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第一章 花粉注意報!


 春が近い蒼空学園の校舎内をクイーン・ヴァンガードのアシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)が白いマスク姿で歩いている。だが、給食係や掃除当番というわけではない。
 いつもは目立つように揺れているツインテールの黒髪も、今日はどことなく元気がないのは、彼女が眉を八の字に寄せ、時折ズズズッと鼻をすすっているためであろうか?
 いつもと違うのは、蒼空学園も同じであった。
 教室からは稀に発作的な爆音が上がり、其の後一瞬遅れて何かがぶつかり合う音、生徒の悲鳴が聞こえてくる。
「今日は相撲部もお休みじゃな。こう鼻がムズムズしては……」
 そう呟くアシュレイが、日々見慣れている廊下の掲示板を見ると『百年草狩りへ行こう! 御神楽 環菜 VSエリザベート・ワルプルギス 』と、原色をど派手に使ったポスターが貼ってある。昨日までここの場所には、『エイプリルフールに恨みがあるヤツ、集まれ! by四月馬鹿問題研究会』というポスターがあったのだが、どうやら撤去されたらしい。
 もちろん、どちらも生徒会の公認を示すハンコなどは無い。
 ポスターを、やはり眉を八の字にして見るアシュレイ。
「わしには興味ないのう」
 と、冷ややかに笑うアシュレイ。
「ヘックッショーンッ!!」
 くしゃみをしたのは、彼女の近くにいた生徒である。
 風圧にアシュレイのスカートがふわりとめくれあがる。
 「見た?」ではなく、「拝観料を頂戴します」と言える位に。
「……」
 口の端がピクッピクッと揺れるアシュレイ。
「あー、ったく、くしゃみ止まらねえっての」
 アシュレイは、彼女の横を通り過ぎようとする生徒に向けて、マスクを指でちょいとずらし、顔を歪ませた後、
「ヘーーックションッ!!」
 まき起こる一方通行の突風。
「おわああぁぁぁああ!?」
 廊下の奥まで吹き飛ばされていく生徒を確認して、アシュレイはまた廊下を歩き出す。


 ツァンダの街の近くの山。晴れた日の登山道は道もそこそこ整備され、少し山登りを楽しみたい人には人気がある。
 そんな道中でセイバーの白玉 あんこ(しらたま・あんこ)が半べそをかきながらカルスノウトを構えると、彼女の横で剣の花嫁で僧侶である牛皮 きなこ(ぎゅうひ・きなこ)も、メイスを構えて、目の前の敵との戦闘態勢に入る。
「あーん! もう、百年草で花占いしようって思っただけなのに、何でこうなるのー!? きなこ、どう思う?」
 きなこは、咥え煙草を揺らしながら、ジト目であんこを見つめる。
「とりあえず、これ、倒してからにしない? ……て、あんた、泣いてるの? 怖いの?」
「違うよ、この山に入ってから、涙と鼻水が止まらないのよ」
 鼻をチーンと噛むあんこ。
「……何だ、あたしだけじゃなかったんだ」
 二人の前に壁のように立ちふさがるのは、この地方に出る身の丈2メートル半程の漆黒の巨大熊、パラミタベアである。此の山の食物連鎖の長たる証とばかりに低く唸り声をあげる。
「来るよ!!」
 と、あんこが叫んだ瞬間、まるで津波のように二人に襲いかかってくるパラミタベア。
「(力勝負は無理!)」
 あんこは咄嗟に横へ跳躍し、カルスノウトを振るうも、ヒュンッと空を斬ってしまう。
 着地後、軽やかなステップで熊と間合いを取り、剣を構えるあんこ。
「きなこ、一気に決めちゃおう!! ……えっ!?」
 熊を挟んで反対側にいるきなこを見たあんこが悲鳴をあげる。
 きなこが赤く滲んだホーリーローブの肩を押さえている。
「きなこっ!?」
「ごめんなさい。花粉症、大丈夫だと思ってたんだけどさ、この山に来てから視界がぼやけちゃって。回避できなかったのよ。……そんな、心配そうな顔しないでよ。こんなのヒールですぐ治っちゃうんだから」
「グアアァァァアアッ!!」
 熊がきなこの方を向き、一歩目を踏み出す。
 弱肉強食。自然界ではごく自然な考えに則った考えだろう。
「ダメっ!!」
 あんこがカルスノウトを持ち、跳躍する。
「(間に合う!! 熊の爪がきなこを捉える前に、一撃を叩き込む!)」
 そのイメージ通り、彼女は動いたつもりであった。
 だが、花粉症のせいで、頭と体に僅かなズレが生じていた。
 時が静かに、残酷なほど正確に、体を動かしていく。
「(嘘……無理なの?)」
 跳躍するあんこの目に、最悪の映像が映し出されようとした時、
「だぁぁッ!!」
 熊ときなこの間に駆け込んできたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が、ライトニングウェポンを放つ。
 ジジィッッと、感電した熊が悲鳴をあげる。
「ゴアァーッ!!」
 エヴァルトの攻撃に、熊はたじろぎ、一歩後退する。
「おい、熊! 俺が相手してやるぜ!!」 
 彼の顔には、ゴム製のもので関節部の気密性を確保した、まさに匠の業物と呼べる白いマスクが装備されている。市販のものではない、恐らく機工士としての技術を駆使して自分で仕上げたのであろう。
 視殺戦をしばし展開する両者。
 やがてエヴァルトの気迫に根負けしたのか、踵を返して熊は、森の奥へと消えていく。

「ありがとう! 助けてくれて。私は白玉あんこよ」
 剣を収め、自己紹介しながら、エヴァルトに握手を求めるあんこ。
 握手を見て、何故かエヴァルトはすぐに腕を組み、
「俺はエヴァルト……まぁな。通りすがりだっただけだよ」
「あなたも百年草を?」
「ああ、校長同士のいざこざに関係なく、な。でも気をつけろ? この山に入ってから花粉症の症状がずっとひどくなってきてやがる。ほら、あいつらを見てみろ」
 エヴァルトが顎で示した先には、機晶姫のロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)とアリスのミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)が随分くたびれた表情で山道を登ってきている。
「エヴァルト! 目から、内燃機関の燃料が漏れてる!燃料漏れ発生中、燃料漏れ発生中!」
 と、目から流れる透明な液体を指差すロートラウトを、同じく涙目のミュリエルが眺めている。
「ロボが涙って……。ロボットアニメの最終回であるシーンだな」
「言わないでよ! ボクが最終回みたいじゃないか!?」
「まだ動けるだろう」
「そりゃあ最悪、機晶石のエネルギーで動けはするだろうけど……」
 前髪ぱっつんロングのミュリエルが、グジグジと涙をふきながら健気に言う。
「でも、この花粉症の原因の百年草は、百年に一度しか咲かないんです。もう少しだから頑張りましょう!!」
「パラミタベアなんて、本来はまだ冬眠中だろうに。それも百年草のせいなのかな」
 ヒールで肩を治療していたきなこが、何かに気がつく。
「静かに!! なんか来るよ……」
 その言葉にさっと、身構える3人。あんこはきなこの側へ行く。
「またさっきのヤツか?」
「とりあえず爆炎波で追っ払う?」
「山火事になったら大変です」
 タッ、タッ、タッと軽快に地面を蹴る音。
「あ、人だ」
 ブラックコートに身を包んだスキンヘッドのマッチョなローグのルイ・フリード(るい・ふりーど)が、軽快な足取りで山道を登ってくる。
 革手袋に包まれた手ををヒョイとあげ、笑顔でエヴァルト達に、
「こんにちわ!!」
 と、山登りの掟を如実に守るよう挨拶し、たちまちにその姿は道の先へと消えていく。
「お兄ちゃん。あの人、道の先で熊を一撃で殴りとばしてたね」
「あの兄さんは前に見たことがある、イルミンスールの生徒か」
 エヴァルト、山道の先を見つめ、
「……て事は上ではもう始めてるっぽいな。二大校長のいがみ合い」