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空京神社の花換まつり

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空京神社の花換まつり

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 花換えに託す想い
 
 
 福神社にお参りをして、授与所で桜の小枝を授かって。
 誰かと交換する前に福娘と花換えをしなければと、遠鳴 真希(とおなり・まき)は桜の小枝を差し出した。今日はユズィリスティラクス・エグザドフォルモラス(ゆずぃりすてぃらくす・えぐざどふぉるもらす)には家でお留守番していてもらって、真希は瀬島 壮太(せじま・そうた)と花換まつりにやってきている。
「花かえましょう……でいいんだよね?」
「花かえましょう。真希ちゃんはこれから壮太さんと花換えどすか? おきばりやす」
「ええっ、って、エリスさん!」
 花を交換した福娘に声をかけられて、真希の頬に血の色がのぼった。
「真希、どうした?」
 隣で福娘と枝を交換していた壮太が、真希の声に顔を向けてくる。
「あ、ううん。友だちが福娘だったから、ちょっと驚いちゃっただけ」
 励まされて照れたとは言えず、真希は恥ずかしそうな会釈をエリスに返すと、交換した枝を胸に抱いて壮太と並んで歩いていった。
 真希と壮太をを見送って、エリスはうっとりと呟く。
「私もあないな風にええ人と……」
 そこまで呟いて壹與比売と目が合って、エリスはすっとんきょうな声を挙げた。
「うぇ!? う、うち何も言ってへんどすえっ、き、きききき、気の所為どすっ!」
「……。今も昔も花に恋心を託す人の心は変わらぬのでございますね……」
 焦るエリスと真希を見比べて、壹與比売はおっとりと言うのだった。
 
 桜の花は今が盛り。頭上を一面ピンクに覆い尽くしている。
 それを見上げて歩きながらも、真希は気もそぞろに壮太からの花換えの声を待っていたのだけれど……人混みを抜けて落ち着いた場所まで来ると、我慢できなくなってそっと小枝を差し出した。
「花換え……しよっ?」
 真希の言葉を受けて花換えをしようとした壮太は、自分の手にした小枝から落ちそうになっている桜の花に気づいた。不器用な神様が作った桜の小枝。見た目が良くないからと箱の隅に残されていたそれを、それでいいからと交換してきたのだ。
 風に震える桜の花を枝から取り上げ、壮太は真希の髪に挿した。それから改めて、桜の小枝を真希と交換する。
「顔真っ赤だぞ、熱でもあんのか?」
 真希があんまり一生懸命な様子だから、壮太はわざと意地悪してそう言った。
 けれど、視線や仕草はあくまで優しくて、真希を一層赤面させる。
「これってホントは、受け取ってもらえたら想いが通じたって意味なんだって」
 知ってる、と壮太がばらしてしまう前に、真希は急いで言葉を続けた。
「ううん、壮太さんがまだそういう意味じゃないのはわかってるよ。でもいつか、そういう意味で受け取ってもらえたらいいな」
 2人の関係は、限りなく両想いに近いけれど、まだ片想い。大切だからこそ返事は疎かに出来ない、そんな甘酸っぱい恋の階段の途中。
「それからね、じゃーん!」
 恋する乙女よりもちょっと子供寄りの表情で、真希は落ち着いた色調でラッピングされたプレゼントの包みを取り出した。
「ちょっと遅れちゃったけど、お誕生日おめでとーっ!」
「ここで開けても良いか?」
「もちろんだよっ。開けてみて」
 丁寧にラッピングを開けてゆく壮太の表情を窺いながら、真希はこっそりと妄想してみる。
(――恋愛映画だったりしたらこんな時、『オレにはこっちの方が、最高のプレゼントなんだけどな』なんて、壮太さんがせまってきて……それから……)
 そんな想像をするうちに、我知らず指は唇をなぞってしまう。そこに塗られたチョコレートの香りのするリップは、大切なバレンタインの贈り物だ。
 ラッピングが開けられてプレゼントが取り出されると、真希はあわてて手を下ろし、壮太に心配そうに尋ねた。
「どう……かな?」
 中から出て来たのはレザーの二重巻きブレスレット。着けやすいダークブラウンのレザーに、シルバーのバックルが洗練された光を添えている。
 普段真希が身につけないようなアクセサリー……だからこそ、自分の為に選んでくれたのだという想いが伝わってくる。
「ありがとう。……頑張って選んだんだな」
 壮太がそう言って頭を撫でると、真希は嬉しそうに相好を崩した。
「よかったー。どんなのが似合うかなって、一生懸命選んだんだよ」
 その気持ちに応える為に、壮太はすぐにそのブレスレットを左手首につけた。
「えへー、壮太さんはかっこいいから、どんなのでも似合うけどねっ」
 元気なデニムのショートパンツ。けれど上に羽織った白のスプリングコートは女の子らしく。そんなバランスにいる真希が眩しくて。
 大切にしたいから、その手をしっかり握りしめるだけに留め、壮太は真希と共に満開の桜の下をゆっくりと歩調をあわせて歩いて行くのだった。
 
 
「やっぱりやめた方がいいんじゃないか?」
 尾行なんて、と言いかける月崎 羽純(つきざき・はすみ)遠野 歌菜(とおの・かな)は制した。
「しーっ、静かにしないと気づかれるってば」
 歌菜の視線の先には、肩を並べて歩くシーナ・アマング(しーな・あまんぐ)スパーク・ヘルムズ(すぱーく・へるむず)がいた。2人に気づかれないようにと、ブラックコートを着ての尾行だ。
 ことの発端は、リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)が最近シーナがそわそわしているのに気づいたことから。何かあったのかと聞いてみればシーナは反対に、リュースの恋のことを尋ねてきた。
 年頃の子ならば恋に興味があるのは珍しくないことなのだけれど、それにしては様子がおかしい。もしかすると、とリュースがかまをかけ……いや、花換まつりの由来を教えず、ただ福神社で桜の祭りがあるからスパークを誘ってみてはと提案すると、シーナは素直に肯いたのだった。
「これは兄として、見守らないといけませんね」
 リュースが言えば、歌菜が黙っているはずもなく。
「恋路を見届けるのは姉としての役目よね♪」
 はりきって出かけて行く歌菜が心配で、羽純も同行を申し出……そしてこの、デート2人、尾行3人の大所帯と相成ったのだった。
 会話もばっちり聞き逃すまいと、歌菜には銀狼の耳が、リュースにはカンガルーの耳がひょっこりと生えている。超感覚で盗み聞き……いや、2人の恋路の行方を温かく観察しようというのだ。
 そんなことになっているとはつゆ知らず、シーナは隣にいるスパークのことだけを気にしながら歩いていた。
(どうしてこんなにドキドキするのでしょう……)
 リュースに恋の話を聞いてみたけれど、話してはくれなかった。その代わり、空京神社の花換まつりにスパークと一緒に行ってはどうかと助言してくれた。誘うのにも勇気が必要だったけれど、こうして一緒してくれたことがとても嬉しい。
「それにしても混んでるな……」
 花換えをしようとする人が動き回る為に、境内はごった返していた。シーナが人波に埋もれてしまいそうになるのに、スパークは手を差し出した。
「ホラ、はぐれたら困るから、手ェ貸せよ」
「は、はい……」
 シーナは真っ赤になりながら、スパークの手に自分の手を重ねた。シーナの心臓の鼓動も跳ね上がったけれど、スパークの方はもっと焦る。
(……なんだコレ? すっげぇ柔らかくてちっせぇ……)
 壊してしまいそうで反射的に緩めた手に、思い直してしっかりと力をこめる。
(仕方ねぇ、俺がちゃんと守ってやらねぇとな)
 
「スパーク、行け! そのままぐっと引き寄せるっ!」
 見守るうちに我慢できなくなった歌菜が応援するのを、羽純が慌てて口を塞いだ。
「歌菜、声が大きい。バレるだろーが」
「だって、じれったい〜〜」
 歌菜は飛び出して行きたいのをぐっと堪えて目を瞑る。
「スパークくんも案外押し、弱いですね」
「そうなんですよ、リュース兄さん! スパークってば、もっと積極的に行かないとダメだってば〜」
 リュースにそう答えながら歌菜はかなり嬉しそうだった。うまくいってくれそうな恋を見守るのは、じれったいけれど楽しい。
 そうして尾行するうちに歌菜は、自分たち以外にシーナの後をつけている者の存在に気づいた。
「あれ? 変熊さん?」
 どこで交換したものか桜の小枝を握りしめ、変熊がシーナの後ろ姿を熱く見つめている。
「シーナは今デート中ですので、そっとしておいてあげて下さいね」
「そ、そうか……そうだな。ではさらばだ!」
 リュースに言われた変熊は顔を強ばらせたが、小枝をきつく握りしめて立ち去っていった。
 その間に桜の小枝を授かったシーナとスパークは、福娘との交換を済ませていた。
「桜の小枝、ちゃんと貰ったか? ヨシ、じゃあ交換すっぞ。せーのっ、『花かえましょう』」
「はい。あの……『花かえましょう』」
 桜の香がほのかに漂う小枝を2人は交換する。
「これでバッチリ『福』ってのが宿っただろ。じゃあ帰るか」
 ただ1人と交換する小枝は、想いを交わす小枝。それを知らず、福の小枝だと思いこんだまま、スパークは再びシーナの手を取って、帰ってゆく。
「疲れてねぇか? ナニか食って帰るか?」
 シーナを気遣うスパークの様子に、歌菜はしみじみと呟く。
「恋愛って、いいね……。私はダメだったけど、スパークは……いい恋をして欲しいな……」
「…………」
 寂しげに見える歌菜の頭を、羽純は無言で撫でた。
「何? 羽純くん、どうかした?」
「別に。なんとなくだ。……ホラ、しっかりとスパークとシーナを見ておけ」
 きょとんとする歌菜を羽純ははぐらかし、仲良く帰ってゆく2人の方に意識を戻させた。