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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(第1回)

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5-03 心に花は

 砂漠が北に果てるところ。
 黒羊郷から、ハヴジァの方面へ続く山道に入る。ヴァレナセレダへの道も近い辺り、南部地方の中でも最北。急峻な山々が間近である。
 ハヴジァの方へ、向かっていく二つの影。
「姫……」
 青白い顔の術師風の男。そして彼が呼ぶのは、
「……」
 カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)
 撲殺寺院の姫君だ。
 イレブンは生きている。そのことはわかっていたが、あの黒羊郷での戦いの痛手は、大きかった。もし、今イレブンに会っても、無駄だろう。
 ならばあたしは、あたしのやるべきことをするよ。
 その決意を秘めてはいても、心は、つらかった。
「姫……具合がよろしくないか?」
「……」
 無言のカッティ。うん。心がつらいんだ。
 歩く。歩き続ける。
「ハヴジァを越えました。もうすぐ、撲殺の地に着きます」
 北西山麓と言われる場所だ。辺りは今、濃い霧が立ち込め、咽び泣くような風の音が聴こえている。
 戦いの跡。
 黒羊駐屯軍の姿も、ない。
 陣地を捨て、どこかへ場所を移したのだろう。
「姫……」
「……」
 二人の周囲に、ぽつりぽつりと影のように立ち尽くすもの。風呂敷を纏っている。
「姫……撲殺寺院の者達です」
「……そう」
「姫……戻って来たのです。私達は今」
「……ん」
 撲殺家臣のアイヲジョーロ(あいをじょーろ)は、空を仰いだ。「私達は、私達は……」



「心に花は咲いているのかパーンチ!!」
「ひ、姫?! 何を?」
 周囲に亡霊のようにぼんやり立ち尽くす、撲殺寺院の者らの右頬を、開口一番、ぶん殴る! 全員分の右頬を、ぶん殴る。
「姫……!!」
「殴られたのは久しぶりか! 撲殺寺院の者が殴られもせず、こそこそと! 目をさますんだ!」
 カッティの背中に、炎が見える。
 カッティは怒っている。カッティは、燃えている。
「あたし達の教祖の教えも忘れたの? "右の頬を打たれたら左の頬をも向けなさい"だよ!」
 まだ亡霊のように立ち尽くす、メンバーらの今度は左頬をぶん殴る、よ!
「拳に愛を握りしめろフック!」
「そうか、姫は……姫は……」
 アィヲジョーロも、拳を握り締めた。
「皆! 私達の姫、カッティ・スタードロップが帰還したのだぞ。立ち上がるのだ、姫は」
 カッティは全員の頬を殴り、そのままアイヲジョーロの左頬もぶった。「ぶっ!」右頬もぶん殴る。ぶっ飛ぶ、アイヲジョーロ。
「宗教とは人を幸せにするためのもの。翻って見てみなさい、自分たちを。一度負けたからって蜂起もせずに引き篭って。
 それで幸せなのかい!?」
 カッティは一旦言葉を区切り、一息付く。
「……」
 亡霊からは、ブーイングが起こった。アイヲジョーロからも、ブーイングが起こった。
 カッティは、わかったというように、腕を組んで仁王立ち。
「わかった。あたしを殴りなさい!」



5-04 我ら撲殺寺院

 殴るとは他人と関わるってこと。
 心をさらけだしてみろ! 吠えろ、狼のように!
 ――カッティは、そう言いたかった。撲殺寺院の教え、それが……
 殴り合ったらダチ!
 一緒に、一緒に幸せ掴もう!
「姫……」
「……」
 亡霊達は、霧の中に、消えていく。
「わかってたよ」
「姫。姫……ぇぇ、……く、うっうっ」
 撲殺寺院は滅んだ。
 もう、ここには誰もいないのだ。
「姫の、姫の帰還だァァァァ!!」
 アイヲジョーロは声の限りに泣き、打ち倒され、風になびいていた撲殺と書かれた旗を、廃墟に掲げた。
「泣きなさいよ。アイヲジョーロ」
「ウワァァァァン」



「や、やっと、追いつきました」
 グロリアーナ・イルランド十四世(ぐろりあーな・いるらんどじゅうよんせい)が追いつくと、二人は、暗い霧の中にたき火をたいて、暖をとっていた。
「……暗いですわね」
 十四世も腰掛けて、しばらく二人と同じように、消えそうなたき火に温まった。
 やがて、火は消えた。
 火の中に、撲殺の文字も消えた。
 でも、撲殺の火は消えない。
 カッティの背に、再び炎が燃え始める。アイヲジョーロの背にも、炎が。
「ちょ……。い、いえ何でもありませんわ。
 ……では、参りましょうか?」
 グロリアーナが立つ。二人も、立つ。
「我ら撲殺寺院!」
「へ? わ、わたくしもですか……」
 十四世も、拳を握り締めた。「お、おう……!」



 ざっ。ざっ。
 霧の中を進む三人。
 険しい山影と、廃墟の影だけが、不鮮明な遠景として虚ろうていく。
 やがて、旗が見え始めた。
 黒羊旗だ。
 ぽつぽつと、霧の中に、動く姿が見えてくる。今度は、亡霊ではない。敵兵……黒羊兵だ。
「敵襲!」「敵襲!」
「将軍! 敵が、我らの陣地に……!」
 身構える、カッティ、アイヲジョーロ、グロリアーナ・イルランド十四世。
「来たかぁぁ。撲殺の生き残りめ、まだ凝りもせず、やって来おったのかぁぁぁ。
 三騎? たった三騎だと。笑わせてくれる。
 黒羊の将グレドロラルゴ(ぐれどろらるご)。これで返り討ち……返り撲殺してくれらぁ」
 武器はゴーデンダッグだ。
「ま、こんなこともあろうかと空飛ぶ箒を二本くくりつけた突撃用段ボールを作っておきました。空を飛べば敵将のもとまでいけるでしょう」
 十四世は、カッティを発射した。
「やァ! 我こそは、撲殺の女王カッティなり!」
 ルミナスグローブ!
「く、くヮッッ!?」
 敵将の目が光に眩む。
「うヌ。おのれぁぁ!!」
 グレドロラルゴの振るう鎖を交わし、その懐に飛び込んだ。コークスクリュー!!
「だ、かぁぁぁぁ」
 敵将の巨大な体が、霧の中に沈んだ。
「将は討たれた!」
 アイヲジョーロが叫ぶ。
 黒羊兵は逃げ散る。
 カッティは、投降兵を受け入れた。



 その頃、イレブンは……
 禅を組み続けていた。
 意識を無へと、そして身体だけが残る。

 イレブンは、見た。ボクシングする女の子の姿を。それがイレブンの最後に見たイマージュであった。


 ――撲針愚寺夢(ボクシングジム)……
 今、この地で、カッティの新たな布教活動が始まろうとしていた。
 アイヲジョーロも、気合満々。
 十四世、「……。次は、え? ハヴジァまでロードワークですか!?」





 さて、本来ならば、教導団本営を離れて、この砂漠や、そこにある見知らぬ国等、辺境の方々を旅していた者達が、いた。まだ、そのことが語られねばならなかったが……
 彼ら、彼女らは、何処へ辿り着き、何を目にした。

 ある者は亡霊に出会ったかも知れない。ある者は、亡霊のように映ったかも知れない。
 ある者は、夢を見たかも知れない。
 ある者は、夢に迷い込んでしまったのかも知れない。


 時は戦乱。
 教導団は、苦戦を強いられている。
 しかし、その中で自分だけの旅に出て、自分だけの戦いを戦うそれもまたいいだろう。
 パラミタへ来た生徒達は、それぞれに成長していく。

 辿り着く先……それは何処だ。