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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第2回/全3回)

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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第2回/全3回)

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第五章 たいせつなもの

「ど、どれだけいらっしゃるのかしら? お姉さん、困っちゃうわ」
 遠慮なく振り下ろされる光条兵器の一撃をあたふたと避け、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は腕の中の美術品を抱え直した。
「構わないのですぅ。私たちまで囮になれるなら、カンバス・ウォーカーさんとセシリアの危険が減るのですぅ。パートナーを守れなくして何のための契約者の力なのですか! 盾になれるなら望むところなのですっ!」
 同じく美術品を抱えたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は満足そうに言って、軽く胸を張り、口元には笑みを浮かべた。
 その懐を狙う輝く刃をかわし、すぐ先の街路を折れる。
 わらわらと蒼空学園制服姿の剣の花嫁が続いた。
「それにしてもー、あとどれだけいるんですの? そろそろ限界かもしれませんわ」
 いよいよ困ったように、フィリッパの眉毛が下がった。
「少し、減ってもらいましょうか〜」
 メイベルが思案顔でウォーハンマーを取り出してみせる。
「だ、ダメですよ〜。カンバス・ウォーカー様とセシリア様の想いが無駄になってしまいますわっ」
「これはこれで、もどかしいのですねぇ〜」
 少しだけ眉をひそめるメイベル。
 グンっ!
 その目の端が、加速する剣の花嫁をとらえた。
 メイベルは反射的に美術品を強く抱え込む。
 標的を変更したのだろう、剣の花嫁がその脇を駆け抜けた。
「セシリアっ! 気をつけてっ!」 
 メイベルは、空に向かって警告の声を投げた。

「うわぁっ!」
 カンバス・ウォーカーの嬌声を引きずって空飛ぶ箒が一回転。
 その軌跡を追うように、輝く軌跡が空を切った。
「えいやー!」
 クラーク 波音(くらーく・はのん)は空飛ぶ箒の柄を握りしめ、斜め上方を見上げた。
「は、早く早くっ!」
 波音の後ろに乗っかったカンバス・ウォーカーが焦った声で急かす。
「待って待って! 重量オーバーなのっ!」
 二人乗りに加えて、カンバス・ウォーカーは複数の美術品を背負っている。
 一度地表近くまで下がってからよろよろと再び空に舞い上がっていく空飛ぶ箒に、剣の花嫁が跳躍。

「させませんっ!」

 ほとんどぶつけるようにして体を割り込ませたのはアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)
 さらに火術の威嚇攻撃で襲撃者を引き下がらせると、少々強引に空飛ぶ箒をターン。
「ねえ!」
 返事は保留して、アンナはさらに高度を稼いだ。
「ねえ! ねえ! ねえ!」
「どうしましたか?」
 真剣な顔で箒を操縦するアンナの耳元に、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)はためらいがちに口を寄せた。
「僕、降りるよっ!」
「ごめんなさい! 操縦、荒いですか?」
「そうじゃないけど! そうやって気を遣ってたら動きにくいでしょ?」
 言って、セシリアは飛び降りられそうな場所を探す。
「させませんっ!」
「え? え? 何言ってるのさ?」
「下の方が、危ないです」
 アンナの言葉に、セシリアは怪訝そうな表情を浮かべる。
「う、うん。それは知ってるけど……僕、囮だし」
「覚悟は買います。でも、無駄に危険に飛び込むことはありません。囮の効果は、十分に出ていますし」
「……」
「誰にとってもパートナーは大事です。メイベルちゃんからお任せされたんです。護って見せますよ――さあ、しっかり掴まっててくださいね」
 少しためらってから、セシリアはアンナの腰に手を回した。

「ララ? ララ? 聞こえてる? もう近いよ、準備はオッケー?」
 隙あらば制御から外れようとする箒を必死で押さえつけ、波音は携帯電話に声を放った。
『うん、え、どこどこ? ビルがいっぱいあってまだ見えないよ?』
 電話の向こう、ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)がきょろきょろと辺りを見渡しているであろう姿が目に浮かんだ。
「安心して、もうすぐ会えるよ。みんなはちゃんと集まってくれてる?」
『うん。彼方おにぃちゃんとテティスおねぇちゃんも準備バッチリって感じだよっ』
「そっか。それでね、ちょっと状況が変わったの……剣の花嫁いっぱい集まっちゃった。大丈夫かな?」
『う〜ん、ここ広いけど、入りきれるかなあ』
 若干ニュアンスを間違えたララの返事に、波音は少し困ったような表情を浮かべた。
『でも、きっと大丈夫だよ。た〜くさん、集まってくれてるもん』
「そっか」
 波音はちらりと背後を確認した後、カンバス・ウォーカーに向かってひとつ頷く。
 それから大きく息を吸い込んだ。
「じゃあ――行くよっ!」

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「はわわ、た、たくさん来たのですよっ! 1、2、3……8、9、10……た、たくさんなのですよっ!」
 メイベルや波音、カンバス・ウォーカー達に追いすがるように、広場になだれ込んできた剣の花嫁達を確認して、土方 伊織(ひじかた・いおり)はパタパタと手を振り回した。
「大丈夫ですよ、お嬢様。だからこその待ち伏せですもの」
 サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)は諭すように語りかけた。
「カンバス・ウォーカー様の想いを無駄にしない為、頑張りましょう」
「でも、雷術のビリビリはちょっとかわいそうな気もするのですよ」
「お嬢様……でも、きっと洗脳されたままの方が、もっとかわいそうですよ」
 サーの言葉を耳に、伊織はグッとその手に力を込めた。

「それで、動きを、止められますか?」

「はわわっ!」
 ぬっと、突然隣に現れた九条 風天(くじょう・ふうてん)の気配に、伊織は驚いて飛び退く。
 手に込めた力は、それであっさり霧散した。
 風天はその様子を不思議そうにながめる。
「何か?」
「と、突然現れるとビックリするのですよ!」
「ふむ、それは申し訳ありませんでした。ところで……剣の花嫁の動きを、止められるのですね?」
 風天は、冷静な表情でズイっと伊織に顔を寄せる。
「た、たぶんビリビリで痺れれば止まると思うのですよ」
「ふむ……では、お任せしますっ!」

 ダッと。

 少し考え込んだ次の瞬間には、風天は剣の花嫁に向かって駆け出していった。

「はわわわわわっ?」

 一瞬置いていかれそうになる脳みそに無理矢理命じて、伊織は雷術を発動。
 雷術はなんとか剣の花嫁をとらえ、その足を止める。
 迎撃のために震われた光条兵器が弱々しく震われるのを、悠然とかわしてのけた風天はそのまま剣の花嫁の額にかかっている額飾りを、素手ではじき飛ばした。

 ぐらり、と剣の花嫁から力が抜ける。

 風天はさらに追って、高周波ブレードを振りかぶると、華麗な動きで額飾りを切り砕いた。
 同時に、剣の花嫁が意識を失って倒れる。

 グッ。
 やはりあまり表情には滲ませず、風天は伊織に向かって親指を立てて見せた。

「あぶないっ!」
 遠野 歌菜(とおの・かな)は剣の花嫁の眼前で光術を発動、一瞬、その動きが精度を失った瞬間、グイとばかりに小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の襟首を引き寄せた。
 美羽はころりと後転、その頭上を光条兵器の輝きが駈ける。
「ちぇ、もうちょっとだったのに」
「もうちょっとで真っ二つだよ! もうっ! 無茶しちゃダメっ!」
 バッと身軽に飛び起きた美羽に向かって歌菜が厳しい顔を向けた。
 美羽はムッと歌菜の顔をにらみ返す。
「無茶は歌ちゃんの方でしょ? 傷だらけじゃんっ」
 先の先を駆使して動き回ったため、致命傷こそ無いが歌菜は目に見える傷を体のあちこちに作っていた。
「痛いでしょ?」
「痛くないよ」
 じーっと目を覗き込んでくる美羽に、プイッと顔を背けて歌菜は去勢を張った。
「がまんしてる」
「……してない……し、いいの。今はカンバスちゃんの決意の方が大事なの。洗脳なんて人の心を踏み躙る行為、絶対の絶対に許さないんだから」
「私だって一緒だもんっ。カンちゃんに危ないことなんてさせたくないから、こんなこと早く終わらせなくちゃっ!」

「終わらせましょうっ!」

 不意に響いた声に、歌菜と美羽が振り返るとベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が氷術を発動させるところだった。
 眼鏡の奥の目に力を込め、標的の姿を追う。
「止めますっ!」
 氷術は狙いを過たず、剣の花嫁の足下を凍り付かせる。
「ベアトリーチェさんも剣の花嫁でしょ?」
 ちらりと、歌菜は背後を確認。
「無茶しちゃダメだからね、美羽ちゃんに何かあったら、護れなくなっちゃうんだから」
「そんなの知ってるもん」
 プイッと、今度は美羽が顔をそらせた。
 歌菜は小さく微笑んだ。
 それから、表情を引き締めるとヒロイックアサルトを発動、さらに剣の花嫁動きを制限しにかかる。
 美羽はバーストダッシュを発動。
「ちょっとだけ、我慢してねっ!」
 スカートの裾をはためかせながら、豪快に蹴り足を伸ばした。
 
「テティスさんは私が全力で守りますから」
 十六夜 泡(いざよい・うたかた)はテティスを背中にかばった。
 その背中を、テティス・レジャは小さくだが、押し返す。
「大丈夫、私だって、戦えるわ」
「でも、テティスさんは剣の花嫁だわ。洗脳されるかもしれない、だから囮としてついて来てもらったのよ」
「もちろん。そして私は了承したわ」
 泡の言葉に、テティスは笑って答えた。
「ついてきてもらっておいて、もし洗脳なんてされたら、だいぶ忍びないのよね」 
 泡はぽりぽりと頬をかきながら、少し言いにくそうに言った。
「いいんじゃないか? 要するにテティスは自分の意思でここまで来たんだから、あんたが責任を感じる必要はないってことさ」
「あら、ちょっとパートナーへの危機管理が、甘いように感じられるけど」
 口を挟んできた皇彼方に、泡は半眼を返した。 
「なんだって!?」
 にらみ合う彼方と泡を、「まあまあ」とテティスが取りなした。
「じゃあ忠告しておくわよ。ここまで引っ張ってきておいてなんだけど、場合によってはテティスさんだって遠慮なく気絶させるから、覚悟してね」
 テティスはそれに黙って頷き。
「そもそも、そんな事態にさせてたまるかっ」
 彼方は口をへの字に曲げた。
「上等だわ」
 ニッと笑って、泡は両の拳を打ち合わせた。

『わっ!』

 光学迷彩を解いた瞬間目に飛び込んできたものを確認して、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)は腕に、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は手にした高周波ブレードに、それぞれ急制動をかけた。
 力を失ったナナの手は空を掴み、アリアの刃はナナの脇に落ちた。
 その声で、標的にしていた剣の花嫁が振り返り、光条兵器を発動させる。

「光の精霊よ、集いて全てを包む閃光となれ!」

 ズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が光術を発動。
 剣の花嫁の鼻先で瞬いた光が、迎撃の手を怯ませる。
「まったく、なにやってるのさ、ナナ」
「事故ですっ! 光学迷彩の事故!」
 ズィーベンに答えておいて、ナナは剣の花嫁に向き直る。
 体勢を立て直したアリアが光条兵器をかいくぐり、高周波ブレードを構えるのが見えた。
 アリアは体を旋回。
「ごめんね、ちょっとだけ痛いよ」
 鞘をかぶせたままの高周波ブレードで、剣の花嫁の首筋を打ち据えた。
 ナナは即座にダッシュ。
 がら空きになった剣の花嫁の額から、機晶石をもぎ取った。

「それで操ってるんだ」
 ナナの横から興味深そうなズィーベンが顔を覗かせる。
「そうなんでしょうね、大したものには見えませんが」
 ナナは眉をひそめてみせる。
「それより、命令の内容だよ。何で美術品? 100万体でも破壊したら、女王器が出てくるのかなぁ?」
 ナナは肩をすくめてみせる。
 そこへ、
「それ、もらえないかな」
 アリアがナナに声をかけた。
「あ、さっきはごめんなさいっ! 見えなくて」
 アリアは、ナナが、さっきぶつかりそうになった相手だと気付いて頭を下げた。
「いえ、混戦時の光学迷彩には注意が必要ですね。こちらこそすみません……それで、この額飾りですか」
「うん」
「……まさか、悪用しませんよね?」
 少し言いにくそうに、だがナナは質問を口にした。
「し、しないよ! 蒼空学園に戻って、ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)さんに提出するのよ。仕組みが分かるかもしれない」
「ちょっとまって下さいー」
 そこへ、リィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)の声が割り込んだ。
「それは、こちらに渡して欲しいのですー」
「な、なんでよ?」
 アリアは突然現れた小さな魔女を見下ろした。
「イルミンスールに持ち帰ってアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)さんに見てもらうのです。その方が確実なのです」
「通信や機械に精通してるルミーナさんの方が適役だわ。それに……今回の騒ぎ、空京の人たちの目には『クイーン・ヴァンガードが学生を襲っている』とも取られかねないし。学校やクイーン・ヴァンガードの評判が落ちるのを防ごうとしたら、無実を証明できる物を持ち帰らないだわ」
「イ、イルミンスールだって騒ぎに巻き込まれているのです」
 リィムは小さな体で、目一杯胸を反らしてみせた。

「ほう。これが話題の」

 にらみ合う二人の上から、スッと長い影が差し、影から伸びた長い腕がひょいと額飾りを取り上げた。
 蒼空学園とイルミンスール魔法学校の代理戦争の様相を帯びてきたアリアとリィムのやり取りを遮ったのはアーキス・ツヴァインゼファー(あーきす・つゔぁいんぜふぁー)だった。
 額飾りを空にかざし、しげしげと眺める。
「機晶石……いまだ未知の物質か。研究のしがいはあるな」
 アーキスはひとしきり額飾りを裏表、とひっくり返してみてから、口を開いた。
「これ、クイーン・ヴァンガードの施設かヒラニプラの施設で研究するというのはどうだ?」

「……」

「第三勢力登場です!」
「ダメに決まってるじゃない!」
 リィムとアリアが悲鳴に近い抗議の声を上げた。

「そうか。残念だ」
 言って、アーキスががちゃりとスナイパーライフルを構えた。
 その場にいた全員が、慌てて迎撃の態勢を取る。
「さっきから、落とし穴や仕掛け網を用意して回っておいた。狙いはもちろん洗脳された剣の花嫁」
 アーキスはぐるりと広場を指差してみせる。
「協力する気はないか? この額飾りが必要なら、必要な数だけ手に入れるのが現実的な話だろう」

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 一瞬の、隙だった。

 広場におびき出した剣の花嫁との戦闘は、混戦の様相を呈しながらもクイーン・ヴァンガードやカンバス・ウォーカーの護衛を買って出た生徒達の狙い通りに収束しつつあった。洗脳されていた剣の花嫁達はあるいは額飾りを破壊されることで、あるいは気絶させられることで、それぞれに正気戻され、今は多くが介抱される側に回っている。

 だから、一瞬の隙だった。

 物陰から一気に飛び出してきて、一気にテティスに接近してきたマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)
 そしてその手がテティスの額に取り付けた、鈍い輝きを放つ機晶石。
 彼方はもちろん、テティスの周りにいた生徒達全員が、あまりのことに絶望の表情すらとりそこねてただ、テティスの額に釘付けになった。

 が、しかし。

 テティスは額の飾りをこともなげにあっさり外してのけると、無造作に放り捨ててしまった。

「俺、ちゃんと付けましたからねー」
 ひょいひょいと、バックステップ。
 テティスから距離をとったマッシュは、つい直前まで浮かべていた愉悦の笑みをさっさと取り払い、抑揚のない弁解の言葉を吐き出した。
「なるほどな。同じ十二星華を易々と洗脳するのは、無理と言うことなのだな」
 シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)はやれやれと肩をすくめてみせた。
「アハッ、それ傑作ですよ、シャノンさん……ん? ってーことはあの機晶石、俺欲しいですよ! 拾わなくちゃ」
「無理であろうよ。一回きりの使い切り――ティセラはそう言っていたではないか。だからティセラは自分が洗脳した剣の花嫁達には複数のスペアを持たせておいた」
「なぁんだ、もったいないですねぇ」
 マッシュは、新しい遊びを取り上げられてしまった子供のような顔で天を仰いだ。
「ティセラの交渉に、神経を使った接近……ふむ、この結果は労苦に見合わなかったな。これならティセラのところで会った吸血鬼嬢メニエスのように、手頃な標的を見つけた方が良かったのかもしれん」
「俺が剣の花嫁じゃなくて残念でしたね」
 マッシュは愉快そうに笑った。
「ところで――」
 マッシュはそこで、周囲を伺うようにグルリと首を巡らせた。
「――なーんか空気重いですよ? 周り全部敵だらけ、みたいな」
「それはそうだろう? ゆえに背徳は蜜の味なのだから――しかし、ま、ここは逃げるのが得策であろうな」
 バッと、二人はその身を翻した。