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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−3/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−3/3
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第2章 香り立つ戦争の匂い・後編


 
 壁の一面が鏡ばりのダンスレッスン室に、一同は通された。
 個人で使うには広過ぎる空間、流石はツァンダ家の令嬢と言ったところだろうか。
 まず、ミルザムが魔性のカルナヴァルを一通り踊ってみせ、それから、ユーフォリアと生徒たちに順を追って手ほどきをしていく。幾分踊りが簡略化されたので時間に余裕はあるのだが、ここで気を抜いては命取りである。余った時間を術の精度を上げるのに回すため、一同は集中して練習に打ち込む。
 その中でも熱心に取り組んでいるのは、ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)だ。
 普段は役立たずと揶揄される彼女であるが、踊りは数少ない彼女の取り柄なのだ。気合いでうち震える心に、数時間前の船でのやり取りが思い起こされる。
「ワタシ、ユーフォリアさんと行くのです」
 胎動する機関部を前に、ユリは契約者のリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)に告げた。
「ワタシだって役に立ちたい。踊りでならきっとできるのですよ」
「ユリが踊りか……」
 リリは彼女をまじまじと見据える。相変わらず無表情で、何を考えているのかまるで読めない。
「へぇ……、そんな特技があったんだ。すごいね、素敵だと思う」
 声と共に、機関部の下の隙間から台車に寝そべった朝野未沙が顔を出した。
「こう見えて踊りには自信があるのです。『ダンスホール・エンドレスワルツ』に通ってますし」
 じっとリリを見つめるユリ、ややあって、リリはふぅとため息を吐いた。
「わかったわかった。好きにするのだよ。リリ達は踊り手の護衛に回るのだ」
「ありがとうなのですよ!」
 嬉しそうに手を握るユリにも表情を変えず、リリはちらりと未沙に目をやった。
「すまないが、そう言う事なのだ。動力は大分安定したから、あとは任せるのだよ」
「そっか……。うん、踊り頑張ってね。船の面倒はあたしが見るから、心置きなく踊ってきて」
 と、そんなやり取りがあって、ユリはここにいる。
「……ワタシのために、リリさんは自分の仕事を譲って、護衛についてくれたのです。もう役立たずなんて言わせない夏なのです。リリさんやララさんのために、華麗に踊って故郷に錦を飾るのですよ」
 目に炎を宿らせる彼女だが、基本的にドンクサ少女なので、覚えるのに手間取っている。そんなユリは横でメキメキと上達していく久世 沙幸(くぜ・さゆき)とそのパートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)をうらめしそうに見つめた。
「お二人とも、お上手ですね。どこかで習われたりしてたんですか?」
 ユーフォリアが感心した様子で問うと、二人は顔を見合わせて得意そうに笑った。
「えへへ、実はダンス大会で優勝した事があるんだ」
「自慢ではありませんが『魅惑のカリスマダンサー』と呼ぶ人もおられるようですわ」
「まあ、どおりで……。素敵な特技をお持ちですのね」
 練習をしながら、三人は和やかに談笑を続ける。
「ところで、ユーフォリアさんに聞きたい事があるんだけど……?」
「どのような質問でしょう?」
「聞くところだと、同じ十二星華でも、アムリアナ女王が素敵な人だったっていう人もいれば、逆に快く思っていない人もいるみたいなの。十二星華って昔も今みたいにいがみ合ってたのかな……? ユーフォリアさんから見た感じはどうだった? 昔のアムリアナ女王、そして十二星華ってどんなだったの?」
「アムリアナ陛下は真面目で優しく、勤勉で家臣にも気遣いを忘れない、女王になるべくして生まれた女性でしたわ。十二星華のほうは申し訳ありませんが、わたくしからお答え出来ることはありません」
「何か言えない理由でもあるの……?」
「十二星華……、セイニィさん達の事ですよね。実はわたくしもアムリアナ陛下のおそばにそのような方達がいたというのは初耳なのです。セイニィさんはわたくしの事をご存知のようでしたが……」
「そうなの? ユーフォリアさんも十二星華も、一緒に女王に仕えていたんじゃないんだ?」
「わたくし達はお互い影の存在でしたから、そうそう人前に姿を見せる事はなかったのです」


 ◇◇◇


「……ック。……フィック。あんまりガン見してはいけません」
 島村 幸(しまむら・さち)の呼びかけで、現実世界に引き戻された息子のメタモーフィック・ウイルスデータ(めたもーふぃっく・ういるすでーた)はきょとんとして顔を上げた。
 幸が注意するのも無理もない。メタモーフィックは先ほどからじぃーっと沙幸たちが踊るのを見つめていた。艶かしくグラインドする腰や弾ける太ももの動きに目を奪われるのは正しき青少年の行動、筆者としては咎める気はないが、女子だらけのこの場でその行動は通報一発お縄頂戴もんである。
「そういうのは男の子だから仕方ありませんけど、節度と言うものが世間にはありまして……」
「どうしたの、ママ?」
「恥ずかしがらなくてもいいんですよ。ママはそういうのに理解ある母親を目指してますから」
「……よくわかんないや。僕、おねえちゃん達の動きを覚えようとしてたんだよ」
 一見するとただのドスケベにしか思えぬ行動だが、彼は財産管理の技能を生かしてその一挙手一投足を覚えようと試みたのだ。まだ精神的に幼い彼は、女子に劣情をもよおしたりはしないのである。
「……あ、そうでしたか。し、失礼しました。でも、見るだけじゃなくて踊りましょうね」
 そう言うと、我が子の手を取り、幸は一緒に振り付けを覚え始めた。
「それにしても、封印の舞踊ですか。数名で構成するというからには、全員で形成する陣形的な動きが作用していくというわけですね、非常に興味深い。この機にプロセスを研究したいものです……」
「ママ、楽しそうだね」
「ですが、遊びにきたわけではありませんよ。ロスヴァイセ家には恩義があります。色々と相談に乗ってくれたヒルデガルドおばあ様のためにも、この戦争はキッチリと締めさせてもらいます」
「僕も頑張る。ママが守りたいものは僕も守りたいんだ。ママの為にがんばりたいんだ」
「……子どもはいつの間にか大きなると言うのは、真実のようですね」
 気が付けば練習開始から二時間が経つ。
 幸の提案により、一同はしばし休憩を取る事になった。
「これは私からの差し入れです。世にも奇妙なお菓子『ヨサーク?のチョコレート』です。しっかり糖分を摂取して、練習に励もうではありませんか。あ、ちゃんと分け合って食べてくださいね」
「これ、本物? うーん、あの人がこんなもの贈るとは思えないんだけど……」
 訝しげな様子の沙幸に対し、幸は不敵に笑って人差し指を振る。
「論理的に考えてください。私の装備欄にちゃんと存在するのですから、確かにこのチョコレートは存在するのですよ。今ここにあるものを否定してもしょうがないでしょう?」
「でも、この『?』ってなに……?」
「それはその……、この件は絶賛調査中ですが……、なんなんでしょうね……?」
 思えば、幸自身も出所はよくわかってなかった。とあるイベントに参加して家に帰ったら、置いてあったという妖怪じみたアイテムである。世の中には科学では説明のつかない事もあるのだろう。
「あ、ミルザムさん。すこしよろしいでしょうか?」
 チョコをほおばる彼女の隣りに座り、美海はある提案を持ちかけた。
「あなたが着ているその衣装はツァンダの伝統的な踊り子の衣装なのですか?」
「ええ、この地方の踊り子装束ですけど……、それがどうかされましたか?」
「よろしければ、皆さんの分も用意して頂けませんか? 空賊は所詮男性ばかりなのでしょう。このような格好をした女性が現れれば、きっと目が釘付けになって戦闘どころじゃなくなるはずですわよ」
「ちょ、ちょって待て欲しいのですー! 僕は絶対に着ないですよー!」
 土方伊織は慌てて立ち上がって、抗議の声を上げる。
 上から下へ、また下から上へと、美海はおろおろする伊織を見つめた。
「……何も問題はないと思いますけど?」
「問題から目を背けないでくだいよー、男の娘だからって、この衣装は厳しいのです」
「まあまあ、お嬢様ならとてもよく似合うと思いますわ」
 興奮する伊織を、ベディヴィエールがなだめる。
「だーかーらー、そう言う問題じゃないのですよー」
 男のプライドを懸けて戦う伊織だが、敗戦は濃厚だ。
「え、えーと……、衣装は用意出来ると思います。私の代えの衣装がありますから……」
 ミルザムの放った一言で、男の娘の抗議はなんとなくスルーされて、それっきりとなった。


 ◇◇◇


「この分なら、明日の決戦には間に合いそうですね、ユーフォリアさん」
 冷えた飲み物を手渡しながら、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は声をかけた。
「あの、あなたは……?」
「失礼、お会いするのは初めてでしたね。初めまして、呼雪と言います、よろしく。先日、空賊に命を狙われたと聞きましたが、お身体のほうは大丈夫ですか?」
「ご心配ありがとうございます。皆さんが守ってくださったので、なんとか無事に生きております」
「それはなによりです」
 正体面となる彼女を気遣いながら、彼は目的の話へと駒を進めた。
「……ところで、記憶は定かではないかも知れませんが、子供を産んだ時の事は覚えていますか?」
「出産の記憶ですか……?」
 思わぬ質問に目を開く彼女だったが、こくりと頷いて答えた。
「不躾な質問で申し訳ない。女性が子供を産むというのはいつの時代も一大事です。記憶を遡って貰う切欠にならないかと思って訊いてみたのですが、答えづらい質問でしたか……?」
「いえ、そんな事はありませんわ」ユーフォリアはどこか寂しそうに笑う。「その時の事は忘れられるはずもありません。影武者の任がありましたから、母となる事は叶いませんでした……」
「そうだったのですか。お子さんはその後……?」
「父親のある領主の元で育てられる事になりました。最近調べたところでは、彼も5000年前の戦いで命を落としたそうです。その後、わたくしの娘がどう言った人生を歩んだのかはよくわかりません。ですが、現在のロスヴァイセ家を見れば、立派に生きた事はわかります」
 我が子の成長を見届けられぬ母の気持ちは、呼雪にはわからない。わかるのは、親を失った子どもの気持ちぐらいだ。だが、それは語るには辛い思い出だ。
 呼雪が次の言葉を探していると、ユーフォリアはそれに気付き微笑んだ。
「……くだらない事を聞いて申し訳ない。ただ、俺はあなたが何者なのか知りたかったのです。女王の血を引き、五獣の女王器を使いこなすあなたは一体何者なのですか?」
「わたくしはアムリアナ陛下の外戚にあたる血を引いているのです」
「外戚……」と視線をさまよわせる。「なるほど、その血縁から影武者に抜擢されたわけですか……」
 呼雪が質問を続けようとしたその時、悲鳴が上がった。
「と……、虎よ!」
 見れば一頭の立派なタイガーが部屋の中をうろついてるではないか。
「こんなところに野良虎とは……、ツァンダの生態系はなかなか興味深い」
 好奇心に突き動かされている幸を除いて、一同は壁にへばりつくように距離を置いている。どうしましょうどうしましょう、と呟くユーフォリアの肩にポンと手を置き、呼雪は立ち上がった。
「ヌウ、虎のままだ。TPOをわきまえろ、人間の姿になれ」
「ああ、そっか。うっかり虎の姿で来てしまったぞ」
 そう言うと、虎は人間の姿になった。呼雪のパートナーのヌウ・アルピリ(ぬう・あるぴり)だ。
「驚かせてごめんな。ヌウも一緒に踊りを教えて欲しいんだ。じしんはあるぞ。コユキにはリズム感はいいと、太鼓判を押して貰ったからな。お、それはなんだ、ヌウにも見せて欲しいぞ」
 ミルザムが先ほど部屋から持ってきた衣装を、ヌウはしげしげと見つめる。
「おお、やっぱり儀式だから、専用の装束があるんだな」
「そんな大層なものではないですが……、これは踊り子の衣装でその……」
「コユキ、見て。乳バンドがあるぞ。ヌウ、乳バンドを付けるのは初めての経験だぞ」
「……おまえは付けるな」