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ニセモノの福

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 より良きものとなりますように
 
 
 蒼空学園前に設置した長机の前面に、ヴェルチェは『本家・福神社! 布紅様のお守り・授与受付』と書かれた紙を取りつけた。
「蒼空学園の真ん前なら、みんなも信じてくれるわよね♪」
 より神社関係者らしく見えるようにと、ヴェルチェは巫女装束を借りて机の向こう側に座った。すぐ横には同様に巫女姿のクリスティも座っている。
 ここで新しく出来た福神社のお守りを宣伝し、ついでに偽物の回収をしようという狙いだ。
 受付用の机の隣には、テーブルクロスがかけられた机と椅子が幾つか置かれ、こちらにはメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、偽物回収に協力してくれた人に供する為の和菓子とお茶が準備されていた。
「本当は、福神社で何か回収の為のイベントが出来れば良いのですけど〜」
 人を集めるイベントを考えてはみたメイベルだったけれど、偽物が売られた蒼空学園付近から空京にある福神社までは結構な距離がある。学生なら気にもせずに移動してしまうのだろうけれど、そうでない人を福神社まで呼ぶには、少々のイベントでは難しい。かといって、大がかりなイベントをするには、新しいお守りを作製したばかりの福神社には余裕がなく、またその為の人手の確保も間に合いそうになく……という状態で。
 代わりにと、この場所を提供してもらい、お守り袋を持参した人にお菓子をふるまう場を設けたのだった。
 そしてルカルカとルカは、花換まつりの福娘の衣装を身につけ、ユニコーンに乗って待機していた。そっくりの2人がそんな恰好をしているから、道行く人は何かとこちらに視線を向けてくる。
 そこにすかさずヴェルチェが声をかけた。
「このたび、福神社にて福の神布紅様のお守りの授与が開始されました。ぜひこの機会にどうぞ」
 お守りを希望する人に授与するだけでなく、こう言い添えるのも忘れずにしておく。
「なお、最近粗悪品が出回っており、布紅様も大変心を痛めております。見かけられた方、またお持ちの方は、是非当神社にご参拝、ご奉納下さい。ご奉納頂きましたお守りと引き換えにて、布紅様のお守りをお渡し致します。ご参拝いただくのが難しい場合は郵送でのやり取りも承っておりますので、ご遠慮なくお尋ね下さい」
 タダで綺麗なのと換えてあげるといえば集まるんじゃないかしら、などと言っていたのが嘘のように、ヴェルチェはしとやかに頭を下げた。
 福神社のお守りを気になる様子でちらちら見ている少女に気づき、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が声をかける。
「どうかなされましたの?」
「あ、いえ……お守りが開始っていうと、今までは……」
「福神社は摂末社だから、これまでお守りは無かったんだよ。だけど、へんな偽物が売られるようになって、それよりは、ってお守りが作られるようになったんだよ」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)の説明に、少女の顔が途端に曇る。
「もしかして、偽物を買わされちゃった?」
 セシリアが尋ねると、少女は小さな声で多分、と呟いた。
「倒れそうな顔色をしていますわよ。よかったらこちらにお座り下さいな」
 フィリッパに促され、少女は崩れるように椅子に座った。お小遣いを全部はたいたのに、と泣きそうな顔になっている。
「冷たいお茶を飲むと、気分が落ち着きますよぉ」
 メイベルは水ようかんとお茶を出し、少女が落ち着くのを待った。
「このお守りがあれば、片想いも実るよって……言われたんです。なんかヘンだなと思わないでもなかったんですけれど……断るのもちょっと怖かったですし……」
「大変な目にあってしまいましたねぇ。お守りは、本物と換えますから安心して下さいね」
「はい……」
 肯きながらも少女の目には涙がたまっている。そんな少女に、ルカルカとルカが近づいた。
「それを福換えしませんか? 福神社には桜の小枝を交換すればするほど福が宿るという、花換えの神事があります。その小枝もつけました。……貴女に福が授かりますように」
 ルカルカが穏やかな笑顔でお守りと小枝を差し出すと、少女は大切そうにしまってあった偽守りを取り出して、それと交換した。
「貴女に福が授かりますように」
 ルカも穏やかな笑顔でお守りと小枝を差し出し、ルカルカがしたように少女の持つものと交換する。
「ありがとうございます……」
 少し元気を取り戻した少女は、交換したお守りを大切そうに胸に抱いた。
 
 
 
 回収された偽物のお守りは福神社に集められ、お焚きあげされることとなった。
「この偽物のお守り、福神社で清めてもらったら本物のお守りと同じようなものに出来ないのかな?」
 被害者の会から預かってきた偽物を七瀬歩が眺めていると、緒方 章(おがた・あきら)がこう教える。
「お守りの本体は、中に収められたものなんだ。この偽物の中に入っているのはお守りとはいえないものだけど、中身を丸ごと取り替えれば使えないこともないかもしれないね」
「袋の部分にはお守りとしての効果はないのか?」
 その話を耳に入れた林田 樹(はやしだ・いつき)が尋ねると、樹に聞かれたことが嬉しくて章は滔々と説明する。
「そう。そもそもお守りの本体というのは、中に入れられた御神璽なんだ。僕が地球に生きてた頃には、そのお札は直接柱に貼ったりして置いておくもので、袋の部分自体なかったんだよ。それがいつの間にか携帯されるようになって、本体を守る為に袋に入れる形が一般化したみたいだけど、袋はあくまでもカバー。神社によっては、1年ごとに袋はそのままに中のお札を交換するところも……」
「あんころ餅の話は長すぎます。樹様、こんな話を全部聞いていたら疲れてしまいますよ」
 樹が感心しながら章の話を聞いているのを、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)がささっと遮る。自分にない知識を披露されては、自分が1歩しているリードを覆されかねない。
「アァ? カラクリ娘改め、バカラクリ娘、僕が樹ちゃんに説明してるのを邪魔するのはよしてもらおう」
 対して章も、自分がしているリードを1歩から2歩へと進めようとジーナに張り合った。
「2人とも喧嘩はやめろ。神主、袋がカバーならお焚きあげは中身だけでいいんだな?」
 焚く為の炎を調整している本郷涼介に、樹は確かめる。
「袋が欲しいなら中身だけでも構わないけど、念のために魂抜きはしといた方がいいかな」
「丸ごと全部がダメじゃないんだったら、あたしもこれ、出来れば直してあげたいな」
 筑摩彩も自分の集めてきたお守りを前にそう言った。
「よし。ジーナ、洪庵、お守りから中身を取り出して分けろ」
「はいっ、了解致しました。このクソボケお守りの中身を取り出してやれば良いんですね。こんなの、メイドのワタシにかかればすぐですよ〜。樹様、一緒にやりましょう」
「樹ちゃん、こんながさつなバカラクリ娘はほっといて、僕と一緒にやろうね」
「……喧嘩はいいから手を動かせ」
 相変わらず張り合うジーナと章に注意しながら、樹はお守りの袋と中身を分けた。
 積み上げられたそれらを御魂抜きすると、中身の方は炎に投じる。
「因果応報。かの者に返りの風が吹く……」
 炎にあぶられる中身を眺め、ルカが呟く。
(売人が意図しなくても、呪具配布は呪術行為なの。破られた呪法は災厄禍となって販売人を一気に襲うはず)
「何か言った?」
「なんでもないわ」
 振り返ったルカルカにルカは笑って首を振った。
 永谷は燃えてゆく中身にしっかりと目を据えながら、これらが浄化されて本来招かれるはずだった福に転ずるように――と願う。
「この炎により歪んだ想いが浄化され、悪い奴らの心にも、若干の良心が芽生えてくれたらいいんだが」
 様々な想いに見守られながら、お守り袋に入れられていた中身は燃えていった……。
 
「ねーたん、ふくろは、めーしないお?」
 林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が樹を見上げる。
「ああ。袋の方は燃やさなくとも大丈夫らしい」
「めーしないんらったら、こた、これいれるお」
 コタローが見せたのは飴玉の包み紙だった。
「ねーたんと、はじめれ、おかいものしたときのやつらお。こた、ずっとりもんのなかにいれて、らいじにしてたんらー」
「あの時の飴玉を包んでいたものか」
「そーらお。こたも、ねーたんも、いっこらけ、らったけろ、とっても、とーっても、おいしかったお」
 大切な宝物である飴玉の包み紙を、コタローはお守り袋の中に押し込んだ。
「じゅやもあきも、らいじなもの、いれるといーれす。らいじなものれ、ふくたん、げんきにするれす」
「ナイスだコタ君。僕は、そうだな……これかな?」
 章が入れたのは、花換まつりで樹から貰った桜の小枝から大切に外して、常に持ち歩いている桜の花びら。この花に恥じぬように強くなる、そう決めた想いと共にお守り袋に入れる。
「じゃ、ワタシはこれを入れます」
 ジーナが入れたのは、何の変哲もない黒のヘアゴムだった。
「いつもは手首にしているんですけど、爆炎波でよく燃やしちゃうのです。こうして持ち歩けば、樹様の御髪をいつでも整えることが出来ますもの」
「よく燃やしちゃうっていうのがそもそも問題なんだと思うけど」
「樹様の為のものを入れるのが、ワタシのポリシーですから」
 また争いが勃発しそうな章とジーナに苦笑しつつ、樹は小さな紙にこうしたためた。
『ジーナ・洪庵・コタロー。私は、幸せになっても良いんだな』
 それを大切に折りたたみ、樹はお守り袋におさめた。