物だ。
『特に、黄道十二星座においては、地上と同じ名称がシャンバラ古王国でも使用されていたという記録が発見されています。占星術における黄道十二宮と同じ物が、様々な分野にモチーフとして使用されていたようです。特に、十二宮を司る星の加護を受けた美しき乙女たちが、入れ替わり大地のシャンバラ女王を見つめていたという伝説もあります。これらは、十二星華と呼ばれ、他方で、実際にシャンバラ女王をその美と力で陰からささえていたという言い伝えもあります。ですが、実際にそのような乙女たちがいたかどうか、明確な記録や物証は発見されておりません。そのため、後世の創作ではないかという意見が有力です』
 星座の中から、十二星座だけがピックアップされる。そこへ、パラミタでそれぞれの星座を象徴する花を持った少女の姿が模式図に替わって重ねられていった。
 アヤメを持った牡羊座(シェルタン)の少女。
 カスミソウを持った牡牛座(アルデバラン)の少女。
 フヨウを持った双子座(ミトゥナ)の少女。
 ユリを持った蟹座(魂緒)の少女。
 スズランを持った獅子座(アルギエバ)の少女。
 ワスレナグサを持った乙女座(ヴァルゴ)の少女。
 バラを持った天秤座(リーブラ)の少女。
 サンザシを持った蠍座(シャウラ)の少女。
 スイセンを持った射手座(サジタリウス)の少女。
 キキョウを持った山羊座(カプリコーン)の少女。
 ランを持った水瓶座(サダグビア)の少女。
 サクラを持った魚座(アルレシャ)の少女。
 十二星華が勢揃いして、天空は一気に華やかとなった。
 手に持つ花に関しては異説も存在するが、ここでは一番定説である物を採用しているらしい。数少ない資料の中では、別の花、別の呼び名をされている者もある。十二星華という呼び名すら一般的ではなく、意外に知る者は少ない。とかく、伝説というものは曖昧だ。
 地上の伝説とパラミタの伝説を適当にミックスして構成しているのだろうが、どちらの住人にとっても馴染みがありつつ真新しいという、うまい見せ方だ。実際、五千年前も、こんな感じで当時の人々が、双方の伝説のいいとこ取りをして新たな伝説を作っていったのかもしれない。
「パラミタの、シャンバラ以外の見知らぬ土地でも、同じ星が見えるのかなあ」
 いつかそれをこの目で確かめたいと思いつつ、立川るるは夜空に思いを馳せるのだった。
 
    ☆    ☆    ☆
 
「少しは手伝え」
 納品書の束を忙しくチェックするオプシディアンは、横で遊んでいるジェイドにむかって、腹立たしそうに言った。
「いいじゃないですか。楽しいですよー」
 華麗に彼の怒りをスルーして、ジェイドはコントローラーを操った。入力されたコマンドに従って、彼がコントロールしていた組み立てキット製の小型ロボットが、オプシディアンにわざとらしく手を振った。
「まったく、おまえのためにおもちゃを集めているというのに。だいたい、これをどうするんだ。いったん、どこかに集めて組み立てないことにはどうしようもないぞ」
 書類をばんばんと叩きながら、オプシディアンが言う。
「そうですねー。倉庫でも借りますか」
 人形大のロボットにメイド服を着せながら、ジェイドが適当に答えた。頭部を、センサーつきに改造したドールの物に交換すると、見た目は完全なアンティックドールになる。
「大丈夫、搬入なら、彼女たちがやってくれますから。それに、このプログラムは、すごく優秀ですからね。分からないことはないですし」
 そう言うと、ジェイドは、ロボットメイドに優雅にお辞儀をさせて見せた。