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月夜に咲くは赤い花!?

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月夜に咲くは赤い花!?
月夜に咲くは赤い花!? 月夜に咲くは赤い花!?

リアクション


『月下の逢瀬・1』

 ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)のパートナーである清泉 北都が「ソーマはいつもの迷子か」と納得していたころ。
 当のソーマは、 周りを見回して首をかしげていた。
 そんな仕草をすると険が取れて、ソーマの持つ美貌が際立つ。
「あれ? 北都?」
 呼んでみるが返事はかえってこない。
 一緒に行動していたはずの北都とクナイ・アヤシの姿が見当たらず、ソーマは再度辺りを見回してみた。
 やはりいない。クナイはいいとして、北都までどこに行ってしまったのだろう。
「まったくしょうがねーな、二人とも」
 多分にもれず、ソーマは自分ではなく「北都とクナイが迷子になってしまった」と当然のように結論づけた。
 方向音痴の人間がどうして方向音痴かというと、自分でそれを認めないからだ。
 自分がどこにいるのかもはっきりしていなかったが、ソーマは「まぁ、いいか」と思考を切り替える。今は一人ではない。
 ソーマの後ろから、和装に身を包んだ青年が声をかける。
「ありゃ? 迷ったか?」
 二階のバルコニーへ出るはずがどうやら違う場所へたどり着いてしまった――つまり迷子中の状況でも久途 侘助(くず・わびすけ)の口調はのんびりしたものだった。
「清泉たちと合流できるかねぇ……」
 どこか他人事のようにつぶやいて侘助は頬をかく。バルコニーで張り込むつもりだったが予定が狂ってしまった。
「ふむ……」
 どうせ予定外の事態なら少しくらい寄り道していこうか。
「ソーマ、ソーマ、ちょいとこっち」
「ん」
 手招きに素直に応じるソーマの袖をちょん、と掴んで侘助は「こっちこっち」と誘導していく。
 変なとこ素直だなぁ、とは思っていても口にださない。意識して変わってしまったらもったいないから。
 念のため、ノックに返事が返ってこないことを確認して侘助はドアを開けた。さきほど見つけた空き部屋はしんと静まり返っていた。
 無人の部屋に怪訝そうな顔をしているソーマに、侘助は二人きりになったら早速と言わんばかりに抱きついた。
「うわっ!?」
「うーん、ソーマ補給ー」
 と目を閉じて幸せそうな侘助を前にしては、ソーマも無下にはできない。
「ひっついてなくても俺は逃げないぞ」
 照れ隠しでやや乱暴な調子で言うソーマの言葉に、少し名残惜しげにしながらも侘助は身体を離す。
「もっとひっついてたいけど用事を……。ソーマさん、ちょっと手ぇ出してください。あ、左手ね」
 言われるままに差し出されたソーマの左手に「サイズ合うかな」と言いながら侘助は懐から取り出したものをはめた。
「……俺、金持ちじゃないし、普通のシルバーリングですけど……」
 ソーマは自分の薬指に指輪がはまっていることに驚く。あつらえたようにぴったりだった。
「お前、いきなり……っ!?」
「俺だけのソーマでいてください」
 ソーマの髪と同じ、銀色の月光が降る室内で、侘助の顔はごまかしようもなく赤かった。
「さて、長居しちまった……早く清泉たちの所に戻らないとな」
 誤魔化すように早口で言って先に部屋を出ようとする侘助の着物の袖を、うつむいたままのソーマは掴んだ。
「お前も手、出せ」
「お、おう」
 わけもわからず出された侘助の左手、その薬指にソーマはそっと唇を当てた。
「今は返せるものがないから。これで」
 曼殊沙華の花よりも赤くなった侘助の顔を見て、ソーマは
「たまには俺が赤面させてやるさ」とうそぶいた。

 ※

「うわっ……」
 屋上に至る螺旋階段を上りきった途端、涼しい夜風に髪をなぶられて、和原 樹(なぎはら・いつき)は目を細めた。
「おい、落ちるぞ」
 一歩遅れて階段を上ってきたフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が、よろけた樹の肩とお尻を押さえて助けた。
「っとと。ありがと、助かった。……ところで今あんたどこ触った?」
「ははは、そんなことよりほら、月が美しいぞ。見てみろ」
 樹は、渋々フォルクスから視線を外し、屋上に上りきって、空を仰いだ。
「わ……」
 まるで、暗幕にぽっかりと穴があいたような、見事な真円の満月が浮かんでいた。
 夜風が髪をなぶっていくのも気にせず、樹はひとしきり空をあおいで、
「すごいな……うちの部活にも、こんな展望台があったらいいのに……」
「場所もよいのだろうな。周辺に町がない分、余計な明かりがないし、空気も澄み切っている」
「あー、俺しばらくここに住んで、ぼーっと空を眺めていたいな。……昼間はどんな空なんだろう? 晴れなら青空、曇りなら大きな綿雲、時には魔女だって箒に乗って飛んでるかもしれない。空気が綺麗だから、きっとどれも綺麗に見えるだろうな」
 欄干に背を預けてしみじみと言う樹を見て、フォルクスはくつくつと笑った。
「樹にそこまで言わせられたのなら、我も月見に誘った甲斐があるというものだ」
「ん。ありがとな、フォルクス。……けど、フォルクスはよかったのか? 月見で。ブラッドルビーのピンキーリング、見に行ってもよかったのに」
「あのようなものに興味はない」
 ふん、と鼻で笑って、フォルクスは樹の隣に並んだ。
 ぴっと左手の小指を立ててみせる。
「ブラッドルビーなど使わずとも、この指から伸びた糸はお前につながっているとわかりきっている。今さら使う価値もない」
「恥ずかしいこと言うなよ」
 まんざらでもなさそうに、樹はくすくす笑った。
「真実を言うのに、何を恥ずかしがることがある」
「ははっ、真実、か」
 樹は、微かに朱の差した顔を、フォルクスに向けた。
「……なあ、なんか寒くないか?」
 フォルクスは少し意外そうに目を見開いたが、すぐに不敵な笑顔に変わった。
「……そうだな、我もちょうど、そう思っていたところだ」
 フォルクスは樹の肩を引き寄せて、向かい合うように樹を抱きしめた。
 すっぽりと覆われるように抱き寄せられ、樹は微かに照れた笑顔でフォルクスを見上げた。
「うん……あったかい」
「ふむ」
 フォルクスは、樹の淡い金色の髪をさらさらと撫でた。
「いつもこう素直だといいんだがな」
 深く落ち着いた声でフォルクスが言う。
 樹の顔に、ふと影がさした。
「そうは言ってもさ……俺は、恋人よりパートナーでいたいんだよ」
「どう違う? 恋人でパートナー、では駄目か?」
「……どう違うかが、分からないんだよ」
 拗ねたように、樹がつぶやく。
「俺はまだ全然子供だし……だから、まだわからないんだよ。どこまでがパートナーで、どこまでがその……恋人なのか。フォルクスのことが好きなのはもう……認めるけどさ」
「なるほど、な」
 フォルクスはまた、樹の頭をさらさらと撫でた。
「では、今はその答えでよしとしよう。我の伴侶としての自覚は、出てきたようだしな」
「……」
 優しげなフォルクスの瞳から逃れるように、樹はフォルクスの胸に顔を押し付けた。
「なんか……はっきりしなくて、ごめん」
「なぜ謝る?」
「なぜって……不安に、させてるんじゃないかと思って」
 ぎゅっと、フォルクスのシャツを握りしめ、意を決したように樹は顔をあげた。
「フォルクス! ……俺、フォルクスのこと、好きだ」
 優しげだったフォルクスの目が、はっと見開かれた。
「今は、それ以上は言えないけど……でも、それだけは、間違いないから……言っとく」
 尻つぼみの言葉と共に、だんだんと顔を伏せて言った樹を、フォルクスはまた、優しげな笑みを浮かべて見つめた。
「よいのだ。言っただろう? 確かめるまでもなく、我の小指は樹の小指と繋がっている。だから不安になど、なろうはずもない」
「……そっか」
 照れたように笑って、樹はぎゅっと、フォルクスにしがみついた。
 フォルクスはそんな樹を愛おしげに見つめて、また、そっと髪に触れる。
「……少しずつ、少しずつ、距離を詰めてゆけばいい。我は気長な方ではないが、樹のためなら待っていよう」
「……ありがと」
「だが、まあ、恋人とパートナーの違いなど、簡単なことだぞ」
 ぱっと、樹が顔をあげた。
「簡単って?」
「簡単だ。契約を交わすのがパートナー。情欲を交わすのが、恋人だ」
「じょっ……」
 樹の口が、酸欠の金魚のようにぱくぱく動いて、顔がみるみる真っ赤に紅潮した。
「あっ……あんたは何でそう言うえっちいことをさらっと言うんだよ……」
「何だ、照れているのか?」
「人のいるところだったらぶん殴ってるところだ」
「そうか。それは、命拾いを――……」
 ――かたん。
 軽い音と共に、屋上の床……樹とフォルクスのすぐ足元が、開いた。
 跳ねあげ扉のように開いた床石の下から、霧島 春美(きりしま・はるみ)がひょっこりと顔を出した。
 その肩には、角を生やしたうさぎによく似た、ジャッカロープの獣人ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)がしがみついている。
「おっとっと、ずいぶん長い隠し通路だと思ったら、屋上に出ちゃいましたか」
 春美はあたりをきょろきょろと見回した。
「地下ワインセラーの通気口から、屋上まで至る道あり。ディオネアくん、メモしてくれたまえ。この通路は要検証だよ」
 芝居がかった春美の言葉に、
「はいっ、春美さん!」
 ディオネアも楽しげに助手を演じつつ、月楼館の見取り図に線を書き入れた。
「さてと、それじゃあちょっとだけ、屋上も調べていきましょうか」
 きょろきょろと周囲を見回していた春美の視線が、やっと、すぐ傍らにあったふた組の足を見つけた。
「……あれ?」
 すすす、と持ちあがった春美の視線と、凍りついたような顔で春美を見ていた樹の視線が、ばちり、ぶつかった。
 春美は、フォルクスときつく抱き合った樹を、五秒ほど呆然と見つめ、
「し……失礼しました」
 ――かたん。
 と、床の下に引っ込んでいった。
「ふ……ふむ、こんなところに隠し扉があるとは、気がつかなかったな。なあ、樹?」
 白々しく笑ったフォルクスから、樹がするりと離れた。
 きつく握りしめた拳を、樹は大きく振りかぶる。
「待て樹。これはあまりに不可抗力」
「人のいるところで、なに恥ずかしいこと言ってんだ、変態ぃ――ッ!」

 ※

「おい、紅」
 もつれそうになる足を動かしながら鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)は自分の腕を掴んでいるパートナーに声をかけた。
「なんですか?」
 前を行く紅 射月(くれない・いつき)は振り向かない。ただ前へ足を動かし続ける。
 一刻も早く辿りつかねば、まるで目的地がなくなってしまうと思っているかのように。
 先導するというよりは、ほとんど虚雲を引っ張る調子で連れてきた射月は扉を前にしてぴたり、と足を止めた。薄茶色の髪がふわりと揺れた。
「ここにリングがあるのか?」
 そう問いかける虚雲にもわかっていた。ここにはリングの手がかりになるものなどない。
 それでも、射月に続いて虚雲は部屋の中へ入っていった。
 空き部屋のようだった。人のいた気配がなく、明かりが灯っていない。月の光が薄いカーテン越しに射し込んで、ぼんやりと射月の姿を浮かび上がらせている。
 虚雲は暗い室内に慣れるために目をしばたいた。
「虚雲くん、なぜ僕がこの部屋に連れて来たんだと思います?」
 窓際に立って月を眺めていた射月が不意につぶやいた。
「邪魔が入らないということもありますが……一番”紅い糸の契り”の場所から遠いからですよ。これがどういう意味か……分かりますか?」
「……っ」
 虚雲は答えられなかった。わからなかったからではなく、わかっていたから。
 ――自分が悪いのだと。
 好いてくれる人が二人いて、でもそのどちらも選べない。どちらかを捨てることができない。
 迷い続ける虚雲の姿を見て、射月はきゅっと服を握りしめた。
「紅、俺は――」
 もう逃げられないのだと、覚悟を決めた虚雲は口を開いた。
「俺は……今の関係が大切なんだよ。壊しちまうのが何より怖い」
「どちらも選べない、ということですか?」
 つ……。
 虚雲の頬を血が伝った。射月の繰り出した短刀が鋭く虚雲の肌を切り裂いていた。
 月光を受けて輝く射月の髪と瞳が、名前の通りに赤く染まっていた。感情が高ぶっている証拠だった。
 表情だけはいつもの通りに笑顔なのに、今にも泣き出しそうなのだと虚雲にはわかった。
 そこまで追い詰めた自分が無性に腹立たしかった。
「話は……最後まで聞けよ……っ」
 虚雲は自分の顔の横にある刃を無造作に掴んだ。虚雲の手が瞬く間に赤く染まっていく。
「あ、あっ……」
 流れる血で虚雲はぐるりと自分の小指の回りに線を描いた。いびつな赤い糸ができあがる。
 そして射月の手を取り、射月の小指にも血で赤い糸を描く。その手を虚雲は血の流れる手で握り締めた。
 呆然とする射月に向かい、虚雲は宣言した。
「どうしたら四人が幸せになれるか考えて、考えて、でも俺だけじゃ結論でなかった! だから俺は大事にしたい人たちと、大事にしたい人の大事な人も大事にしたい!」
 運命の赤い糸が誰につながっているのか、とそれを気にするのはやめた。つながっていないなら自分でつなげる。意地でも。何本でも。
「……それが虚雲くんの結論ですか?」
 例え他の人からは不実に見えても、虚雲には真実だった。
 涙をこぼしながら射月は笑った。つないでいる手に少し力をこめたら虚雲が強く握り返してきたのが嬉しかったから、虚雲が怪我していることは忘れていることにした。離してやるつもりはなかった。