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教導団のお正月

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教導団のお正月

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第7章 宴は続く

 前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)仙國 伐折羅(せんごく・ばざら)の間に、緊迫した空気が漂っていた。
「行くぞ伐折羅!」
「了解でござる!」
 風次郎がドラゴンアーツを発動し、頭上に掲げた巨大な鉄製のハンマーを振り下ろす。
 ――ドスン!
「ぬおお!!」
 すかさず伐折羅もドラゴンアーツを使用し、臼の中に手を突っ込んだ。
 こねこね。
「いいぞ伐折羅! 良いこねっぷりではないか!」
「ははは! 餅の扱いなら任せるでござる! 師匠との日々は無駄ではなかったでござるよ!」
 笑みを交し合うふたりの間では、ついている途中の餅があった。
 ――そういうわけで、餅つきである。
 杵の代わりに鉄製のハンマーという違いがあるものの、普通の餅つきの光景であった。
「うむ、このハンマーなかなかの重量だが、扱えないこともない。この程度で泣き言を言っていられる程、教導団は甘くはないからな」
「さすが風次郎殿でござる! 拙者も負けてられないでござるな! ただ、できれば拙者の手は突いてほしくないでござる! ぺしゃんこになってしまうでござる!」
「わかっておる。では続けるぞ!」
 再び風次郎がハンマーを振り下ろす。
 つかれた餅を、伐折羅がこねる。
 風次郎が突く。
 伐折羅がこねる。
 つく。
 こねる
 つく
 こねる。
「おお、なんだか調子が出てきたでござる!」
「どんどん行くぞ!」
 ふたりが餅を突くスピードを上げる。
 かなりの重量を誇るハンマーを軽々振り回す風次郎。
 ハンマーが離れた一瞬の隙に、素早く餅を返す伐折羅。
 そんな息ぴったりのふたりのコンビネーションに、周囲に人だかりができつつあった。
 リズミカルに突いてはこねるを繰り返すうち、餅がどんどん完成に近付いていく。
 そして――
「伐折羅、最後の一突きだ!」
「任せるでござる!」
「ぬぅん!」
 ――ドスン!
 最後の一突きが終わった時、
「……」
「……」
 伐折羅の手が見事にハンマーと餅の間に挟まっていた。
「い、痛いでござるぅぅぅ――!」

「――ぅぅぅ!」
「うわっ! な、なんだあ?」
 響き渡った伐折羅の悲鳴に驚き、闇咲 阿童(やみさき・あどう)が思わず持っていた皿から餅を落としかける。
 阿童が持っているのは、作りたての餅だった。もちろん、重いハンマーを持って餅をついたのは阿童である。
「まあいいや、いい腹ごなしにもなったし。これ配ったらまたいろいろ食べに行くとするか」
 うきうきと歩を進める阿童。ちなみに、彼が一旦食事を始めると、米粒ひとつ残さない空の皿が山と積まれることになる。
 そんな阿童が、視線の先に見知った顔を見つけた。パートナーのアーク・トライガン(あーく・とらいがん)である。
 向こうも阿童を見つけたようで、
「あ、阿童ちゃん、ちゃんと無料飯食ってる?」
「食ってるよ」
「いいよなー、美味い酒に美味い料理。これが全部無料だなんて、夢のようだぜ」
「たしかに、食費を気にせず思いっきり食えるはありがたいけど」
 ふと、阿童は気になっていたことを訊く。
「アーク、おまえ、ナンパに行くとかいってなかったか?」
 するとアークはやけにテンション高く、
「ああ、ナンパ! ナンパな! うん、やってきたゼ! 片っ端から声をかけた! 声をかけてかけまくって、そんで………………はは、なんで上手くいかないんだろ……」
「やっぱり全滅か」
「やっぱりとか言うな!」
 ナンパに失敗するのはいつものことらしく、阿童が肩をすくめた。
 アークもそれほど気落ちはせず、首を捻っている。
「おっかしいなー。条件は可愛いってだけで、女の子でも男の子でも構わないのになあ」
 その節操のなさが問題なんじゃないか、と阿童は時々思うのだが、それを指摘する前にアークが目の前に差し出された餅に気付く。
「なんだこれ?」
「餅だよ。見ればわかるだろう」
「ああ、さっき向こうで阿童ちゃんがが突いてた……さ、もう一回ナンパに行こうかな」
「待て」
 逃げようとしたアークを、阿童がしっと捕まえた。
「せっかくついたんだから、おまえも食え」
「いやいや阿童ちゃん、俺様固形物食ったらスゲェ気持ち悪くなるってわかって――むぐっ!」
 阿童がアークの口に無理矢理、餅を突っ込んだ。
「遠慮するな」
「むぐうぅぅ――!」
 両手に餅を持った阿童と、逃げようともがくアークがもみ合いになる。
 傍から見るとじゃれてるようにしか見えないが、本人たち――特にアークが――かなり必死な表情をしていた。
 もみ合いになったまま、ごろごろと転がるふたり。
 ちょうどその時、彼らの進路上をふらふらと歩いている人物がいた。
 運悪く、お互いの存在に気付かないまま――
 正面から勢い良く衝突した。
「いってえ!」
「あっと、すみませ――」
 阿童が謝罪の言葉を言い終わる前に、
「……っ」
 ぶつかった人影――ゲルグが意識を失い、その場にぶっ倒れた。

「それじゃあ、本当に任せていいのか?」
「ハイ、この人のことは任せるネ」
 倒れたゲルグを阿童から引き受けたのは、サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)だった。責任感からか、まだ少しゲルグを気にしていた阿童だったが、結局は納得し新年会に戻って行った。
「さテ」
 阿童が去った後、サミュエルはおもむろに油性マジックを取り出した。
「キュッキューっと、できた、ヒゲルグの完成ネ!」
 眠っているゲルグに髭を描き、ご満悦なサミュエル。
 そんな彼に、すぐ近くで餅つきをしていた橘 ニーチェ(たちばな・にーちぇ)橘 ヘーゲル(たちばな・へーげる)が、首を傾げた。
「あのー、なにをしてるのですかー?」
「寝てる人間にイタズラするのは感心しないぞ」
「これはイタズラではないネ。団長に悪い事する子にお仕置きしてるネ」
「お仕置きって……あ、もしかしてその人――」
「クーデターの首謀者か?」
「そウ、だから簀巻きにして団長の演説&朝礼CDを延々聞かせて、教育しなおしてあげるのヨ」
 フフフ、とサミュエルが暗い笑みを浮かべる。
 それは教育ではなく洗脳ではないか、などとはその場の誰も言わず、
「僕たちはどうしましょう? この人、餅と一緒についちゃいましょうか?」
「出来た餅は焼かないと美味くないよな」
 と、ニーチェとヘーゲルがごく当たり前のように杵と火術の準備をしたところで、ゲルグが呻いた。
「う……うう……ん?」
 目を開ける。その途端、
「うわあああ! もう勘弁してくれ――!!」
 視界に映った簀巻きと杵を構えた人影に、ゲルグは悲鳴を上げて頭を抱えてしまった。
 倒れる前からボロボロだったことから、ここに来るまでに、色々と酷い目に遭ったらしい。
 さすがに3人も、それ以上痛めつける気にはならず、
「ええト、ま、ガンバレ?」
 サミュエルが優しくゲルグの肩を叩いた。
 
「それで、なんでクーデターなんかを起こしたんだイ?」
「……」
 サミュエルの問いかけにゲルグは無言を通していたが、
「新年会の料理食べないノ? 美味しいヨー?」
「僕たちがついたお餅、食べますー?」
「わかった! 言う! 言うから!」
 料理を無理矢理突っこまれそうになり、降伏するゲルグ。
「それデ?」
「だって……地味だし……」
「……はイ?」
「教導団が地味だって言ってるんだ! それもこれも、みんな今の団長のせいだろ! オレが団長になれば、もっと教導団を派手にしてやれるさ! そうすりゃあもう地味とか固いとかつまらなそうとか言われないだろ!」
 実感が篭もっている感じからして、本当にそう言われたらしい。
「だいたい、今の団長は能力があるくせに外に出ないから――」
 延々と愚痴を吐くゲルグを呆れたように見返して、ニーチェとヘーゲルが呆れたように溜息をついた。
「……ええと、それ、本気で言ってますか?」
「どんな大層な理由があるかと思ったら……」
「団長をバカにするのは許せないネ!」
 心外だとばかりに、サミュエルが口を挟んだ。
「そうです、団長にだってちゃんといいところはありますよー」
「今日だって、珍しく新年会を開いてくれしな」
「でも、地味だろ?」
「……」
 口に出して真っ向から否定できないのが、教導団員の悲しい認識であった。
 沈黙の中、
「では、こうしてはどうでしょう」
 うーん、と考え込んでいたニーチェが口を開いた。
「団長が地味なら、ゲルグさんが助けてあげればいいんですよー。そうすれば、団長が無理しなくてもいいし、教導団だって地味じゃなくなりますよー」
「……なるほど」
 無邪気さからの提案ゆえか、ゲルグもわりとあっさり納得する。少なくとも、クーデターなどという行為に訴えるよりは、よほど良い手段のように思えたのだろう。
「誰にでも向き不向きはあるからな。一番上の人間にできないことをやってやるというのも、悪くないんじゃないか?」
「そうか? ……そうだな」
 ヘーゲルの言葉に、ゲルグが今度こそ頷く。
「団長に敵対しないんだったら、俺はそれでいいヨ。簀巻きも止めておくネ」
 ある意味わかりやすいサミュエルに、ゲルグが笑みを洩らした。気の抜けた、だけどどこかスッキリしたような笑みだった。
 場に明るさが戻ってきたところで、ニーチェがそばにあったグラスを手に取った。
「それでは、答えも出たことですし、もう一度乾杯しましょうー!」
「乾杯って、なにに乾杯するんだ?」
「なんでもいいんですよー! せっかくの祝いの席なんですからー! それとも、もう一度餅つきをやりますかー?」
「いや、もう腕が上がらないから」
 腕を押さえるヘーゲルに抱きつくニーチェ。
「教導団員同士、仲良くしようねネ」
「あ、ああ」
 まだぎこちなさはあるものの、和解した教導団の団員たちがグラスを合わせる。
 そして、今日何度目になるかわからない乾杯の音頭が、周囲に響いて広がっていった。

 団員の輪の中にいるゲルグを、遠くから金 鋭峰団長が眺めている。
「いいのですか、放っておいて」
 そんな団長の背後から背中から声をかけたのは、李 梅琳だった。団長は振り返り、
「なんのことだ?」
「いえ、いちおうクーデターを企てたことですし」
「酒の席でのことだ。そこまで堅苦しくなくてもいいだろう。――二度目はないがな」
「わかりました」
 それ以上は訊かず、梅琳は歩き出した団長のあとを追いかけようとして、
「あら? その制服はどうされたんですか?」
 団長の制服に穿たれたいくつもの丸い穴に気付いた。
「む、これか……あと1マス進み損なったら、負けるところであったな」
「はい?」
 双六で死闘を繰り広げていたことなど知らない梅琳は、首を傾げるばかりだ。
「気にするな。では、早めに戻るとしよう。関羽も待っているだろうからな」
「たまにはお酌でもしてみせますか?」
「遠慮しておこう」
 珍しく穏やかな雰囲気を纏わせて、団長と梅琳が宴の喧騒に混じっていく。
 一年のはじまりだとか、そんなことは関係なしに。
 集まった人々は、この瞬間を存分に楽しんでいた。
 夜通し行われる新年会は、まだまだ終わる気配を見せずにいた。

担当マスターより

▼担当マスター

宮田唯

▼マスターコメント

こんにちは、宮田唯です。

まずはお詫びを。
リアクションの完成が遅れに遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
お客様はもちろん、運営様にも多大なご迷惑をおかけしました。
二度とこのようなことがないよう、肝に銘じたいと思います。

年が明けて1ヵ月以上経っていますが、教導団での新年会です。
私にとっては初挑戦となる、お祭り騒ぎ+教導団が舞台のシナリオとなりました。

読んでみて「教導団やNPCのイメージが違う!」と思われるかもしれませんが、
寛大な心で、笑って許して頂ければと思います。
こういう面もあるんだなあ、などと思っていただけたりしたら、私にとっては望外の喜びです。

ゲルグに関して。
イメージ的には、実力はあるけど華がない感じ。うわっ、まるで団長の劣化バージョンですね。今、書いてて気付きました。
まあ同属嫌悪という言葉もありますし、彼の場合はさらに「頭が固い」「野心はあるけど基本的には堅実」
などという性格もくっつくのですが。団長ほど人望もありませんしね。

とりあえずゲルグは改心し、団長の座を狙うことはなくなりましたが、
彼はこれからどういう道に進むのでしょうね。私にもわかりません。
なんとなく、良い意味で思いっきり道を踏み外してくれるような気もします(ダンサーに転向とか)。

毎回、出したNPCは投げっぱなしの私ですが、いつか彼らのその後を書く機会があるといいですね。

それでは、参加してくださったプレイヤーの皆様、本当にありがとうございました。
大変お待たせしてしまったことを、もう一度深くお詫びいたします。
またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。