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chapter.3 2日目・探訪者
翌日になっても、生徒たちの元団員捜索は続いていた。
蜜楽酒家の一角で、森崎 駿真(もりさき・しゅんま)とパートナーのセイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)は元団員を探しつつ、解散してしまったヨサーク空賊団について話をしていた。
「セイ兄……オレ、同じ釜の飯を食ったみんながバラバラになるなんて淋しい。一生懸命抜けてった人たちに頼み込んだら、戻ってくれないかな」
「元団員をうまく説得出来るといいね、駿真」
普段はヨサークのことを快く思っていないセイニーだったが、ことがことだけに今回は大人しく、気持ちを荒らすことなく駿真の手伝いをすることにしたらしい。それは既に団員である駿真の気持ちを推し量ってのことかもしれないし、ヨサークという人間を踏み込んで知る良い機会だと思ったからかもしれなかった。
なんだかんだで空賊が寄り集まりそう、ということで彼らはここで昨日から探し回っていたのだが、今のところ収穫はなかった。のだが、しばらくして駿真は、見たことのある顔を発見した。酒場の2階で軽く酔っていたその男に駆け寄り、駿真は話しかける。
「なあ、オレのこと憶えて……はなくても良いけど、アレだよな? ヨサークの兄貴の船に乗ってた人だよな?」
男は気だるそうに顔を向けると、返事をした。
「んん……? 誰っすか……?」
ぼんやりとした目で駿真を見る男。既に結構な量の酒が入っているようだった。
「オレ、ヨサーク空賊団に入れてもらったイルミンスールってとこの生徒だけど……おじさんはあそこにいた人だろ?」
「あー、あのいっぱいいた生徒さんたちのひとりっすね。自分はそうっすよ、元団員で整備とか修理の仕事してたカーボスってモンっすけど……」
そこまで聞き、ようやく男は目の前の少年のことが分かったらしい。理解を示すと同時に、簡単な自己紹介も済ませた。
「やっぱり、元、なのか……なあカーボスおじさん、空賊団やめちゃったのって、流れで……とかいうこと、ないかな?」
「……まぁ、周りがバタバタやめてったからってのもなくはないっすけど、なんすかね……自分、全然女にモテなくて、頭領とは通じるものがあるって思ってたんすよ。けど頭領、あの芸者と普通に話してるし……ちょっとだけがっかりしたっていうか」
「なるほどね。でも、最初は彼を信じていこうと思っていたんだよね? ならもう一度、信じてみても良いんじゃないかな」
セイニーが軽く愚痴を聞いてから、そっと言葉をかける。
「もし本当に見切りをつけてるなら、別の空賊団に入るなり何なりしているはずだよ。何より、君はまだ彼を頭領と呼んでるじゃないか」
「そうだぜ、それにがっかりしたのはちょっとなんだろ? オレ、団員になって、みんながいたからあの船も動いてたっての見てきたから分かるんだ。そのくらいで船を降りちゃったら、船も淋しがるだろうなって思うぜ」
駿真は熱く語った後、「けど」と言ってから真面目な顔つきでカーボスにお願いをした。
「それでも、どうしても戻ることが出来ないってなら、せめて置き土産として、やってた仕事をオレに教えてくれないかな。オレ、団員としてヨサークの兄貴の役に立ちたいんだ!」
言い終えて頭を下げる駿真を、カーボスは複雑な心境で見ていた。仕事について勉強し、自分が出来そうなら自分が、他に向いている人がいるならその人に伝達を。もしあの船独特のやり方や船自体に癖があるなら、いざという時のために知っておきたい。純粋に団員として役割を果たしたいという思いで言った駿真の言葉は、その純粋さゆえカーボスの心を揺さぶった。
「……他の機関士や整備士、船大工たちに連絡をとってみて、話してはみるっす。けど、そこからどうなるかはまだ分かんないっすよ」
それが、カーボスが今言える精一杯の答えだった。それでも駿真とセイニーは望みが繋がったことに少しほっとしたのだった。
彼らと同じように、酒場内で元団員を探していた者がここにもひとり。セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)は数枚の紙を見ながら酒場の3階をうろついていた。
「私に、空賊の人に話しかけろなんて冗談と思っていたら、本気だったんですね……そもそも、私は一切面識がないのに、探し出せという方が無茶な気も……」
どうやらセーフェルは、身内に無茶振りをされ泣く泣く人探しをしているらしかった。一応その手にある紙にはセーフェルの身内の者が描いたと思われる団員たちのイラストが載っているが、これがどれほど捜査の手助けになるのかは甚だ疑問だった。それでもセーフェルは、どうにか自分の任務をこなそうとそれっぽい人物に勇気を出して声をかけてみる。
「あの、すいません、ヨサーク空賊団の方……ですか? あ、違うんですか、はい、はい、すいません、失礼しました、はい……」
どうやら人違いだったらしい。平社員ばりの低姿勢でぺこぺことお辞儀を繰り返すその姿は、どこか哀愁が漂っていた。
「ふたりとも、お願いですから早く合流してください……」
泣きそうな声色でぼやくセーフェル。その願いは、すぐに叶えられた。
「待たせたな、セーフェル」
「どうだ、団員のひとりかふたりはもちろんもう見つけ終えてるだろうな?」
背後からセーフェルに声をかけたのは、セーフェルの契約者、和原 樹(なぎはら・いつき)と樹のもうひとりのパートナー、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)だ。
「や、やっと来てくれたんですね! というか、これだけの手がかりでは見つけられないですよ……!」
「なんだ、まだ見つけていないのか? まったく……」
フォルクスに軽く野次られ、セーフェルは肩をすぼめた。と、セーフェルの持つ紙に描かれている人物と思しき男を、セーフェルを挟んで向こう側に樹が見つけた。
「あれって……」
樹は確かめるよりも先に、足を動かしていた。そして、すぐに口も。
「なあ、ヨサークさんの船に乗ってた船員さん、で合ってるか?」
それからフォルクスとセーフェルも駆けつけ、3人で話を聞くとその男が元団員のひとりだったということが判明した。男の名はセロウリ。船医のポジションについていたらしい。セーフェルが注いだお酒をくい、と飲み始めると、セロウリは自分から空賊団にいた時のことを語り出した。
「僕は船医として、何度もあの人の怪我を治療してきたんです。いや、あの人だけじゃなく、他の団員たちだって。だから僕は、みんなのことをよく分かっているつもりでした。けど、今回のことでよく分からなくなってしまったんです……」
「それは、ヨサークさんが? それとも周りが?」
「それも分かりません。どっちなのか、あるいは両方なのか」
「……船員さんから見て、ヨサークさんはどんな人?」
セロウリの話の続きを促すように、樹が尋ねる。
「あの人は……」
一瞬言いよどんだセロウリを見て、樹はこれまで自分が見てきたヨサークの印象を独り言のように喋り始めた。
「ヨサークさんって、口が悪くて、たまに少し鈍感だったりするけど……でも、男らしくて良い人だよな。ついていきたい、支えてあげたい、って思えるくらい」
黙ってその言葉を聞いていたセロウリの視線を受け、樹も今度は彼の方を向いて言った。
「色々迷ってるみたいだけど、本当はセロウリさんだってそう思ってるんじゃないか?」
「だとしても、今さら戻るのは……」
「……ロスヴァイセ襲撃の話は耳にしたか? あの船長もその場に行くということを含めて、だ」
はっきりしない態度のセロウリに、フォルクスはそう話を持ちかけた。
「多くの空賊が参加するであろうから、あの船長といえども抑えきるのは容易ではないだろうな。だが、そこに貴殿らが颯爽と駆けつければ、貴殿らの力を見直し、必要であることが分かるだろう。それに、あれは船長だけでなく貴殿らの船でもあるのではないか? それを新入りや学生だけに任せておいて良いのか?」
「フォルクス、ちょっと言い方がキツくないか?」
「こういう時はこのくらい言ってやった方が良いのだ。さて、我らが言うべきことは言った。行くぞ樹、セーフェル」
フォルクスはやや強引に話を打ち切り、ふたりを連れてセロウリの前から去った。彼にひとりで考える時間を与えようという配慮なのかもしれなかった。あるいは、ここから先はなるようにしかならないと踏んだのか。
「それにしても、なんともはっきりしない、ふわついた返答が多かったな。そもそも、抜ける理由とはあのような曖昧なものなのか?」
セロウリと別れたフォルクスが呟くと、樹は心配そうな様子でその言葉に反応した。
「まぁ、たまにはそういうこともあるのかもな。今まで近くに居た相手が急に遠く感じたり、置いてけぼりを食らったような気がしたり。けどそう感じるのってたぶん、結局はその相手のことが好きってことなんだ。好きだからこそ、自分の知らない人になっちゃったみたいで淋しくなるんだ。ただ、今回のはちょっと唐突な気もするけど……」
「何か、私たちが知らないようなところで不満でも持っていたのでしょうか……」
セーフェルがふたりの会話に混じり、団員たちの気持ちを推し量る。しかし当然、フォルクスの感じた疑問にも、樹が抱いた心配にも、セーフェルの推測にも答えは出ず、また出せる者もここにはいなかった。
駿真や樹たちが元団員の捜索を行っている一方、同じ蜜楽酒家ではアルバイトに励む数名の生徒の姿があった。前日マダムに酒場で働くことを申し出たリカインとケイ、カナタにサレン、ヨーフィアに加え小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)も新たにアルバイト仲間として、ここで忙しなく動き回っていた。
「おーい、姉ちゃん、酒追加で頼む!」
「こっちはワインをもらおう」
あちこちから掛かる声に少しだけ毒を吐きつつもオーダーをとっていたのは、リカインだった。
「もうちょっと楽かと思ってたけど、結構大変な仕事なのね」
しかしその多忙さを代償として、彼女はここで流れる噂や空賊たちの現状を少しずつ把握し始めていた。
どうやら空賊たちの中には元々義賊として同業者を討っていたフリューネをあまり快く思っていなかった者や、そんなフリューネがユーフォリアを自分のものにしたことに不満を持った者もいるらしい、ということを彼女は知った。今回のロスヴァイセ家襲撃事件はおそらく、それらが徐々に広まっていったものなのだろう。リカインは自分なりにそう判断していた。
「あとは、セイニィに関する噂が聞けたら、ロスヴァイセ家があるっていうカシウナの街に行こうかな……そういえば、フィス姉さん、騒ぎとか起こしてないかな」
ふと自身のパートナーのことを思い出し、リカインは酒場を見渡す。するとフィスと呼ばれた彼女のパートナー、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が視界に映った。シルフィスティは、酒場の隅の方で何やら物色しているようだった。
「復活したは良いものの、記憶がはっきりしないってのはあんまり良い気分じゃないのよね。せめて、何かきっかけになりそうなものがあれば……」
酒場内に置いてある古そうな骨董品や装飾を見ては触り、見ては触りを繰り返している。
「……まあ、問題になりそうな感じじゃないし、いいかな」
それを見てリカインは、出入り禁止にはならなさそう、と断を下しウエイトレスの仕事へと戻るのだった。当のシルフィスティはと言えば、古王国時代の物品がないかチェックに余念がなかった。
「まったく、忘れたい記憶だけは残ってるのに。ロスヴァイセ……そもそもこんな姓じゃなければ……」
ロスヴァイセ。それは言うまでもなく、フリューネやユーフォリアの持つ姓である。どうやら彼女の口ぶりから察するに、同じロスヴァイセの姓を持つ古代のヴァルキリーとして彼女は、英雄と呼ばれたユーフォリアに嫉妬心を抱いているのかもしれない。もっとも、昔ユーフォリアと直接何かがあったという事実があるわけではもちろんなく、ユーフォリア本人も彼女のことなど知ってはいないだろう。シルフィスティはその強すぎる嫉妬心――あるいは劣等感や憧れを過去の記憶と混同し、誤認していたに過ぎない。
ただ彼女にそれを自覚する術は今のところなく、ただ懸命に酒場で古王国に繋がるものを探し続けているのだった。
「あ、フィス姉さんは良いとして、あいつの方はどうかな……」
リカインはもうひとりのパートナー、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)がいるテーブルに目を向けた。アストライトはクイーンヴァンガードのエンブレムを見せながら、機嫌よさそうに空賊とドリンクを飲んでいた。
「ニーチャンたち、景気はどうよ? え? そんな良くないって? じゃあ俺と一緒だなぁ」
どうやらアストライトは、空賊たちと身の上話をしているようだった。
「見ての通り俺はクイーンヴァンガードってヤツなんだけどさ、なりたての下っ端なんだよな。まったく、色々厳しい世の中だよな。そう思うだろ?」
良く言えばフレンドリー、悪く言えば馴れ馴れしい態度を取るアストライトだったが、空賊たちは基本的に「ちっちゃいことは気にするな」主義だったので特に悪い印象も持たれていないようだった。
「でも、いつか必ずのし上がってやるからさ、今から俺と仲良くしとかねえ? 損はしねえと思うぜ」
「ははは、おもしれえ野郎だな」
本気でアストライトの言葉を受け取ってはいないだろうが、やや気を許した感じになる空賊たち。そんな様子を察すると、アストライトは自然に話題を酒場にいる芸者へとスライドさせた。
「そういや、あそこにいる芸者のネーチャン、キレイだよなぁ。もっと上の階級になれたら、ああいうネーチャンとも飲めたりすんのかな。なあ、ニーチャンどう思う?」
「ああ、ザクロ姐さんか。彼女は人気者だからなぁ……まずは立場よりも金じゃねえか? ははっ」
空賊がそう言ってザクロの方に目を向けると、同じようにアストライトもザクロの方を見る。彼女のその美しさは、彼ら以外の視線も集めていた。アストライトのように酒場で飲んでいたヤマ・ダータロン(やま・だーたろん)も、視線を奪われたひとりである。彼は契約者の夜麻が元団員の捜索や説得に励む一方で、ひとり酒をあおり飲んだくれていた。
「ヨサークが信頼なくしちまうのもなぁ……分かる気がするわ。嫌い嫌い言っといて、さんざん女に言い寄られやがって。その上今度は和服美人かよ! あんたの嫌いは好きって意味かよクソッ! モテモテのヨサークさんは、さぞバレンタインのお返しが大変だっただろうなあ! けっ、ペッ! どうせアレだろ? お返しは俺のサツマイモだとか言ってまたキャーって言われてんだろ? 畜生!」
既にその顔が赤いことから、大分飲んでいるのだと推測出来た。元々ひがみ精神の強い彼は、完全にヨサークに嫉妬していた。
「俺はどうせカバだよ! けどなあ、カバだってイモ育てる時もあるんだよ! 畜生、俺のイモも誰か口にしろよ!」
ギリギリ焼酎の話題に取れなくもないが、流れ的には完全にアウトである。しかしそんなことはお構い無しに、ヤマは悪酔いを続けていた。これには周りの空賊も若干ひいているようだ。けれども中には心優しい空賊もいるらしく、ヤマに声をかけてきた。
「まあまあ、ヨサーク空族団も解散したって言うし、そう荒れんなよ」
「ザクロの姉貴が誰かとくっついたって話は未だに聞いたことねえから、ヨサークだってそのうちきっと飽きられるさ」
慰められたヤマは、うっすら涙目になっているような気がした。ヤマは少し瞼を下ろしかけたその目で、ぼうっとザクロの方を見つめる。
「泣きボクロ、うなじ、露出し過ぎないはだけ方……最高じゃねぇか、クソっ……」
当然だが、カバからそんな言葉と視線を送られていることにザクロは気付くはずもなかった。
また、バイトしていた生徒の中にも、ザクロに視線を注ぐものはいた。
ケイとカナタは空賊たちに酒を届けながらも、ちらちらと彼女の方を見ていたのだった。
「あれ、もうお昼過ぎかい。ほら、疲れただろう? 休憩に入っておいでよ」
マダムからタイミング良くそんな声が掛かり、カナタはケイを誘い出した。
「ケイよ、今ならばたっぷりと話せるに違いないぞ! あの芸者のところに行くのだ」
心なしかいつもより少しだけテンションが高めに見えたカナタの後に、ケイが続いた。日本生まれ、日本育ちのカナタにとって、興味深いのも自然なことなのかもな。そんなことを思いながら。もっともそれはケイも同じで、これまで何度か空賊と関わった経験があるケイが、その空賊たちの集まるこの場所に来た時点で幾分好奇心を刺激されていたのもまた自然なことだった。
そんなふたりがザクロに話しかけると、ザクロは薄く笑って応じた。
「ああ、ここで新しく働き始めた子たちだね。小さいのに偉いねえ」
齢千を超える魔女であるカナタだったが、あえてそこには触れなかった。そういうことにしておいた方が、色々とストレートに話を聞けると思ったのだろう。
「おぬしも、ここで働いておるのか?」
「働いている、っていうよりは流れの芸者ってとこかねえ。たまたまここに置いてもらって、たまたま旦那たちに可愛がってもらってるだけさ」
「なるほど。いや、日本独特の職である芸者がこのような場所で働いているというのが興味深くての」
ザクロへの興味を示したカナタに、彼女は笑って言葉を返す。
「ふふ、和服を着ているお嬢ちゃんだって似たようなもんじゃないのかい」
そう言われるとカナタは「む……」と自分の着ている服を見下ろし、次の言葉を出しそびれた。代わりに、ケイが今度は話しかける。
「それにしても、すごい人気があるんだな」
気付けば周りには、ザクロ待ちと思われる空賊たちが群がっていた。どうやら彼女を長く引き止めることは難しいようだった。
「嬉しいことだねえ。お嬢ちゃんたちも、可愛いからすぐに人気者になれるさ」
笑って茶化すザクロ。もういちいち否定することを止めたケイは、そのまま次の言葉へと繋いだ。
「そういや、ヨサークって空賊についてだけど……」
「おい嬢ちゃんたち、そろそろ代わってくれよ、姐さんに酒注いでもらいてえんだからよ」
が、それは他の空賊によって遮られてしまった。ザクロは扇を軽く扇ぎながら、小さく手を振った。
「お嬢ちゃんたちの休憩時間も、そろそろ終わりだろう? あたしは旦那たちの相手に戻るから、お嬢ちゃんたちも仕事にお戻りよ」
そして、半ば強制的に会話は打ち切られた。ケイとカナタは不完全燃焼ながらも、ザクロとの接点を持てたことにはある程度の満足感を覚えたようだった。
ケイやカナタとの会話を終えたザクロは、相変わらずの人気で酒場を訪れた客にもてはやされていた。が、その一方でザクロとは別系統で注目を集めている女性がいた。それは、ケイやリカイン、美羽たち同様にバイトをしていたサレンとヨーフィアである。これまで際どい水着などで肌を露出させていたふたりだったが、今回は少し趣向を変えたようだ。酒場でウエイトレスをするためヨーフィアがサレンに用意した衣装は、なぜかセーラー服と縞模様のニーソックスだった。それ自体はありえなくはない話かもしれないが、ありえなかったのはそのスカートの丈である。マイクロミニを超えるミニ、言うならば「ほぼ見えミニ」だった。ほぼ見えミニとは、僅かに腰を傾けただけでもパンツが見えてしまうほどのミニのことである。
「ヨーさん、このスカートちょっと短くないッスかね……ちょっと動いたらもう見えちゃいそうッスよ」
さすがのサレンも疑問を持ったが、ヨーフィアは毅然とした態度で答えた。
「何言ってるのサッちゃん、そのくらいじゃないと目立てないじゃない」
「え、目立つ……? 私たち、ザクロさんの身辺を調べるためにここでバイトするんだと思ってたッスけど……」
「そうよ、そのためには男たちをこっちに注目させて、虜にさせた上で情報を聞きだす必要があるのよ!」
「なるほど……そういうことだったんスね! そうと分かれば張り切って頑張るッスよ!」
あまり筋が通っていない理論ではあったが、その勢いにサレンはつい納得してしまった。一応言っておくが、彼女は羞恥心がゼロなわけではない。ただちょっと頭が弱かっただけなのだ。ちなみにヨーフィアの服装はいつもの踊り子の衣装ではなく、サレンとお揃い、をテーマに制服にしたようだ。セーラー服を着ているサレンに対しヨーフィアはブレザー着用なのだが、上着を脱いで上の方のボタンも外しているため、結局そこそこの露出度になってしまっていた。さらに彼女の恐ろしいところは、下半身には黒タイツを着用しており、上半身と下半身で露出にメリハリをつけている点だ。オープンな上半身と、どこかインモラルさを感じさせる下半身。そのコーディネートは抜群のプロポーションをより強調させ、酒場にいた一部の男性の視線を釘付けにした。
「……素晴らしい」
これには空賊だけでなく、酒場でペンを片手に何か文章を書き綴っていた地球人の男ですら、そのあまりに綺麗な脚線美に見とれて思わずそう言葉を漏らしたという。彼が何者なのかはよく分からないが。
「ねーちゃん、こっち向いてくれ!」
「ひゅー、絶景だぜ!」
そして、次々に掛かる男たちの声に、すっかりヨーフィアは気分を良くしていた。
「あぁ……目立ってる、今私目立ってるのねっ!」
「ヨーさん、生き生きしてるッスね。私も負けてらんないッスよ!」
サレンもヨーフィアのテンションに引っ張られるように、その体を激しく動かしていた。最終的にふたりは、視線を集めることに夢中になり過ぎてザクロへの接触を完全に忘れていた。
「あの子たち、やけに張り切ってるけど、そんなにお金に困ってるのかねえ……」
ただ、そのザクロからは見事に見られており、ばっちり顔を覚えられたようだった。ザクロは周りを囲む空賊たちにお酌しながら、「あんたたちも、あたしに貢ぎすぎたらあのくらいおかしくなっちまうのかもねえ」と軽口を叩いていた。
◇
蜜楽酒家と船着き場を繋ぐ道。
「襲撃の日取りはそう遠くねえはずなんだ。それまでにどうにかしてある程度の数を集めねえと……」
ヨサークが呟きながらそこを歩いていると、目の前から団員がやって来るのが見えた。と言っても、去っていった元の団員ではない。ここ最近で加わった、生徒団員である。戦艦島からその一員となったラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が、ヨサークに話しかける。
「おう。頭領、何か大変そうだな!」
団員である彼は、頭領、そして空賊団の危機を耳にすると助けとなるべく馳せ参じたのだが、普段より覇気の感じられない彼を見ると彼の分まで元気さを出さんと、明るい調子で声を発したのだった。
「何かすっげぇ計画立ててるらしいな? おっさんも団員として付き合っても、いいよな?」
「お、おう。さすが男は違えな。ちゃんと約束を守ってくれる」
ラルクは、そのセリフを聞いて少し安心した。それは昨日の終夏と同じで、ヨサークがそこまで変貌していなかったことを知れたからかもしれない。が、同時に不安も覚える。やはり、どこかいつもの強烈な気勢が薄れている。と、その時、そんな雰囲気を吹っ飛ばすように、無邪気な声が響いた。
「パパ、会いたかったよ!!」
ぎゅむっ、とヨサークに突然抱きついたのは、「ちぎのたくらみ」によって8歳児へと姿を変えた譲葉 大和(ゆずりは・やまと)だった。もちろん、お馴染みとなったメイド服を着て、リボンをつけるのも忘れてはいない。さらに今回は、事前に『男の娘になろう!』という本を読んで心構えを学習をしてくるという用意周到さだ。おまけに化粧もばっちり決めており、回を追うごとにその悪ノリっぷりは加速していた。しかし、奇跡と言うべきか否か、幼い姿となった大和はいつものドギツい女装をした変態ヤマコではなく、可愛い女の子の姿をしていた。どうやら幼い頃子役としてスカウトされただけあって、幼少時の可愛らしさは本物らしかった。
「……おいメスガキ、勝手に飛び込んでくるんじゃねえ。水泳選手かこら」
当然、女の子に見られた大和はヨサークから引き剥がされる。皮肉にも、スキルを使ったことにより女装が成功し、ヨサークの反応が冷たくなってしまったのだ。しかしここまでは、大和の想定内であった。と言うと聞こえは良いが、単純に彼は自分の女装がイケてるとずっと思い続けていただけだった。それが今回はたまたま上手いことハマっただけの話である。ともあれ大和は大人しくスキルを解除させ、元の姿へと戻ることで正体を明かした。
「おめえは……あの谷で俺を庇った……生きてたんだな」
そう、ヨサークと大和が最後に会った時、大和は敵の攻撃からヨサークを守り雲海へと沈んでいたのだ。
「ヨサークさん……お久しぶりです。また再び生きて会うことが出来て嬉しいです」
少し照れた素振りを見せて、大和が言う。もしかしたら彼が最初に姿を変え茶化すような形で声を掛けたのは、そんな気恥ずかしさからの行動なのかもしれなかった。
「今度こそ何のしがらみもなく、貴方と、貴方の空を守るカカシとしてそばに置かせてもらいに来ました」
すっ、と軽くお辞儀をして大和はヨサーク空賊団の団員であることをアピールした。ヨサークはそんな大和、そしてラルクを見ると、さっきよりも声のトーンを僅かに上げた。
「おめえら……そのためにここに来たっつうのかよ」
ラルクが、笑いながらヨサークに近付くとその肩をポンと叩いた。
「ほら、頭領はいつもみたいにビシ、っと決めてくれよな! いざとなったら俺たち団員がそれを支えるからよ!」
「へっ……一丁前な口利きやがって……よし、おめえら、こっから新生ヨサーク空賊団立ちあげっぞ! Yosark working on kill!」
「Hey,Hey,Ho!」
一気に盛り上がりを見せる彼らのところに、こっそり様子を見ていた大和のパートナー、きゃぷてん レインボゥ(きゃぷてん・れいんぼぅ)が飛び出してきた。
「それがうわさのカケゴエってやつか! てことはオマエが、あたいのライバルである大和がそんけーしてる、きゃぷてんヨサークだな!」
精一杯胸を張り、偉そうにヨサークを見るレインボゥ。なお蜜楽酒家近くで生まれたらしい地祇である彼女は、空賊に憧れを持っているのかキャプテンを名乗っているが、その意味は本人もよく分かっていないようだった。つまり単純に言うと、ちょっと頭の弱い子らしい。掛け声にヨサークというフレーズが入っているのに「オマエがヨサークだな」などと言っている時点で、その馬鹿っぽさは一目瞭然である。しかし彼女は、自分の頭の弱さを理解していないようだった。その辺りも含め、そういう子なのだろう。
「どう見ても、あたいのが賢そうなんだぜ! けど大和がそんけーしてるって言うなら、きゃぷてんのあたいもきゃぷてんの仲間になってやってもいいんだぜ!」
「……空賊になりたいという気持ちだけは本物のようですので、どうかヨサークさんの近くに置いてやってください」
大和のフォローが功を奏したかは分からないが、ひとりでも多く団員を掻き集めなければならないヨサークにとって、男女で選り好みしている余裕はなかった。
「言葉遣いからして耕してやりてえが、状況が状況だ……臨時団員として認めてやる。おめえら、最低でも15人くれえは集めんぞ!」
来るべき襲撃の日に備え、ヨサークは新生空賊団をつくりだそうとしていた。
新生ヨサーク空賊団、現在3人。
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