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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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第3章 空の彼方に吹く風・前編



 風の谷。
 雲隠れの谷の中央に位置する谷間だ。ここでは定期的に突風が吹き抜けていた。この風こそが、ユーフォリアを乗せて流れる風である。しかし、ユーフォリア以外のものも運んでいるようで、色々なものが飛んでくるのだった。
 この谷を前進するのは、第一部隊。フリューネ親衛隊の中でも、実直な人間が集まった分隊である。
「……ところで、聞きましたよ。民間の軍事企業設立しようと考えているとか?」
 飛行する閃崎静麻(せんざき・しずま)の横に、自分の空飛ぶ箒を並べて、ルイ・フリードは話しかけた。
「あとで、フリューネに話そうと思ってる。あいつが願いが平和なら、今のままじゃ叶わないからな……」
「ワタシも応援させてもらいますよ、実現すれば空族に被害を減らせそうですからね」
 二言三言、企業プランについて会話していると、二人の目に前方をひるがえる異物の姿が飛び込んできた。
「……お、おいおい、なんだありゃ、パンツじゃねぇか?」
 思わず静麻は目を見開き、間の抜けた台詞を口にしてしまった。
 ひらひらと飛行する無数の物体は、まぎれもなくパンツであった。しかも、非常に残念なことに男ものだ。使い道がない上に、ちっとも嬉しくないではないか。ファーック、一瞬期待させやがって、と言った感じである。
 だがしかし、そこは実直が売りの第一部隊なのだ、憤るどころか緊張が走った。パンツがこんな場所を飛行するなどおかしい、おそらくこれはヨサーク空賊団の奇襲だと考えた。きっとパンツに毒でも漏られているのだろう、と。
「ま……、怪しいものには変わりありませんからね、接触する前に排除したほうがいいでしょう」
 ルイはかざした手に稲妻をスパークさせると、飛んでくるパンツを雷術で焼き払った。

 風向きは北から南、第一部隊に対して向かい風の状態だ。
「リア! 敵集団はまだ視認できませんが、谷の中央へミサイル発射です」
 おそらくパンツを放った敵部隊は、このすぐ風上にいるハズだとルイは推測した。戦いの原則は先手必勝、数少ない好機の一つが舞い込んだと判断し、パートナーのリア・リム(りあ・りむ)に先制攻撃を加えるよう指示をい出す。
「飛来物の軌道から、目標位置を予測。うまく当ててみせる……!」
 相棒のルイ同様、彼女も自分達に信頼をおいてくれるフリューネのため、力を貸したいと思っている。
「今日は弾薬費は気にせず、全力全開でいきますよ!」
「今日は随分と太っ腹なのだな、ルイ。では、遠慮無く全弾撃ち尽くさせてもらうぞ!」
 六連ミサイルポッドの照準が定まると、轟音を響かせ、ミサイルは白い弧を描きながら飛んでいった。
 しばらくして、暗闇の中で無数の爆発が起こる。幾つもの機影を閃光の中に発見した。
「近いな……、まずは俺が出る。牽制で少しでも数を減らしてみせるさ」
 静麻は飛空艇の操縦を担当するクリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)に合図すると、加速して部隊の先陣を切っていく。クリュティはメモリープロジェクターで船の姿を周囲に溶け込ませた。静麻は、光条兵器のバトルライフルの延長バレルを展開、長距離用のLモードに変更する。見えない狙撃者は相手にとって驚異となることだろう。
「……厄介な風だな。照準が多少ぶれるが贅沢は言ってられないか」
「マスター静麻、前方の暗闇に無数の機影を確認。おそらくヨサーク空賊団の戦闘部隊と推測します」
 静麻がライフルを構えようとしたその時、猛烈な勢いで砂塵が吹き付けてきた。
 視界を遮られライフルを下げると、閃光と共に、飛空艇の装甲に焦げあとがついた。彼ははっとして周囲を見回した。砂塵に包まれた今、投影している映像と齟齬が発生しているのだ。砂漠の真ん中で密林用迷彩服を着ても意味がない。
「この状態じゃ、狙撃は無理か……。砂塵とはな、随分ついてる連中だぜ」
 光条兵器を近距離用のSモードに変更し、弾幕を張りながら後退を始めた。


 ◇◇◇


 砂塵が吹き去った頃、両部隊は肉薄し接近戦の様相を呈していた。
 追い風を背に受け勢い良く攻め込んでくるヨサーク側部隊に対し、八ッ橋優子はふと思った。
「……私たちは向かい風、赤壁の戦いって感じ?」
 なんだか不良生徒らしからぬインテリジェンスな感想である。
 そんな彼女の前に、先ほど静麻を撃退した少年が立ちはだかった。どんな豪傑かと思えば、予想外に気の弱そうな少年だった。おどおどと優子から目をそらしているのは、本能的に優子のヤンキー気質に気が付いた所為かもしれない。とりあえず彼のことはビビると呼ぶこととしよう。彼は戸惑いながらも、こちらに銃口を向けた。
「君に恨みがあるわけじゃないですけど……、尊敬するキャプテンのためです」
「こっちだって退くわけにはいかないのよ。てか、目を見て話しなさいよ、イモね」
 優子がナチュラルにガン付けるので、恐れを為したビビるは乱射し始めた。スプレーショットで散らされる星輝銃の光線は、まるで光のシャワーだ。闇を貫く幾筋もの光を回避し、優子は距離を取って反撃の機会を待つ。
 後退した優子は、ミレーヌ・ハーバート(みれーぬ・はーばーと)と肩を並べた。
「うーん、この向かい風じゃ、圧倒的にあたし達が不利みたいね。なんとか利用出来るといいんだけど」
「さっきから色んなものが飛んでくるから、それを使えるといいわね。例えば、エロ本とか」
「え、エロ……? アル兄の話じゃセクシークィーンの看板が飛んでくるって言ってたよ?」
「ハッハーっ! 風で飛んでくるものと言えば、ハリウッドじゃセクシークィーンの看板と決まってるのさ!」
 ミレーヌの相棒のアルフレッド・テイラー(あるふれっど・ていらー)が口を挟んだ。カウボーイスタイルで全身を決めた彼は、突風に暴れる飛空艇をロデオのように乗りこなす。勿論、カウボーイハットを片手で押さえてのじゃじゃ馬ならしだ。
「休憩終わり。ほらほら、あんたら、あの坊やがこっちに向かってくるよ、応戦の準備をしな」
 前から迫り来るビビるを指差し、アン・ボニーが警戒を促す。

 その時だ。バサバサバサッと大型鳥が羽ばたくような音が聞こえた。
 ビビるは思わず振り返った。一同も目撃した。谷間の奥から開いたページを翼のようにはためかせ、こちらに向かって飛んでくる大量の本を……、エロ本を。そう、優子の想いは天をも動かし、この奇跡を呼び起こしたのだ。
「待っていたわ、この風を。エロスを運ぶ希望の風をね」
 スケベな男連中ならこのエロ本で隙が出来るハズと考え、優子は不敵に微笑んだ。
 だが、ただ一つだけ誤算があった。ヨサーク側の一団はほぼ女性で構成されていたのだ。ほとんどがエロ本という宝物には見向きもせずスルーを決め込む。ビビるも無視を決め込んだと思いきや、不意に一冊掴み取りさっと服の下に隠した。そして、誰も見ていないのを確認すると、こっそり中身をあらためた。内容は実にテラ絶品であった。
「こ……、こんなところまで見せちゃうんですか」
 クワワッと目を血ばらせ、ここが戦場であることも忘れて釘付けとなった。
「良い感じに隙だらけねっ! と、とと……、アル兄の祈りも天に通じちゃったみたい!」
 ダイナマイトボディの金髪美女が艶かしいポーズ、それがアメリカンな感じにデザインされたセクシークィーン看板が飛んでくるのを、ミレーヌは発見した。おまけに敵は警戒ゼロ、これを勝機と言わずしてなんと言おう。
「そんな本にうつつを抜かすようなエッチな子にはお仕置きよっ!」
 ビビるははっと気が付いて、エロ本を服の下に隠した。その無駄な行動が完全に彼の回避を遅らせた。
 ミレーヌは飛空艇の側面で体当たりを仕掛け、飛来した看板と挟んでビビるを押し潰す。顔面を強打した彼からは噴水のように大量の鼻血が噴き出した。その量たるや空間が赤一色に染まるほどである。
 その様子を眺めて優子とアンは「ここがパラミタの赤壁!」と呟いた。
 いや、赤壁とか言ってる場合ではない。広がった鮮血はまるで煙幕だ、前方が把握出来ない。そして、その煙幕を突き破って、気絶したビビるが突風に飛ばされてきた。狙いすましたかのように、アンの豊満な胸に顔をうずめる。
「……ちょ、ちょっと何するんだい!」
 偶然が生んだ思わぬ事態に彼女は動揺し、ビビるもろとも雲海へ吹っ飛んでいった。

 混乱の様相を極めてきた戦場に、二機の小型飛空艇が接近してきた。
 まず目につくのは、一人っ子っぽい少女だ。そして、彼女の飛空艇を操縦するアイパッチの少女。その横の飛空艇を操るのは、銀狼の獣人……なので、絶滅しそう、と呼ぼう。その後部に乗る知的な男性の事は、インテリと呼称する。
「さーて、この辺りで俺たちも活躍しておかないとね。行こうか、アーサー!」
「おまえにしちゃ気の利いた提案だ。ひと暴れするとするか!」
 アルフレッドとミレーヌのもう一人の相棒、アーサー・カーディフ(あーさー・かーでぃふ)が迎え撃つ。
 敵機を挟んで向こうからは、ちょどよく二枚目のセクシークィーン看板(黒人女性が女豹のポーズを取っている)が、くるくると回転しながら飛んでくる。アルフレッドはそれを見て、隣りのアーサーに親指をおっ立てた。
「さあ、出番だぞ! ヤンキー流口喧嘩殺法で、奴らの注意を引きつけてくれよ!」
「つまり挑発しろって事か? そりゃ得意だが……、おまえ人の過去をデカイ声で……」
「昔とった杵柄って奴さ。元ヤンの恐ろしさを見せつけてやるんだ、ハッハーっ!」
「ハッハー……じゃねーよ、バカ! どうせ俺は元ヤンだよ、こんちくしょう! やってやろーじゃねーか!!」
 イライラしつつも敵機に向き直り、彼は嵐のように罵詈雑言を繰り出した。
「おい、そこの駄犬! くっせーぞ、風呂入ってんのか? それと後ろの眼鏡、クールぶりやがって、本当は眼帯女のデカパイが気になってしょうがねーんだろ、このムッツリスケベが! つか、なんだよ、眼帯女のデカパイ。巨乳はステータスってか。どうせおまえ夜な夜なおっぱい大きくする機械に吸わせてんだろ? このアバズレが!」
「な……、なんて口の悪い人なの?」
 唖然とする一人っ子に、アーサーはトドメの一撃を放った。
「ああ? うっせーぞ、クレーター胸! 何発隕石落ちたんだ? 完全にえぐれてるじゃねーか!」
 相手が黙り込んだので勝ち誇るアーサーだったが、四人の目は血走り殺意の波動に包まれていく。
 そこに飛んでくるセクシー看板、アルフレッドがタイミングを合わせようとするが、アイパッチは意外にも冷静に対応した。彼女が回避を促したおかげで、飛空艇は無事に散開。目標を失った看板は、アルフレッドの顔をかすめた。
「うわっ! あっぶないなぁ……、大丈夫かい、アーサー?」
 アルフレッドがアーサーのほうに目をやると、彼は四人に因縁をつけられている所だった。
「誰がクレーターよ!」と、一人っ子は氷術による吹雪で攻撃。
「俺は毎日シャンプーしてんだぞ!」と、絶滅しそうはトミーガンを乱射。
「許さない……、この鞭の餌食になるのよ」と、アイパッチは凝視。
「覚悟はよろしいですね」と、インテリは冷気を集中させて生んだ氷塊で、アーサーの頭をカチ割る。
 四人に袋だたきにされて、アーサーは文句を垂れ流しながら、雲の彼方へ吹っ飛んでいった。