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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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4-08 祈り

 ヴァシャへ向かったナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)
 まさか逢様が囚われるとは予想外でしたが、これは恐らく神の与えた試練……(誤字姫様の)。
 逢様ならばうまくやって頂けると信じているのです。
 ……と、祈りを込めるナナ。
「ふぅ。私の声が、逢様に届いたでしょうか?」
 それから、黒羊郷や今や離れてどれだけかになった遠征軍の仲間達のことも、気になる。朝野様のメモリープロジェクターを拝見したあのとき、映っていたしるしのある女性が指揮官のようですが……。……ルースさん、ご無事で。とも。
 しかし、しんしんと降り積む雪。奥地が近付いている。ナナの祈りは……。
 ナナにも、試練が訪れようとしているのか。
「とにかく。ですから、ナナは姫様達と共にヴァシャの地へ行き、何が待つか見聞きし意志を伝えましょう」
「もふもふ」「もふもふにゃ」
「あぁ、もふもふさん……じゃない、ぶちぬこさん。ありがとう」
 ナナはあたたかめなぶちぬこ二匹だけ連れてきた。
 砦の攻略で猫の手も借りれぬ状況ならば仕方がない、一人で……と思って来たが、二匹がとてもナナになついていたのだ。
「なな、なんかさみしそうにゃぁ」
「え、そ、そう見えますか……」
「ああ。わかるにゃ」
「そ、そうかなぁ」
 ……。少しずつ、感情を顔に出せるようになってきたような……? でも、決してさみしくなどは。心細さが出ていたのかも知れません。ナナは、顔をきっとひきしめた。でも、ぬこさんなんかに。いえ、ぬこさんだから、読み取れたのかも知れません。
「にゃあ。なな、行くにゃ」「行くにゃ」
 雪の中、神妙な面持ちで、ヴァシャの地へ向かっていくヴァルキリー達の行列。
 これは本当にどこか……葬列のようですらある。こんなのって……
 幾らか前方には、サミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)とレーヂエの背中も見える。
「……」
 だんだんと、映る景色は、白一色になっていく。白の中に、消えていってしまいそう。ナナは、はっとした。もしかしてもう、ヴァシャが近付いているのだろうか。このまま、この白の中に吸い込まれて、それが安らかな永劫の眠りにつながっていくのではないのだろうか……
 ナナは、馬車の音を聞いた。
「? ああ、あれはヴァシャ姫」
 ナナは、馬車へ近付いていく。
 辺りに歩く者達の姿は、雪が白い霧のように濃くなってぼやけているようで、影絵のように見えている。
「ヴァシャ姫……」
 ゆっくり歩いていく馬車。御者も影絵のようだ。先を行く馬の姿は、白の中に見えなくなりかけている。
「ヴァシャ姫……」
 馬車にかかっている影のような幕が開き、姫が顔を出す。馬車の中は幾らか、あたたかく、はっきりして見えた。「お入りになりますか?」
「い、いえ。そんな。私はメイドですもの……あの、それより我らが誤字神……誤字姫様から伝言があるのです」
「私に?」
「ええ。"あんな偏屈爺さん達の言葉なんて無視してしまえ"。そう、仰っておりました」
「ふふ」無邪気な、ヴァシャ姫の笑み。まだほんの子どもだ。何故、死ににいかねばならない。
「ありがとう。でも、死ににいくわけではないのですよ。安らかな、永劫の眠りに就きにゆくだけなのです……」
 ナナは押し黙る。聖地での見聞により、ナナの意思も変わるかも知れない。問う言葉は今は胸に。と思った。
 ああ、何だか、すべてが、白い……雪? 霧かしら? すべてが、この、白に包まれていくみたい……



 列の最前方。
「みゅーん」
「ん? サミュか。今、鳴いたのは」
「ウン。そうだヨ」
「今の、ちょっと可愛かったぞ」
「エヘ」
 辺りはもう、まっ白である。
 一面、雪の世界であるというふうではなく、ただ、白いのである。振り向いたり、周囲を見渡すと、ところどころに、影のように、人の姿が浮かんで見える。だが、誰も表情は見えない。ただの影だ。
 これが、ヴァシャの聖地……?
 何の音も聞こえない。誰の喋る声も消えてこない。
「ネェ……」
 サミュエルは、呼びかけた。自身の声も、どこか吸い込まれるように、小さく響く。
 サミュエルは、必死だった。
 ――俺は……レーヂエに生きて欲しいヨ
 レーヂエと一緒にいるの楽しいヨ
 レーヂエはレーヂエ自身の事どうおもってる……?
 弱い? 老いた?
 誰にも知られずにどっか行こうとしてない……?
 ねぇ……俺の顔ちゃんとみて お話シテ――

 レーヂエも、すぐ傍にいるのに、今や黒い影法師のようにしか見えない。
 レーヂエの影の中に、うごめく何かが見える。それはレーヂエの形をときおり別なもののように見せた。
「レーヂエ? レーヂエってもしかして、地球人じゃないのだろうか。(パートナー契約ってデキル?)」
 丸く小さくなったレーヂエの影から、にょきにょきと突起のようなものが伸びて、「俺が弱い?」「俺が、老いただと?」などと誰にでもなく声と言えない声を放っている。「馬鹿な」「俺はまだ、戦える」「戦えなくなった俺は、一体何なのだ」「兵法をやってみた。でもだめだ……俺に何ができる」「俺にはもう生きている価値はないんだよな」

 ――俺はレーヂエが居なくなると寂しいヨ
 大好きだよレーヂエ
 無理に復帰してくれだなんて言わない
 でもお願いだからどこにも行かないで
 教導団とか戦場に居場所がないなら 上官とか軍人とかもう全部忘れて
 俺と一緒に生きてくれないかな
 俺はレーヂエの帰る場所になりたい
 きっと強くなるから……――

 サミュエルは思いの全てをそのまま打ち明けていた。それもまた声になるものではなかった。

 ――どうしてこんな風に言うか不思議に思うかもしれない
 けど
 前線で戦うレーヂエの強さ、明るさは俺の支えになってたんだヨ――

「そうか俺はサミュの中に……?
 もう少し、考えるべきことがあるかも知れないな」
 レーヂエの影はもう、元通りになっており、とぼとぼと、サミュエルの少し前を歩いていた。
 霧のような白は、少しずつ晴れつつあった。



 霧が晴れ、降雪のまばらな、荒涼としたところであった。
 この先は切り立つ山々だが、もう少し行くと、ヴァシャ入りするという。

 そこへ、報が入ってきたのである。――ハルモニア解放、と。