First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
第十章 貴方がそれを、望むなら。
大きな噴水が特徴であり、ウリである噴水公園のベンチに座って。
「びっくりしちゃったよ」
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、隣に座るベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)に話しかけた。
「だって、みんなでクロエちゃんを捜していたら、すっごいいっぱいクロエちゃんの傍に人が居るんだもん」
「そうですねえ……」
アンドリュー・カーから瀬蓮の電話に、人形――クロエが見つかったとの連絡が入って。
瀬蓮と一緒にクロエの捜索をしていた、ミルディア、ベアトリーチェ、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)らは大急ぎで公園まで駆けつけて。
初めに目にしたのが、たくさんの人に囲まれている、少女。
「ミルディアさん、なにしてるの!? って大きな声を出されるから。みんな驚いてしまいましたよ」
「だって。取り囲んだりしたら怖いじゃない? あたしだったら怖いなぁ。まぁ、結局は勘違いだったんだけど」
「そうですね、みなさん、クロエちゃんと遊ぶために集まってらっしゃったし」
「むしろあたしの大声でびっくりさせちゃったっていうか」
ハズカシー、と顔を覆って、ミルディアが俯いた。
大好きな瀬蓮の前で、勘違いからはしたなくも大声を出して。
恥ずかしいったら、ない。
そうしていたら、
「きれいなこえのおねぇちゃん」
声をかけられた。顔を上げると、目の前にクロエが居る。にっこりと笑ったクロエは、
「はいっ」
ミルディアに花で作った冠を手渡した。
「めがねのおねぇちゃんにも」
ベアトリーチェにも、渡す。ベアトリーチェの花冠は、どこか歪だ。
「どうしたんですか? これ」
「あっちでね。おねぇちゃんがつくりかたおしえてくれたのよ!」
クロエが指差した、ちょっとした丘になっている場所で、美羽と瀬蓮が手を振っていた。
「美羽さんは花冠の作り方、知らないでしょうし……瀬蓮さんが教えて下さったのですね」
「うん! おねぇちゃんのはね、みわおねぇちゃんからだよ」
「ああ、道理で歪な……いえ、嬉しいですけど」
ベアトリーチェはそう苦笑したが、嬉しく思っているのだろう、冠を頭にちょこんと乗せた。丘の上で瀬蓮と笑っていた美羽が、顔を赤くしているのが見える。小さく手を振ると、カクカクしつつも美羽は手を振り返してきた。
そんな二人の遠距離でのやりとりの横で。
「どうしてこれをくれるの?」
ミルディアは問う。
「せれんおねぇちゃんが、すきなひとにあげておいでー、って」
「好きな人? あたし?」
「うん。ミルディアおねぇちゃん、わたしのしんぱいしてくれたもの! やさしいひと、すきー」
にへら、とクロエが笑った。
「……、ありがと。あたしもクロエちゃん、好きだよ!」
「じゃあ、あそんでー!」
「もっちろんだー!」
一方、丘の上。
「美羽ちゃん、顔赤い〜」
「だっ、だってベアトリーチェが冠乗っけたりするから!」
「うーん? 嬉しそうに見えたよ?」
「だから恥ずかしいんだよぉ。……だって、上手く作れなかったからあげただけだし。あんなに喜ぶなんて思わなかったもん」
「ベアトリーチェさんも、美羽ちゃんのこと好きだからね」
「でっ、でも私、瀬蓮ちゃんの方が好きだからね!」
「瀬蓮は、二人とも好きだよ? 仲良しな二人を見てるのも、好きだな〜」
顔を赤くしたままの美羽が、ベアトリーチェを見る。ベアトリーチェはミルディアとクロエと、三人で追いかけっこをしていた。かと思えば、噴水の近くで虹を見たり。楽しそうに笑っていた。
「瀬蓮たちも、あっちに行こうか」
「……うん」
「ゴンドラとか乗ろうね。五人で乗れたらいいね、景色とか、すっごく綺麗だからみんなで見たいな」
そうだ、今日は遊ぼう。
徹底的に遊んで、クロエを満足させてあげるんだ。
そして、また一緒に遊ぼうって、約束するんだ。
花が咲いている季節だったら、花を見に行ったり。また、一緒に冠を作ったり。
そうしたら、また、誰かにあげてもいいかなー、なんて。
「でも第一候補は瀬蓮ちゃんだからね!」
「? うん」
「ベアトリーチェー! なんでそんな歪な冠かぶってるのよぉー!」
そして丘から、駆け降りた。
まだちょっと恥ずかしかったけど、みんなが笑ってるから、いいや。
*...***...*
「クロエは、どうして逃げ出したのかしら……?」
瀬蓮たちとの遊びを一旦終え、一人で公園を散歩していたクロエにリネン・エルフト(りねん・えるふと)は問い掛けた。
「わたしは、お外をみたかったのよ」
「完成と同時に、逃げ出すほど……?」
「だって、あるけるのよ! うごけるのよ! たのしいわ。すてきだわ」
「そう。行動力が、あるのね」
そして、優しく笑う。けれどその笑みには微かな自嘲も含まれていた。
昔の自分なんかより、よほど行動力が高いと。
「おねぇちゃんは、せれんおねぇちゃんのおともだち?」
「……とは、違うわ」
「リンスのしりあい?」
「それとも、違うわね」
「じゃあどうしてわたしをさがしてくれたの?」
「……どうしてかしら。たぶん、貴方の望みを叶えてあげたかったのよ」
逃げるほどの理由があることなら。
そしてそれが無茶なことではないのなら。
又聞で知った、今回の事件。行くと言ったら、パートナーのユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は「活動的な人形さんなら見てみたいですわね」少し遠回しに肯定してくれた。
そのユーベルは、モチーフの少女の存在を気にしていた。調べた結果、少女は死んでいたそうだけど。
「貴方はその子の代わりなのかしら」
「かわり、とはすこしちがうわ。でも、わたしのこのからだには役目があるから、かえらなきゃなの」
「だから、夕暮れまでなのね」
リネンの言葉にクロエが頷く。
寂しそうに。
「……外の世界の話を、してあげる」
思いつきで言った言葉に、クロエは顔を明るくさせた。
そうか、外の世界が知りたいのか。
「ここからずっと西へ行くとね、荒野が広がっているのよ。そして、その先にはね、私やユーベルの住んでいる町があって、それでね――」
*...***...*
「外の話を聞きたい、ですか?」
リネンから聞いた話が面白かったのだろう、「お外のはなしをきかせて」とクロエはいろいろな人に話をせがんで回っていた。
そして、皆川 陽(みなかわ・よう)がターゲットに選ばれて。
「そうですね……パラミタで、あったことなんですけど」
話そうとした。
話そうとして、言葉の続きを考えてしまった。
毎日のようにしている、無茶な大冒険。遭遇した恐ろしいモンスターを、倒した。あるいは逃げた。そんな話を面白おかしく語ろうと思って、思ったまではよくて、でも言葉が出てこなかった。
陽は口下手だ。それは自他共に認めている。
だからといって、今ここでこんな風に言葉に詰まらなくても……! と、歯噛みしながら、「ええと」言葉を濁すように苦笑い。
クロエは陽を見上げて話の続きを待っていた。その期待の瞳が、重い。とても、重い。
助けてー、と思った。無理だ。面白おかしく話せない。そもそも、知らない人と喋るのが苦手だ。いやこの子は人じゃなくて人形だけど、いやいやそんなことはまた些細なことで。軽く混乱してきている。
二回目の、助けて。それにはパートナーの名前が付随された。助けて、テディ。きみじゃないと、こういう話はできないよ。情けないけれど、きみに頼るしかできないけれど。
「こらこらクロっち。僕のヨメを一人占めしないでよ」
心の中で呼んだら、テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が本当に来た。目を丸くする陽を見て、テディは「何、ヨメ。僕のことまるでピンチの時に現れたヒーローを見る目で見ちゃって。熱視線?」からかってくる。
そのやりとりで、クロエが笑った。
「おにぃちゃん、おもしろいのね」
「うん、僕はヨメのためなら道化でもなんでもなれるスーパーウルトラ万能人だ」
「すごいのね! すてきなのね!」
「任せて。で、何の話が聞きたい? 『1.決戦! マ・メール・ロア!!』『2.サンタ少女とサバイバルハイキング』『3.僕とヨメのラブラブ生活記録』」
「ちょっ、テディ!? 前二つのはこの間の出来事だけど……最後のって何!」
「まぁまぁ、ヨメ、照れるなーって。クロっちどれがいい?」
「3がおもしろそうね!」
「どうしてきみもそれを選んじゃうの……っ!」
身悶えする陽が、テディの話を聞いてさらに身悶えするまで、あとほんの数分。
*...***...*
「こんにちは」
沢渡 真言に微笑まれて、「こんにちは」クロエは微笑みを返した。
「おねぇちゃんも、わたしとあそんでくれるの?」
「それを貴方が願うのでしたら、叶えましょう」
「ほんとう?」
「ええ。でも、私のお願いも、聞いてもらいたいです」
「なあに? わたしにできることならがんばるわ!」
「貴方を作った人形師さんが心配していましたので」
「……しんぱい?」
「無事に、帰ってあげてください」
「はやくかえれっていわないのね」
「遊びたいのでしょう? でしたら、早く帰れなどと不躾なことは申しません」
にこり、と綺麗な笑みを浮かべた真言に、「やさしいのね」と言ってから。
言われた言葉をクロエは反芻する。
貴方を作った人形師さんが心配していましたので。
心配。心配。気にかけてくれること。自分を。逃げた自分を。
「うれしいことね」
うふふ、と微笑んだ。
突然の一言だったので、真言は少しきょとんとしたが、「ええ」と肯いてくれた。
嬉しいことね。
人に想われるのは、嬉しいことね。
クロエは繰り返す。
嬉しいことね。
*...***...*
クロス・クロノス(くろす・くろのす)は、何度となくチェスを指してきたが、人形と指す機会はあまりない。
なので、たまには楽しいと、思う。
ナイトが前進したり、キングが2マス飛んだりしているが。
「クロエちゃんは、チェスを指すのは初めてですか?」
「はじめてよ」
斜め飛びをしたポーンが、クロスのポーンを倒した。チェスのルールを超越した動きを見せて笑うクロエを見て、微笑ましくも苦笑いがこぼれた。
「こまがとってもきれいなのね」
「一つ一つ特徴のある形ですよね。私も好きです」
「わたしはこれがすきだわ!」
と、クロエが指したのはナイト。クロエの自陣で前進や側面移動をしていた白いナイト。
「おうまさん。かっこいいわ」
「ナイト、っていうんですよ」
「ナイト。きしさまなの?」
「騎士様です」
「きしさまはまもってくれる?」
「? どういう意味ですか?」
「きしさまは、わたしがきえてしまうことからまもってくれる?」
クロエが、どういう意図で言っているのか。
それはクロスにはわからない。
わからないけれど、消えることが怖いと言うなら。
「護ってくださいますよ」
優しく抱きしめてあげよう。
「ほんとう?」
突然抱きすくめられても、驚いたり怯えたりはせず。クロエはクロスの背に手を回し、きゅっと服を握りしめた。
「本当です。
……そういえば、言いましたっけ。私、ナイトなんです」
「クロスおねぇちゃん、わたしのきしさまになってくれるの?」
「ええ」
安請け合いかもしれないけれど。
それでこの子が安心して、今を楽しく過ごせるなら。
「私は貴方を護ります」
*...***...*
地面に片膝をついて、ベンチに座るクロエと目線を合わせ、
「素敵なお嬢さん、これをどうぞ」
薔薇の花を一輪差し出して。
微笑みながら、クロエに捧げた。髪に飾ってあるリボンの傍に挿してやる。と、クロエは微笑んだ。エースはベンチの隣に座り、クロエと目を合わせ
「俺の名前はエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)。こっちはエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)。お嬢さん、君の名前は何ていうの?」
「わたし、クロエよ。よろしくね、エースおにぃちゃん、エオリアおにぃちゃん」
「クロエ。よかったら、どうして工房から逃げ出したのか教えてもらえないかな」
「お外をいろいろみたかったのよ」
エースの問い掛けに、クロエは嬉しそうに笑んで答える。
「もういっぱいみれたわ!」
それが、とても楽しそうな笑みだから、エースもつられて微笑んで。
「あそびつかれるくらい、みんなあそんでくれたの! おともだちもいっぱいできたわ。わがままを言えば、もっとほしいけど」
「だったら俺と友達になろう。せっかく知り合えたんだ」
「ほんとう? おともだちになってくれるの?」
「もちろん。な、エオリオ?」
「ええ。お友達はたくさん居た方が、楽しいですからね」
嬉しい、と言ってクロエはベンチから飛び出した。エースもベンチから立ち上がる。
クロエが、立ち上がったエースの手を握った。手は、硬い。精密にできていて、表情も感情もあって、ああでも人形なんだと痛感する。
「踊れる? クロエ」
「わからないわ。でも、おどってみたい」
「じゃあ、踊ろう。エオリア、音楽」
「あるわけないでしょう、エース」
「アカペラで歌えばいい。エオリアの歌声ならクロエも気に入るさ」
「まぁ、構わないですけど」
エオリアが歌って。
傍で、エースとクロエが躍る。
一度も踊ったことのないというクロエの足取りは危うかったが、エースが支えながら踊ったので、傍目にも見れるものとなって。
「たのしいのね」
クロエが笑う。
「だから、またあそんでね。ぜったいよ」
「友達だからな。約束だ」
踊りながら約束を交わした。
*...***...*
夕暮れが近付いてきて、ああもう帰らなければいけないんだな。そう、クロエが思っているときに。
「こんにちは、クロエちゃんって言うのよね?」
にこり、微笑んでアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が話しかけてきた。
「そうよ。おねぇちゃんは、だぁれ?」
「私はアリア。リンスさんのお客さんだったんだけど、あなたと一緒にヴァイシャリーを見て回りたくてここまで来たの。
ねえねえクロエちゃん。お姉さんと一緒にヴァイシャリーを散歩しない?」
誘われて、嬉しかった。けれど、約束の時間がある。
時計台を見上げるクロエに、
「時間がないのね」
アリアは察して、優しく言ってくれた。頷くと、きゅっと手を握られた。
「私がもっと早く来れればよかったね」
「アリアおねぇちゃん……」
「行きたいところとか、あった?」
問われて、首を横に振る。
そんな明確な目的を持てるほど、しっかりと生きてこれなかったから、わからない。
「でも、もっといろいろなところをみたかったわ」
「それならこれに乗りませんか?」
笑んだ声が背後でした。振り返る。
ユニコーンを傍に従えた音井 博季(おとい・ひろき)が、声の通り微笑んでいた。
「歩いて回るには時間がないのかもしれません。けれどこれでしたら、速いですよ?」
「しろいきれいなおうまさん。はやーいの?」
「はやーいですよ」
「ひがくれるまで、いろいろみれる?」
「世界は広いから、全部は無理だけど。あなたの望みの少しは叶えられるかな、とは思います」
思案した。
夕暮れまでに戻ってこれるなら、約束を破ることにならないわよね、と。
「のせてって、おねぇちゃん」
「おっと、僕は男です」
「おにぃちゃん?」
「ええ、こちらの彼女は正真正銘の女性ですけどね」
博季が右のてのひらを向けた先。西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)が微笑んでいた。綺麗な女の人だなあ、と思う。
「よし、じゃあ行くぞ相棒ッ! ……いつもよりちょっと重いけど、我慢してね」
ユニコーンに跨って、博季。クロエは博季にしがみつく。ユニコーンが駆ける。
速い。自分が歩く何倍、速いのだろう。景色がみるみるうちに遠ざかっていく。湖、川、沈んでいく太陽。
上を見上げると、飛空艇に幽綺子とアリアが乗っていて、クロエに向けて手を振っていた。クロエも大きく手を振り返す。
「どうです? きれいでしょう」
「とってもきれいね!」
「嬉しそうでよかった! そろそろ見せたかった場所に着くかな……」
疾駆する白馬が向かった先は、イルミンスールの大樹。
それは、とても高く、とても立派な木。
「……、……」
圧倒されて何も言えないでいると、ユニコーンから降ろされた。と、思えば幽綺子がクロエの手を取って、
「こっちからも見てみましょう?」
飛空艇に乗せてくれた。
空から見た大樹は、木に見えないくらい凄くて、また、いままで観てきた景色も違って見えて。
驚きと感動で何も言えないクロエに、
「高いところからだと景色が違って見えるでしょう? 物事は色んな角度から見てこそ、その真価が判るものよ。憶えておきなさい」
幽綺子が教えてくれた。こくん、と頷いて、その言葉をしっかりと胸に留める。
地上では、アリアが、博季が、笑っているのが見えた。
遠かったけれど、クロエが楽しんでいるのを見て、笑ってくれているのがわかった。
「わたしはしあわせね」
「そう思えるならいいことだわ。貴女の一生は貴女だけの大切なもの。大事になさい、それが貴女をこの世に生んでくれた人への恩返しにもなるのよ」
クロエは無愛想な人形師の顔を思い出す。整っているくせに、表情を変えないせいであまりそう見えないあの人の顔。
完成する前からクロエには自我があって、だから、見てきた。
無表情な中に、辛そうなものも含めて、自分を作るあの人を。
「……わたし、もどらなきゃ」
「もういいの?」
「いいの。それで、いろいろ見てきたものをリンスにおしえてあげるのよ!」
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last